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~ Monologue ~  My Life Living in Hong Kong

Aug 24, 2006
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テーマ:詩(518)
カテゴリ:プライベート
ミラボー橋
               ギョーム・アポリネール
                 堀口大學 訳


ミラボー橋の下をセーヌ川が流れ
   われらの恋が流れる
  わたしは思い出す
悩みのあとには楽しみが来ると


   日も暮れよ  鐘も鳴れ
   月日は流れ  わたしは残る


手と手をつなぎ 顔と顔を向け合おう
   こうしていると
  二人の腕の橋の下を
疲れたまなざしの無窮の時が流れる


   日も暮れよ 鐘も鳴れ
   月日は流れ わたしは残る


流れる水のように恋もまた死んでゆく
   恋もまた死んでゆく
  命ばかりが長く
希望ばかりが大きい


   日も暮れよ 鐘も鳴れ
   月日は流れ わたしは残る


日が去り 月がゆき
   過ぎた時も
  昔の恋も 二度とまた帰ってこない
ミラボー橋の下をセーヌ川が流れる

   日も暮れよ 鐘も鳴れ
   月日は流れ わたしは残る

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確か小学生の時に、家にあった百科事典にこの詩を見つけた。

それ以来、心惹かれ続ける詩だ。


アポリネールがマリー・ローランサンに振られて2年後に発表した詩だ。

出会いから11年、別れから5年後にアポリネールは38歳の若さで亡くなる。

一方、マリーはアポリネールの死後38年生き、73歳で亡くなる。
彼女の遺志に従い、白い衣装に赤いバラを手に、そしてアポリネールからの手紙を胸の上に置いて埋葬された。

マリーは知らなかったようだ。
アポリネールの死の枕元には彼女の絵が架かっていたことを。
彼が生涯彼女を愛したことを。

彼女の詩「鎮静剤」の一節に

「死んだ女より もっと哀れなのは 忘れられた女です」とある。

彼女もそうだっだのかも知れないが、彼も決して忘れなかった。

愛した人のことは、死んでも忘れない。



さて、しかし、私は、未だにこの詩の解釈をできていないのかもしれない。
詩は、勝手に自分で解釈し、自分の感性で考えればいいと思っている。


20歳のときに最愛の父を亡くし、しばらくしたとき、私はこの詩の一節を思い出した。

「わたしは思い出す
悩みのあとには楽しみが来ると」

「月日は流れ  わたしは残る」

父の死を嘆き、悲しんでばかりはいられなかった。

借金は残っている。支払日は容赦なくやってくる。学費もアルバイトして稼がなきゃならない。

親父の遺してくれたものを継ぐべきは継ぎ、残したもので片付けるべきものは片付けなきゃならない。

「私は残った。私の気持ちにはお構いなしに、太陽は昇り、また沈む。借金取りがやって来ようが、授業にでなきゃ留年だし、生きている私のおなかはすくし、楽しいことがあれば、やはり、ニコニコする」


死には慣れるしかない。 

そう、死には、慣れるしか手立てはない

どんなに優しい言葉を貰っても、涙して貰っても。
私の愛が私の愛であるように、私の悲しみは、ただ、私の悲しみである。


「残されたわたしにも月日は流れる。悩みのあとには楽しみもくる。」

父が死んで20年、未だに悲しく寂しい。 だいぶ慣れたのは確かだが。。。


さて、何れにせよ、

やらなきゃな!









Last updated  Aug 25, 2006 01:17:28 AM
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