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偐万葉田舎家持歌集

全73件 (73件中 1-10件目)

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2022.03.01
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​​ ながらくブログ更新を怠っているうちに、ロシアがウクライナに侵攻という暴挙。狂ったかプーチンと言うほかありませんが、許されざる暴挙であります。
 戦火を逃れて非難する人々などの映像を見ると心が痛みます。
 しかし、ロシア国内も含め世界各地で、ロシアの侵攻に対する抗議デモがわき起こっていることなどに希望を感じることができます。
 ヤカモチもロシア及びプーチンへの抗議とウクライナの人々への連帯を表明します。

 一刻も早く停戦合意が成立し、ウクライナに平和と安定が戻って来ますよう祈ります。
 さて、話は変わって、本日はヤカモチの3回目のワクチン接種の日でありました。
 接種券が届いたのは2月24日。
 接種券には4月4日が接種日と指定されていましたが、コールセンターに連絡して、3月1日午後1時30分に変更していただいたもの。
​ 接種会場は、1回目、2回目と同じく、花園ラグビー場。
 昼頃から雨になったので、自宅から徒歩でラグビー場に向かいました。
 途中、大阪府立枚岡樟
​​​​​​​風高校の前を通ると、校庭に沿った水路脇のキョウチクトウなどの木々の並木にメジロの群れが居て、彼らと追いつ追われつしながら行く。
 恩智川に架かる三六橋を渡ると、花園中央公園の桜広場である。
 ここでは毎年、若草読書会でお花見をするのであるが、昨年、一昨年とコロナほかの理由で中止となっている。今年も微妙な状況である。

(花園中央公園の桜広場の貼り紙)
 この写真は、今日の撮影ではなく2月26日撮影のものであるが、「飲食を伴うお花見はお控え下さい。」と書かれた貼り紙が掲示されている。仮にお花見を実施するとしても、従前のような形態のお花見は無理だろうと思う。

(花園中央公園案内図)
※クリックしてフォト蔵の大きいサイズの写真で見ることも可能です。

 桜広場、ドリーム21の前を通って、多目的芝生広場と多目的球技広場の間の道を通って、花園ラグビー場スタジアムへと向かう。

(多目的芝生広場と花園ラグビー場<奥>)
 今日は雨とあって、広場に人影はなし。
 会場に到着、受付を済ませ、少しの待ち時間があって、接種完了。
 1,2回目はファイザーであったが、今回はモデルナである。
 「1:37」と書かれた紙を受け取り、午後1時37分まで別コーナーで待機した後、何事もなく退出OKとなる。
 大阪府の新規感染者数は減少傾向にあるものの、その減り方は鈍く、高止まりしている状況で、まん延防止措置も3月20日まで延長される模様ですが、これでいくらかは安心というもの。
 会場のスタジアムを出て、来た道を同じく歩いて帰る。徒歩で20分余の距離であるから、さしたる距離ではない。
 帰り道で気が付いたのであるが、ラグビー場の東隣にこんな施設が新しくできていたのでありました。これまで何度も前を自転車で通過していたのに何とも知らずに通り過ぎていました。

(東大阪ウイルチェアスポーツコート)

(同上)
 門が閉じられていて、中に入れないので門の外側からスポーツコートを覗いてみましたが、様子はイマイチよくは分からない。
 ウイルチェアスポーツという言葉には一瞬「?」でしたが、車いすはウィールチェア(Wheelchair)だと気づいて、車いすテニスや車いすラグビーなどの車いすで行う競技のことだと気が付いた次第。
 銀輪も直訳すればSilver Wheelなのに、銀輪家持としては迂闊なことでした。

(同上・説明板)
 折しも、北京パラリンピック冬季大会が間もなく開会となるが、冬季大会にもウイルチェアスポーツの種目はあるのだろうか。雪上や氷上の車いす競技というのは思いつかない。
 それはさて置き、「日本初のウイルチェアスポーツコート」とあるので、この施設がわが国で最初のものなんだろう。
 この施設ができたのは2~3年前くらいにしかならない筈だから、こういう面でもわが国はまだまだ不十分なようです。

(近所の民家の庭の梅 2月28日撮影)
 桜は、まだ固い蕾であるが、梅の花は今が盛りである。
梅の花 今盛りなり 百鳥の 声の恋しき 春来たるらし
                  (田氏肥人 万葉集巻5-834)

