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November 22, 2006
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テーマ:Jazz(1961)
カテゴリ:カテゴリ未分類
【スタンダード・ナンバー】

スターダスト(Stardust)

ホーギー・カーマイケルといえば「スターダスト」です。
「スターダスト」はスタンダード中のスタンダード、いわば、究極のスタンダード・ナンバーです。

この曲は、ホーギー・カーマイケルの作曲で、今では名曲として広く知られているスタンダード・ナンバーです。
最初は歌詞はなく、1927年の10月にカーマイケル自身がインストゥルメンタル・ナンバーとして録音しているので、
歌詞なしの曲としては1927年に作られていたことになりますが、
最初の著作権登録は「Star Dust」という曲名で1928年となっています。
そして、1929年にミッチェル・パリッシュにより歌詞がつけられ、
そのときに「Stardust」という曲名で登録されたとされています。

カーマイケルは1926年に、生まれた地であるブルーミントンのインディアナ大学の法科を卒業し、
1927年に弁護士になるためにフロリダの法律事務所に就職しました。
しかしそのころ、ミルズ楽譜出版からも誘いがきていて、
彼は音楽か法律か、どちらの道に進むべきか迷っていました。
そんなときに、街のラジオ店の蓄音機から流れてきた自分の作曲した曲を耳にしたことで、
音楽の道に進む決心をし、その年の夏に故郷のブルーミントンに帰ります。

そこである日母校のインディアナ大学を訪れて、構内に腰をおろして、
懐かしい学生生活や学友たちの想い出にひたっていました。
そうしているうちに彼はかつての恋人で「大学の女王」と呼ばれていた美しいドロシー・ケイトとのことを想い出して、
北方の夜空に輝く星を見ていたら、無意識にこの曲のメロディーを口笛で吹いていたと言います。

彼は我に返ってすぐにそのメロディーを本の余白に書き記して近くのカフェの古いピアノを使って曲として書き上げ、
それには「Barnyard Shuffle」(=“納屋の庭シャッフル”という意味)という曲名がつけられた、
とカーマイケルは自伝で語っています。
それは「シャッフル」という曲名のように、速いテンポのラグタイムの曲として書かれました。

彼の同級生で後に「Georgia On My Mind」の作詞をすることになるスチュアート・ゴレルが、
この曲は「夏の空の中から落ちてくる塵(ちり)のようだ」ということで、
「Star Dust(星くず)」という曲名を提案したことで、カーマイケルはこの曲を「Star Dust」にしたと言います。

そして、1927年10月にエミール・シーデル楽団をバックにカーマイケル自身のピアノで、
ピアノ曲として、この曲は初めて録音されましたが、それはヒットしませんでした。

1928年1月に歌詞なしの「Star Dust」の曲名で著作権登録をし、
10月にドン・レッドマンの楽団とアーヴィング・ミルズ楽団がレコーディングしていますが、
いずれも話題にはなりませんでした。

1929年1月にミルズ楽譜出版社が「Stardust」という一語のつづりの曲名で楽譜を出版しましたが、
このときにはまだ歌詞がありませんでした。

1929年9月にアーヴィング・ミルズ楽団がカーマイケルのピアノで再びレコーディングしますが、
これもあまりヒットしませんでした。
ここまではまだ歌詞がついたものはなく、全てインストゥルメンタルのものでした。

ミルズ楽譜出版社の経営者のアーヴィング・ミルズはデューク・エリントン楽団のエージェントもしていたので、
さっそくこの曲をコットンクラブのショーで演奏させたと言います。

1930年5月にヴィクター・ヤングが編曲し、アイシャム・ジョーンズ楽団がレコーディングしたものが、
スロー・テンポのものとしては初めてのもので、それは1930年9月からようやくヒットし始めました。
カーマイケルも音楽仲間から「テンポを遅くしたらどうか」という助言があったと言っており、
カーマイケル自身もピアノでエミール・シーデル楽団をバックにスローで録音し、
少しずつ、この曲はスロー・バラードの曲というイメージができてくるようになります。

