ひめちゃん ゆき とのお出かけ日記

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鎌倉 観光

2010/07/12
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カテゴリ:鎌倉 観光
大仏の高徳院をあとに、長谷駅から江ノ島駅にむかいます。

江ノ島は、帰りの人で、ごったかえしてるかと思いましたが、

海水浴にはまだ早いので、そんなに人はいませんでした。

どうせ江ノ島に来たので、ちょっとだけ江ノ島を見に、

目的の龍口寺とは反対方向へ向かいちょっとだけ

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P6274333 posted by (C)EZ30

邪魔者ばかりですが、ここが江ノ島ってわかる感じでは?

マリーナも入ってますし。

この写真を撮るために、10分逆行してるので、

労力は買ってください(笑)

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P6274349 posted by (C)EZ30

こちらが目的地、龍口寺。

仁王門の中を見ると、

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P6274350 posted by (C)EZ30

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P6274356 posted by (C)EZ30

綺麗な龍の天井絵。

仁王像より、こちらの色使いが気になりました。

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P6274404 posted by (C)EZ30

こちらは山門裏側、寂光山の銘。

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P6274411 posted by (C)EZ30

山門の表側は、龍口寺の銘。

そして龍の透かし彫りは見事なもの。

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P6274408 posted by (C)EZ30

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P6274369 posted by (C)EZ30

中国の古事記に由来する、数多くの透かし彫りも。

ほんと仁王門、山門だけで、1時間いれそうです。

日蓮さんは、他宗を攻撃し、鎌倉幕府に対して、

法華宗を信じないならば、国難が続くだろうと説いたため捕らえられてしまいました。

いろいろ調べると、当時お坊さんを処刑するなんてことは無かったらしい。

そりゃそうですよね、戦国武将は信心深い人が多い。

よっぽど日蓮さん、目に余る布教活動してたらしい。

いまでも、結構目に余る布教活動してますよね。

第○文○研究会とか隠れ蓑使って、若者を.......

日蓮さんが、龍ノ口の刑場で処刑されかけたとき、

天からの雷鳴と江ノ島の方より稲妻があり、

太刀取りは目がくらみ倒れ臥し、周囲の兵士たちは恐れおののき、

そして、処刑は失敗して、佐渡へ流された。

これが、日蓮宗の言う所の龍ノ口法難

そして日蓮さんの没後に弟子の日法が、瀧ノ口の刑場跡に、

1337年に建てた敷皮堂が龍口寺の始まりだそう。

処刑場でのいきさつは、かなり誇大してますが、

鎌倉より処刑間際に、中止命令があったのは、事実のようです。

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P6274374 posted by (C)EZ30

こちらが境内。

右上の五重塔は、釘を一本も使わない組み込み式の本式木造。

本式木造の五重塔としては、神奈川県唯一のものだそう。

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P6274390 posted by (C)EZ30

電線が邪魔ですが、階段登る元気がすでに無い。

へりへろ。

このあたりで、4時を大幅にまわっているので、本堂の中は見れなかったです。

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P6274380 posted by (C)EZ30

光松妙見堂、正面左側。

松の材木で造られた妙見大菩薩を安置してます。

これが最後の紫陽花。

この裏あたりに、日蓮さんが、一晩過ごした土牢があるかしいのですが、

何せ、時間が時間で、職員の人がおらず、行きませんでした。

龍口寺には、4度目なのですが、ほとんど江ノ電撮影のついでの立ち寄り参拝。

詳しく見たのは、初めてに近いです。

ここは、空いてますよ、皆知らないんじゃないの?

って言うくらい。

日蓮宗の人に怒られそうですが。

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P6274406 posted by (C)EZ30

大書院 。旧松代藩の養蚕御殿。

昭和初期に移築したものらしい。

3層の屋根は見事ですね。

入ってすぐ右の石壇上にあります。

まず手水舎に行くため、登ってみませんでしたが、

惜しかったなー。重厚な作り、さすが信濃一の藩の藩邸です。

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P6274400 posted by (C)EZ30

本殿を右に行くとある日蓮さんの石造と鐘楼。

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P6274383 posted by (C)EZ30

この鐘は、お題目を唱えると、1回つけます。

いつでも。

早速ついてみましたが、以前来たときと変らぬ音色。

雑踏化した鎌倉の空間から、かけ離れた静けさの中、最高の音。

これだけでも、価値があるんじゃ?

この鐘は、延寿の鐘と言われ、長生きするらしい。

武人としては、長生きはしたくないのですが。

その他、龍口寺は、仏舎利、七面堂など、見所満載。

仏舎利のあたりは、高台になって江ノ島方面の景色がいいです。

もちろん今回は、ヘロヘロで、果てしなく続きそうな階段を、

一歩たりとも登れませんでした(笑)

何で、皆さんあまり行かないのかな?

