共通一次試験始まる 13日の日記
クロニクル 共通一次試験始まる1979(昭和54)年1月13日40年前になります。この日と翌14日の2日間に渡って、第1回目の共通一次試験(現在のセンター入試の前身)が全国で実施されました。出願者341,874人、実際の受験者327,163人にのぼるマンモス受験でした。受験生は各試験場で一斉にHBの鉛筆を持ち、マークシート方式の試験に挑みました。 この共通一次試験は、過熱する一方の受験競争に巻き込まれた高校教育の正常化をめざすとう意気込みで、鳴り物入りで準備されたのですが、予備校や受験業者が、自己の存在の生き残りをかけて、受験生の自己採点結果をコンピューターで集計、分析して独自に合否を事前推定するなどして、2次試験の出願に影響力を及ぼすことを防げなかったため、高校や大学のランク付け、大学間、高校間の格差はかえって激しくなるという結果を生んだのでした。その上、受験科目が増えたために、受験生の負担は以前にも増して厳しくなり、偏差値重視の弊害もまた改善されるどころか、以前に増して激しくなり、過熱する一方の受験地獄の弊害は益々強まる結果となったのでした。その結果、考え、理解し、自分の脳の引出しにしっかりしまい込むために、考えるヒントとして脳に染み込ませるのではなく、とりあえず詰込んでおく式の、ハウツー的な暗記教育全盛の時代が訪れます。袋に詰込み過ぎれば破裂しますから、破裂を避けるには、先に詰込んだものを、袋の反対側から逃していかなければなりません。一夜漬で詰込んだことは、試験が終ればほとんど忘れてしまっているのが良い例です。覚えていたのでは、翌日の試験科目を覚える隙間がないのですから…。こんな経験が皆さんにもあると思います。 ここに共通一次試験施行後の受験競争の過熱、詰込み教育の全盛の中で、自ら学ぶ姿勢を身に付けるチャンスを失った気の毒な若者達の多くは、能動的な思考訓練の欠如から、常に受け身で教えられることを待つだけの、受動的な姿勢ばかりが目立つ若者になってゆきました。大学世界で「目の光る、活きの良い学生が少なくなった」といったような嘆き節が聞かれるようになるのは、共通一次試験導入の4~5年後のことでした。この考える力の喪失傾向に歯止めをかけないと、将来大変なことになるという思いもあって、導入されたのが、反詰め込み教育ともいうべき、「ゆとりの教育」だったのですが、教育現場の消化不良もあって、十分な実践期間もとらずに、再び1度破綻した詰込み教育に戻そうとする、現在の政府及び教育再生会議の方向は、益々マイナスの方向に進んでいくように思えてなりません。考える力、そして感じとる力、論理的に思考し、豊かに想像をめぐらせる時、何故と発問して、自ら考え解決する能力が獲得でき、かつ他者の傷みをわが事として甘受しうる想像力も身につきます。現在養うべきは詰込む能力ではなく、この思考力と想像力であるはずですから……。