​​​​​






最終更新日  2022.03.01 21:53:46
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2022.01.29
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​​​​​ 今日はヤカモチの誕生日。
 養老2年(718年)生まれのヤカモチは満1304歳になりました。​
 当ブログでは、一定の決まったテーマの記事を書くと決めている日というのがある。1月1日と12月31日がそれ。
 当ブログの誕生日である4月29日もそうである。
 そして、ヤカモチの誕生日である1月29日もその一つ。
 この日は「ヤカモチ〇〇歳」の記事を書き、プロフィールの年齢を一つ多い数字に書き換えるというのがお決まりの仕事である。
 ブログの更新を怠っているうちにまた一つ年を取りましたが、1304歳最初の記事を以って、8日ぶりの記事更新とします。

(群雀)
 上の写真は一部を拡大表示したもの。
 元の写真は下掲のものです。

(同上)

(同上)
 今月14日に花園中央公園にて撮影した
​​​
ふくらスズメの群れです。
 この時期の雀はみな、ふっくらとしている。

コロナ禍を なんのへちまと 雀らは
         群れて騒ぎて ふくれてありぬ (雀家持)

 人間社会はオミクロン株による感染爆発、コロナ第6波のさ中にありますが、雀社会はコロナ何処吹く風にて、仲良く群れています。
 一斉に草地に舞い降りては、草の種など地にこぼれている何かをついばみ、また一斉に飛び立ってこの木の枝にとまる。これを何度も繰り返している。雀らの新年会でもあるか。
 さて、新年会と言えば、本来ならば、今日は若草読書会の新年会の日であったのでした。
 二年ぶりに
新年会を開催するという案内メールを発信したのは、昨年の11月6日のことでありました。
 感染者数の激減で、若草読書会もそろそろ再開してもいいのではないかと思っての案内でありましたが、その頃の世の中一般の雰囲気はそんな感じであったかと思います。
 ところが、年が明けると状況は一変。
 爆発的な感染拡大。昨日の大阪府の新規感染者数もついに1万人を超えるに至りました。
 オミクロン株は感染力が強いということであったが、かくまでとはであります。
 まあ、重症化率は低いということで、余り恐れすぎるのもいかがなものかという気がしないではないものの、高齢者は重症化リスクが高いというから油断はできない。超高齢者1304歳のヤカモチなんぞは即重症化であろうか(笑)。
 そんなことで、高齢者集団の若草読書会ですから、新年会は中止することとし、1月13日に中止する旨のメールを発しました。
 一昨日、1月27日には、来月の囲碁例会は中止にするというメールが届きました。2月は休会、3月以降についてはコロナの感染状況を見て追って決めるとのこと。ようやく昨年秋から再開した囲碁例会でありましたが、再び当面中止となりました。
 2020年、2021年とコロナに引きずり回されての2年間でウンザリでありましたが、今年もこれがまた続くのであるか。

うだうだと 生きながらへて 雀らの
     群れるを(とも)
しと 言ふにあらねど (雀家持)

(本歌)うらうらに 照れる春日(はるひ)に ひばり上がり
               心悲しも ひとりし思へば
                 (大伴家持 万葉集巻19-4292

<参考>関連過去記事
〇​1303歳になりました。​ 2021.1.29.
1302歳になりました。​ 2020.1.29.
〇​1301歳になりました。​ 2019.1.29.
〇​1300歳になりました​  2018.1.29.
〇​1299歳になりました・若草読書会新年会​ 2017.1.29.
〇​1298歳です​ 2016.1.29.
〇​1297歳になりました。​ 2015.1.30.
〇​1296歳になりました。​ 2014.1.29.
〇​ヤカモチ1295歳・健人会の新年会​ 2013.1.29.
〇​偐万葉・ひろろ篇(その3)​ 2010.1.29.
 急激な感染拡大で再び医療のひっ迫が懸念されていますが、そうなるとコロナに限らず他の病気でも適切・適宜な治療が受けられなくなりますから、皆さんもどうぞ健康管理には十分にご留意されますように。






最終更新日  2022.01.29 12:17:21
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2021.09.21
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​ ​今夜は中秋の名月。
 雲が広がり、月は見られないかと諦めていましたが、夜が更けて雲の隙間から月を見ることができました。

(中秋の名月 午後9時43分)






最終更新日  2021.09.21 22:01:52
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2021.09.08
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​​ 雲龍で思い浮かぶのは大相撲の横綱土俵入りの型式「雲龍型」であるが、雲龍とは、読んで字の如く「雲の中の龍」のことである。雲の中を天に向かって昇ってゆく龍のことである。また、そのさまを描いた昇龍の絵のことも、単に「雲龍」と言うらしい。
 勿論、龍は想像上の生き物にて実在する訳ではないから、​竜巻を見て人は龍が天に昇って行く姿だと思ったということなんだろう。
 昨日は、その雲龍を目撃しました。
 これは竜巻でもないから、正真正銘の雲龍である(笑)。

