アフィリええっと?(笑)

2009/05/19(火)16:09

高河ゆん『サフラン・ゼロ・ビート』

漫画(351)

サフラン・ゼロ・ビート 神の手 それは冷たい 命をつれていく 氷の 神の手 それは熱い 燃える何かの このところ学生時代に愛読していた初期の高河ゆん作品を読み返してます。 犬機能(パブロフシステム)を持つ旧式医療用ロボットDC160-A個体名「カドミウム」と、科学マニアの鋼さつき(はがねさつき)のラブストーリーです。 別冊ぱふ'88 Early Summer号に掲載された読み切り『サフラン・ゼロ・ビート』と、ウィングス91年9月号に掲載された続編『サフラン・ゼロ・ビート II HANDS OF GOD』の二部構成で、続編を描いた時点ではまだ、徹底的に科学を拒否しカドミウムを破壊するためにつけ狙う教団の名が「清教徒(アーミッシュ)」でしたが、単行本化された時に両作の「清教徒」の部分が「アナベル宗派」に差し替えられています。 これは「清教徒」表記の「別冊ぱふ」からの図案です。 高河ゆんは1990年に一年間の「休筆」をしたので、第一部は休筆前の作品、第二部は復帰直後の作品で、物語としての連続性はありながらも、その作風はかなり変化しています。意表を突く巧みな言葉の使い方は健在です。 両親がアナベル宗派だった鋼さつきは修学旅行の宇宙船内で、科学を拒否する、自分の大嫌いなこの信者達に狙われるロボットの少女・カドミウムを救う。 自分が13歳の頃火事に遭い、皮膚移植を拒否して死んでいったさつきの両親。刺青は嫌だしTVも見たい、自動車にもバスにも乗りたいと一人入信を拒否し、その自分を置いて勝手に死んでいった父と母。その痛みは忘れない。 アナベル宗派が嫌いだという理由でカドミウムを助けた鋼、しかし特定の個体を人工的に愛する「犬機能」を持ち、500年前に死んだマスターを今でも愛し続けその機能をひたむきに守ろうとする彼女に惹かれていきます。縄で人を拘束する「縛り」が好きな鋼。「縛りは好き だってそうすると 自分のものみたいに思えるでしょお」。自分をがんじがらめに縛り上げる嵐のような、そんな恋に焦がれている。 ロボットに固有名詞など必要ないとカドミウムを破壊しようとするアナベル宗派の過激派は、「愛は人の心にあるものだからだ」とその犬機能ごと彼女の存在が許せない。カドミウムを気に入ったから助けてあげるとその名を呼ぶさつきに彼女は「それは……お前のための名前じゃない マスターのものだ」と答える。 ポリシーのために発砲するアナベル宗派に対して機能を守るために戦闘モードを発動させるカドミウム。鋼に「あぶない カドミウム!!」と名を呼ばれ、マスターの声が瞬間に五〇〇年を超える。どんな長い時間も。 「しかし期待を裏切って悪いが私は愛されていたのだ! 必要なくなんかなかったんだ!」 隕石雨の中、原子炉を封鎖しに向かうカドミウムに鋼は自分を登録してくれと懇願する。「だめ たったひとりしか登録できないから」ときっぱり拒絶するカドミウム。「マスターは絶対解除しないからだめ!」。 その言葉に打ちのめされ、自分を愛さないと断言したカドミウムを決定的に好きになってしまう鋼。 本当は「犬機能」などなかったと本当のことを言うカドミウム。ただ自分がマスターを好きになっただけ。人間の体温の下にも冷たい機械の体の中にも同じようにしのびこんでくる、捜すことも作ることもできない、でも確かにそこに存在する、忘れることも後悔することもできないなにか。 続編の『HANDS OF GOD』はあの修学旅行から4年後、ハワイで同棲する、成人した鋼さつきとカドミウムを描いています。完成度で言えばこちらの方が断然上です。鋼とカドミウムが「通じ合えた」ということで、物語がきちんと完結したという処でも私は気に入ってます。 これが掲載された「ウィングス」1991年9月号は創刊100号記念特大号で、『HANDS OF GOD』は巻頭カラーでした。 (20年前の雑誌がまだ手元にある自分の家のカオスをなんとかしたい…) 高河ゆん公式ファンクラブ「CYC」のペーパーで確認すると『約束の夏』前編50Pと同時期の仕事でした。 『約束の夏』は『日本漫画家大全 高河ゆん初期傑作集』(双葉社)に採録されているので別の機会に取り上げたいと思います。 