薄味風味。

2007/04/16(月)21:18

またお馬鹿物。お題は「絆」。thx>澄火

小説書くよ!(10)

 《座席に残るぬくもり》  人と人との絆なんて馬鹿らしい。そんな風に思考しながら僕は街を歩く。  発端は今日の道徳の授業だった。そう、担任の羽葉葉羽――通称ハネバネ。奴は六時間目、午後の貴重な一時間を下らない自身の体験談を語る為に丸々費やしたのだ。  あのね、先生ね。そんな風に「ね」を文節毎に交えた、文節分けでもしたいのかと思わせるような口調でハネバネは切り出した。  実に下らない話だった。今朝ハネバネが通勤ラッシュの満員電車の中、気分が悪くなって顔を覆っていたら、ちゃらちゃらした高校生の二人組がここどうぞと言わんばかりに席を退いてくれたというのだ。  そんな話はチラシの裏なり自身の日記帳なりに書いとけよと思った。下らない。しかもその話の結論は「人とね、人のね、絆ってね、素晴らしいよね。あなた達もね、見習いなさいね」とかいういまいち纏まってないものだった。  馬鹿らしい、と僕は思う。その高校生の二人組が本当にハネバネの為に席を立ったのかも判らない訳だし。それなのに目を潤ませて「ね」を連呼するハネバネは本当に単純だ。  そもそも、人と人との絆なんて何の役に立つのだろう。人間は一人で生きる生き物だ。そうだ、そうだろう。絆なんか何の意味もない。人に席を譲るよりも自分の体力を大事にすべきだ。  そんな風に思考して、そして僕は駅へと辿り着いた。今日は遠い町の書店に参考書を買いにいかなくてはいけないのだ。  切符を買って、改札を潜る。目的方向への電車は丁度、通過電車待ちで停車していた。思わぬ幸運。僕は素早く乗り込んだ。空席は一つ。滑り込むように割り込んだ。またもや幸運。  僕は柔らかな座席に、その身を任せた。  ……気付けば、眠っていた。がやがやというざわめきで僕は目を覚ます。  気付けば、市の中心ともいえる駅へと来ていた。目的地まであと二駅、と――不意に気付く。  僕の視界の中、一人の老婆の姿が存在していたのだ。辛うじて届くような吊革を片手に、辛そうに揺られている。  電車が揺れる度にその老婆はよろけて、よろめいて。  誰も彼女を見ようとしない。誰も彼女を助けようとしない。  ああ……見てられない。  ――そんな風に思った瞬間、僕の口と足と手は動いていた。 「ここ、どうぞ」  老婆に向かって、僕は言う。その瞬間、車内中の視線が僕に集まったのを感じた。 「……いんや」  しかし、彼女は首を横に振った。 「すンぐに降りますんで」  すぐに降りる。それなら無理に譲る必要もないが、しかしもしかしたら気を遣ってそう言っているのかもしれない。何より、このままじゃこの老婆は、危ない。……そう思った。  車内中の視線は僕に集まっていた。このまま座りなおすのも格好が付かない――と。  僕は考え付いた。この場を切り抜ける、最善の策を。  そして、僕は口を開く。 「いやいやいや、僕なんか――」  僕は存分に息を吸い込み、肺の中で言葉を紡ぐ。 「――今すぐ降りますからッ!」  叫ぶと同時、勢い良く床を蹴って跳躍する。  手を前に思いきり伸ばし、腰は軽く曲げて。水泳の飛込みをするような前傾姿勢で思いきり。  向かいの窓ガラスに向けて――飛び込んだ。   気付いた時に僕が存在していたのは、線路沿いの歩道だった。  アスファルトの地面に膝が擦り剥けていた。ガラスを突き破った両手からも血が滴っていた。  僕はその血をぺろりと舐める。 「……あったかいなあ」  そっか。これが人と人との絆のあたたかさ、ってやつか。  何の躊躇もなく、そんな風に思えた。  あの老婆は今、僕が座っていた座席に座っているのだろうか。  何の脈絡もなく、そんな風に思えた。  少しだけ、素直になれた。  《Fin》

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