長野オフ2005(前)長野オフ2005■1 ~十五夜~ 助手席に《ミミ》を乗せたキューブは、中央道の渋滞にハマりなかなか東京を抜け出せずにいた。3連休の初日。渋滞を避ける目的で出発時刻を昼にしたがあまり効果はなかったようだ。彼女は渋滞に苛立った風でもなく、自動的にしゃべり続けていて、私はリズムよく相槌をうっていたが、途中から完全に沈黙しても、ミミの話はやむことがなかった。 「そういえばもう2年になるね」 ミミと初めて会ったのは2年前の夏だった。あるブログサイトで知り合ったミミを旅行に誘った。会ったこともない男の旅行に乗るとは思えなかったが、京都の友人に会いに行く旅行だといったら、すぐに彼女は行くことを決めて私を驚かせた。 あれから2年経った。学生だったミミは就職して社会人になったが、なにも変わっていないようだった。 「カラコと会うのこれで2回目なんだよね。2回じゃなくてもっと会ってるような気がする。」 ミミは他の誰もなく、カラコに会うのが楽しみだということを強調して語った。数えてみれば最初の京都以来、確かに2回目なのは間違いなかった。最初に会ったときに、初めて会ったような気がしないということを言っていたことを思い出した。私もたまに、もっと近いところにいるような錯覚をしてしまうことがある。 この日9月17日に、2年ぶりに彼らに会えることが決まった日ミミは、まっさきにカラコに連絡して会える喜びを伝えた。どこで行われるかとか、他に誰が来るのかとかそういうことは、あまり気にしていないようだった。とにかくカラコや、仲間たちに会えることだけを楽しみにしていた。 前日は興奮して眠れなかったらしく、4時に寝て5時に起きてしまったという。1時間しか寝ていないにもかかわらず、レンタカーで借りたキューブの中で、眠たそうなそぶりを見せるどころか、クルマの中で彼女の一人しゃべりがやむ事がないほどだった。 「うっちゃん熱出しちゃってさぁ。」 ミミが一度、東京の仲間に会うときに、友だちの女の子を連れてきたことがあった。友達は《うっちゃん》といい「ミミの友人」という肩書きだけで我々の集まりに参加し、すぐに打ち解けた。「うっちゃんを生涯最高の友だちだよ」とミミは自信たっぷりに言う。私にはそんな最高の友だちと自信を持って人に伝えられる友人がいるのだろうかとも思ったし、そこまで断言して裏切られたときのリスクを省みないミミの強さがまぶしくもあった。 うっちゃんは熱を出してこられなくなった。2年前と同じ、また2人旅になってしまった。ミミも私も、あの時となにも変わっていないように思えた。新幹線が、レンタカーになっただけだと思っていた。 《ジャージ》は2年前、大阪から長野へ移り住んだ。 山に囲まれた土地で暮らしたいというただそれだけで、大阪の仕事を辞め、長野で仕事に就いた。週末には、自転車で山に登ったり、スキーを担いで雪山に登り、新雪を滑り降りたり、日本アルプスを制覇したりしている。 北アルプスの山稜を一望する水郷、安曇野に暮らすジャージが、温泉地帯に別荘を借りた。信州は安曇野穂高町に、大阪と東京から、それぞれ集まることになった。 別荘の広大な敷地でバーベキューをするかもしれないこと以外、ほとんど何も決まっていなかったが、それでもよかった。もっと奇跡的な何かが起こるかもしれない期待が、どこかにあったからかもしれなかった。 東京を背にして神奈川をショートカットし、山梨に入る頃になると徐々に渋滞は解消されていった。青く高く透明な空を見上げ、スピードを上げはじめたキューブの全開の窓からは、からっと乾いた風が入ってきてミミの髪の毛を巻き上げた。オレンジのような香水の香りが舞って鼻腔を刺激した。横目で助手席を盗み見た。シートに深く身を埋めたミミは視線に気付かないようなふりで、乱れた髪を直そうともしなかった。 「カラコたちは何時ごろに着くの」 我々の乗るキューブが何時に着くのか気にするより前に、カラコたち大阪から来る連中の到着時間をミミは気にした。 「さあたしか、夜中の3時か4時かそれぐらいっていってたかな」 「えーそんなに遅いの?あたしそれまで起きてられるかな、飲んだらすぐにねちゃいそう、もっと早くこないかな、ねえ、もっと速くきてってゆって」 「祈ってろよ、速くこいって。真剣に願ったことはさ、なんでも叶うんだよ、知ってた?」 「それ聞き飽きたよ、関係ないよそんなの」 祈り方が足りないんだよ、とはいわなかった。 大阪からは《カラコ》と、カラコの夫の《こすりつけ最高》と、こすりつけの自転車仲間の《PCB》、そしてカラコが「にいちゃん」と呼んでいる《おおフランス》の4人が来ることになっていた。 彼らとは最初、自転車の話をするネット掲示板で知り合った。 本来自転車の話をすることが目的の掲示板で、我々はほとんど自転車の話をしなかった。中でも《おおフランス》は、掲示板の空気を壊し、機能不全に陥らせる「荒らし」として登場した。閉鎖的で巨大なネットコミュニティーでは、過剰な自己防衛機能が働くことがある。フランスはすぐに「敵」とみなされ、一斉に攻撃が始まった。