ミルズ楽譜出版社は星を歌った歌詞を多く書いたミッチェル・パリッシュにこの曲の歌詞を依頼し、
1929年の5月に歌詞のついた「Stardust」が出版されたと言われていますが、
歌詞付きのものは1931年だという説もあったようです。

カーマイケルの失恋、星を見上げながらのメロディー、「星くず」をイメージする曲調と曲名からつけられた歌詞は、
あとからつけたとは思えないくらい、みごとにこの曲とマッチしました。
この曲は、カーマイケルがドロシーに失恋しなければできなかった曲と言えますが、
そのカーマイケルが自ら体験した失恋、そしてその想い出を、星くずと重ね合わせて失恋の悲しさを歌った歌詞は、
まるで本人が書いたかのようにメロディーと一体化していて、この曲をさらに素晴らしいものにしています。
外国語の曲の多くがそうであるように、
この曲も、日本ではあまりにもメロディーの美しさのみしか評価されていないような感がありますが、
この曲の本当の素晴らしさは、この歌詞があってこそと言えるでしょう。
事実、この歌詞がなかったら、アメリカではナット・キング・コールのような大ヒットはなかったはずです。

ヴァースの部分は、この歌詞がつけられたときに作られたと言いますが、
これほど有名なヴァースはないと言ってもいいでしょう。
スタンダード・ナンバーのほとんどの曲にはヴァースという、本編(コーラス部)に入る前に、
語るように歌われる導入部のようなものがありますが、このヴァースは省略されることが多いものです。
しかし、この曲の場合は逆にヴァースが省略されることの方が少ないようです。

1931年にビング・クロスビーが歌ったものがヴォーカルによるものの初めてのもので、その年の9月からヒットし、
ルイ・アームストロングのものが12月からヒットして広く知られるようになります。

1936年にはトミー・ドーシーとベニー・グッドマンが録音し、
この2つのものが1枚のレコードの両面に入った、両面とも同じ曲という異例のSP盤が出ました。

そして1941年にアーティー・ショーのレコードが200万枚を売り上げる大ヒットになりました。
それまでは、この曲はまだまだテンポが速めだったのですが、
アーティー・ショーのものはスロー・テンポで演奏され、この大ヒットによって、
この曲はスローの曲としての解釈が一般的になりました。

こうして、この曲はその時々でさまざまに変化していき、ジャズ・プレイヤーにも多く取り上げられてきて、
広く知られる有名なスタンダード・ナンバーになっていきました。
ジャズの演奏では1947年のライオネル・ハンプトンのライヴ録音が歴史的名演として知られています。

1956年に、スロー・バラードとしてゴードン・ジェンキンスが編曲した、ナット・キング・コールの歌が大ヒットして、
スタンダード中のスタンダードと呼ばれるようになり、スタンダード・ナンバーの代名詞のようなものになりました。

そして、その後、アメリカの人々はこの歌を誇りにしているとまで言われています。
1965年にアメリカで有名なリーダーズ・ダイジェスト誌が、
読者の最も好きな歌を調査したら、アメリカの歌においてのトップが「スターダスト」で、
外国の歌のトップは「枯葉」だったと言います。
そのことからもわかるように、この曲は「アメリカ最高の名曲」というものになりました。
もちろん、この曲はホーギー・カーマイケルの代表曲になりましたが、
アメリカン・ポピュラー・ミュージックの代表曲にもなったのです。

日本でも、この曲はよく取り上げられ、
団塊の世代より年長の人なら、かつてNHKテレビの歌謡番組「夢で逢いましょう」のエンディング・テーマで、
双子の歌手ザ・ピーナッツが歌っていたのを懐かしく思い出すでしょう。
また、40歳以上の人なら「シャボン玉ホリデー」というテレビのバラエティー番組のエンディングで、
毎回クレイジー・キャッツのハナ肇が、
ザ・ピーナッツに肘鉄をくらわされるところで流れていたのを聴いていたことでしょう。
ちなみに、この「シャボン玉ホリデー」を来日したカーマイケルが偶然に見たために、
この番組に出演したことがあったそうです。

