我が家の庭の生き物たち (都内の小さな庭で)

2011/07/31(日)08:03

ウデゲヒメホソアシナガバエ(ニセアシナガキンバエ1:Amblypsilopus sp.1)

昆虫(アブ、カ、ハエ)(81)

 一昨年の8月に、世上で「アシナガキンバエ」とされているアシナガバエが、実際は亜科も異なる全く別の種であることを掲載した。今回はその「ニセアシナガキンバエ」の正体がもう少し詳しく分かったので、それについて書くことにする。  実は昨年、双翅目屋の集まりである双翅目談話会の会誌「はなあぶ」に、田悟敏弘氏が「関東地方にて採集したアシナガバエ科の記録」(No.30-2,2010)と云う、250枚もの図を含む96ページの大報文を載せられた。このWeblogの撮影場所は関東地方だから、以前掲載した「ニセアシナガキンバエ」は、当然この報文に載っている筈である。 ウデヒゲヒメホソアシナガバエ(Amblypsilopus sp.1)の雄 冷蔵庫で冷やして動けなくしてから撮影 体長4.5mm弱、翅長4.0mm強 普通の個体よりもかなり赤味が強い (写真クリックで拡大表示) (2011/06/24)  「アシナガキンバエ」としてWeb上に掲載されている”ニセ”アシナガバエは、実際にはかなりの種類が含まれるのではないかと思われる。しかし、その中で最も一般的な種は、我が家の庭(東京都世田谷区西部)にも沢山居るこの写真の種であろう。その正体をハッキリさせるには、生体の写真を撮るばかりでなく、虫を捕まえて細部を詳しく調べることが必要となる。特に重要なのは雄の交尾器(ゲニタリア)の構造で、これは生体では中々撮り難い。  ・・・と云う訳で、以下に示す様に、虫体を確保して色々調べた結果、このアシナガバエは、田悟氏が「ウデゲヒメホソアシナガバエ」と新称を付けられた、ホソアシナガバエ亜科(Sciapodinae)のAmblypsilopus sp. 1と同一であると云う結論に達した。この点については、田悟氏からも同意を頂いた。  和名があって、学名が未定なのは、一寸奇妙に思われるかも知れない。しかし、研究の進んでいない分野では良くあることで、世界のアシナガバエに関するデータが充分揃っておらず、種の記載にまでは至っていないのである。この田悟氏の報文の目的も、新種の記載ではなく、取り敢えず、日本産アシナガバエ科の不明種を和名と云う共通の認識に基づいて整理しようと云うことなのである。 以下4番目まで同一個体.雄の交尾器は大きい (写真クリックで拡大表示) (2011/06/24)  一昨年に掲載したのは、雌の写真ばかりであったので、今回は雄の生体写真を載せることにした。しかし、この写真、実は一種の「ヤラセ写真」である。  この手のアシナガバエは、極めて敏感な上に、今年は早くから気温が高かったせいか常に動き回っていて、中々高精度の写真が撮れない。其処で、捕獲して冷蔵庫で冷やし、仮死状態になったのを蕗の葉の上に置き、元気を取り戻しつつあるところを据物撮りにしたのである。だから、何となく脚付きが頼りない。 前から見ると非常に精悍.複眼の一部が赤紫なのは構造色 胸背中央の左右各2列の刺毛は中刺毛、その横は背中刺毛 (写真クリックで拡大表示) (2011/06/24)  尚、今回はストロボにディフューザーを付けて撮影しているので、全体の調子が柔らかく、実際に近い質感が出ている。 冷蔵庫で冷やして仮死状態にした後、元気を回復中だが まだ充分ではないので、脚付きが些か頼りない (写真クリックで拡大表示) (2011/06/24)  この種は、一般には金色から金緑、金青色を帯びた個体が多いが、写真の個体ではかなり赤味が強い。しかし、アシナガバエ科では、金青~金緑~金~金赤の色彩変化は普通の様である。 ウデゲヒメホソアシナガバエの翅脈 (写真クリックで拡大表示) (2011/07/07)  これから、細部の話となる。