しかしフランスがそういった攻撃に屈することはなく、アレルギー性の過剰反応は増大するばかりだった。煽られたフランスもますますチカラを蓄えてゆき、もはや戦場と化した掲示板サイトは、無差別的な爆撃や集中砲火が飛び交う焦土寸前となっていった。 フランスへの徹底抗戦機運が高まるその一方で、カウンターとしてのシンパのような一群も台頭してきた。フランス反対派とそのカウンターが対立・衝突することで、フランスをめぐる戦争は、政治へと視点をシフトさせてゆくことになった。 政治的局面においても中心的な役割を演じたフランスとの直接交渉の場を持つため、我々は長い時間を使い限りない交渉を続け、周到な準備を進めた。ようやくフランスを外交の場に着かせることに成功したと思ったら、こちら側の外交担当だった《こすりつけ最高》は寝込んでしまい、フランスは電話で「やっぱやめとくわ!!」と言い出した。交渉と説得を重ねること数時間、やっと登場したフランスを見た我々は、その驚きを隠さずにはいられなかった。ガキ大将のような存在感や威圧感を湛え、いたずらっこのように攻撃的で好奇心に溢れた目を持つフランスは、彼が掲示板を荒らしている姿を一瞬にして想像できた我々のイメージそのままだったからだ。 以来フランスの魅力に取り付かれたようになった我々は、たびたび彼をとりまいて集まるようになっていった。その中においても彼は持ち前のリーダーシップと求心力を発揮して、皇帝か暴君のように振舞っている。 祭りには、神輿が必要だ。 岡谷JCから長野道へ分かれた。遠くの空がオレンジがかっていた。ミミの話すことの中には仕事の話題が加わっていた。ミミの普段のしゃべり方やメールの文面から、彼女がオフィスで働く様子はまるで感じられない。そういえば、これから集まる友人の中で誰一人として仕事をしているときのイメージが浮かんでくる奴はいないことに気付いた。バカ騒ぎしてるところしか見たことがないからかもしれない。きっと明日もそうなるに違いない。仕事のことなんか、すっかり忘れてしまうだろう。 松本ICを降りて市街地へ出た。直線的な幹線道路の周囲には大型のチェーン店がデタラメな色使いの看板を掲げて景観を台無しにしていた。松本城へ向かった。細い道には屋根の低い古ぼけた店が立ち並んでいた。観光客にとっては、古い店のたたずまいを大切にしてほしい期待はあるがそれはエゴで、住民には郊外の大型店のほうが便利に違いないのだろう。 ライトアップされた松本城二の丸に入ると、笛や弦楽器の奏でる調べが仲秋の名月を彩っていた。天守閣の前の芝生に寝転んで、フルートの演奏をきいた。月がまぶしくて、夜は深い蒼だった。 ■2 ~シンデレラ城~ 仕事を終えたジャージと合流したのは、松本城の大手門前だった。 薄明かりの街灯の下で待つ我々を見つけもジャージは、軽く顎を揺らして確認したことを知らせるだけだった。ルーフキャリアのついた大きな紺色のワンボックスから降りてきたジャージは、笑顔を差し向けるでもなく、助手席の荷物を無造作に後ろへ移動させて、フロントシートを空ける作業をした。再会を祝うでもなく、長旅の疲れをねぎらうでもなく、「2人とも前や」とだけ短くいった。身のこなしには隙がなく、表情には無駄がなく、ただ淡々と必要なことだけを指示し、必要なことだけを話すジャージが、私は嫌いではない。 「メシはどうする?前にゆうてた中国薬膳ならすぐこの近くやねんけど」 「ビール飲みたいんだけど、飲んでもいいと思う?」 「あかんやろな」 「ヤクゼン食べたい。ヤクゼンってどんなの?香草とかあたし好き。体にいいんでしょ」 「ビール飲まずに中華ってのはちょっと考えられない。別荘についてからメシ、てのはどう?」 「どっちでもええで」 「ヤクゼンにしようよ、絶対ヤクゼンがいい。だっておいしいんでしょ?わたし運転するから。こうみえても運転好きだもん」 中華にビールがないことと、ミミに生命を預けることを秤にかけたとき、微妙だったがビールがないことの方がつらいと思った。そうして薬膳行きが決まった。 ジャージに誘導されて川沿いの小さな店に入った。店内は虎を描いた水墨画や、エキセントリックな骨董品や、黒檀の家具で調度されていた。よくある中華料理屋と何も変わらないんじゃないかとも思った。 大皿が次々と運ばれてきた。注文した時点ですでに多すぎるような気がしていた。食いきれるかどうか、自信がなかった。 麻婆豆腐を口にした。皿の上に乗っかっている麻婆豆腐をしばらく見た。ミミと目を合わせた。「おいしい!」ミミは何を食ってもおいしいというに違いなかった。ジャージを見た。すこしニヤリとしながら、彼は顎を揺らすだけだった。咀嚼した。経験したことのない味だった。甘くもなく辛くもなく、濃くもなく薄くもなく、新しくも古くもなく、全ての目盛りがゼロを指していた。特徴がつかめないのに、おいしいと感じた。不思議な味だった。中国茶のような香りがしていた。それも薬膳という先入観があったからかもしれない。 豚の角煮もおいしかった。なんだろう、味の粒子が舌を刺激し脳に信号を送った挙句の「おいしい」という感覚ではなく、どちらかというと映画を見ているときになんだかわからないけど涙腺が緩んでしまった、という感覚に似ていた。 