この曲は40カ国語に訳されていて、1300種類ものレコードが出ていると言いますが、
この数は今もどんどん増え続けているので、現在はこの数字どころではないでしょう。

この曲が、このように変化して大きくなっていったのには作曲者のカーマイケル自身が一番驚いていたようで、
この曲が友達の協力もあって生まれ、その後自分のもとを離れて一人歩きして、
さまざまな優れたミュージシャンによって育てられ、
成長していった変容とそれに対する気持ちを次のように語っています。

『このメロディーは僕よりも大きくなってしまった。
もう僕の一部ではないみたいだ。
たぶん僕はこれを全く書いちゃいないんだよ。
この曲はまるで僕のよく知らない人みたいな感じさ。
でも僕の曲だということは主張しておきたいから、僕はこの曲に向かってこう叫びたい。
“たぶん僕はおまえを書いてはいないのだろうけれど、でも、僕がおまえを見つけてやったんだよ”とね。』

楽譜やレコードには「Star Dust」と表記されているものと「Stardust」と表記されているものとがありますが、
厳密には1929年以降のものは「Stardust」のほうが正しいということになります。

*****

●スターダスト
Stardust


作詞:ミッチェル・パリッシュ
作曲:ホーギー・カーマイケル
1928年(「Star Dust」の曲名で歌詞なしの登録)
1929年(「Stardust」の曲名で歌詞付き楽曲として登録)


《ヴァース》
そして今、夕暮れの紫の黄昏が
僕の心の草原にしのび込んでくる
小さな星が空高くのぼり
僕らが離れていることをいつも想い出させる
僕には消えることのない歌を残し
君は小道をさまよいながら遠ざかっていった
恋は今、過ぎ去った日々の星くずとなり
過ぎ去った歳月の歌となった

《コーラス》
時々僕はある歌を夢に見て
何で孤独な夜を過ごすのだろうか?と不思議に思う
そのメロディーが夢の中に入ってきて
気が付くと僕はまた君ともう一度一緒にいる
僕たちの恋が始まったばかりのころは
どのキスも何か新しいことを知り、ときめかせてくれた
でも、それは今ではもう遠い昔のこと
今の僕の慰めは歌の星くずの中にある

庭園の壁にもたれ、星の輝きを浴びながら
君は僕の腕の中にいる
ナイチンゲールがおとぎ話を語っている
バラの花がいっぱいに咲く楽園のおとぎ話を
僕の夢はむなしく終るけれども
この星くずのメロディーが
恋の調べの想い出が
心の中にいつまでもくりかえし響き続くことだろう

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Last updated  November 22, 2006 04:50:21 PM
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Re:Stardust スターダスト(11/22)   maki さん
ライオネル・ハンプトンのライヴは、
本人が、スターダスト一曲で逃げてしまった変な
レコ-ドでしたね^^

しつこいですが、シャボン玉のエンディングの曲ですよね。←もういいよ^^

訳詞は敏さんですか? 素晴らしい詞です! 違う?
   (November 22, 2006 06:01:47 PM)

Re[1]:Stardust スターダスト(11/22)   xxokkun さん
makiさんへ

>ライオネル・ハンプトンのライヴは、
>本人が、スターダスト一曲で逃げてしまった変な
>レコ-ドでしたね^^

有名なレコードですね。

>しつこいですが、シャボン玉のエンディングの曲ですよね。←もういいよ^^

そうです、シャボン玉ホリディーのエンディングですね。
毎回お決まりのひじ鉄パフォーマンスだけは、今でも覚えています。

>訳詞は敏さんですか? 素晴らしい詞です! 違う?  
-----
かおりんも自分のページで訳していますし、
ほかの人の訳したものを参考にして、自分なりに解釈してみました。 (November 23, 2006 05:12:41 AM)

Re:Stardust スターダスト(11/22)   maki さん
君達は、翻訳家なのねぇ。。

イメ-ジは、有るが・・・・。 (November 24, 2006 06:02:26 PM)


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