(雲龍)
 飛行機が墜落または急降下したのか、急角度で上昇したのかは知るよしもないが、手前
​​​​の白い雲がその航跡であろう。その航跡の雲が背後の雲に影を落として、あたかも白龍、黒龍となって2本の線が天に昇っているところが面白い。

(同上)
 因みに、ウンリュウグワ(雲龍桑)という木もあるが、これは過去記事に写真を掲載していますので、ご参照ください。
<参考>​墓参・春ぞ立ちける​ 2017.2.4.
    ※ウンリュウグワの葉の茂った姿の写真は下記記事に掲載。
    ​墓参・ムギセンノウでありましたか​ 2017.6.10.
​​​






最終更新日  2021.09.08 06:01:26
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2021.09.03
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​​​​​​​ このところまた雨が続いていますが、今日はその小止みになった雨間をぬって月例の墓参。いつもは朝のうちに墓参であるが、今日は午前中はかなり強い雨で、予報では午後3~4時頃には止むという予報であったので、午後に回すこととしました。
 その雨の​中、1通の葉書が届きました。
 会社勤めの頃の仲間の一人、倉〇君のご逝去の知らせでありました。病気療養中のところ7月10日に亡くなったこと、葬儀は7月13日、四十九日は8月21日に、親族のみにて済ませたことなどを知らせるご遺族からのご通知でありました。
 彼は、ヤカモチより2~3年後の入社だと思うが、当初は本社経理部に配属、長らく経理部で活躍された後、名古屋の支店に転勤されましたが、本社経理部勤務時代には、ヤカモチとは部署を異にするも、仕事面でもその他の面でも親しくさせていただいた仲である。最近は年賀状を交換するだけのお付き合いになっていたので、病気療養中であったことなども知らず、突然の悲しい知らせに絶句でありました。
 友人・知人が亡くなるというのは、悲しく寂しいことであるが、それが自身とほぼ同年齢や年下の人物である場合には特にその思いが強くなる。
 彼は山口大学の卒業で、学生時代には湯田温泉の旅館でアルバイトをしていたというようなことも聞いていたので、ヤカモチの記憶の中では何となく中原中也と結びついていたりもしていました。
 同君のご冥福を謹んでお祈り申し上げます。
君逝きて いづちにありや 秋の日の 雨間の空に なびく横雲 (偐家持)
今は君 いづちにありや 秋雨に 山は煙りて 泣けと言ふらし (偐家持)
(本歌)この水は いづれに行くや 夏の日の
         山は繁れり しづもりかへる (中原中也)

 さて、墓参の道で毎回門前を通るお寺の「門前の言葉」が新しくなっていました。

(門前の言葉)
 2019年秋から2020年末まで、寺の本堂や門の改修工事で、門前の言葉はお休みとなり、墓参の楽しみの一つが無くなっていましたが、工事完了に伴い、今年に入ってこれが復活し、新しい「門前の言葉」が掲示されました。しかし、従前は毎月新しいものに更新されていたのに、その更新がないままという状態が、先月8月13日の墓参の折まで続いていました。
 まあ、今回も、従前のように毎月更新されるのかどうかは、来月になってみないと分からないのではありますが、何となく従前スタイルが復活したような気がします。
 今回の言葉の仲野良俊という人のことは存じ上げないので、ネットで調べると、浄土真宗の僧、仏教学者、1916年生まれ、1988年1月6日没とありました。
<参考>​仲野良俊​・Wikipedia
 道の辺では、コオロギが鳴き秋めいた雰囲気を醸す一方、ツクツクボウシが鳴いて夏の終わりを惜しんでいる風でもありました。

​(棗の実)​
 雨に濡れたナツメの実が少しばかり色づき、これもそこはかとなき秋の気配であります。

(今日の墓地からの眺め)
 大阪市内の方はまだ雨の中のようです。
<参考>墓参関連の過去記事は​コチラ​。​​​​​ ​






最終更新日  2021.09.03 21:31:33
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2021.03.02
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​​​​​​​​​ 今日は月例の墓参。
 雨がパラパラしていましたが、大したこともないと傘さして墓参り。
 いつもの「門前の言葉」の寺のそれは、先月のものがそのままであったので、撮影せず。
 墓地から眺める大阪平野も雨に煙っていました。
 大阪市内のビル街や六甲の山々、淡路島なども全て煙霧の中。

