ある晴れた日の午後。
まんごりんと、まんごりんママは とあるティールームで
ヌワラエリヤをいただいていた。
ヌワラエリヤ
発酵度が浅いため、水色も淡く、緑茶のような風味を持つ紅茶です。
高温のお湯できちんと淹れるとほどよい渋みとが楽しめますし、
低温のお湯でじっくり淹れると、渋み無く、
茶葉の旨みを引き出した味わいを楽しめる紅茶です。
なんて。
ティインストラクター・ジュニアの資格を持っているのに
これで稼ぐには頼りなさ過ぎる。
(紅茶教室くらいしか開けないんです。)
ので、1年間毎週、東京に通って勉強した時間も費用も熱意すらも、
とことん無駄にしているまんごりん。。。
だけど、今日はこんなこと、どうでもいい。。。
そのティルームへは、生まれて初めて行ったんです。
あたしも、ママも。
だって、そこは、フランスの片田舎のティールーム。
いつものように、行き当たりばったりの旅をしていて
ふと、目に入ったティールームへ、二人は自然に引き寄せられた。
日本の、「きっちゃ店」じゃないんだから
扉を開けると 「カランコロンカラ~ン」 なんて音はしなかった。
けど、初めて入ったお店なのに、なぜか懐かしく。
もぅ何年も前から、ずっとここへ行きつけだったような
居心地の良い空間で。。。
不思議なことに、その感覚は、我が母も同じだったようで。
「なんか、ここ来たことあるような気がするわぁ」 と。
このあとの体験が、あまりにも不思議なエピソードだったので
正直、このティールームの店内の雰囲気や、流れていた音楽、
ヌワラエリヤのお供に食べたケーキが何だったか・・・さえも
すっかり忘れてしまいました。
フランスだけど、イタリアのマンマを思わせるような(?)
ニコニコしていて明るく陽気な奥さんが、
自慢の手作りケーキを焼いてます♪
みたいなティールームで、たぶんあたしたちは、何かのタルトを
いただいたんだと思います。
注)フランスだから、“ママン”なんだけど、ほんとに
イタリア人ぽい雰囲気だったので、 あえて“マンマ”と呼ぶことにします
今になって思うと、あたしたちが店内に入ったその瞬間から
“マンマ” の素振りが、どうも不自然だった。
なんだか、あたしたちを見て、特にまんごりんママを見た瞬間、
「はっ!!」と息を呑む様子・・・というか。ごめん、うまく言えない。
それから、あたしたちが窓際のテーブルにつき、
注文を何にしようか相談している間も
じ~っとこちらを見ては、「いえいえ、そんなはずはないわ」と首を振り
でもまた、じ~~っとこちらを見ては、「ううん、見間違いよ」みたいに
首を振り。。。
(フランス語だったけど、なんとなくそういう感じってわかりますよね)
ドゥ~ヌワラエリヤ,しるぶぷれ~~♪
(あってる?)
と、注文するときも、あたしが注文してるのに、
あたしのママの顔をじぃ~~~っと見つめてる。
そんなに日本人が珍しいんかな?
だけど、あたしもモロ日本人の顔してるよ。
なのに、ママの方ばっかり見ているよ。
それで、思い切って聞いてみた。
「どこかでお会いしましたか?」
こういうときは、毅然と母国語で聞くのがいい。
そしたら。
そのマンマが、飛び上がらんばかりの満面の笑みで
だけど、片言の日本語で
「もしも、日本人ですか?」
と言った。 はっきり覚えてる。
「うぃ~ マダ~ム」 ←なぜかここ、フランス語^^;
と答えると、今度は、まるで女子中生が好きな男子に告白するときのような
ドキドキモジモジ、頬っぺた真っ赤にして、
「あの~ 間違ってたらエクスキュ~ズモア
あなた、○○○さん、ご存知ませんか?」
と、まんごりんママに問う。
一瞬、そのマンマが言った ○○○さんという発音が
聞き取れなかった。 日本語だったけど、外人さんの訛りだし。
で、アルファベットで紙に書いてもらい、母娘声をそろえて読んでみる。
「○○○○○・・・(←フルネームなので公開できませんが^^;)」
「えええ~~!!
これって・・・これって~~!!」
そう、その名前は、 まんごりんの祖母のフルネームだった。
つまり、まんごりんママのママ。
そこからは、話が続かないので英語ぺらぺらの娘さんに
間に入ってもらって話を聞いた。
なんでも、そのマンマは、若い頃に、ご主人の仕事の都合で
神戸に住んだことがあるそうで、
日本語もわからず、文化にも馴染めず、ひとり寂しく過ごしていたそうな。
その頃は、カルフールが日本にあるわけでもなく、
イカリヤスーパーだって、今ほど外国の食材が何でも手に入るような
わけではなかったので、食文化にも馴染めず辛かったらしい。
ご近所でも、浮いた存在(いや、むしろ沈んでる存在だったかも)のマンマは
いつもひとりぼっち。
ときどき、心無い人にいろいろ言われたりもしたらしい。
そういう意地悪な言葉って、だいたいわかるものよねぇ。。。
そんなとき、まんごりんのおばあちゃんが、とても親切にしてくれたと言う。
心無い噂好きの奥様連中あいてに、
「フランス人だって日本にいれば日本人よ!!」 と、
身内なら(まして子や孫なら)どう見積もっても
その場の勢いでしかないな。
とわかる、意味不明のタンカを切って、味方になってくれた。
らしい。。。
んもぅ~!!
オバアサマったら、けっこうヤルじゃん。
その後、ちょくちょくと、そのマンマや近所の奥様がたをお誘いして
ホームぱーちーを開いたそうな。
時には、フランスのお料理やお菓子を習う会を。
そして今度は、ちょっとした和食を教える会を。
なんか、いま話題の駅前留学のキャッチコピーみたいだけど。
異文化交流ってやつですか?
3年間の短い日本生活だったけど、とても楽しかった。
それは、○○○さんのおかげです。
あの頃、覚えた日本語は、もうほとんど忘れてしまったけど
教えてもらった肉じゃがのレシピは今でも覚えている。
・・・と、嬉しいことを言ってくださった。
が、オバアサマ。。。 あなた、お料理なんてしないじゃない。
きっと、その場しのぎでテキトーな味付けの肉じゃがを教えたに違いない。
このことは、そっと胸にしまっておいた。
で、そのマンマが覚えている、うちのオバアサマの若かりし頃に
我が母が「ビンゴ!!」 なくらい似ているそうで。
(ほんと、ビンゴ!って言ったんだよ。)
そのマンマ・・・って書くとマンゴーの国の県知事みたいだな^^;
マダムにしよう。
で、そのマダムと、うちのオバアサマはだいたい同じくらいの世代で
当時、ホームぱーちーを開くと、小さな女の子がいつも自分の娘と
遊んでくれた。
と言う。
それが、まんごりんママのことだった。
名前も覚えていたから、すごい。
あれ、この話、実話なんだけど、どうやって締めくくろう・・・
そのマダムがくれた真っ赤なバラのブーケがとってもきれいだったので、
我が家に咲いているバラの写真を載せて、むりむりだけど終わります。

(6月13日撮影)
来週、そのマダム・ファミリーが日本に遊びに来てくれます♪
オバアサマ、責任持って、
思い出の肉じゃが作ってあげてよね!
で、 こういう出来事って、四文字熟語でどう言うの?