まず最初に翅脈である。  このウデゲヒメホソアシナガバエはホソアシナガバエ亜科(Sciapodinae)に属し、この亜科では、翅脈相は上の写真の様に、M1+2脈がM1脈とM2脈に別れ、M1脈は前方に強く曲り、その後緩やかに元の方向に戻って、前方のR4+5脈の近くで翅端に達するのが一般的である(例外あり)。この種では、写真で見られる通り、M2脈はかなり弱い。  一方、本物のアシナガキンバエが属すアシナガバエ亜科アシナガバエ属(Dolichopus)の多くは、M1+2脈は2回直角に近い角度で曲り段状を呈す。  尚、九大名誉教授の三枝先生の御話に拠ると、M1+2脈は分岐するのではなく曲がるだけであり、此処で書いたM2脈は二次脈とする考え方もあるとのこと。 頭部の刺毛.雄(左)と雌(右)で異なる (写真クリックで拡大表示) (2011/07/07)  次に頭部の刺毛。この種では、雄と雌で頭部の刺毛が大いに異なる。  雄(写真左)では前額の複眼寄りに多数の直立刺毛があり、普通この辺りにあるはずの頭頂刺毛(vs)が無い。また、単眼刺毛(oc)は強い1対があり、後単眼刺毛(poc)は、田悟氏の報文では1対だが写真では2対の様に見える(この辺りの判断は写真では難しい)。また、後頭頂刺毛は後眼刺毛列と一緒になっていてそれらと区別し難い。  一方、雌(右)では前額の直立刺毛は無く、その代わりに強い頭頂刺毛(vs)がある。単眼刺毛、後単眼刺毛、後頭頂刺毛は雄と大差ない。  胸部の刺毛については、3番目の写真で中刺毛が2列、背中刺毛が1列あるのが確認出来る。しかし、その他の肩に近い部分の刺毛(肩刺毛2、肩後刺毛1、背側刺毛2、横溝前翅内刺毛1、横溝上刺毛1、翅背刺毛2等)は、その数も多く、また、脱落していると思われるものもあって、色々な方向から写真を撮ってみたが、完全には識別出来なかった。やはり、実体顕微鏡が無いと、この手の刺毛の判別は難しい。 「ウデゲ」の名は、前脚第1、第2付節に密生する短毛から来ている (写真クリックで拡大表示) (2011/07/07)  このアシナガバエの前脚第1、第2付節には、その両側に短毛が密に生えている(上)。これがこの種の一大特徴で、「ウデゲヒメホソアシナガバエ」の名称は此処から来ている。 雄の尾端.田悟氏報文の176図と基本的に一致する (写真クリックで拡大表示) (2011/07/07)  最後に雄の腹端部(交尾器)である(上)。田悟氏の報文に載せられた図と基本的に一致しており、類似した交尾器を持つ種は他に見当たらない。これは、この種が「ウデゲヒメホソアシナガバエ」であることを示す、最も決定的な証拠である。  本種は、一昨年の夏に双翅目の掲示板「一寸のハエにも五分の大和魂・改」で御検討頂いた種で、その結果は既に拙Weblogに載せてある。その時は、私が生態写真しか提示しなかった為、三枝先生がお手元の標本の中からよく似た種を探がす労を取られ、それをChrysosoma属である可能性が高いと判断された。今回の田悟氏の報文で、このアシナガバエは同亜科別属のAmblypsilopus属に属すことが示されたが、この不一致は、私が写真のみ、しかも雌の写真しか提示せず、細部を検討出来る標本を作らなかったのが原因である。私が、虫を殺さないと云う我が儘を通した為、結果として三枝先生には大変な御迷惑を掛けてしまった。先生には、此処に深くお詫びする次第である。  しかし、Chrysosoma属とAmblypsilopus属は非常に近い間柄にあり、このウデゲヒメホソアシナガバエの正確な所属については今後検討の余地があるとのこと。先生に御迷惑を掛けてしまい、すっかりショゲ返って居たが、これで少しは気が楽になった。

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