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べいつんの中国・北京があるでないで~

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全9件 (9件中 1-9件目)

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西安編

2006年10月06日
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カテゴリ:西安編
いやぁ~西安でハメはずして、アホばっかりやっていて、
西安公安、いわゆる西安警察のパトカーに連行・・・失敗

西安旅行34


してからでは、後の祭りですが、反省してます・・・しょんぼり


な~んってね! これは全てジョークっすよ!!泣き笑い
私のことだから、ほんとにやりそうって思ったでしょうっしっし

これは、西門を訪れたときに、パトカーが止まってて、
「西安のパトカーの写真を記念に撮らせてよ~」
って、ふと思いつきこのアングルで撮りました泣き笑い


今年の国慶節連休の、
中国国内旅行者数は1億3300万人だったんだそうですぷー
これってほぼ日本旗の総人口と同じやん・・・雫
これぞ中華民族大移動ですね泣き笑い

ちなみに今年の国慶節連休の人気都市のトップ10は、

1位・北京、
2位・上海、
3位・杭州、

南京、厦門(アモイ)、青島、成都、西安、大連、三亜

だったそうです。
やはり西安もトップ10入りしてましたね泣き笑い







最終更新日  2006年10月10日 00時23分38秒
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2006年10月05日
カテゴリ:西安編
列車電車は、定刻通り10:30分に北京西駅に到着しました音符

帰り私たちが乗った列車はT56電車
これまた13時間、ベンチシート席(硬座)でした。
この列車は全車両2階建て車両でしたスマイル

T56列車電車の停車駅は、
宝鶏右矢印楊陵鎮右矢印咸陽右矢印西安右矢印謂南右矢印三門峡西右矢印洛陽右矢印安陽右矢印邯鄲右矢印荊台右矢印石家庄右矢印保定右矢印北京西駅

地味に停車駅が多いですね雫


西安旅行32


西安旅行33








最終更新日  2006年10月09日 04時27分27秒
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2006年10月04日
カテゴリ:西安編
朝からタクシー車をチャーターして郊外(西側)の観光スポットへ上向き矢印

まず唐代の代表的な陵墓である、
乾陵へ

西安旅行24


カウボーイハット姿もなかなかイケてません!?うっしっし
西安旅行25


そして、次の観光地へ移動車
近道で行くということで、農道!?をひたすら走る・・・車
とうもろこしの産地なんですね~。
辺り一面、とうもろこしばっかりでしたびっくり

道端の黄色は全部とうもろこし雫
西安旅行26


西安旅行27


その後、
世界で唯一、仏舎利(釈迦の遺骨)が保存されているといわれている寺院、
法門寺へ

西安旅行28


奥に見える身宝塔をプッシュしてるように見えてますか??
西安旅行29


そして、西安市内に戻ることに。
途中、楊貴妃墓の前を通ったんですけど、
特にこれといった雰囲気が感じられなかったので、ただ通過泣き笑い
見渡す限りあちこちで、とうもろこしの枯れ葉を焼いて炎いて、
しかも風がないので、あたりは煙で真っ白ショック

興平というところから高速道路に入ったのですが、視界不良・・・雫
とうもろこしの枯れ葉を焼いて炎いるのが原因でしょう・・・泣き笑い
西安旅行30


何はともあれ、無事、ホテルホテルまで到着!