食いきれるはずがないと思われた料理は全てなくなり我々は店を出た。 ジャージのワンボックスが先導し、ミミが運転するキューブでジャージの家へ向かった。ミミの運転は予想したほどあぶなっかしくはなく、左に寄りすぎて路肩スレスレだったこと以外は安心していられた。 ほどなくジャージ邸に到着した。一軒家、それも2LDKという贅沢な間取りの家だった。都会だったらいくらの家賃で借りられるだろうか。 ジャージがシャワーを浴びている間、外に出てタバコを吸った。きれいな空気をタバコの煙で汚しているような罪悪感を少しだけ感じた。 「あたし長野に住もうかな。だってこんな家にすめるんだよ、絶対長野だよ」 たしかに仕事さえあれば、こういうところに移り住むのも悪くはない。しかし私はミミと違い、よく考えてからでないと大事なことは言葉にできないタイプだ。 ジャージの荷物をクルマに積んだ。別荘を目指して出発した。 街灯もない真っ暗な道を、ジャージのクルマのテールライトだけを頼りに走った。ミミのハンドリングは少し鋭角的で、性格を投影していると思えば受け入れられた。林道から別荘地帯と思しき山道に入った。道の傾斜が上がるにつれ、先導するワンボックスのスピードもあがった。「ちょっと速くなってない前のクルマ?」ミミは鼻息を荒くし必死についていこうとする。複雑に折れ曲がった急勾配を登り続けると、ジャージのワンボックスが道を逸れて停車したようだ。150坪からあると思われる敷地には、白いキャビンハウスが2棟。一方は2階建てでシンデレラ城のような尖った屋根と広大なバルコニーを擁している。もう一方は勾配に沿って建てられた木造平屋。クルマを降りたジャージは、「こっちや」といって、シンデレラ城ではなく平屋のほうをあごで指した。 間取りでいえば2LDK。しかしリビングダイニング20畳、洋間10畳、和室10畳、森林を一望できる露天を兼ねた浴室には、3人ぐらいは一緒に入れる浴槽が配置されていた。ミミはダイニングに備え付けられたのカウンターに腰をかけて、「あたしここに住みたい!」と無茶なことをいった。私は掘りごたつ式のテーブルを囲む畳敷きのリビングに横になっていた。「ここ気に入った。住みたくない?住みたいよねえ?」とミミはしつこく話しかけてくる。 確かにこんなゴージャスな家に住みたくないわけはないんだけど、そもそもここは他人の家だし、住むとしても仕事とか金とかどうするの。という現実的なことを言うは面倒だったし野暮ったい。「うん、住め」とだけいって。畳と座布団に寝転がる心地よさにしばらく浸った。 別棟から布団を運び出したり、シンデレラ城を探検に行ったりした。シンデレラ城は、ジャージが勤める会社社長しか使えないとのことだった。4つあるゲストルームの全てがホテルのような内装になっていた。 ひとしきりの仕事を終え、リビングに戻った我々は、あとは大阪から来る連中を待つだけになった。ウノとオセロを持ってきていて、鞄から取り出して遊んだ。ルールが全員うろ覚えだったため、説明書を読むところから始めたウノは、神経質な駆け引きと大胆な戦略が必要な複雑で面白いゲームだったことを再認識した。 ジャージの携帯が鳴った。大阪組が到着したらしい。まだ深夜1時前だった。 「だいぶ速くついたね、これから飲めるじゃん」 水割りを飲み干したミミは新しい酒を作りにカウンターへ向かいながらいった。 「願いがかなったんじゃないの」 「まあね、キラーン☆」 ■3 ~スイング~ タイヤが砂利を踏みしめる音が静寂を破った。 もう1台のクルマが到着したようだった。やがてドアの音がして、にぎやかな話し声が聞こえてきた。解放感が気配で伝わってくるようだった。出迎えることも考えたが、やめて待つことにした。玄関の扉が開いてにぎやかさのボリュームが上がった。ミミが入り口のほうに目を向けた。ぞろぞろという足音がした。 《こすりつけ最高》と《カラコ》と《PCB》が入ってきた。 丸い顔をさらに丸くしたこすりつけは、視線を私に向けたまま放さなかった。荷物を置くときもビールを開けるときも、座るときもしゃべりだすときも、ずっと私の目を見たままだった。逸らしたほうが負けというルールのゲームを仕掛けているようだった。こすりつけの表情は笑っていたが、態度はひどく挑発的だった。 PCBはどういうわけか、最初から座る場所が決まっているかのように、迷わず窓に近いところに座った。輪の中に積極的に関わるでもなく、外れてふてくされるようにするでもなく、どっちつかずの見えない線上に位置取りPCBは寝そべった。南海の黒豹のような風貌を持つ彼は、自身の存在感を打ち消そうとしているかのようだ。 カラコは髪の毛を柔道のヤワラちゃんのようにまとめている。モデルのように長い手足と白い肌は、ヤワラちゃんとは似ても似つかない。しかし今日は白い肌が余計に白さを増しているようにも思えた。それが車酔いのためなのか、美白ファンデーションのためなのかはよくわからなかった。