(2021年3月2日の墓地からの眺め)
 六地蔵も雨に濡れている。
​​​​
(六地蔵、雨に濡れつつ)
 以前から「喜里喜墓」という墓碑の文字が気になっていたこのお墓。
​​​​
(喜里喜墓)
 墓石頭頂部の特徴的なフォルムから江戸時代建立の墓であることは承知していたが、側面を見ると、文政6年(1823年)5月建立の墓であることが分かりました。
​​​​
(同上)
 右隣のひと回り大きい墓は「天保」の年号が刻まれていましたから、この墓よりも少し新しいということになる(文政13年12月10日に天保に改元されている。)。
 井上ひさしの長編小説に「吉里吉里人」というのがあるが、この墓を目にするごとにこの小説のタイトルを連想するのが常でありました。
<参考>​吉里吉里人​・Wikipedia
 喜里と吉里で字が異なるし、喜里喜里ではなく喜里喜である。
 「キリキリ」ではなく「キリキ」であるのだから、「吉里吉里人」とは勿論何の関係もないのである。
 文政6年5月(1823年6月)と言えば、シーボルトがオランダ商館員として来日した時期である。
 ついでに調べてみると、勝海舟がこの年(文政6年)に生まれている。
 また、文政年間では、大村益次郎が文政7年生まれ、岩倉具視が同8年生まれ、西郷隆盛が同10年、大久保利通が同13年生まれである。
 この墓地がいつからあるのか知らないが、少なくとも200年位前には既に墓地としてあったことを、この墓石が証明している。
 だんだんに雨が酷くなり、風も強くなりました。
 帰宅したころにはズボンがずぶ濡れ。
 気象台はこの風を「春一番」と認定したことをTVが報道していましたが、風が強いと、雨傘は殆ど無力、雨から守れるのは上半身のみである。
​​​​
(センダングサに雨は降りつつ・・)
春一番 吹きて墓参の 道の辺に センダン草は 雨に濡れつつ (偐家持)
<参考>墓参関連の過去記事は​コチラ​。​​​​​​​​​
​​<追記注:2021.3.15.>
 上掲写真は、フォト蔵写真の表示不具合により、これとのリンクを貼っていませんですたが、このほど正常に表示されるようになりましたので、リンクを貼ることとしました。
​​






最終更新日  2021.03.15 20:57:03
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2021.01.29
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​​​​ 風の強い、寒い朝。
 天気予報では、北陸から東北にかけて日本海側では、今日から明日へ暴風と大雪の荒れた天気になるとか。
 そんな今日、
養老2年(718年)生まれのヤカモチは、1303歳となりました。
 何しろ大昔のことなので、お前の生まれた年は養老元年(717年)だと言う人も世間には居られるのでありますが、本人は718年生まれだと考えて居ります。尤も、本人もこの年に生まれたということを記憶している訳ではなく、父親である旅人様と母親である丹比郎女様からそのように教えられたに過ぎないのであってみれば、確証がある訳ではないのであります。
 なお、ヤカモチが生まれた頃からつい最近までは年齢は「数え年」にて計算して居り、満年齢という考え方はなかったのであります。それによれば、生まれた瞬間に1歳となり、翌年の正月朔日、即ち元日(正確には旧暦の元日)に1歳を加算し2歳となるのでありましたから、その計算では本年の元日(正確には旧暦によりますから、まだ元日を迎えてはいませんが)を以って既に1304歳になっているということになりますが、今は誕生日を迎えるごとに、つまり各人ごとにそれぞれの誕生日に於いて1歳年をとるということでありますので、1303歳という訳であります。
 因みに、わが誕生日の1月29日についても、ヤカモチに確証がある訳ではなく、両親からそのように言われているというに過ぎないものであります。
 昔は、誕生日がいつであるかはどうでもよかったようで、大伴家持さんも何月何日に生まれたかはよく分からない。
 みんな一斉に年越しに一つ年をとるのであれば、誕生日を意識することもなく、勿論、ハッピーバースデーなどという祝い事もないのでありました。
 然るところ、明治35年(1902年)12月2日に「年齢計算ニ関スル法律」が公布され(施行:同年12月22日)たことによって、年齢は生まれた日を0歳とし、その翌年以降、誕生日の前日が満了するたびに、即ち誕生日の前日午後12時(誕生日の午前0時)に、1歳ずつ加算する、ということになりました。
(注)余談になるが、4年に1回しか誕生日が来ない2月29日生まれの人もその直前日即ち28日午後12時に年齢が加算されるという法律の規定なので、毎年1歳ずつ年をとることになる(笑)。
 まあ、そんなこんなで、ヤカモチは1303歳という訳であります。
 「ジャン・クリストフ」のロマン・ロラン(仏)や「桜の園」のアントン・チェーホフ(露)が1月29日生まれであることは以前から承知していたが、ネット検索して、日本の作家では「楢山節考」の深沢七郎もそうであることや、北里柴三郎や宇宙飛行士の毛利衛さんなども同様であることなどを今回初めて知りました。
 話のついでに、1月29日について、もう少し雑談を続けると、こんな記念日でもあることが分かりました。
 〇人口調査記念日
 1872(明治5)年、この日に日本初の全国戸籍調査が行われた。
 〇昭和基地開設記念日
 1957(昭和32)年、この日に日本南極観測隊が南極・オングル島への上陸に成功し、昭和基地を開設した。
 〇タウン情報の日
 1973(昭和48)年、この日に日本初の地域情報誌「ながの」が発行されたことに因み、タウン情報全国ネットワークが制定。
 毎月29日は「肉の日」らしいが、29日生まれのヤカモチが魚よりも肉が好みであるのは、道理にかなっていると言うべきか。
 さて、〇〇歳になりました、というパターンの記事は2014年からであるが、毎回何らかの歌を詠むのが恒例(但し、2015年と2016年は歌を詠んでいない。)となっているようでありますので
、今年もそれに倣ってみますかな。

