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焼きたてパンにはまりませう

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実家の人々

June 3, 2009
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カテゴリ:実家の人々
先月31日は優子姉の命日だった。
三年忌は親族だけで実家ですみやかに行われた。
お経が唱えられているあいだセイイチロウは
溜息ばかり。
でもきちんと正坐をしていた。
親の私の方が先に崩して「せいちゃんもいいよ」
というのに意地でも崩さなかった。
誰に似たのだろう。
となりで足が笑っているであろう旦那も
足を崩さず我慢しているようだった。

姉の友人らからお菓子やお花が届いていた。
亡くなって3年目になろうかというのに
彼女の友人たちは本当によくしてくれる。
心からお礼を言いたい。

優子姉の親友のマコさんがお子さんを連れて
墓参りの後実家を訪ねてくれた。
彼女は長かった髪をバッサリと切り
ショートカットがよく似合う。
英語がペラペラなのもまたかっこいい。

私はここのところ人間不信に陥って
つらかっただけに
姉の友人たちの「心」に感動した。

亡くなっても肉体がなくても
魂のつながりなのだろうか。
魂のよびかけなのだろうか。
姉の友人たちは姉ののことを忘れない。

まこさんとは優子姉のことや最近の話をして楽しかった。
きっとそこの席に優子姉もいたことであろう。

翌日、子宮筋腫の手術のためもう一人の姉の
あっこ姉が入院した。
前日の法事のときに電車の中で
センスの良い前空きのネグリジェが欲しい」
としきりに言っていた。

何やら母が用意したのが母や祖母のものでかなり
老人エキゾチックな渋めのものだったらしい。

私も妊婦のときのロングパジャマをひとつ持っていったのだが
何様前日に急にも貸してというので洗たくする間もなく
夜は探せず忙しい朝にひっぱりだして持っていくと
「これくしゃくしゃ・・」などという。贅沢な。

仕方なくアイロンかけてあげたらシミをたくさん発見したので
それはまた姉をがっかりさせた。

実家の洗濯機で洗濯することにしたが
「乾燥コース」を選ぶと1時間かかったあげくに
半乾きで出来上がってきた。
怒りをどこにぶつけてよいのやら

「ほら、普通に洗たくしたが早かったのに!!」と
母から必要以上に悔やまれる。

ネグリジェがいけてないこと・・あっこ姉は手術の心配よりも
それをかなり気にしていたので
これは私買ってきてほしいのかな?と思い
買ってあげるよというと姉はニッコリした。

翌日、お見舞いに行き
かわいらしいネグリジェをプレゼントした。
検査のため前ボタンでスカート状になったタイプでないと
ダメらしい。探すけど手頃な値段でなかなかなかった。
姉は嬉しそうにしていた。

翌日は手術だった。
私は仕事で立ち寄れなかったので母に連絡すると
母は一部始終語り始めた。

15センチくらいの塊や小さい塊が6つほどあったこと
全身麻酔のあと寒気が止まらなかったこと。
手術は終わったものの寒気や吐き気がするようで
全身麻酔の後遺症ではないかということだった。

さずがに昨日手術したばかり電話やメールをしても
疲れてるだろうから連絡は控えている。
姉が信頼している教室のK先生もまたそれを察したのか
心優しいメールを私に下さった。

「何か私たちにお手伝いできることがあれば言って下さいね。」
メールにはそう書いてあった。
直接姉に送ったのではなく
おそらく術後で辛いだろうからと
親族の私にメールを送ってくれるどの心遣いに深く感動した。

私は最近辛いことがあった。
人間を怖いと思うことがあった。
心から震え、心から悔しい涙を流すようなことがあった。

そして家族以外の人間に心を閉ざし始めた時に
優子姉の命日での出来事、秋子姉の入院などが重なった。
そして彼女たちをとりまく「人の思い」を知った。

それらを通じ、
人の心がないとうわべだけでは
私はうまく生きていきていけないことを確信した。








Last updated  June 4, 2009 07:14:31 AM
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July 9, 2005
カテゴリ:実家の人々
去年、一人暮らしを始めた姉の住居の洗面台に
一匹の蛙が住み着いた。
洗面台の手洗い器の正面の穴からひょっこり顔を出していたらしく、
毎日窓から入ってきて必ずそこに入ってきていたそうな。
しかも、つがいで来てた日もあるとか。

そんなケロちゃんの様子の日記を
まるで子育て日記のようにメールに送られてきてた。
私が征一朗の写真を送るとケロちゃんの写真が返ってきたり。

「今日のケロちゃん」といって私には同じ写真にしか
見えないものが私の携帯のメモリーに複数たまっていくもので
これ同じにしか見えないから消していい?って聞いたら
「同じじゃない!」と怒られた。

わが子は可愛いから友人に何度も写真を送る親のような感覚。
でも送られたほうは同じ顔にしか見えないからコレどうしようみたいな。。
姉いわく、表情が違うとかいう。角度が違うとか。
洗面台から外にジャンプする姿を三段階に分けて送られてきたこともある。

毎日通い妻のカエル・ケロちゃんに次第に姉は
愛情を持って見守るようになっていった。
自分のサイトにもケロちゃんの日記が書いてあった。

ある日、そんな幸せなケロちゃんとの生活に
ピリオドが打たれた。
それは二度にわたる台風。

一度目は三日後に戻ってきて洗面台の穴の中にちょこんといたらしい。
でも次の台風の前日にでていってそれきりだったそうな。
その後別の蛙がきたらしいが姉いわく「ケロちゃんじゃない」
から無視してたらしい。どこで見分けるんだろうか(笑)