江ノ島からも、仏舎利、五重塔は、よく見えるのですが。

よく見えると言えば、乗り換えの大船駅から

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P6274441 posted by (C)EZ30

大船観音。

上半身だけですが、すごくでかくて、ほんと目立ちます。

最後になりましたが、

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IMGP2015 posted by (C)EZ30

ちびにペット用お守り。

ゆきには、キティーちゃんお守り、Mさんは御朱印帖。

すべて鶴岡八幡宮で購入。

例によって、私は、土産なし。

そういえば、今回ひめちゃん用もなし。

以上、鎌倉を巡るでした。

御拝読、ありがとういございました。

あと5回位いけば、鎌倉巡りコンプできるかなー。

先長いなー。絶対、3回目くらいからは、

誰も知らないとこ載せることになるし。

考えちゃいますね(笑)






最終更新日  2010/07/12 07:12:09 AM
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2010/07/10
カテゴリ:鎌倉 観光
ひめちゃん、江ノ電と寄り道をしてしまったのですが、

長谷に戻させていただき、長谷観音を目指します。

駅から、観音様まで、細い歩道を行くのですが、

両側の歩道は、人で、行き違うのも苦労するくらいごった返してました。

いやー実にすごい数の人。1時をまわっていたので、ピークだったかも?

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P6274266 posted by (C)EZ30

路地を、車をかき分け入ってみると、すごい数の人が、

入り口あたりに。

すごいなーと感心してみてたら、入場60分以上待ちの表示が、窓口に。

ここは、以上が曲者なんですよ、90分待つことも。

紫陽花の咲く庭園は、見事なものがありますし。

私の目当て、輪蔵もある。

鎌倉では、ここにしかないのではないでしょうか?

輪蔵を回転させると、それだけで経典を読んだのと同等の御利益が得られるものと信じられているものです。

もちろん私も。

元来、本を読むのが、苦手なものですから、これ幸いです。

時代のある物なので、重厚ですし。

まあ観音様は言わずもがなです。

展望台からの由比ガ浜の眺めなんて、絶対そこに30分は、いる。

込むのはしょうがないですねー。甘かった。

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P6274272 posted by (C)EZ30

ただ帰ってはと、長谷寺前の紫陽花。

光則寺?の建物が、向こうに見えます。

光則寺は、一人だったら、絶対行っている。

今回、江ノ島の龍口寺に寄るのを予定していたので、行きませんでした。

さすがに、日蓮さんゆかりのお寺が、ひしめいてます。

急ぐ旅の私たちは、後ろ髪を引かれながら、高徳院へ向かいました。

高徳院までも、すごい人。

あたかもサンシャイン通りを歩いてる感じ。

サンシャイン通りより狭い分もっと大変でした。

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P6274289 posted by (C)EZ30

鎌倉を初めて来たら、絶対はずせない鎌倉大仏。

人が多かったー。

このカット、30分以上待ってます。

ちょっと、水滴がレンズについてるのは、ご愛嬌。

ほんの一瞬人がきれた1枚です。

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IMGP1985 posted by (C)EZ30

この位人がいます。石柱を見ると記念写真撮りたくなりますね。

高徳院HPによると

鎌倉大仏は、

「露坐の大仏」として名高い高徳院の本尊、国宝銅造阿弥陀如来坐像。像高約11.3m、重量約121tを測るこの仏像は、規模こそ奈良東大寺の大仏(盧舎那仏)に及ばぬものの、ほぼ造立当初の像容を保ち、我が国の仏教芸術史上ひときわ重要な価値を有しています。北条得宗家の正史『吾妻鏡』によれば、その造立が開始されたのは1252(建長四)年。制作には僧浄光が勧進した浄財が当てられたとも伝えられています。もっとも、創建当時の事情には不明な部分が多く、未だ尊像の原型作者すら特定されるに至っていません。当初尊像を収めていた堂宇については、『太平記』と『鎌倉大日記』に、1334(建武元)年および1369(応安二)年の大風と1498(明応七)年の大地震によって損壊に至ったとの記録を見いだすことができます。以後、露坐となり荒廃が進んだ尊像は、江戸中期、浅草の商人野島新左衛門(泰祐)の喜捨を得た祐天※・養国の手で復興をみました。尊像の鋳掛修復に着手し、「清浄泉寺高徳院」と称する念仏専修の寺院を再興、当時、浄土宗関東十八檀林の筆頭であった光明寺の「奥之院」に位置づけたのも、祐天の事績にほかなりません。今日、創建750年余を経た尊像は、仏教東伝の象徴として、国内外、宗派の別を問わず数多の仏教徒の信仰を集めています。

