テーマ:3.11災害を生きる(95)
カテゴリ:寝言
ということなのでよろしくお願いします!!
でも上限があるらしいですが;; もおおおそんなこといわないでばばんとやってよyahooさん! 楽天さんはなにもないの??????? 実家が宮城です。 あの日はもう関東に住んでましたが。 関東住まいの家族とは連絡が取れたものの、皆勤務先から帰ってこられず、 ちょうど休みで家にいた私ひとりで一夜を過ごしました。 寒くて、ソファで毛布に包まって。 友人親戚、ほとんど誰も連絡取れず。 混線してるのは判ってたけど、メアド知ってる知り合いに、片っ端からメール。 でも、東北在住の人からは、どこからも返ってこなかった。 電気はきてたんだろうか…その日は停電してただろうけど、 その後はずっとテレビ見てたから多分、一時的な停電のあとは復旧してたのかな。 繰り返される恐ろしい映像が目に焼きついて、眠れなくて、 誰か知り合いの名前が読み上げられるんじゃないかってテレビに張り付いて、 見続けると身体にも心にも悪いよって忠告されたのに、テレビ消せなくて… 1週間後くらいでしたか。仙台や地元の友人たちから少しずつメールが来るようになって。 誰もいなくなってなかった…!!!って、それはうれしかったけど、 明らかになり始める惨状に、その後の長い道のりを思って愕然とした。 ニュースで読み上げられる地名はどれも耳に馴染みのある地名ばかりで、 脳裏に浮かぶのは田舎の綺麗な景色だというのに、あれがこれ…?と、 ニュース見るのもつらくなって… 震災後、大学のサークルで同窓会やってくれたのでみんなの顔を見に行きました。 いろいろとなくした後輩が、『それでも生きてたからね』としみじみいった瞬間、 もうなにもいえなくなった。 まだまだ、終わってない。 まだなにも終わってない。 福島のことが、とても心配です。 電気が足りてる、足りてない、ではなく、それがなくてもやっていける社会を。 どれだけ高いリスクの上に成り立っていたのか、それを学ばなければ、 生まれた土地を奪われた方々に申し訳がない、と、思うのです… お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2014.03.11 08:31:15
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