コロナ禍の 中にしあれば めでたくも
        なかりバースデイ 
()つつあるわれ (籠家持)

冬木立 いまだ去らざる コロナ禍に
        春待つらしも 芽吹き
()めたり (家持

​​​​​
(冬木立)
 このところ、梅の花の写真を掲載し、これにかこつけて歌を詠んでいるようだが、今年はコロナ禍の中ということで、冬木立の写真にすることとしました。
<参考>関連過去記事
1302歳になりました。​ 2020.1.29.
〇​1301歳になりました。​ 2019.1.29.
〇​1300歳になりました​  2018.1.29.
〇​1299歳になりました・若草読書会新年会​ 2017.1.29.
〇​1298歳です​ 2016.1.29.
〇​1297歳になりました。​ 2015.1.30.
〇​1296歳になりました。​ 2014.1.29.
〇​ヤカモチ1295歳・健人会の新年会​ 2013.1.29.
〇​偐万葉・ひろろ篇(その3)​ 2010.1.29.
​​​






最終更新日  2021.01.29 09:17:41
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2021.01.09
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​​​承前​)
​​​ 2020年12月12日​記事の続編、後日談であります。
 昨年12月1日から4日にかけて生じた「脳梗塞では?」という右半身の麻痺・痺れについての後日談であります。
 12月18日脳波検査を受けました。
 先に救急搬送された病院でのMRI画像について、今年1月4日に当該病院へ電話し、その貸出しを依頼。同日これを受領。
 こういうことは初めての経験なので、どのような手続きが必要なのかと当該病院に午前11時頃に電話したのであるが、何のことは無い電話一本でOK。すぐにも用意できるとのことであったので、午後2時半頃にこれを受領したという次第。
 ディスクにMRI画像をコピーしたものであるが、返却不要、手数料なども不要とのこと。

(MRI画像のコピーディスク)
 本日(1月9日)、このディスク持参の上、診察を受けて参りました。
 先の脳波検査も異常は無し。
 持参のMRI画像からも異常は認められない、とのこと。
 よって、昨年の「発作」が何を原因として、何処の異常により生じたものであるかは不明、ということになりました。
 現状では、脳梗塞や癲癇に関連したものというエビデンスはないという訳でありますから、これらである可能性は極めて低いということであるのでしょう。これをしも「安心」と言うべきや(笑)。
 まあ、この1ヶ月、類似の症状は生じていないので、様子を見るしかないということについては、当方も納得である。
 このまま、あのような発作が再発しないことを祈ることとしましょう。
<参考関連過去記事>
〇​墓参&病院へ​ 2020.12.4.
〇​囲碁例会・梅田の里山花譜​ 2020.12.2.

 話は変わりますが、昨日(8日)は、友人の家近氏からご案内状を頂戴した「邂逅展」を覗くため、奈良まで出かけて参りました。これについては、明日の記事でご紹介させていただきます。
​​






最終更新日  2021.01.09 15:47:56
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2020.12.12
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​​​ 今日は、先般の一過性脳虚血発作まがいの発症についての疑問を解消すべく石切生喜病院の神経内科を受診しました。​
 先日(7日)、同病院の総合受付に相談した結果、神経内科につないでいただき、本日の検診を予約いただいたもの。
 本日の検診に持参した、ヤカモチがまとめた経緯書は下記の通り。

2020121
午後22時頃
 PCで作業をしていると、閃輝暗点(視界にCの形のギザギザした点滅する光が現れる現象)が現れた。これが現れると対象物が見えにくくなるので、読書やPC作業(特に字を書くなどの行為)は中止することになるのだが、この日は、見にくいのを我慢しながら作業を続けた。その所為かどうかは不明であるが、突然、左眼の表面が熱く焼けるような感じがあって、眼球の奥が痛み出した。このような感覚は初めてのことで、不安になり、作業を中止し、寝ることとした。1回目発作)
 ひと眠りした頃(深夜にて時刻はさだかではないが日付の変わった2日午前23時頃かと推測。)、不快感で目が覚める。前述の眼の痛みと頭痛、右手上腕から手先にかけての痺れ。暫く苦痛に呻いていたが、症状が軽減したのか、いつの間にかまた眠りに落ちていた。2回目発作)