カラコはリビングではなく、台所を背にしてカウンターの中に立った。あたかも自分の領分だというように腰に手をあて、リビングにたむろす我々を俯瞰するポジションについた。 「おーう、ちょっ!なんやもう飲んどるん?!」 50メートル離れた隣の別荘にまで聞こえそうなぐらいの大きな声がした。《おおフランス》が入ってきた。どういうわけか、アコースティックギターを持って現れた。ギター以外の荷物は誰かに運ばせたらしい。ブルーズを4ビートのスイングにして刻みながら、プレスリーのような足取りで入ってきたフランスは、完全に自己陶酔しているようだった。サビを決めてポーズをとって、じっくりとリビングを見渡すフランスの顔が、いつもよりちょっとシャープになっていた。 「ま飲もうや、ちょおれにもビール持ってきてんか?や、その前に荷物置かんとな、あそうやこの別荘どんな間取りやん?どんな間取りなん?どないなっとん?ちょジャージいつまで飲んどるんはよ来いや、え?結構ひろいやんけ、な、な、こんらなんでもできるなあ、なジャージ何してもええんやろ?ええな。あジャージこら結構広いやんけ」 フランスはジャージをガイドにして別荘の中を探索に行こうとした。 「フランスちょっと痩せた?」 シャープになった顔つきのことをきいてみた。 「そうやって言われるのがな、めっちゃうれしいねん」 フランスの代わりにこすりつけが答えた。 「最近ジムに通い始めて、めっちゃ健康的になってる」 カラコが補足説明を入れる。 フランスは照れくさそうに笑いながら部屋を出た。 邸内をひとしき探索し終えたフランスが席についた。すると自動的にビールやつまみが運ばれてきて宴会が始まっていった。自動的にといっても、飲みたい者が勝手に冷蔵庫からビールをとりだして誰かに振る舞い、カラコやカラコの指示を受けたジャージが、つまみの袋を開けたりした。 松本城ではおもいがけずロマンチックなイベントに遭遇したことや、中国薬膳が思いのほかおいしかったことなどを報告したが、彼らは話の内容など聞いておらず、人の顔を見ては笑いものにしたり、標準語がそれほどめずらしいのか、話し方を真似ては大喜びしていたりした。 「なんだよバカにしてんの」 そうやって彼らの挑発に乗ることが、逆に増長を招くのだということを知りながらも抵抗してしまう私も、あまり成長はしていないようだ。 フランスは皇帝のように独裁者として常に話題を支配した。こすりつけは相手の目を見て話し、会話にも常に真剣勝負を持ち込んだ。PCBは誰かの話を聞くともなく聞いていて、要所要所で静かに意思表示した。ジャージはいつの間にか風呂に入っていて、誰にも知られないように一人床についていた。 いつの間にか風呂上りのような洗いざらしの髪になっていたカラコはパジャマで、必要なぶんのつまみを用意し、足りなくなったビールを補填し、疲れて酔って昂ぶった男どもの話に相槌をうった。ミミは酔いつぶれた。私は飲み続けた。 全員が、好きな時間に好きなことをしていた。「集団」としては、全く機能していなかったが、それに対する危機感は誰も持っておらず、私もこの状態が妙に気に入っていた。 ベッドを二つ繋げてキングサイズにしたフランスは満足そうだった。酔いつぶれたミミもベッドに運ばれた。リビングには、カラコ・こすりつけ・PCBと、私が残った。まだ飲み足りないといえば飲み足りなかった。 「中村不思議の言うことにはな、かなり無理がある」 こすりつけが挑発的に、かつ真剣に語り始めた。 「確かに。というか間違ってる、と思われても仕方がない。」 PCBもやんわりとこすりつけの意見に追随した。 「私」の名前が《中村不思議》だ。 これから中村バッシングを始めようとでもいうのだろうか。 彼らのいう中村不思議とは、間違ったことを平気でいうが、間違ったことを言ってるとわかっていても、最後まで自分の意見を押し通そうとするのが特徴だという。そしてそれが嫌われる原因であるとも、好かれる理由であるとも。 その観測はあながち外れてはいないと思われたが、根本にずれがあった。中村不思議は自分の意見を、間違いと思って伝えてはいない。正しいと思っているから曲げようがないのだし、正しいと思う論理があるから押し通される。 「じゃああれか、戦争に行けといわれたとする。死んでこい言われたようなもんや。しかしそこで逃げたら捕まって銃殺刑になる。どっちにしても死ななあかん。そんな選択を迫られる局面でも、自分の意見を曲げないといいきれるか?そんな状況になったらな、個人の正義なんてクソミソやで」 自分を守り、生き延びるために戦争に行く道を選ぶだろう、と私はいった。こすりつけは、家族を守るために身体を鍛え、逃げられるところまで逃げるといった。現代のミサイル戦争では、逃げられるところなんかどこにもない、とPCBは分析した。パジャマ姿のカラコは、男どもの話聞くともなく聞いていた。 結論など出るはずもないテーマで話した静かな宴会は、明け方近くまで続いた。いい酒を飲んだような気になった。 ■4 ~ハンター~ 目が覚めた。口の中が酒臭かった。身体は睡眠を欲求していた。周りのベッドはどれも抜け殻だった。