第1章 グロウン・リトルエンジェル 9
第1章 グロウン・リトルエンジェル 9 あたしはのし袋をバッグに仕舞うと、何事も無かった様な済ました顔で化粧室を後にした。 勿論あたしが、10万円のディナーなどを食べる筈も無かったが、今夜は「世紀の運命的出会い」を祝して、あたし的に豪華な夕食を摂ろうと心に決めた。 だが、ランチがボリューミィだったので空腹感が無い事と、お祝いをする以上お酒は必須と言う事を考えて、あたしは居酒屋のカウンターで呑む事にした。 あたしは子供の頃から仲間内で群れるのが苦手で、独りで居酒屋のカウンターで呑む事には慣れていて恥ずかしさは皆無だった。 あたしは入社2年目からは忘年会や送別会の様な公式の宴席だけ参加して、オフの飲み会には一切参加していない。 同僚だけでは無く社員は皆、あたしが付き合いが悪い女だと思っているのは当然の事であった。 社員には有名大学を卒業した者も居るのだが、飲み会の席では、何故かしらあたしには社員全員が「マヌケ面」に見えてしまって、彼らと真顔で話をしたくなくなるのだ。 居酒屋が開店するまでには未だ時間が有ったので、あたしは古着屋と古物ショップを覗いてみる事にした。 今日は出掛けている途中でナンパされた訳だから服装は気に成らなかったが、次回、お誘いを受けた時にはそれなりの服装で出向く必要が有る。 自慢じゃないが桂川家に着て行ける服など、あたしは持っていなかった。 あたしは先ず、渋谷駅から原宿方面に向かって程近い場所に有る古着ショップに立ち寄ってみた。 勿論今日、古着や古物を買うつもりは更々無い。 それはあたしが、明日から8連休にして「対桂川家」、「対スグル」対策を万全な物にする決心をしていたからだ。 だから、購入を焦る必要は全く無いのだ。 明日が日曜日で、明後日の月曜未明に愛媛の叔父さんが危篤になった事にすれば全てがOK! 先ず有給休暇を2日取って、叔父さんは水曜日の未明に亡くなる。 そうすれば、忌服休暇が2日与えられて、金曜日に残っている最後の有給休暇を1日取ると、8連休の完成だ! 入社以来、賞与が支給される度に少しづつ貯金して来た預金も、その半額を引き下ろして、今日の10万円と合わせて対策費に充てる覚悟だった。 先ずは身なりを、どう整えるかよねぇ。 そこであたしは、整えるべき身なりについての基本方針を策定した。 1.あたしに似合うか似合わないかは二の次、三の次。可能な限りの高級志向。即ち、インポート→ヨーロッパのヴィンテージ→ハイブランド→最高峰デザイナーズブランドの順で、アイテムによって妥協線を判断する事。 2.幾らコスパが良さそうなハイブランド以上の品物でも、少しでもヨレ感が有れば選択外にする事。 3.靴は脱ぐ事が無いので安物で我慢して、そこで浮いた金額を他のアイテム購入に回す事。 4.アクセサリーは「2点(アンティックを感じさせるネックレス、リングは宝石無しのお洒落なファッションリング)」で勝負する事。 5.バッグはウェア並みの高級志向で選ぶ事。 6.スグルは今日のあたしにナンパしたく成った訳だから、ヘアスタイル、化粧、ネイルは今日の水準に留める事。 7.実際の購入は、古着や古物ショップだけでは無く、メルカリや他のウェブショップも調べ上げてから行う事。 だが、古着ショップで売っていたブランド品を一通り見て、全国展開の古物商のお店に2軒立ち寄っただけで、あたしは早くも基本方針の一部を変更・追加した。 1.最高峰デザイナーズブランドはバッグのみの一点豪華主義に徹する事。 2.バッグ以外は、対象をラグジュアリーブランドまで格下げして、セットアップ物で探す事。 あたしがコ―ディネートのメインにバックを据えたのは、古物ショップで「J刻印(2006年製造)」のエルメスのエールバッグを税込11万円で見つけたからだ。 ブラウンとベージュのコンビネーションで、使用感はほぼゼロ! 素材はエルメスの定番トワルアッシュ。 スグルの年齢を考えると、やはり若さをアピールした方がより親近感が湧くだろう。 金銭的にもセレブリティはあたしには無理だし。 その点、トワルアッシュはコットンキャンバス素材だから安価で丈夫、そしてカジュアル感も溢れているからあたしの狙いにピッタリって訳。 メルカリで探せば、この半額の値段で同じ様な物が見つかる筈だった。 何店舗か歩き回って対策の骨子まで決めたら、あたしは急にお腹が空いて来た。 よし!今日は居酒屋で豪遊するぞ! 狭いお店で女が独りで呑んでいると目立つから、店内が広い大衆割烹風の居酒屋に入った。 お店は開店したばかりで客はまだ疎らだった。 あたしはカウンターの一番隅の席に座ると生ビールと刺身の三点盛りを注文した。 客が少ない為、注文した品は直ぐにあたしの元に運ばれてきた。 「あたしの世紀の運命的出会いに乾杯!!!」 くーっ、旨い、やっぱり生きてて良かった! 刺身を食べると、今度は日本酒が欲しく成った。 何時もならここでホッピーの白セットを注文する所だが、石川県の特別純米の地酒を注文した。 それから色々と飲んで食べた後、レジーで流石にのし袋からお金を取り出す訳にも行かないので、財布に入っていた虎の子の1万円札で料金を支払った。 「有難うございました」 女性の店員が、レジーデスクのレザー皿にお釣りを乗せてあたしに返した。 お釣りの金額は一目見ただけで、6,150円だと分かった。 あたしの豪遊は、幾ら頑張っても3,850円止まりなのだ。 あたしは、嬉しい様な悲しい様な気分に成ってその居酒屋を後にした。次へ ←ここをポチっと押して戴けると、この作者は大変喜びます。←PVランキング用のバナーです。ここもプリっと押して戴けると、この作者はプウと鳴いて喜びます。ファンタジー・SF小説ランキング →ここまでグニュ~と押して戴けると、この作者はギャオイ~ンと叫んで喜びます。