本日チャーターしたタクシー車&タクのあんちゃんとカメラ
物静かだけど世話好きな、あんちゃんでしたスマイル
西安旅行31


晩飯は、「伊明楼」という新疆ウイグルのレストランで食べました食事

そして、西安駅へ。
5日以降の列車が全て満車席なので、予定を一日早めて帰ることにしましたしょんぼり
これで西安ともお別れです涙ぽろり


観光スポット情報音符


乾陵・・・ 
 乾陵は、唐の第3代皇帝・高宗と中国で唯一の女帝となった武則天の合葬墓。乾陵は、梁山の主峰と南の峰を利用して造られている。陵内には、神道(墓前にいたる道)に通じる18の平台(踊り場)を持つ526段の石段や、神道の石柱である華表、伝説上の動物・翼馬(ペガサス)、馬と馬を引く人の石像、無字碑などがある。
 石段は、全長578.5m。18座の平台は唐代の皇帝の陵墓が18あること、ふたつ目の21段の階段は武則天が政務をとった21年を意味している。
 乾陵の中でも目を引くのが、61体の首なしの像だろう。これらの像は、服装や携帯品から辺境の少数民族のものだということがわかっている。彼らは、少数民族のリーダーであると同時に、唐王朝の政府の役職についていた。
 無字碑は、建てられた当時は何も刻まれていなかった。これには、自分の功績は文字で表すことはできないという説、功績はのちの人々が決めるという説など、さまざまな説がある。



法門寺・・・
 法門寺は1800年以上の歴史を持つ。仏教の学説によれば、約2000年前、釈迦牟尼の死後、インドのアショカ王が、仏法をひろめるため仏舎利(釈迦の遺骨)を各地に送った。仏舎利を得た場所には塔が建てられ、仏舎利は塔の中に安置された。法門寺もその中のひとつで、創建当初は阿育王寺(アショカ王寺)と呼ばれていた。
 1987年、明代に建てられた塔を再建するため、1100年あまり密閉されていた地下宮殿の調査が行われ、指の仏舎利と多くの貴重な文物が発見されて一躍注目された。
 敷地内にある法門寺博物館では、絹織物、磁器、瑠璃、金銀の供え物、僧侶が用いる器物など、出土した珍宝が数多く陳列されている。なかでも注目したいのが、仏舎利を納めた八重の宝箱。金、銀、真珠などで作られた宝箱は、図案と細工がすばらしい。








最終更新日  2006年10月09日 03時43分41秒
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2006年10月03日
カテゴリ:西安編
その後、街を散策がてら歩きました歩く人
都市開発が進んでいて、昔の建物の面影を残す感じで建設されていましたが、
なんか新しい感じがし過ぎていてちょっと違和感を感じましたわからん

結局、西門から西大街右矢印鐘楼右矢印東大街(西安最大のストリート)を歩き、
「老孫家飯荘」というイスラム料理の老舗といわれるレストランで晩飯を食事
店員に言われるがままに、面料理ラーメンを食べたのですが、
味がヤバかったです・・・ぷー

その後、ライトアップひらめきされた、鐘楼と鼓楼に行きました音符

鐘楼からの眺め。 右側に見えるのが鼓楼月
西安旅行20


そして、鼓楼の奥に広がる北院門街を散策足跡

どうですか?イスラム系の店員っぽいでしょ泣き笑い
西安旅行21


北京鹿児島県人会・学生メンバーwithイスラム店員(笑)
西安旅行22


最後は皆でイスラム化泣き笑い 誰が一番イケてます~??
西安旅行23


で、このまま帽子かぶったままホテルホテルに着いて、部屋に行こうとしたら、
「何号室に宿泊のお客様ですか?
って呼び止められちゃいました泣き笑い






最終更新日  2006年10月08日 14時26分38秒
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カテゴリ:西安編
まず初めに、美しい池と緑にかこまれた「華清池」に。

浴槽の楊貴妃のモデルどきどきハート
この方、本物の人間なんですよ。だからいろんな動きをして(くれ)ましたウィンク
楊貴妃モデルとツーショット目がハートヤバイっすうっしっし
西安旅行19

次に、今回の西安旅行の最大のお目当てスポット・秦俑博物館に。
あの世界文化遺産にも登録されている、兵馬俑の場所です。
ジャッキー・チェンの「神話」という映画かちんこを見て、
(詳しくは、ここここここをクリック~)
いつかは行ってみたいなぁ~と思っていたんですきらきら


西安旅行14


西安旅行15


西安旅行16


帰りは路線バスバスに乗って市内(西安駅前)に帰ってきました。
そして、また再び切符売り場へ
4日の切符ならまだ席があるということで、1日早めて帰ることに・・・泣き笑い
でも寝台切符は売り切れということで、またベンチシート(硬座)切符・・・雫

次に、西門(安定門)へ。
この西門と昨日訪れた南門は観光ポイントになっていて、
城壁に登って市内を見渡すことができます上向き矢印
約15年前に、今の旗天皇がココを訪れたんだそうですびっくり
来たときの記念写真が飾ってありました!

