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テーマ:日々自然観察(9792)
カテゴリ:昆虫(アブ、カ、ハエ)
まだ「北米産シオンの1種(白花)」が咲いていた頃の話である。毎年、この花には体長4mm程度の小さなハエがやって来る。その数は、ツマグロキンバエに次ぐ位で、この花を見れば必ず1~2頭は居る、と言う程多い。 しかし、種類はまるで分からない。翅脈から判断して、イエバエ科、クロバエ科、ニクバエ科、或いは、ヤドリバエの仲間の何れかであることは確かだが、虫が小さ過ぎて等倍接写程度の写真ではそれ以上の検索が出来ないのである。これだけ沢山来るにも拘わらず、科すら分からないと言うのは何とも腹立たしい。そこで、例の超接写システムを使って、徹底的に写真を撮り、少なくとも科までは落としてやろうと思った。
検索表に拠ると、下側剛毛と翅側剛毛があり、腹胸側剛毛が3本ある場合にその内の1本が後方に位置すれば、イエバエ科ではない。上の写真で、hyの印が示しているのが下側剛毛、その右の翅の付け根直下に微かに見えるのが翅側剛毛である。また、stは腹胸側剛毛を示し、これは3本あってその内の1本が後方に位置しているのが分かる。これらにより、イエバエ科は候補から除かれる。 また、上の写真では、小楯板の下に後小盾板(ps)が見え、一番最初の写真で明らかな様に、腹部背面には強い剛毛が発達している。これはヤドリバエ類(ヒラタヤドリバエ科、アシナガヤドリバエ科、ヤドリバエ科)の特徴である。
更に、腹部は幅広くはなく、触角は明らかに複眼の中央より上方に生じている。また、些か分かり難いが、肩後剛毛は2本、横線後方の翅内剛毛は3本ある様に見える。これで一応、ヤドリバエ科と言うことになる。余り自信は無いが・・・。 そこで、例によって「一寸のハエにも五分の大和魂」に詳細な写真(此処に掲載した写真の約2倍幅)を添付して御伺いを立ててみた。早速、数名の方から御回答を頂き、セスジハリバエ亜科に属すSiphonini(チビクチナガハリバエ族)のSiphona属(チビクチナガハリバエ属)かその近縁属が有力で、口器の構造が決め手になる様であった。其処で新たに口器が写っている写真を2枚追加した。
すると、九州大学名誉教授の三枝豊平先生から御回答を賜った。其れに拠ると、「Siphoniniチビクチナガハリバエ族の属,亜属の検索では,このヤドリバエはSiphona (Siphona)の1種で」あることは間違いないが、「中胸背のdc剛毛の横線前と後の数が写真では明確でないこと(3+3か3+4か),口吻の長い部分の折れ曲がっているよりも手前の部分(prementum)の長さと頭部の長さの比較ができないこと,小腮鬚の色彩が判然としないこと(黄色か淡褐色か)なので,種までの所属は明確にはできません」とのお話であった。 一寸このままでは理解が難しいと思うので若干説明を加えると、「Siphona (Siphona)」はSiphona属のSiphona亜属の意、「横線」は双翅目の中胸盾板(中胸背板)を横切る溝で、写真のハエでは余り明確ではないが、上の写真のtrsを反対側まで延長した線である。また、dc剛毛は背中剛毛(dorsocentral seta)、小腮鬚は口器の基部近くから左右に出ている細長い突起状の構造のことである。 早速、画像倉庫の中を調べて見ると、背中剛毛の数や小腮鬚の色が分かる写真があった。背中剛毛は3+3、小腮鬚の色は黄色に見える。そこで、それらの写真を更に追加して、また、御伺いを立ててみた。
正月三箇日が過ぎてから、三枝先生より詳細な御回答を賜った。先生は、私が添付した写真に相当する標本を探す労をとられ、その標本と文献とを比較してSiphona (Siphona) paludosa Mesnil, 1960であると同定され、更に同定確認の参考として、その標本から交尾器と第5腹節腹板を取り出して(KOHで処理する)液浸標本とし、その写真を掲載して下さった。 先生のお話を転記すると、「この種は前胸後側板下方の剛毛が弱く,上向きで,翅のCuA+CuP脈[中略]が翅縁に達し,中胸の下前側板の3本の剛毛のうち下のものが前上方のものとほぼ同じ大きさ,であることからSiphona属に入り,且つ口吻の唇弁(labella)がprementumと同様に細長くなっていることからSiphona亜属に入ります。さらに,この亜属のなかで,本種は触角の柄節と梗節が黄褐色,口吻のprementumが頭部の長さより長く,dc剛毛が3+3(横線前の最前端の剛毛は弱い),腹部の第1+2背板の中央部後縁に近く1対の剛毛を欠く[中略],肩板(tegula)は黒色等の形質を持っています」となる。
2つ上の写真にCuA+CuP脈を示した。翅縁に達しているのが分かる。また、下前側板剛毛とは前述の腹胸側剛毛と同義で、2番目の写真のstで示した3本の剛毛のことである。下の1本が前上方の1本とほぼ同じ長さに見える。唇弁は普通のハエならばブラッシの様な構造をしている部分だが、このハエの場合は口器先端の細長い部分で、prementumはその基部側に接するやや黒っぽい細長い部分のことである。触角の柄節と梗節とは、3節ある触角のそれぞれ第1節と第2節の名称で、3番目の写真では柄節の方がかなり色濃く見えるが、ここに示していない別の写真を見ると、ほぼ同じ様な黄褐色をしている。dc剛毛は前述の通り背中剛毛のことであり、4番目の写真にその基部(ソケットと呼ぶ)を数字を振って示してある。横線前に3本、横線後に3本あるのが確認できる。 腹部の第1+2背板の中央部後縁に、第3背板以降にある様な1対の大きな剛毛が無いことは、上の写真から明らかである。また、肩板とは翅の付け根にある黒く丸い構造のことで(始めはこの黒いのが何か分からなかったが、肩板であると先生に教えて頂いた)確かに黒い色をしている(2つ上の写真)。
・・・と言うことで、このハエは「Siphona (Siphona) paludosa Mesnil, 1960」であることが確認出来た。こんな小さなヤドリバエの同定が出来たと言うのは正に奇跡的で、これもみな三枝先生の御尽力に拠るものである。先生には、この場を借りて、厚く御礼申し上げる。 しかし、先生はヤドリバエの専門家ではない。ヤドリバエの専門家は、やはり九州大学名誉教授の嶌洪先生と北大の館卓司博士の御2人だけの様である。三枝先生は、最後に「今回はたまたま相当する標本を見つけて、しかも参考資料があったので同定できましたが、これは全くの偶然です。決して私にヤドリバエの同定ができると言うことでは全くありませんので、今後ヤドリバエの質問がありましても、先ず応じることはできません。念のために。」と付け加えておられる。ヤドリバエと言うのは、プロの研究者でも容易に同定出来ない、全く恐るべき連中なのである。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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