2020122
 朝、目覚めると、何事も無し。ということで、10時頃から囲碁例会に自転車(クロスバイク)で梅田まで出かける。何事もなく推移。
175分頃
 梅田からの帰途、花園中央公園まで帰って来たところで、突然右手がチリチリとかなり強く痺れていることに気づく。同時に眩暈というか、体が浮遊する感じがあって、自転車を正しく操作できなくなってふらつく。停車して、自転車から降り、ゆっくりとこれを押しながら歩くことで様子を見る。3回目発作)
 近くの恵生会病院または行きつけの石切生喜病院へ立ち寄って診察して貰おうかという考えが浮かんだが、症状は既に収まっていたので、そのまま帰宅。
1830分頃
 帰宅して、PCを開き、メールなどのチェックをしたり、この日撮影した写真をPCに取り込んだりしていると、再び眼に前夜と同様の異常を感じる。
 作業を中止し、寝転んでいたが、暫くして起き上がろうとすると右手が痺れて、体の平衡感覚が取れず、視界も揺れ動いているような、歪んでいるような感覚になり、立てない。4回目発作)
 這うようにして部屋を出て、2階の廊下から階下の台所に居る妻を呼び、「脳梗塞の初期症状かも知れない」と告げ、救急車を手配して貰う。
1910分頃か
 救急搬送されたのは若草第一病院。問診、血液検査、CT検査、MRI検査などの結果、頚椎や脳に異常は認められない。脳梗塞の症状ではないだろう、血圧が一時的に高くなって、ふらつきの症状が出たと考えるのが、現時点での合理的な判断であるが、内科、眼科などであらためて診て貰って下さい、とのドクターの話。
 病院から自宅までは徒歩25分位。症状も収まっていたので歩いて帰る(21時頃)。
 遅い夕食。入浴後、ブログ記事をアップして就寝。

2020123
 深夜(午前2時頃)、目が覚める。右半身が動かない。右下肢、右上肢が痺れていてまったく動かない。尿意をもよおして来たこともあって、起き上がろうとするのだが、どうにもならない。動く左手と左足に思い切り力を込めて仰臥の状態から匍匐の状態に身体を反転し、這うようにして、2階のトイレへ。事なきを得る。これも数分位で症状が収まる。5回目発作) 再就寝。
 朝は、普通に午前7時に目覚めるが、微小血管狭心症(自己診断)に似た頭痛等の発作が起こる。これも数分で収まり、7時半起床。
1130分頃
 石切生喜病院眼科受診。眼圧、眼球表面、眼底、視力など特段の異常はないという診断。
 
一過性脳虚血発作という病名をネット検索で知る。今回のわが症状に合致するように思われた。

2020124
1030分頃
 若草第一病院脳神経外科再受診(再度、症状が現れたこと、眼科では異常なしの診断であったこと、一過性脳虚血発作の症状が今回のそれに似ていると思われたことなどを踏まえて、再度、所見をおうかがいしたいと考えた次第)
 MRI画像で異常が見られないので、一過性脳虚血発作ではない、というのがドクターの意見。昨夜に発作が再発しているから、その痕跡が脳に残るのであれば、MRI検査で見つかるかもしれないと思われたので、ドクターからの「再度、MRI検査を受けますか」という言葉に従い、受検する。
12時頃
 
MRI検査の最中、但し、検査時間の3分の24分の3が経過した終盤近くになって、左目に痛痒感が生じ、続いて右上下肢が痺れていることに気づく。右手指を動かしてみたが、小指は全く動かない、薬指については記憶が曖昧、中指と人差し指は動いた。但し、力は入らない。顔面右半分にも痺れの感覚。
 
検査が終わって、身体の拘束が取り除かれたが、右半分が痺れているため自力では起き上がれない。そのことを伝えようと「痺れていて起き上がれない。」と言うも口が不十分にしか開かず、舌も何やら普通の動きではないため、不明瞭な言葉しか発せない。6回目の発作)
 介助を受けて、用意された車椅子に移動し、車椅子でMRI室を出る。視界が安定せず揺れている感じ。
 しかし、その感じが急速に消えて行く感じもあったので、左程慌てることもなく、軽快を待つ。看護師さんが来られる頃には、自力で検査着から自前の服に着替えていたので、発作は5分程度の短いものであったかと思う。
12時過ぎ
 MRI画像には異常を示すものなし、ということで、診断は「様子を見ましょう。」ということ。
 一過性脳虚血発作であるとも、ないともの説明はなし。印象としては、脳の画像に異常はないから一過性脳虚血発作ではないということを言外に仰っているのかと。