ここがシルクロードの起点。
昔、ここから多くの商人、旅人が西を目指して出発していったそうです足跡
西安旅行17


城壁に登り、あえてセピア色にして記念撮影カメラ
いい味でてません!?いやぁ~シブいっすうっしっし
西安旅行18



観光スポット情報音符


華清池・・・
 華清池は、温泉と風景の美しさが有名。温泉は2700年あまり前に発見され、歴代王朝により離宮や浴槽などが造られた。
 また、玄宗と楊貴妃によるロマンスの地としても有名。楊貴妃がここの温泉で美しい肌を洗った様子は、白居易の「長恨歌」にも詠われている。
 1936年、華清池で起きた大事件に西安事変があり、これにより第2次国共合作が成立した。五間庁は、西安事変当時、蒋介石が住んでいた場所で、窓ガラスには当時の弾痕が残っている。



秦俑博物館・・・
 西安最大の見どころが、兵馬俑で有名な秦俑博物館。兵馬俑は1974年、井戸を掘っていた農民により、偶然発見された。紀元前220年頃から制作された兵士の身長は平均178cm、顔立ちはそれぞれ異なる。また、館内に陳列される兵馬俑のかけらから、造られた当時は、色づけされていたこともわかっている。館内は、一号棟、二号棟、三号棟、展覧館などで構成されており、7000もの兵士俑や100あまりの戦車、400あまりの陶馬などからなる。


明代城壁・・・
 現在、西安にある城壁は、唐の長安城を基礎に1370~1378年にかけてレンガを積み重ねて築かれた。その後、たびたび修理が施され、現在は、周囲の長さ14km、高さ12m、上部の幅12~14m、底部の幅15~18m、面積は11.5平方m。城壁は、東西が長く、南北が短い。東西南北4つの門には、物見櫓である城楼や矢を射る窓をもつ箭楼などが建っている。城壁の周囲に公園も設けられている。西門(安定門)は、西方のシルクロードを望む最大の城門で、ここから多くの人たちが西を目指して旅立った。
 観光ポイントになっているのは、西門(安定門)と南門(明徳門)で、城壁に登って市内を見渡すことができる。







最終更新日  2006年10月08日 11時17分25秒
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2006年10月02日
カテゴリ:西安編
その後、青龍寺へ。
この寺は、真言宗の開祖・空海が学んだ寺院です上向き矢印
真言宗を信仰する私としては、かなりよかったです!
ちゃんと般若心経を唱えてきましたよウィンク

この青龍寺と旗四国は深い繋がりがあるみたいですびっくり


西安旅行9


西安旅行10


西安旅行11


次に、大雁塔(慈恩寺)へ。
西安旅行12


その後、ライトアップされた南門(明徳門)へ。
西安旅行13


そして、夜は餃子で有名な「徳発長」というレストランに行きました。
一人100元(約1500円)の餃子の宴コースをセレクトしました食事
でも、微妙な味でした・・・雫



観光スポット情報音符


青龍寺・・・
 青龍寺は、582年に霊感寺として創建され、711年に青龍寺と改名された。804年、当時日本旗から入唐した多くの僧のひとりだった空海は、この地で恵果和尚に弟子入りし密教の教義を学んだ。帰国後、高野山に金剛寺を建立し、真言宗を開いた。また空海は、中国文字の書道や灌漑技術も日本旗に伝えている。
 1985年には日本旗から桜さくらの木1000株が贈られ、毎年春になると境内は桜の花さくらでいっぱいになる。