起きたくなかったが、起きることにした。腹が減っていたし、リビングがだんだん賑やかになってきたからだ。 お湯が沸かされていた。カウンターにはコーヒーが準備されていた。窓の外を眺めながらストレッチをしていたのはフランスだった。彼にとってこの朝はとてもすがすがしいようだった。コーヒーが運ばれてきた。まだ完全に目をあけられなかった。口の中のねばねばした感じを、コーヒーでぬぐった。するとどこからか、ピアノの音が流れてきた。この曲は、「ラジオ体操第一」だった。 一人二人と、自動的に立ち上がっていった。つられた私も立ち上がってしまった。 「最初どんなんやったっけ」 「聞いてたら思い出すやろ」 全員がテーブルを囲むようにして立ち上がり、広げた手がぶつからないような距離を保って、等間隔の輪になった。 「はい腕を伸ばして背伸びのうんど~う、いち、に、」 ラジカセから流れるほがらかな声とピアノの伴奏につられて、全員が一斉に動き出した。みんなオトナなのになぜラジオ体操なのかと考える猶予もなく、疑念を差しはさむ余地もなく、ただ示されるまま動き、伴奏につられて踊った。 そして踊り終わってもみんな照れくさそうにするでもなく、次の行動に切り替えたり、踊り足りなかった者はラジオ体操第二のほうもやろうとしたが、誰も振りを思い出しきれず、やがてうやむやになっていったりした。 コーヒーを飲んでも体操をしてみても、どうしても起きた気にならない私はシャワーを浴びることにした。昨日の夜中に入れた浴槽の湯はすでにぬるいか冷たくなっていると思われた。シャワーの湯加減を調節していると、裸になったこすりつけが入ってきて、「露天風呂にしようや」といって外側の窓を開け放った。そのままぬるいお湯が張られた浴槽に飛び込んで、匂いを嗅ぎ、「温泉の匂い、あんまりせえへんな。」といった。このお湯は温泉ではないということを、確かジャージが言っていた。 髪の毛を洗っていると、こすりつけの笑い声が聞こえた。なにか不穏な気配を感じてつむっていた目を開けた。すると開け放たれた窓の外から、フランスがベランダを伝ってやってきていて、ちょうど手にしたカメラを構えたところだった。レンズはまさに下腹部を向いていて、カメラマンフランスの表情は、サバンナのライオンかカナディアンロッキーのエルフを追い詰めたときのハンターのようになっていた。銀色のデジカメの持ち主はカラコかミミのはずだった。ことの重大さに気付いた私は、何食わぬ顔でベランダ側の窓を開けにきたこすりつけの老獪さと、それに気付かなかった自分の愚かさとそして、フランスのイタズラにハメられてしまった悔しさに舌打ちした。 まだ髪の毛しか洗っていなかったが、写真に撮られてはかなわないと、逃げるように浴室から出た。しかしそのとき遠くから、「もう撮らへんて、撮らへんからゆっくりシャワーでも浴びたらええがな!!」という言葉をきいた。 その言葉が天使のささやきのようにも感じられ、安心してまた浴室に戻って、洗い忘れていた身体をまた洗いはじめようとしたそのときだった。 またしてもベランダに黒い影があらわれた。フランスだった。天使のささやきは悪魔の誘惑。今度は違うカメラを持ってきていた。「なんでおまえおるんっ?!さっきあがるゆうてたやんけ!!」フランスは少し戸惑いをみせたがそれでも容赦なくカメラをかまえた。 ゆっくりシャワー浴びろといったのはそっちのほうだろう、とは言う暇もなく、赤いレーザーポインターがへその下5センチあたりを指し、レンズは至近距離で私の急所に射程をあわせていた。 逃げるようにして、こんどは本当に浴室から出た。 カラコやミミのデジカメに納められたはずの写真の存在を確認しようと彼女らに懇願すると、2人とも口裏をあわせたように「もう消したから」とか「カメラの調子が悪くて」とか、明らかに誰かに入れ知恵されたようなせりふを並べてつれなくそっぽを向いた。それきりまともにとりあってはくれなかった。 絶望的な朝だった。 腹が減ったからということで、クルマで出かけることになった。温泉に行くだとか、観光に行くだとか、色々な噂はもれ伝わってきていたが、何一つ確かなことはわからなかった。 いくつかの候補を挙げて全員の希望を聞き、最大公約数的なプランを打診して決定し、決定事項を報告する。といった手続きは一切なかったし、そもそもプランを用意しているはずのジャージからして、「とりあえずメシ。その後のことはクルマの中で決めたらええ」というような感じだった。 フランスのクルマに7人全員が乗り込んだときも、荷室にはわずかなスペースしか残っておらず、買ってきた食材や飲み物を置くスペースはないように思われた。 クルマはジャージが運転した。安曇野の平野には、夜中には見ることのできなかった黄金の稲穂をたくわえた水田が、一面に広がっていた。肥沃な田園地帯を取り囲むようにして北アルプスの山々がそびえたち、透き通った風がりんごの木々をゆらしてした。肥料の匂いが全開の窓から涼しげな風にのって車内に差し込むと、昨晩飲みすぎたらしいPCBは口元をおさえ、こみあげてくる胃の不快感と格闘するのだった。 