2020125日~6
 身体が痺れて動かなくなるというような発作は起こらず。
 眩暈、チリチリとした麻痺にまでは至らない痺れ感(これは両手ともに、特に小指について顕著)、乗り物酔いのような不快感(嘔吐感が出る前の状況に似た感じ)、手指が冷たくなっていく異常感覚などが断続的に生じ、終日、家でゴロゴロして過ごす。
 
VDT症候群Visual Display Terminal Syndrome)という症例名を知る
 眼の違和感が最初にあって、その後に今回の一連の発作が生じているので、この可能性が高いかもと考える。

2020127
 石切生喜病院総合受付で相談。神経内科を予約いただく。
 この日及び8日位までは、身体の調子がイマイチ(時に、軽い眩暈、浮遊感のような不快な症状があった)。

2020129日~11
 上記の不快感は消えて、体調は正常に復した感じが続いている。

1.上記の発作は発生から数分位で回復している。一過性脳虚血発作にはこのような短いものもありうるのか。
2.一過性脳虚血発作を起こしても、MRI画像に異常が現れないということがありうるのか。
3.VDT症候群は重篤な病気に発展する可能性があるのか。

​​​​​​ 問診の結果、てんかんの発作ということも考えられるので脳波の検査をしてみましょう、ということになる。
 12月18日午後2時半の検査予約。
 次回受診予約は2021年1月9日(土)。それまでに再度の発作が出るようなら、適宜に来診を、とのこと。
 てんかんというのは、若草第一病院受診の際にも耳にした言葉であるが、その折には気にもとめなかったものの、再度、この病名が登場したので、ネットで調べてみた。
1.てんかんとは(「てんかんinfo」より、以下同じ)
2.​てんかんとはどんな病気
3.​てんかんの年代別発症率
4.​診断と治療
5.脳波検査

 てんかん発作が起きている時には異常な脳波が現出することで、それと分るらしい。
(異常な脳波)

 発作が起きている時の脳波を見るのが一番であるが、正常時に於いても、てんかん発作を起こしやすい人の脳波にはこのような異常な脳波の片鱗が認められる可能性があるので、今回の脳波検査ということになったのだろう。
 ただ、脳波検査で確認しにくいてんかん波もあるらしい(下記)。

〇てんかん発作を起こす場所が、脳の深いところにあると、頭の外の電極まで遠すぎるために脳波異常をとらえにくい

〇てんかん性の異常波が出る頻度が低いために、脳波検査の際に異常な波がとらえられないことがある

 今回の吾輩の発作がてんかん性のものであるとしても、極めて軽い発作であり、今は全く正常に復しているから、「確認しにくい」てんかん波ということであるかも知れない。
 一過性脳虚血発作、VDT症候群、癲癇と、三つの病名というか症例名というか、名前が挙がっているが、このどれかなのか、どれでもなく別のものであるのか、そして、それが血管の収縮によるものなのか神経伝達の乱れによるものなのか、その原因は何であるのか、どの部位に生じている異常なのかによって、治療法も異なることだろうから、何にしても診断や対策はなかなか難しいことでしょうな(笑)。
​​​​​ 
​いずれにせよ、9日以降は、いかなる不調現象も生じて居らず、元気にして居りますので、ご安心ください。






最終更新日  2020.12.12 17:42:25
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2020.12.04
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​​​​​​​ 今日は、月例の墓参。
 墓参の後、病院へ向かうべしでCB(クロスバイク)で墓へ。
 墓への坂道に​とりかかったところにある民家の庭先のギンバイカの実。
 先月の墓参の折に1個頂戴して齧ってみたら、渋かったことは当ブログで報告済みでありますが、今日、再度挑戦してみました。
 丁度、その家の奥さんが庭先に出て居られましたが、1個を頂戴して再度齧ってみましたが、やはり渋みがありました。前回より甘味が増し、渋みは少なくなっている印象でしたが、まだ食べられる状態ではないようです。
 既に、真っ黒に熟しているというのに、まだしっかりと渋みが残っているということは、「食べられる」という実と言ってよいのか。
 ヤカモチが実をとって食べて「渋い」と言うと、奥さんが笑いながら「前に、通りかかった人が食べられると言っておられましたがねえ。」と仰いました。それは私のことだと言うのも面倒なので、「そうですか。」と話を合わせて置く(笑)。
 その先の門前の言葉のお寺を写真に撮ろうとしたら、カメラレンズの前の蛇腹風のシャッターがうまく開かない。
 そんなこともあって、門前の言葉もどんなであったかよく見もしないまま通り過ぎてしまいました。自転車に乗っていたこともあって、うっかりしていたのかも。
 墓地に着いて、墓参を済ませてから、ウエストポーチから爪楊枝を取り出し、それで調整するとレンズ前のシャッターが正しく開くようになり、撮影可能となりました。

