マガイヒラタアブの幼虫(3齢=終齢)
うかうかしている内に、前回の更新から2週間近くも経ってしまった。どうも、少し間が空くと、ついつい面倒になって、書き込みをサボリ勝ちになるものの様である。 今日は、昨年の晩秋にコナラの葉裏に居たヒラタアブ類の幼虫を紹介する。この幼虫は飼育して、最終的にマガイヒラタアブ(Syrphus dubius)の幼虫であることが分かった。成虫については何れ紹介するが、どうしても今すぐ成虫を見たいと云うセッカチな御仁はこちらをどうぞ。マガイヒラタアブの3齢(終齢)幼虫.頭は右側、体長は約15mm後気門の他に、刺毛を伴う感覚器が認められる(写真クリックで拡大表示)(2010/11/23) 昨年秋に「クロツヤテントウ」を紹介した時、「今年は猛暑だったそうで、そのせいか、テントウムシ、特にダンダラテントウが少ない.御蔭で、我が家の外庭に植えられているコナラの葉裏にはアブラムシがビッシリと付いて甘露を排泄し、その下のスレートは毎日洗ってもベトベトの状態が続いている」と書いた。しかし、よく調べてみると、コナラの葉裏に今まで見たことのないヒラタアブ類の幼虫が2種類居た。言うまでもないことだが、これらのヒラタアブ類の幼虫はアブラムシを食べて成長する。 その内の1種が今日紹介するマガイヒラタアブである。もう一方の種類は、居間(室温、長日条件)で飼育したにも拘わらず、全個体が冬眠体勢に入ってしまい、未だに正体不明である。かなりの数を確保してあるので、越冬に失敗する個体があっても、何れはその正体が判明するであろうと思っている。上の個体を横から見たもの.かなり凸凹している(写真クリックで拡大表示)(2010/11/23) マガイヒラタアブの幼虫は4頭を飼育したが、成長の進んでいた2頭は既に羽化し、遅く蛹化した2頭は未だに羽化していない。非常に色黒くなっており、一見死んでしまったかの様に見える。しかし、追手門学院が創立120周年の記念事業として行った「大阪城プロジェクト」の一つである「陸の動物たち」によると、マガイヒラタアブは「飼育観察例から冬期は成虫・幼虫・蛹すべての段階で越冬することが可能であることがわかった」とあるので、今後もう少し暖かくなってから羽化する可能性もある。斜め上から.後の方はボケボケ(写真クリックで拡大表示)(2010/11/23) 今日の写真は全て同一個体を撮影している。下の写真1枚を除いて、蛹化(前蛹化)する3日前の写真である(下の写真は蛹化直前)。ヒラタアブ類の幼虫は3齢が終齢で、1,2齢期は各期とも2~3(a few)日程度の短期間、3齢になってからは1週間程度(several days)から数ヶ月、種によっては1年以上を経過して蛹化するとのことである。従って、写真の幼虫は3齢であろう。 体長は約14mm、体は柔らかいし、頭部と前胸中胸は後胸に引き込むことが出来るので、その時々によって1mm以上の変動がある。上の幼虫の2日後.かなり太り赤味がさしている次の日には蛹化した.頭は上とは逆に左側(写真クリックで拡大表示)(2010/11/25) ヒラタアブの幼虫は御覧の通り蠕虫状、体節構造は不明瞭で、何処がどうなっているのか甚だ分かり難い。しかし、基本は普通の昆虫の幼虫と同じで、頭部、胸部(3節)、腹部(8節)より成る。各節は感覚器(感覚子:sensillum pl:sensilla)の分布を見れば分かるが、上記の写真からは一寸難しい。低倍率で外部的構造として明確に見分けられるのは、尾部にある後気門位なものである。頭部胸部を正面から超接写したもの.記号については本文参照のこと(写真クリックで拡大表示)(2010/11/23) しかし、体の前部を高倍率で撮影して見ると、それなりの構造が認められる。上の写真で、Aは前胸にある前気門、ハナアブ類の幼虫は体の前後に1対ずつの気門しか持たない(双気門型)。BはAntenno-maxillary organと呼ばれるもので、日本語で何と呼ぶのかは調べてみたが分からなかった。antennaは「触角」、maxillaは「小顎」乃至「上顎」の意だが、まァ、機能的には触角に相当するものであろう。これは頭部にある。 CとDで示した小突起は体の最前部に位置し、何らかの感覚器であろう。Cは上下左右4個もあるので、この中心が口なのかと思ったが、これは誤りで、口はAntenno-maxillary organの下側(腹側)にあり、写真からは殆ど見えない。このC、Dの突起は前胸に属す。上より少し横から見たマガイヒラタアブ幼虫の前部.先端部は捕食の際に吸盤的な役割を果たすのではないかと思われる(写真クリックで拡大表示)(2010/11/23) この部分を少し別の角度から見ると、上の写真の通りで、全体が台状に盛り上がっている。クロヒラタアブの幼虫がアブラムシの幼虫を補食しているところを見ると(近日掲載予定)、どうもこの部分で獲物を吸い付け、その下から口器を出して獲物を食べる様である。 口器の主要部分は、捕食中には少し見えることもあるが、普段は体の中に引き込まれており良く見えない。上や下の写真で、体の中に透けて見える黒いものがそれである。頭部胸部を斜めから見た図.記号A、Bは前の写真と同じ記号Eについては本文を参照されたし(写真クリックで拡大表示)(2010/11/23) 少し斜めから見ると、頭部胸部は上の写真の如くである。第1腹節にあると思われる「E」の突起は、「一寸のハエにも五分の大和魂・改」に問い合わせたところ、ezo-aphid氏よりnon-functional spiracle(機能のない気門)ではないかと云う御意見を賜った。しかし、どうも良く分からない。non-functional spiracleと云うものがヒラタアブ類の幼虫にあるのは確かなのだが、Eの突起は写真の他の部分に見られる一般の感覚器と同じものなのかも知れない。後呼吸器突起.褐色の筋状の隆起部分が本当の気門上から、背面、後面、斜め横(写真クリックで拡大表示)(2010/11/23) 前気門は小さ過ぎてその構造が良く分からない。しかし、後気門(上の写真)はずっと大きいのでかなり良く分かる。左右に分かれて1対あるが、基部は3齢幼虫では癒合している(ヒラタアブ類の1、2齢幼虫では分離)。今まで「後気門」と書いてきたが、この突起は正確には後呼吸器突起と呼ばれるもので、本当の気門は褐色をした筋状の隆起部分である。写真からは良く分からないが、この気門の正中線に沿って隙間があり、そこから空気を出し入れする。 この気門の形状や配列は、幼虫同定の際に極めて重要な指標となる。 尚、ヒラタアブ類(ハナアブ科)の幼虫には眼がない。アブラムシを捕食するのを見ていても、全く行き当たりばったりで、目の前にアブラムシが居ても体が接触しない限りは全く捕食行動を取らない。昼夜の区別は出来る様なので、何らかの光受容器はあると思うが、手元の文献には何も書かれていない。一般に、ハエ類(ハナアブは名前は「アブ」でも「ハエ」の仲間)の幼虫には眼はないらしい。 今日の記事は、一部は北隆館の古い「日本幼虫圖鑑」を参考としたが、多くはハナアブの研究者として知られる市毛氏にお教え頂いた「Rotheray, G. E. (1993) Colour Guide to Hoverfly Larvae. Dipterists Digest No.9」に拠るものである。この本の御蔭で、ハナアブ類幼虫について基本的な知識を得ることが出来た。市毛氏には、この場を借りて御礼申し上げたい。