「なんやあれ、思い出グラスて、ほりえじゅんか!?」 フランスが道路沿いの施設を指してジャージにきいた。真新しい観光施設だった。 「このへん空気がきれいやろ?ガラス工芸もさかんなんや」 ジャージがこたえた。 「ここ帰りよったらええやん?!パターゴルフもあんねんな、パターゴルフもやったらええやん?!やったらええやん?!」 ベタな調子でフランスがいう。 「そうやな」 ジャージは余計なことはいわなかった。 「あの、稲が全部横倒しになってるのは何?台風でもあったん?」 こすりつけがきいた。見ると水田一区画だけ、ほとんどの稲が倒れていた。 「いや、あれは風とか、根が弱くなる肥料を使ったからとかやな」 ジャージがこたえた。 「ミステリーサークルじゃない?ミステリーサークルって、人が踏みつけてるんだよね?なんでそんなことするんだろう、UFOじゃないって知ったときちょっとショックだった。UFOであってほしかった!」 ミミは人の話をほとんどきいておらず、話題を超常現象に切り替えたがった。 水田地帯のど真ん中、御殿のようにそびえたつのはジャスコだった。 これがニッポンの豊かさの象徴かそれとも搾取の前線基地か、というようなことも考えられないほど腹を空かせていた我々は、眼が欲しがるまま高カロリーな洋食セットを注文し、運ばれてくるや否や瞬時にほとんど食べつくした。このときほど、多様化する消費者のニーズにこたえてくれる巨大資本のサービスに感謝したことはなかった。というのは言い過ぎかもしれないけれども。 バーベキュー用の食材を買ったら一旦別荘に帰る。その後温泉に行き、行けたら他の観光地もまわる、という予定が組まれた。たぶんそんな時間はないと思われた。できることなら別荘でだらだらとゆっくりして、あまり余計なことはしたくなかった。口に出しては言わなかったが、そういうスケジュールになることを強く願った。強く願えばなんでも叶うと、割と本気で信じている。 ■5 ~100えん~ バイパスの両脇には、巨大な駐車場を備えた倉庫のような大型店が立ち並んでいる。 ジャージは黙ってそれらいずれかの店の駐車場にクルマを入れ、大胆な速度で枠内に停車させる。あらかじめ行き先が告げられていたのかどうか、この店に立ち寄って何をしたらいいのかというような質問は、誰の口からも発せられなかった。 「ここでは使い捨ての皿とか、調味料なんか買ったらええ。」 最初に停まったのは100円ショップのダイソーだった。行程が打ち合わされていたわけではなかったらしい。道順に沿ってもっとも行きやすい店をジャージが選び、全員が従う、というシステムがいつの間にか布かれていたようだ。 100円ショップのダイソーでわたしはまっさきにおもちゃコーナーへ向かった。必要な物資の買出しには2人か3人いれば足りるはずだ。それはほとんど全員が一斉に、カゴを持たずに店内を物色し始めたことでも裏づけられた。メモを片手に真剣な面持ちで買い物をしていたカラコと、その運搬係であるこすりつけの2人だけが前向きに仕事をこなしていた。 「ちょっとこれ安すぎないか」 おもちゃコーナーで私が見つけたのは、ベニヤを重ね合わせた木製の将棋盤だった。 「最近な、社長の息子とよく将棋指してんねん」 ジャージがこのごろよく将棋をしていると聞いたのは昨夜中国薬膳料理を食っているときだった。将棋に夢中な社長の息子と四六時中将棋を指しているのだという。居玉中飛車(いぎょくなかびしゃ)戦法の息子相手に、「だんだんと」勝てるようになってきた腕前らしい。偶然といえば偶然私も、1週間ぐらい前から将棋ブームが再燃してきていた。コンピューターやネットを介しての対戦相手に、勝ったり負けたりしていた。 「実力的には、初段ぐらいかな」 ハッタリなら負けない。 駒はプラスチックではなく木製だった。「ひとり分ちゃうんか」とフランスに疑わせるほどの低価格高品質だった。 100円でCDも売られていた。ジャズとクラッシックを1枚ずつ買った。どっちにも聞きなれたような曲のタイトルが並んでいた。松本城で買ったキーホルダーは400円もした。必要か、必要でないかにかかわらず、モノの値段は決まっているようだ。 食料品卸のようなスーパーで食材を買い、ホームセンターでは木炭を買った。酒屋では酒を、米屋で米を買った。買い物ならジャスコで全て済むような気もしたが、どうやらそういうことでもないらしい。手間を惜しむとか、時間を惜しむとか、金を惜しむとか、そのどれかを選ぶとかいったような単純なことでもない。もしそうならこんなところまで、みんなバーベキューをするために集まったりはしないだろう。 7人乗りのクルマに7人が乗ったら、荷物はほとんど積めるはずもなかった。こすりつけはビールケースを抱えて座り、フランスの足元には米が置かれ、どういうわけかPCBはまな板とデスクライトを抱えていた。カーブで車体に遠心力がかかると、荷室の野菜やペットボトルが、左右に振られて散らかっていった。 朝、全員から徴収された雑費は全てカラコの元に集められ、すべてのキャッシュフローはカラコによって管理された。