(墓地からの眺め)
 あべのハルカスが良く見える。

(あべのハルカス)
 あべのハルカスの右側には通天閣も見える。
​(追記)コロナ感染者急増と重症者ベッドのひっ迫から「赤信号」を発し、不要不急の外出を今日から15日まで控えて欲しいという知事からの要請が出ましたが、今夜は通天閣は赤くライトアップされているのでしょう。​
 カメラを右に振って、ズームアップすると、大阪城も見えているのでありました。

(大阪城)
 墓参を終えて坂道を下る。
 昨日(3日)は、石切生喜病院の眼科受診であったが、今日は若草第一病院の脳神経外科である。2日に救急搬送され、MRI検査を受け、その結果に基づいて「脳梗塞ではない。」と診断された脳神経外科であるが、その後、3日午前2時頃、再び右半身が一時的に麻痺するという症状に見舞われたこと、一過性脳虚血発作という病名とその症状について知識を得たこと並びに3日に石切生喜病院眼科を受診した結果、眼に異常はないという診断を得たことなどを踏まえて、再度受診し、相談と言うか、ドクターのご所見をうかがいたいという訳である。
 以下は、前頁記事末尾の<追記>の続編であります。
 色々とご心配をいただきましたので、その続編として、その後の経緯を報告させていただきます。
 病院受付で、循環器内科受診を申し出たが、これまでの経緯をお話すると、それなら脳神経外科になると言われ、脳神経外科の待合席で待つこと20分~30分。診察室で、その後の経緯、2日深夜に右半身麻痺の症状があらわれたことを踏まえて、一過性脳虚血発作ではないのかという疑問を提示する。
 ドクターは、その場合でもMRI画像に異常が現れるという立場のようで、それが認められないから一過性脳虚血発作とは、現段階では言えないという意見。
 もう一度MRI検査してみますか、とドクター。
 ということで、再検査を受けることに。
 午前11時45分頃、MRI室に入る。
 検査開始。何事もなく撮影は続いていたようだが、終盤近くになって、左目に痛痒感があり、それはこれまでの経験から、発作の兆候と思われたところ、果たしてその通りで、右上肢がチリチリと痺れて行くのに気づく。中指と人差し指は動くが小指は動かない。薬指はどうだったか記憶が不確か。右下肢も痺れている。そして、顔面右半分(特に頬)がチリチリと痺れている感じ。顔面の痺れを感じるのは今回が初めてだと思う。
 検査が終了し、係の方が「終わりました。」と、身体を拘束していたものを取り外して下さったが、起き上がれない。「痺れている」ことを伝えようと言葉を発するが、顔半分が痺れているので、うまく発語できない。
 介助を受けて検査ベッドに座らせてもらい、用意いただいた車椅子への移動も抱えられての移動。その間、眩暈のような感じで視界が安定しない。
 車椅子に乗ったままMRI室を出て、更衣コーナー前で症状の収まるのを待つ。幸い、急速に症状が引いて行く感じがあったので、精神的には落ち着いていられた。
 検査着から自前の服に着替えを済ませた頃には、完全に症状は消えていたから、4~5分程度の短い発作であったように思う。
 再び、脳神経外科診察室前の待合席で待つこと暫しあって、診察室へ。
 あのような発作が起こっている最中の検査であったから、MRI画像に何らかの兆候が現れているのではないかと思ったが、さにあらずで、画像には何らの異常も写っていないとのこと。
 軽度の一過性脳虚血発作ではMRI画像には何も写らないのではないか、と感じましたが、ドクターは、暫し様子を見ましょう、という以前と同じ結論。
 軽度の一過性脳虚血発作を放置することのリスクと早すぎる投薬による副作用のリスクについての説明もないので、「もっと病状が重くなってから来い。」と言っているようにも思われて、余り愉快ではありませんでしたが、MRI画像にて一過性脳虚血発作であるということが認められない以上、そう言うしかないのかとも思ったり・・でありました。
 なお、一過性脳虚血発作というのは友人のオガクニマン氏から教えていただいて知ったものであります。
<参考>​一過性脳虚血発作​・Wikipedia
 喫茶・ペリカンの家へCBを走らせ、午後1時過ぎの遅い昼食。
 昼食後、帰宅。
 本日は、銀輪散歩もお休みであります。
​​​​​






最終更新日  2020.12.04 19:18:21
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