島田荘司「寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁」
吉敷竹史ものの記念すべき第一作目。
最近吉敷ものが面白い。
氏と言えばやはり御手洗潔ものが有名であるが、こちらのシリーズも抜群に優れていて、御手洗ものだけしか読んでいないとあまりに勿体ない。
御手洗ものの特徴と言えば超の付く奇人で天才である御手洗潔を探偵役に、幻想的な謎に端を発する奇っ怪な事件が起こり、奇想天外なトリックが用いられている事である。
それに対して吉敷ものは、主人公の吉敷竹史は真っ当な刑事であり、事件を丹念な捜査で暴いていく。
そして事件の背景にあるのは社会の闇や人の想いであり、社会派ミステリのような面もみられる。
同時にこのシリーズには列車が出てくる。
様々な土地に吉敷が赴き、トラベルミステリのような様相も呈す。
しかし謎は相変わらず幻想的であり、事件はなんとも派手なものとなっている。
事件は有り得ない程に派手なものであり、事件以外は実社会に根ざしたものである為、その印象の乖離によって、御手洗ものよりも一層幻想怪奇な雰囲気が際立っている。
本書では自宅の浴室で顔の皮を剥がれた女の屍体が登場する。
のみならず、その女が死亡推定時刻の後に遠く離れた寝台特急の中で目撃されているという、本当に摩訶不思議な謎が提示される。
用いられたトリックは非常に良く出来ており、顔の皮を剥いだ動機等は特に秀逸だ。
また、犯人被害者共に設定が凝っており、二転三転する展開と相まって印象深い読後感を与えてくれる。
最後に明らかになる犯人の人物像はかなり醜悪で、そのフーダニットを隠す仕掛けは巧みの一言。
吉敷竹史を筆頭に、捜査陣側の登場人物が皆好人物なのも忘れてはいけない。
特に吉敷と牛越である。
実直な牛越は今にも吉敷を喰いそうな程の活躍を見せ、尚且つその優しい人間性には吉敷でなくとも惹かれてしまう。
後に「北の夕鶴」事件でも二人の関係はここから始まったのだ。
謎、トリック、人物全てが魅力的で、読み易さまで兼ね備えている本書は、ミステリのお手本とも言うべき一冊。
吉敷もの、必読である。