物品の不足も徴収の過多もなく、正確で完全な会計が行われた。このシステムにして正解だったと誰もが思ったに違いない。 「3時まで自由時間とします。」 拘束されているような気持ちはなかったが、カラコにより自由時間が告げられ、ますます自由を満喫したい気持ちになってきた。ビニールを振りほどき、将棋盤を開いた。ジャージに対戦を申し込んだ。「ほんまに?」ジャージはやる気なさそうにしぶしぶ応じた。「なんやおまえこんなカメラ持ってきてんのに全然撮ってないやんけ」 フランスは私の鞄の中からめざとく一眼レフデジカメを見つけ出していた。駒を並べているとフランスは試し撮りのように写しては消し写しては消し、を繰り返していた。 「ふんふん、なるほどな、かんたんやんけ、プロの技みせたろか、みせたろか?!」 といってカメラを構えた。どうやら大先生はペンタックス君を気に入ってくれたみたいだ。 ベニヤの板に駒は並べられていった。王様が足りない、やられた100円ショップ、と思ったらジャージが2枚重ねていた。おちゃめさで余裕を示し優位に立とうとでもいうのか。 先手ジャージ、3四歩。 駒音がこだまする音、シャッターの音、鳥のはばたく羽の音、秒針の音。 「じゅうびょう、きゅう、」 残り時間をよみあげるこすりつけ。 注目の勝負がはじまった。 ■6 ~勝負~ ジャージは四間飛車から穴熊へ玉を運び、私は居飛車のまま中央の位取りをを目指した。駒組みが進められてゆく。生身の人間と相対して将棋を指したのはいつぶりだろうか。盤上がやけに広く感じられる。妙な緊張感がこみ上げてくる。 ジャージの駒運びはバランス感に長けていた。守備側の陣形が定まらないまま歩をぶつけて開戦の合図を出したのは私だった。ジャージは仕掛けられるのを待っていたかのように衝突の混乱をさばいていった。いつのまにかジャージの金銀角桂は、一斉に後手陣内をうかがう好型になっていた。飛車を負われて尻すぼみになっていった私にはもはや為す術なく、相手に主導権を渡したまま防戦一方となった。相手が強引な攻めでも発動してくれれば、混戦にまぎれて千載一遇のチャンスを拾えるかもしれないと思っていたが、しかしジャージは優勢になっても決して浮き足立つようなことはなかった。慎重な差し回しでじりじりリードを広げられてゆくだけとなった私の玉は、さしたる抵抗もできぬまま詰んだのだった。 悔しくて泣きそうになった。ゆるやかな指し回しからは圧倒的な実力差を感じられなかったし、言動からも気迫は伝わってこなかった。失敗手もあったがなんとなく劣勢に追い込まれて負けた。結果は、完敗だった。 「ジャージ先生、もう一回お願いします。」 頼み込んだ。すでに負け犬を自覚していたのかもしれなかった。次に勝てる自信はなかった。ただ絶望を紛らわすために、希望をつなぎとめておく必要があった。ところがジャージが、2度と席に着くことはなかった。 そろそろ次の支度を始めなければならなかった。自由時間のリミットはとっくに過ぎていた。 外には人数分つまり7脚の椅子や、アルミ製のテーブルやバーベキューコンロが用意されていた。別荘の敷地スペースは40度近い斜面を直角にえぐりとったところに敷かれ、一方は岩壁、もう一方は絶壁の森林の中にあった。地面は背の低い雑草が土を覆い、鳥や風や川や虫の音たちが澄んだ空気を震わせていた。 「バーベキューの支度が済んだら温泉いこうや」という計画が提案された。 火をおこしてから炭が安定するまで結構な時間がかかるはずだったし、温泉浴も悪くはないがこのまま森林浴でもいいんじゃないかと思ったし、別荘で遊び暮らす雰囲気を満喫したり、昼間からビールを開けるよろこびもかみしめたかったりしていた。 「面倒。」 それら一連の思惑を集約させた言葉を捜していた私がふいに口にしたのはそれだった。 温泉に行くか行かないかどうするかを棚にあげて、状態や気持ちを表現する。それを汲んだ周囲が勝手に方向性を判断してくれるだろうことの期待を含ませた言葉としての「面倒」。問いかけに対するYesかNoかの決断を他人にゆだね、それとなく否定の意思を示しながらも、否定した責任も放棄してしまう「面倒」という言葉。 「面倒」は、日本以外の国にはない言葉だということをどこかできいた。つまり外国人は「面倒」という感情を持っておらず、「面倒」という言葉を使った取引は行われないということだ。いつも2者のうちどちらかに決め、自分の意思をはっきりとしめさなければならないのだろうか。そんな面倒な国に生まれなくて本当によかった。 「確かに、かったるいな、」 と珍しくこすりつけが同調した。行きたい人だけが行くかとか、そういうことなら行かなくてもいいとか、複数人の意見をすりあわせることが面倒になってきたりして、温泉行きは立ち消えになった。 ミミとカラコがバドミントンを始めた。風に流されてかラケットが斜めを向いているのかどうなのか、羽根は観戦者の頭上やクルマのフロントガラスをめがけて飛んだりした。疲れたほうが休んだ。すると身体を動かしたくなった誰かが始めた。そういうローテが繰り返された。「さっきからな、ずっとやっとんねんもうええわ。」