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seichan0217

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June 6, 2007
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テーマ:癌(3438)
カテゴリ:イギリスの姉の話
あの日、レイカ姉と最後に会話を交わしたのは私だった。
日曜日までは元気だったのに急に容態が変化した姉。
脳に転移していたせいか
発作や、落ち着きのなさ、変なことを言ったり
母親に「抱っこして」と言ったり甘えん坊の子供のようになったり。
電話するのをうるさいと嫌がったり。

母や姉からそういう話を聞いてはいたが
いざ、目の前にそれをみると
涙がでそうだった。

目が黄色くなっていて、おなかは後期の妊婦のように膨れていた。
顔や足もむくみ、一人では落ち着かず、常に誰かの手を
必要としていた。

だが、最初私が病室に入ると急にしゃんとしたらしく
起こしてほしいと友人に頼み
一番上の姉にジュースを飲みたいと言い
飲みかけたジュースを私に「まわして」と言った。
一番上のapian姉が「まわして?何それ」と笑ったからか
それとも面倒見が良い性格だから最後まで
お姉さん風を吹かせたのか分からないが
何故かapian姉にはジュースをまわさなかった。

私に飲んでくれという。
様子はもう以前のレイカ姉ではない。
そして「もったいないから」と言った。
「もったいないからじゃあ私が飲んであげるね」というと
安心したように落ち着いた。

唇がカサカサだったのでこの前買ってきたリップを
塗ってあげようかというと彼女は頷いた。

そして私の手を握るとマッサージしてあげたせいか
そのまま眠った。
安心したのだろう。その目の閉じ方に毎回ドキリとした。
姉から21年前に他界した父の入院していた時の
においがする。そのにおいは21年の時を超え
私の嗅覚を刺激した。

ああ、あのころの父のにおいだ。
もうすぐ死ぬのかもしれない。
そう思った、でもそれがまさかその日だとは
夢にも思わなかった。

レイカ姉が眠ったのでapianは帰った。
古くからの友人のKさんも帰った。

病室には私と姉の二人きりだった。
窓の外には新緑に光がふりそそぎ
廊下側からテレビの音や患者さんたちの話声が聞こえてくる。
姉が眠った病室はとても静寂に満ちていた。

私はそこにあった漫画を見ていた。
皮肉にも病気で亡くなる寸前の少女の
生霊の話が書いてあった。

ちょうど話が解決しそうな場面のあたりで
看護婦さんが検診に来て姉は
再び目を覚まし看護士さんの首下をつかもうと
していた。あまりに動くので血圧がとれなかったらしく
また後で来ますと看護士さんは言った。

それから姉は「E子(私の本名)ちゃん、早く」と
何度も繰り返し言った。
足を揉もうとすると嫌がった。
耳掃除がいい?それとも爪カットする?と聞くと
「耳のあと爪」と言った。
でも耳を触るとやはり嫌がり跳ね除けられた。
途方にくれてると「E子ちゃん、E子ちゃん早く」といいかけ
そこでとまる。早く何?と聞いても答えない。

先生が回診に来られた。
「Nさん、つらいね?」先生は聞いた。
「先生つらい」姉ははっきりと返答した。
「おしっこが出よらんからたくさん水分とってね」と先生は言った。
先生が出て行ってから姉は「先生」と何度か呼んだ。
でも先生は聞こえなかったようだ。

「E子ちゃん早く」私が帰らなくいいのか心配しているのかと思い
「大丈夫、今日はまだいれるよ」と試しに言ったが

安心しないようなので抱きしめて「大丈夫だよ」というと
姉は私に子供のように抱きついた。

そしてまた離し、今度は柵をガタガタゆらし
「あっあっつ」なんか苦しんでいる。
「危ないよ、これ外したら落ちるよ」
「苦しいの?」「苦しい」
「起き上がる?」「うん」
私の力が強かったせいかひどく痛がった。
仕方ないからナースコールをした。
何度も鳴ってやっと看護師さんが一人来た。
姉の位置を変えてくれた。
少し落ち着いたようだ。

でもしばらくするとまた落ち着かなくなり
私の手を握ったり突き放したり。
「お母さん遅いね、買い物かな?」
母が疲れているから交代で休んでいることを
を感じさせないようにわざとそう言った。
「買い物いってるよ」姉は、はあはあ言いながら言った。
そして私の顔をじっと見つめる。でも焦点が合わない。

もうその目の白い部分は黄色ににごり
寝ては覚め、寝ては覚めの繰り返しだった。

「E子ちゃんE子ちゃん」姉は繰り返し言った。
「お母さん」といった。

やっと母が来た。「お母さん、早くU子姉ちゃんの手を握って」
そういうと無駄な話をしていた母は
レイカ姉の手をぎゅっと握った。

そして安心して眠った。
私は寝たと思ってセイイチロのお迎えがあるから
帰った。母だけが残った。

その晩電話が鳴った。
「Uちゃんがあれから意識が戻らないのよ」と母。
だけど今日はたぶん大丈夫な気がするけど、どう容態が変わるか
分からないからあんたがいいようにして」と母が言った。

「どうせ来ても意識はないからね、明日でもいいけど
どう変わるか分からない。あ、部屋を替わるから
バタバタしてるしもう時間ないから切るよ」
母はそういった。
しかしその後apian姉はすぐに来たがいいといった。