そんなケロちゃんが最近帰ってきたらしい。
え?同じ蛙じゃないんじゃないと聞くと
「同じだよ、だってカメラ目線だもん」と言っていた。

もう、すでにケロちゃんらしき2枚のカエルの写真が
残り少ない携帯のメモリーを占めている。
また今年も増えていきそうだ。







Last updated  July 9, 2005 07:30:41 AM
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June 3, 2005
カテゴリ:実家の人々
6/8が誕生日の母に何が欲しいか聞いてみたら
ちょっとお出かけするときのざぶざぶ洗えるTシャツが欲しいという。

でも33年間母の子である私はよくわかっている。
母は量より質の人。かなり遠慮した言い方だが

ざぶざぶ洗えるTシャツ→安いから何枚か買えるのよ。
=何枚か買えるぐらいなら一枚のいいシャツを買って欲しい
という方程式が成り立つ。その辺お見通し。

あげるからには喜んでもらいたいのであれこれ聞き出す。
合わせたい服はどれか、どんな色か、どういうときにきていきたいのか。

と調査員のように聞き出していくうちに本人の意思がはっきりと
見えてきて途中でタンクトップがいいとか言い出したが
結局質がいいんだけど洗えて、お仕事やお友達のとこいけるような
ちょいよそ行きTシャツと判明。

下が薄い色のパンツが多いといっていたので
濃い目のいいTシャツを探す。
先日に引き続きまたまたマリノアのアウトレットショップへ

しかし、Lサイズがなかなかない。
フリーサイズってMサイズのことらしい。
ぼっちゃり母は当然入らない。
やっぱり私たちが買うようなお店では無理かしらと
探すこと2時間。

なかなかみつからなかったが最後の最後でミセスの店発見。
おお、ここなら年齢が高めそうだ。そして入り口でいいシャツ発見。
すぐに目に飛び込んできた。

ぱっと華やかで明るい色のTシャツと
ブルーの絞りが入った粋なTシャツを2枚購入。
普通に買うとTシャツにしてはかなりのいい値段だが
アウトレットショップなので定価の半額以下の値段。
しかもTシャツフェアで10%引き。
気に入ってくれるといいけど。


ところであそこの定員さんってなんであんなに口がうまいんだろう。

私も前のお客さんにも女性スタッフ2人がさらりとお世辞。
「ええ?幼稚園の子供さんがいるなんて思えないですよー」なんて
言ってたとこを観察してて
そんなことないだろう、見える、十分見えると
心で思っていたが私の番になって

「子供さん連れてなかったら独身に見えますよ、お洒落ですねー」などと
私の心を掴んでまた来て貰おうとする、見え透いたお世辞を言われ

それは言いすぎですよと言いながら分かっていても
かなり気分がいい自分に
ああ、年とったんだなあ、お世辞言われて喜ぶなんて
ともう一人の自分が浮かれてる自分に呆れてしまったそんな帰り道だった。






Last updated  June 4, 2005 02:17:27 AM
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March 25, 2005
カテゴリ:実家の人々
昨日に引き続き、実家にいる。ブラウザが違うせいか来て下さった方への書き込みが出来ないのになぜか日記だけは書けるようだ。何故だろう。

私はここ(福岡県)で生まれ、途中で父の転勤で沖縄に3年近く住んで、そしてまたここに戻った。父は14の時、脳腫瘍で他界した。手術をし、集中センターに入れられ咽にチューブをさされ、そこから栄養補給をされていた様だが、70キロあった体重は半分近く減り、当時の私には骨と皮だけになってるかのように見え、私のことが分からないまま息を引き取った。

それから母は私達3姉妹を必死で育てた。
1番上の姉はピアノを弾いていて音楽の名門の高校に通っていたが卒業後クラシックの道をはずれ、バンドに走り、多種多様の仕事を転々としながら結局はジャズと出会い、今はピアノで生計を立てている。
私は彼女の影響をたくさん受けて育った。とくに音楽。私がフレンチポップスやボサノバが好きなのはもろ、彼女の影響を受けたからである。

それから2番目の姉。
ヤンキーだった彼女は学校側から辞める様に説得されていたようだがそれに反感を覚え、意地でも卒業したようだ。

彼女も音楽好きでバンドのボーカルをしていて、あちこちで唄っていた。
バンドブームの頃はハードロックやメタル系のバンドを転々とし、髪のがオレンジやら紫やら変化していった。一番印象が残っているのはあるテレビ番組の企画でヘビーメタルの格好で超ミニスカートでアンプに足をかけながら松田聖子の「青い珊瑚礁」を唄わされていた姿が今でも目に浮かぶ。ゲストの野沢直子さんにトイレで「凄いね~」と言われた程彼女は派手で迫力があった。

今では英語に目覚め、勉強しイギリスに渡って7年になる。演技の勉強もしてるようでイギリスのクラブでママさんをしている。今は音楽のジャンルもソウルになったみやいだ。最近10才年下のフランス人の彼氏が出来たらしい。美形好きの彼女。たぶん美形なんだろうな。

姉ふたりがキョーレツだったため、一番普通にみえる私。でもたくさん迷惑をかけた。本当に。母はいう。初孫を生んでくれたのが一番の親孝行だと。
イギリスの姉は「母の願いはあんたに任せた。私は結婚しないしね」と言っていた。
でも未来は分からない。三十路を半分くらい過ぎた彼女達。いきなり結婚しそう。
めっちゃ若い旦那と。








Last updated  March 25, 2005 08:26:30 AM
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