こすりつけが悲鳴をあげPCBに変わった。 PCBは、他の誰とも身のこなしが違っていた。踏み込む前足にかかる重心のバランスや、バックハンドのときにラケットをささえる左手の動きや、羽根をミートさせるタイミングや腰のひねりやら、どれをとっても素人の動きとは思えなかった。 「PCBさんバドミントンやってたの?」 「いやテニスをちょっとだけ。」 カラコの質問にPCBはそう答えたが、その後すぐに誰かにラケットを渡したきり、2度とコートには戻らなかった。 「だいぶ息あがっとるみたいやな」 何度目かのハードなローテを終えた私を見たジャージが目ざとくそういった。日々自転車のトレーニングで肉体を鍛えている彼らからしてみれば、これしきの運動で息があがることなど軽蔑に値するのかもしれない。 自分の身体をいじめ、鍛えることを快感とする人もいれば、精神的、肉体的なストレスから逃げてラクな風に流されることが快楽と思う人もいる。人はそのどちらかに分類されるわけではけしてなくて、両方をバランスよく極めるのがいいにきまっている。 ふと見ると、なにか特殊そうな装置が置かれていた。 平たく地面に置かれたその装置は、ベルトコンベアのベルトを付け忘れたようなような形をしていて、その上に自転車が乗っていた。自転車は横のクルマに立てかけられることで姿勢を維持していて、装置には自転車を固定する金具のようなものはなかった。彼らはこの奇妙な装置のことを「ローラー台」と呼称していた。スポーツジムによくあるルームランナーのような装置だった。 ルームランナーにはベルトが敷かれているが、ローラー台にはそれがなかった。後輪を2本、前輪は1本のローラーが支えているだけの、きわめて不安定な構造だった。 「シロウトには無理やな」 「絶対無理」 こすりつけとPCBが掛け合う。これを乗りこなすにはたしかに曲芸のようなスキルが必要なような気もする。 「よしやったる、かしてみ」 フランスが名乗りをあげた。スポーツジムのエアロバイクと同じ要領とでも思っているのだろうか、と胸中悪態をつきつつ、奴がコケる姿をみせてくれることを期待した。 しばらくは補助役にささえられながらのスタートだったが、「とおくを見て走る、遠くを、あーまた左や、左よってるゆう感覚がわかるようになってきた、あ、どや今ええやろ、まっすぐ走ってるよな、まっすぐ、とおくをみて、まっすぐ、」と独りごちてゆくにつれ、スピードとバランスが保たれていった。やがて補助の支えが外されても、それを知ってか知らずかフランスは鼻息も高らかに全力でペダルを回し続けた。そうして発揮した強大な推進力をフランスは、すべからく空中へと拡散させてゆくのだった。 こすりつけとPCBが火をおこしている。 着火材の上に木炭を置き火が移るのを待つ。点火した木炭を別のかまどに移し火が灯るのを待つ。待っている、という感覚はない。炎は刻々と変化していって2度と同じ形にならないし予測できない。火を見るということ自体が支配していることになる。だからいくら待たされても飽きない。 「中村、ヒコーキ雲あるやろ、たそがれどきや、どやここで一句」 炭をひっくりがえしながらこすりつけがいう。風流な。前田慶次郎のような心境に違いない。(大空に、赤松と雲・・・むにゃむにゃむ)そんなような句を考えていた。 「『これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 大阪の関』。どや、いい句やろ」 私の思考に割って入ったこすりつけは、禅僧か世捨て人のような句を詠んだ。見知らぬ人が出会っては別れ、また出会っては別れ、そういうことが繰り返されてゆく。賑やかさと寂しさや、ミクロやマクロを同時に詠う、いい歌だった。 「なんだそれ、百人一首か」 「ばれたか」 黒い木炭の表面は白く変色してゆく。たそがれの空は次第に色を落としてゆく。 ジャージが将棋盤を持って現れた。リベンジのチャンスが与えられた。森林にふたたび駒音がひびきわたった。ワゴンの屋根から2機のハロゲンが照らされた。野菜を切り終えた女どもがエプロンのまま外に出る。日が暮れる。森は闇につつまれてゆく。 「ふたりの将棋が終わったら焼き始めようか」 カラコが最も切実な秒読みをする。肉や野菜が運び出される。炭は完全に出来上がり、遠赤外線を放出している。対局はなかなか進まない。待ちきれないフランスが肉を焼きはじめた。盤上は千日手の様相。肉の匂いにつられて思わず駒をぶつけた。「ニヤリ」とジャージは口にした。肉の焼ける音がする。 「後悔するなよ、すぐになくなるで」 網上でも真剣勝負が繰り広げられていた。指しては返し、翻し、差されて食われてまたやりなおし。一手指しては肉をうかがい、うまくゆかなくて夏。もうすっかり暗くなった。受けっぱなしも好きじゃない。照明に照らされた崖っぷちのステージ。無理筋気味に攻め立てた。玉砕してもかまわない。しかしすぐに事切れた。「負けました」今日2度目の屈辱をかみしめた。意外とすがすがしい気持ちだった。負け慣れる、とはこういうことか。 牛肉が、ほとんどなくなっていた。 |