三内円山遺跡発掘 16日の日記
クロニクル 三内円山遺跡発掘1994(平成6)年7月16日27年前のこの日、青森市内の三内円山遺跡の発掘現場で、大量の土器が出土しました。遺跡発掘における超弩級の宝の山にぶち当たったのです。以後も慎重に発掘を進めた結果、国内最大の縄文遺跡(縄文前期後半から中期にかけての遺跡、紀元前5,900年~同4,200年頃)であることが明らかになり、考古学界は大いに賑わいました。遺跡の規模も大きく八甲田山から続く緩やかな丘陵地帯の先端部、海抜20メートルほどの高さに、約40ヘクタールもの広さを持っていたことが分かっています。居住人口については諸説あり、なお決着を見ていないのですが、数百名規模の居住者がいたことは確かで、500名以上だと主張する専門家もおります。遺跡の周囲には大量の枯れ死した栗の木が出土、三内円山の縄文人が、栗を主食にしていたらしいこと、その栗の木が寒さの襲来か何かで、全滅に近い被害を受けたことで、この地の生活は、終止符を打ったらしいことも、明らかになりました。昨晩は、どういうわけか、皆様のブルグは拝読できたのですが、コメント欄に入ると、どういうわけかどなたのブログにも書き込みが出来ず、司令しました。今日になったら、嘘のように書きこめましたので、良かったです。