昼間の姿を見てまだ大丈夫だと変な確信があったのと
父は意識不明になって40日ほど眠っていた記憶もあり

まだ大丈夫、きっと私を待ってくれると変な過信があり
私は色々考えてすぐには行かなかった。

どうしてもその日に仕上げなければ明日入稿予定の
お客さんに迷惑がかかる
仕事があったから、もし葬式などになると
もうそれどころでなくなるし、
関係ないお客さんに大きな迷惑かけれないと思ったのだ。
だからといって私がすると
姉のところに行けないかもしれない。

私は仕事パートナーに相談し他のデザイナーに
引き継ぐことにして急いで引き継ぎ作業にかかった。

引き継ぎがほぼ完了したころapianから電話があり
「仕事どころでないでしょう、危ないの。早く来て」と言われた。
それからあわててタクシーで駅まで向かい
地下鉄、西鉄と乗り換えたところで
電話が鳴った。
嫌な予感がした。


「今、息を引きとりました」


予想もしない展開。
私は寝ているセイイチロウ抱え呆然とした。
水筒が落ち隣の方が拾ってくれた。

西鉄電車の中で涙がとまらなくなった。
後悔の嵐、怒り、絶望。


病院に駆けつけたとき
電気が消えたロビーを抜け明かりが見える部屋が見えた。
私は猛突進した。

部屋には親戚、友人が集まっていた。
死後30分か40分たったころだったので
皆落ちついていたようだったが
私は部屋に入ったとたん、ダッシュでかけより
姉に大声で誤った。

私はセイイチロを落としかけ、転びかけた。
セイイチロは誰かが拾ってくれたようだったが
気にも留めないくらい
大声で「ごめんね、U子姉ちゃんごめんね」と
大泣きで何度も何度も言った。


「U子ちゃんはE子ちゃんを待っていたよ。
E子がくるから待ってというと
心電図が一瞬変化してとよ」
母が泣きながらそう言った。

誰も私を責めるものは居なかった。
でもきっと心では「どうして?遅かったの?」と皆から
責められているようで心が張り裂けそうだった。

ある人からずっと後で「私は間に合って良かったです」と
言われた。心が張り裂けそうだった。辛かった。


後悔の渦と姉はもういないという気持ちでもう
たまらなく、仮通夜の朝方まで何度も何度も姉の死に化粧をしたり
マニキュアを塗ってあげたり、お風呂で泣いたりした。
心が痛んでやまなかった。

仮通夜の夜、私と同じ思いの人がいた。
その人は姉の部屋で一人泣いて出てこなかった。

私はその人と同じような思いでいることを話し、
後悔はしたけども
前向きにお互いにがんばろうと日本語で説明した。

その人も私の気持ちを分かってくれた。
お互いに似たよういきさつだったため
話すことでお互いに自分を少しだけ許せるようになった。

そしてその人も
その部屋からやっと出ることが出来、
少し元気をとりもどしたようだった。

2007-06-07 01:15:52

葬儀はとても姉らしく派手に飾られて
ライブまで上映してくれていた。


通夜とあわせ330人もの来訪客があったそうだ。
「私が死んだら派手にパーティーしてね」
生前に友人に言った言葉は
その通りになった。

070602_1812~03.jpg


会場には数多くの花。
座れず立ち見が出るほどの通夜。ヒョウ柄のドレス、派手なドレスが
マネキンに着せられ昔、メタルが好きでベースを弾いていた時代の
愛用だったピンクのべースが飾られていた。

070602_1813~02.jpg

遺影は写真でなくモニタだった。
U子らしく派手にしてもらったそうだ。

070602_1813~01.jpg


本当に立派な式だった。
ご来訪の皆様、電報や花を送って下さった遠方の方々、
ロンドンのご友人の皆様
本当に本当にありがとうございました。
姉はきっと皆さんに囲まれ満足だったと思います。
応援、励ましてくださった方々
本当に今までありがとうございました。

070602_1812~04.jpg

追記

葬儀も終わり、福岡に戻った私は
言いようもない寂しさに終われ
妊婦になった10歳下の後輩にあった。
その子は以前、親友とあることで大ゲンカし
絶交中にその親友を亡くしている。
交通事故だったそうだ。

その子は言った。
「お姉さんはE子さんが後のことを考え
そういう行動にでることを考えて安心させたと思います。
もしも、E子さんがお姉さんにしばらく会ってなかったり
また、具合悪いところを見せていたら
E子さんは何もかも捨てて飛んで行ったでしょう。
E子さんのことを応援しているお姉さんだったからこそ
そこで最後に安心させたんですよ。」

私はその言葉を聞いて
心の奥にあった後悔の念を断ち切ることが出来た。

私はもう悔やまない。
レイカ姉は私を思い、私を安心させたんだ。
きっと最後の力をふりしぼって
私に安心を与えてくれたレイカ姉に
心から心から感謝している。

きっと私の家族を思い、
私を思い最後までお姉さん風をふかせたレイカ姉、
いえ、優子姉ちゃん。本当に今までありがとう。















Last updated  June 7, 2007 12:07:25 AM
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