高河ゆん アナベル宗派の支部の少ないハワイで平穏な日々を送っていた二人。学生時代から鋼がいいと思っていた清美もモデル(ボンデージではなく普通の)になり、武者小路という医者のお隣さんもいる平和な毎日。いぬ、ねこ、かに、色々な指影絵を作る鋼の手をカドミウムは「鋼の手は--器用だな!」と感心する、「不器用だな カドミウムは」と笑ってキスをする鋼。そんな日々の中、機械を使うはずのないアナベル宗派からの警告が届く。赤外線追跡機が捉えた侵入者の体温は千度以上。カドミウムの前に現れた、女神を自称する少女は「DC160-A」と呼びかける。「違う カドミウム 人間みたいに呼んでくれ」と答えるカドミウム。 女神の「炎の手」で燃やされる家。部屋にはマスターの写真があると、さつきの手を振りほどいて焼け落ちる建物に向かうカドミウム。 500年前に死んだ男の子に嫉妬する自分を最低だと思うさつき。「マスターは私をすごく大事にしてくれたんだ! 私はマスターのために作られたんだ! 愛されてたんだ!」と大昔に死んだ少年の写真を部屋に飾った時のカドミウムの言葉が甦ります。どうせ自分は4年しか一緒にいない。 人間になりたいのかと訊く武者小路先生に、永遠に生きられる医療ロボットのカドミウムは「死ぬものになりたい」と答えます。 アナベル宗派の女神に祭り上げられたカオリは大人にはならず永遠にこのまま変わらないと誓う。対してカドミウムは永遠には生きられない鋼にいつか置いていかれる。置いていくほうより置いていかれるほうがつらいのを知っていて鋼と一緒にいるカドミウム。医療用ロボットである彼女は鋼が愛していた野良猫の寿命を知っており、猫の死を武者小路に口止めします。火事騒ぎでいなくなったと伝えてくれと。 武者小路の口から猫が死んだと聞かされた鋼。「先に死ぬってわかってただろう わかってて愛してたんだろ」「--…そのつもりだった でも……うちのねこだけは死なないと思ってた」。 相手がロボットだという現実に直面する鋼の葛藤、自分は人間で必ずカドミウムを残して死んでしまう、「いーじゃん今がよければ ロボットなんてそのうちあきるんだから」という武者小路の言葉。人はいつか死んでしまうのに何故人を好きになるのだろう?という事を考えさせられ、胸が痛みます。ましてカドミウムは外見は少女でもロボットですから。 女神が襲来し、鋼の右手を切断し奪っていく。17時間以内に切られた手を取り戻しに来いと言われるカドミウム。カドミウムはマスターの写真を破り捨て、決意を秘めてアナベル宗派の支部へ向かう。「ねこがきっと守ってくれる」と。 破り捨てられた写真を見て激しく後悔する鋼。 「SEXもできないのに好きなの」と訊く武者小路に鋼は「--……できるよ」と答える。「手をつないで 抱きしめるんだよ 髪をなでて」。激ばかプラトニック?と馬鹿にする武者小路に「SEXだもん!」と言い張る鋼。「大好きなんだ カドミウムが」。カドミウムが自分を好きなことなどとっくに知っていて、それなのにどうして写真を破らせてしまったのか。 大人になどならないと言う女神の全身の刺青を見て、もとどおりきれいに治してあげると言うカドミウム。「人間のために生まれたんだ 私は人間の役に立つために……!!」 「……それは違うよな」「俺のために生まれたんだよ きっと」と答える鋼。神秘も奇跡も何も起きず、鋼はカドミウムとの間に子供もつくれずにいつか彼女を残して死んでしまうわけですが、束の間でも誰かと愛し合っていたこと、その気持ちを大切にしていたことに意味は必ずあるのだと感じさせられます。猫に死なれ鋼が「置いていかれる」者の辛さと同時に自分もカドミウムを残して死んでしまうのだと思い知り、それでも彼女が好きだというお話ですが、「何のために生まれてきたか」という処まで掘り下げ、表現方法も巧みなので愛おしい読み応えです。 鋼 ずっと いっしょにいよう たとえ いつか 消えなければならないとしても ずっといっしょにいよう いつまでも愛していようね 人間のようにロボットのように--- お薦め度:★★★★☆ この単行本が出た1993年に高河ゆんは結婚しました。 透明ブックカバー☆A5版用ブックカバー(5pack)☆ にほんブログ村

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