※ 小石川伝通院の住職を務めた後、増上寺第36世法主を拝命した高僧

そして

高徳院の宗旨

 高徳院(詳名: 大異山高徳院清浄泉寺)は、法然上人(1133~1212年)を開祖とする浄土宗の仏教寺院です。法然上人は、善悪、男女、年齢、身分などの別なく、万人の救済を本願とされる西方極楽浄土の教主、阿弥陀如来に帰依されました。人は誰しも「南無阿弥陀仏(阿弥陀仏に帰依します)」と称えれば、その御加護に与ることができ、臨終に際しては極楽浄土に迎え入れていただける。これが法然上人の説かれた浄土宗の教えです。

南無阿弥陀仏、南無八幡大菩薩、南無妙法蓮華経、宗派はちがっても、

同じ感じですね。怒られちゃうかもしれませんが、無宗教の私にとっては、

今のおかれてる立場は、誰にでも、どんなものでもすがりたい気持ち。

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P6274290 posted by (C)EZ30

こちらは、背中、窓が開いてますね、

なかに、入れます。

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IMGP1970 posted by (C)EZ30

昔は、背中の窓あたりまでいけたんだけどなー。

気のせいかな?、観音さんなど、結構巡っているので、

思い違いかもしれませんが。

大仏胎内の拝観料20円。大元の拝観料は200円でした。

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P6274291 posted by (C)EZ30

HPの表記には。

15世紀中頃、漢陽(今日のソウル)の朝鮮王宮内に建築されたと伝えられる建物で、1924(大正13)年当時これを所持されていた「山一合資会社」(後の「山一證券」)の社長、杉野喜精氏によって、東京目黒の私宅から移築・寄贈されました。鎌倉観音霊場23番札所ともなっている当山では、今日この建物の中に、江戸後期の作品とみられる観音菩薩立像を安置しています。

観音菩薩立像は見れませんでした。

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P6274275 posted by (C)EZ30

HPによると

仁王門といわれる山門は、18世紀初頭、内部に安置された一対の仁王像とともに他所より移築されたものと伝えられています。

他所ってどこ? 

ここ高徳院は、大仏の拝殿が流された大津波の襲来で、長いこと廃寺になっているので、

どさくさで、解からなくなってるんでしょうね。

鎌倉自体、長いこと歴史から忘れられてますものね。

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P6284451 posted by (C)EZ30

高徳院の御朱印。

また曲がってますが(笑)何でかなー。

会社に複写台を持ち込んで、仕事(遊びじゃないです 笑)してるので、

ずっと自宅では手持ち。

あおりレンズも無いので、お許しください。

加工すればいいんですけどね(笑)

各地で、紫陽花に振られたので、

高徳院境内の紫陽花の写真で、溜飲をさげることとします。

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P6274312 posted by (C)EZ30

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P6274308 posted by (C)EZ30

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P6274301 posted by (C)EZ30

かわいい。

種類はわかりませんが、他所では見かけないものでした。

沢山咲いては、いないので、アップの写真で(笑)

長谷駅までの帰り道

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P6274316 posted by (C)EZ30

ちょっと入った路地に、和紙屋さん。

看板が渋いなー。

さすが鎌倉、ぽつんと、佇んでいましたが、

オーラというか?雰囲気がありました。

この後、長谷駅より、めっちゃ込みの江ノ電を江ノ島まで、

最終目的地、日蓮聖人の龍口法難の伝説ゆかりの瀧口寺へ向かいます。







最終更新日  2010/07/10 09:11:59 PM
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2010/07/09
テーマ:鉄道(14887)
カテゴリ:鎌倉 観光
鎌倉に鉄の血が流れる私が来て、まず外せないのが、江ノ電。

なるべく沢山の車両に乗れるように、ルートを取りました。

最後は、江ノ島に抜け、湘南モノレールを乗ると言う魂胆です。

しかし、江ノ電の込み方はハンパ無いです。

東京の通勤列車並み。

しかも私が通勤電車を覚えてるのは、高校生の頃の赤羽線。

今の埼京線です。朝の池袋に向かう列車は、

月に一回はガラスが割れるほどひどいものでした。

それほどひどい。特に帰り長谷から極楽寺間は、

この私が、中に浮いたままでした。ほんとですよ(笑)

イヤー何度も言いますが、ブームが早く去ってほしい。

この時期は、紫陽花でしょうね。じゃ私も文句は言えない(笑)

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P6274208 posted by (C)EZ30

まずは、JR鎌倉。反対側に江ノ電鎌倉駅があります。

最初の乗車は、稲村ヶ崎までなので、

長谷でがらがらになった車内の先頭に小さな子供と陣取りました。

先頭車両、これ乗り鉄、撮り鉄の基本。音鉄はモーター車みたいですけど。

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P6274223 posted by (C)EZ30

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P6274219 posted by (C)EZ30

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IMGP1946 posted by (C)EZ30

制限、場内停止、.....