大雁塔(慈恩寺)・・・
 慈恩寺は、648年、唐の第3代皇帝・高宗が母である文徳皇后を供養するために建立した仏教寺院。慈恩寺の名は、慈愛深い母の恩徳を追慕するところから名付けられた。
 院内に建つ4角7層、高さ64mの塔が、大雁塔。塔の上にのぼると、西安市内を一望することができる。大雁塔は、玄ジョウがインドから持ち帰った大量のサンスクリット語経典や仏像などを保存するために652年に建立された。








最終更新日  2006年10月08日 09時27分15秒
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カテゴリ:西安編
午前中は仮眠眠い..を取ったあと、午後はまず、西安の中心である、鐘楼へ足跡


鐘楼
(市街の中心部、東西南北の大街が交わる場所に建つのが鐘楼)
西安旅行4


次に(鐘楼の西側に位置する)鼓楼へ
西安旅行5


なんと!!街中のマネキンもなんと兵馬俑仕様うっしっし
西安旅行6


次に、興慶宮公園へ

園内にあった記念碑。
(私もいわゆる21世紀の遣唐使ですよねうっしっし
西安旅行7


阿倍仲麻呂記念碑
西安旅行8



観光スポット情報音符

鐘楼・・・
 市街の中心部、東西南北の大街が交わる場所に建つのが、鐘楼。時間の告知をする、戦時に物見代や司令部になる、街の中心としての機能を果たすなど、街にとって非常に重要な役割を担っていた。楼閣の上までの眼下を望むと、道路が東西南北の門に通じていて、ここが街の中心であることがよくわかる。
 鐘楼の高さは36m。鐘楼は多くの都市に残っているが、西安のものは、北京などと並ぶ最大級のもの。石の土台の上に楼閣が建てられている。



鼓楼・・・
 鐘楼の西側、西大街と北院門を隔てて建つのが鼓楼。鼓楼の中には大太鼓が吊るされていて、それを鳴らして時を知らせていた。西安の鼓楼が建てられたのは1380年で、鐘楼より4年も早い。
 高さは33m。楼の土台には南北にアーチ型の通路があり、現在でも毎日多くの人と車両が通過している。



興慶宮公園・・・
 唐代三代宮殿のひとつである興慶宮跡地に造られた公園。敷地面積は約50万平方m。
 日本旗にとって興味深いのは、公園内の南東にある阿倍仲麻呂の石碑だろう。716年、遣唐使に選ばれた阿倍仲麻呂は、翌年に海を越え入唐し、科挙にも合格した。唐の玄宗にもその才能を認められ、政府の要職を歴任した。いったんは日本旗に帰ろうとしたが、帰途台風にみまわれ南海に漂流したのち再び長安へ戻った。結局、彼は中国で53年間住み唐土で逝去した。
 石碑には、阿倍仲麻呂の生涯の業績や彼が望郷の念を詠った望郷詩、親友の李白が彼の死を悼み詠った詩などが刻まれている。







最終更新日  2006年10月08日 01時34分58秒
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カテゴリ:西安編
夜中の停車駅で乗客が降り、なんとか4人一緒の向かい席に座れることができましたOK
旅行へのワクワク感とか、ウノ&トランプトランプ(スペード)で盛り上がり、
結局、13時間のベンチシート(硬座)の旅も一睡することもなく、
ほぼ定刻通り、朝の5時過ぎに目的地である西安駅に到着しました音符

到着後すぐに、外はまだ真っ暗の西安駅の切符売り場にて並びました足跡
帰りの切符を買うために・・・雫
西安駅は5日前からの切符チケットを購入可能で、販売開始は朝の7時からびっくり
(北京とは切符販売方法が異なっていました雫

すぐに並んだので、前の方に並べたのですが、
前日にすでに私たちが帰る予定の5日の切符チケットが販売開始となっていて、
もう売り切れでした・・・失敗。(せっかく朝の5時過ぎから並んだのに・・・雫


朝の西安駅
西安旅行3

他の方法で北京に帰ることを視野に入れて、
まずはホテルホテルにチェックインして、午前中は仮眠することにしました眠い..

