島田荘司「夜は千の鈴を鳴らす」
吉敷竹史ものの第九作目。
寝台列車の個室で敏腕女社長が死んでいた。
どう見ても心不全による突然死であるが、唯一吉敷だけが殺人を疑った。
犯人の目星は付いている。
しかし根拠が無い。
完璧な不在証明もある。
吉敷は奔走する。
アジア二度目の五輪となるソウル五輪からアジア初の五輪である東京五輪まで、二十四年の時を越えて隠された物語を掘り起こす。
被害者と容疑者に奥行きが生まれ、吉敷はやはり犯人を確信するも、それでも真相は遠い。
最後の段で漸く真相を看破するが、吉敷の想いは虚しく散る。
過去と現在二つの事件が描かれるが、現在の事件で用いられたトリックはかなり早い段階から指摘されている。
本書で主眼となるのは既に迷宮入りとなった過去の事件である。
こちらのトリックは前例のあるもので、しかもその前例が日本ミステリ界に於いて屈指の大作家による屈指の大傑作という事もあり、相当早くに読めてしまった。
しかも前例の方が謎が鮮烈で魅力的なのだ。
物語の部分は申し分無いのだが、ミステリとしては評価し難い。
本書は島田作品の中でも主流ではない吉敷竹史もので、それもシリーズ中でも代表作とは言えない作品である。
これを読む人は恐らく本格ミステリが明確に好きな人に限られるであろう。
であれば、日本ミステリの宝である前例を読んでいないとはなかなか考え難いのである。
惜しい。