父の事、母の事父の事。今年で十数年たった。 生きている時にもっと話をすればよかった。 父の事は断片的にしか覚えていない。 W大学を出たとか、郷里の町会議員だったとか、起業したけど倒産したとか・・・。 自分の事を書くことで思い出すことになってしまった。 よく言われた言葉がある。 「犬死をするな!」 この年になっていろんな人生経験をして意味がわかってきた言葉だった。 自分の生い立ちを書くということは、父との思い出を探るということに ほかならない。 母さんは生母と育ての母と2人いるわけで、今はどちらとも音信はない。 こちらからすれば(連絡が)つくのだろうけど。 苦い思い出がある。 S県の小学生の時、生母が養育件を主張して自分をほしいと言って来た。 育ての母さんは、 「○○ちゃん、あんたはどーしたいの?どっちにいきたいの?」 と、涙乍らに言ってきた。 「(いまの)おかあさんのところがいい。」 と、言ったつもりが(いまの)が(まえの)と、勘違いされた事がある。 そういった込み入った事情があって、どっちつかずに現在まで きてしまった。 生母のことも育ての母のことも自分の事を書くことで思い出してくると思う。 |