私たちが宿泊したホテルホテルは、
C-TRIPという中国最大の旅行サイトHPにて予約しましたパソコン
すでに三ッ星クラスは満室で、
やむを得ず四ッ星クラスの中で部屋代が安いホテルを選びましたうっしっし

星星星星 好世界大酒店(Grand Goodworld Hotel)

ちなみに、二人部屋で一人一泊、195元(約2900円)でした。
まぁ、星星星星ということでホテルは良かったですOK


西安について・・・、
 陝西省の省都である西安は、関中平原の中部に位置する。人口は約687万人。気候は大陸性気候で夏暑く冬寒く、空気は年間を通して乾燥している。
 かつて長安として栄えた悠久の古都・西安。紀元前11世紀から10世紀初頭まで、2000年にわたって漢や唐など多くの王朝がここに都を置いた。それと同時に秦の始皇帝、前漢の武帝、唐の太宗、武則天、唐の玄宗と楊貴妃など、歴史上の英雄やヒロインを多く輩出した。西安の市街地や近郊には、彼らの活躍を誇るように、多くの見どころが点在している。
 また西安は、シルクロードの起点としても有名だ。旅人はこの地を出発し、この地に戻ってきた。シルクロードの名の所以たる中国の絹そして茶や磁器などは、中央アジアを通りヨーロッパに伝わり、中国にも西方の物産や文化が伝わった。唐代の西安は、西方からやって来た多くの外国人でにぎわうメトロポリスとしても繁栄を極めた。
 実は、西安と日本旗との交流も古い。隋唐時代には、遣隋使や遣唐使が日本旗から派遣され、日本の文化にも多大な影響を与えた。興慶宮公園の阿倍仲麻呂記念碑や青龍寺の空海記念碑などでは、かつての日本旗との交流の足跡を垣間見ることができる。
 現在の西安は、国内外の多くの観光客が訪れる観光都市、そして中国西北部の政治経済の中心地として発展を続けている。最近では、日本旗の各都市と西安を結ぶ国際線が増え、日本旗から簡単に訪れることができるようになった。


と、こんな感じで、
またいつものように「地球の歩き方 中国版」を参考に旅行することにスマイル








最終更新日  2006年10月07日 16時27分46秒
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2006年10月01日
カテゴリ:西安編
今年の国慶節は西安に行くことにしました。
前回のブログで電車列車切符チケットを買うのに苦労したと書いてましたが、
あれは西安行きの切符チケットを買うためだったんです。

前回、5月に湖南省・長沙以来の中国国内旅行です音符
もう最後の中国国内旅行から半年がたつんですねぇ~ショック

ちなみに2年前の国慶節は、青島(チンタオ)へ、
昨年の国慶節は、大連(ダイレン)に行ってました。
なので、今回の国慶節旅行は内陸部ということにうっしっし

今回の西安旅行は友達と一緒に4人で行きましたスマイル
二人は私と同じ、北京鹿児島県人会・学生部のメンバーで、
もう一人はその子の友達、そして私という4人組で行きました音符

五道口にて合流し、一緒に昼食食事を食べて、
地下鉄地下鉄を乗り継ぎ、北京西駅近くまで行き、そこからタクシーで北京西駅へ。
すごい人でしたびっくり
北京西駅についてはここをクリック

そして、16:35分発の成都行きT7に乗車しました電車
ベンチシート席(硬座)での、
恐怖の13時間、ベンチシートの旅が始まりました泣き笑い
しかも連番での切符だったんですけど、席番号が地味にバラバラ・・・雫
二人は相席だったんですが、
残り二人は通路を挟んだ反対側の席でしかも向かいの席・・・しょんぼり
どんな席番号配列してるんでしょうか・・・雫
しかも電車車内は、満員で席なしの人もたくさんいましたびっくり

ちなみに今回乗ったT7の停車駅は、
北京西駅右矢印保定右矢印石家庄右矢印洛陽右矢印西安右矢印・・・右矢印成都(四川省)
全走行距離は2042kmだそうですびっくり
北京~西安までは1200kmです。


北京西駅のプラットホーム(階段左側のが乗車する列車電車
西安旅行1


西安旅行2







最終更新日  2006年10月06日 13時39分05秒
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