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海外で働く建築士の独り言

2013年06月17日
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カテゴリ:日本史
今日、アベノミクスで「三本の矢」という言葉が連呼されている。
「三本の矢」とは、毛利元就の有名な逸話に由来する言葉である。

三本の矢については、また別の機会に毛利元就でお話をするとして、、、これとNHKの大河「八重の桜」にちなんで、幕末以来のトリビアをお話をしておきたい。

毛利家は、すなわち長州藩のことである。西郷さん、小松帯刀で有名な藩は薩摩藩である。この2つの藩に、土佐藩の郷士(元長宗我部家家臣)が手を結ぶようにして幕末の明治維新が断行された。

これら3藩は、1600年の関ヶ原の戦いで西軍に所属した豊臣軍である。まさに、徳川15代の長き年月を経て、徳川対豊臣の戦いの恨みを果たしたのである。そのため、その恨みも強く、本来は徳川打倒。徳川慶喜許すまじ。であったが、幕臣勝海舟の奔走にて徳川宗家の安泰を実現させたのである。

その冷めやらぬ恨みを一手に受けたのが、「八重の桜」で有名な会津である。会津松平家の藩祖である保科正之は、第2代将軍徳川秀忠の4男であり、徳川の流れを組むことから、薩長の敵とされてしまった。これは、同じ日本人が殺戮し合うという悲しい話となってしまった。。

そして、この後、この革命を起こした藩が中心となって、明治政府を樹立することとなり、政治は今も続いているのである。冒頭の安部首相は、確か所信表明のときに長州出身の政治家という話をたくさんしているが、彼は山口(長州)の出身である。また、長州は毛利、すなわち毛利元就の藩である。



さて、面白い話というのは、安部さんが山口(長州)出身ということではない。




日本の紋章

これ、日本の政府の公式な紋章である。「五七桐」という。




この紋章、足利家など征夷大将軍家が天皇陛下より賜ってつかった紋章ではあるが、徳川の政権時代にはほとんど使われていない。明治政府より前に使ったのは、そう豊臣秀吉であり、豊臣家(羽柴家)の正式な家紋でもある。豊臣秀吉で検索すると全く同じ家紋がでてくる。



そう、考えようによっては、我々は豊臣時代に住んでいるとも言えるのである。
長州、薩摩、土佐これらの藩士たちが設立した時代という印でもあろう。
なんとも、粋な話ではないか。1600年前の恨みを果たし、そして今日の平和な日々は豊臣家の流れを組んでいると。。。歴史とは面白い。







予断であるが、現在、徳川宗家、毛利家、島津家については、末裔が今でも続いており、少し古いが先日一同に会している。

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写真は、右奥から反時計回りに

徳川家広氏:徳川宗家第19代(現当主恒孝氏の長男)
島津忠裕氏:島津家 第33代(現当主修久氏の長男) 
毛利元栄氏:毛利家 第34代(現当主元敬氏の長男)
司会(右手前)調所一郎氏:薩摩藩家老 調所広郷7代目

【月刊目の眼 2010年1月号 11月27日発行より】

である。詳細については、目の眼のバックナンバーをご覧いただきたいところである。
しかし、歴代の当主が現代まで続いているのは、日本人としてとても誇り高い気持ちになる。
これからも、日本の歴史は大切にしたいものだ。












最終更新日  2013年06月17日 15時52分14秒
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