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All The Things You Are

May 27, 2006
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テーマ:たわごと(20321)
カテゴリ:カテゴリ未分類
ふとした瞬間に、いろいろなことを考えてしまう。
そして、考えると「なぜ?」と思うことばかりになってしまう。
子供のころから、そうやって考えていると何もわからなくなってしまうので、
雲を見ながらただ「ボーッ」とする毎日です。

2億年後の地球には、もはや人間は存在しない。
そこに存在する生物は、自らの意思で考えて生きているようなものはなく、
本能のみで、ただ生きているというだけのもののようだ。

それでは、「人間とは何か?」と考える。
「何のために生きるのか?」
「生きることに意味はあるのか?」

『人間は考える葦(あし)である』

これはフランス人の物理学者で哲学者でもあるパスカルの言葉です。

その意味は、「人間は葦のように弱いものであるが、
思考するという点において何ものにも勝る尊厳性を有している」
「人間の尊厳のすべては、考えることの中にある」
「考えが、人間の偉大さをつくる」ということだと言います。
葦は、川原や沼地に生息するイネ科の多年草で、1~2mの高さになる細い植物ですが、
なぜ葦なのだろうか?

弱々しい葦にたとえることによって、一人ひとりの人間は弱いものであるが、
人間は考えることによって、強く生きることができる偉大な生き物である、と解釈されますが、
パスカルが言いたかったことは、そういうことなのでしょうか?
この言葉の本当の意味は何なのでしょう?

パスカルは次のように語っています。

「人間は無限と無、偉大と悲惨との間に浮動する中間者である。
広大無辺な宇宙に比べるならば、ほとんど一つの点に等しい、一本の葦のように弱い存在である。
だが、それは“考える葦”である。
空間によって宇宙は私を包み、一つの点として私をのみこむ。
だが、思考によって私は宇宙を包む。
ここに人間の尊厳がある。
人間は偉大であると同時に悲惨であり、自分の悲惨を知るゆえに偉大である」

人間は宇宙から見れば一つの点に過ぎないが、考えることでは宇宙を包み込むこともできる。
人間は生と死の間にいて、生きる喜びを知っていれば、死という悲惨さも知っている。
人間は人を愛する喜びを知っていれば、愛を失うことの悲惨さも知っている。
学ぶことによって得る喜びを知っていれば、学ばないことによって味わう悲惨さも知っている。
そういうことを考えるから、人間は偉大であり、悲惨であり、
その間に生きるものが人間である・・・、ということを言っているのではないでしょうか。

そして、その裏には、葦にたとえることによって、葦が自然界に従順であるのと同じように、
人間もまたその葦のように素朴に思考しなければならないという意味も含んでいるともとれます。
「人間は自然を支配しようなどと思い上がってはいけない」ということを・・・。

『人間は考える葦である』

葦はほうっておいても成長するが、
人間は体が成長するだけではなく、自ら考えることによって心も成長する。
では、われわれは何を考えるべきか?
考えることは必要なのか?






Last updated  May 27, 2006 10:22:06 PM
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