もう、トレインシュミレーターの世界が広がります。

江ノ電あったかな?私は持ってませんが。

極楽寺手前の江ノ電走行動画。

紫陽花と江ノ電を撮ろうと、カメラマンがびっしり。

極楽寺駅停車

まずは稲村ヶ崎駅で撮影

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IMGP1987 posted by (C)EZ30

500形、平成18年導入と新しい車両です。

江ノ電では初めてのVVVFインバーターを採用したことにより省エネルギー設計となり、
環境に優しい車両です。と江ノ電HPにあります。

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IMGP1988 posted by (C)EZ30

2000形。方向幕があり、「グッドデザイン商品」に選出された車両です。

運転席窓も広く、すぐ後ろに陣取るのは楽しそうですね。

方向幕は、四季折々のイラストがかかれてます。

今は、紫陽花ですね。

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P6274359 posted by (C)EZ30

こちらは、江ノ島付近で、2000形。

車体に、鎌倉の風景が描かれてます。

方向幕とともにおしゃれー。

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P6274229 posted by (C)EZ30

稲村ヶ崎で見かけた10形車両。

色使いが、らしくないですね。

100周年記念車両です。

平成9年に開通95周年を記念して造られた「レトロ車両」です。
外観はオリエント急行を彷彿とさせるデザイン・塗色となっており、車内は木目を基調とした重厚な雰囲気を醸し出しています。

とHPにあります。1編成しかありません。

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P6274364 posted by (C)EZ30

同車両を江ノ島付近で待ちました。

確かにオリエント急行って言われればなー。

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P6274339 posted by (C)EZ30

江ノ電と言ったら、この色ですけどねー。

1000形。

ブルーリボン賞を受賞車両。

平成16年に登場25周年を迎えたのを機に、20形と同様の塗色に変更が開始されました。

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P6274322 posted by (C)EZ30

上記噂の1000形と20形。

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P6274348 posted by (C)EZ30

これはまた派手な1000形。広告車両が多くが多く走ってます。

一番の目玉300形は写真に収めることが出来ませんでした。

ごめんなさい。

かなりの時間張っていたのですが、そもそも走ってないのかも。

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P6274330 posted by (C)EZ30

これは江ノ電江ノ島駅。

手前のバーに

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P6274329 posted by (C)EZ30

鳥さん。雨が降っているので、洋服を着せてあげたのかな?

可愛いです。

何の鳥を模してるんでしょ? 解かりませんでした。

電車つながりで、湘南モノレール

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P6274437 posted by (C)EZ30

懸垂型のモノレール。江ノ島から大船を走っています。

実にいい車両です。

千葉モノレールより乗り心地がいいです。

これは、がらがらでした。観光客の利用は少なく、

通勤通学の利用が90%を占めるとのことです。

地域住民の足ですね。

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P6274425 posted by (C)EZ30

このように住宅地を走っています。

これに乗り、大船から、東海道線で帰りました。

って終わっちゃた(笑)

じゃ無くて、次回は長谷に戻らせていただき、

門前払いをうけた長谷観音、大仏さんの高徳院をめぐります。






最終更新日  2010/07/09 07:35:51 AM
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2010/07/07
カテゴリ:鎌倉 観光
前回に続いて、鶴岡八幡宮を写真で、紹介したいと思います。

鶴亀石の先には、鶴岡八幡宮末社の白旗神社。

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P6274167 posted by (C)EZ30

装飾が、八幡宮若宮、本殿の朱色と違い、落ち着いた様相の神社です。

源頼朝公、実朝公がお祀りされており、

必勝や学業成就の信仰のあつい神社だそう。

白旗ないじゃんという方いらっしゃるかと思いますが、

あとで沢山でてきますので。

こちらの境内を過ぎ、流鏑馬神事がおこなわれる道の辺りに、

源頼朝公の墓はこちら、という小さな矢印案内看板があります。

そこから、よく案内か地図を見ないと、いけないかもしれませんが、

源頼朝公の墓といわれる石積みの石塔があります。徒歩10分ほど。

その墓前には、別の白旗が沢山ある白旗神社。こっちが本家かな?

でも建立は明治の時代だそうです。

えっ?何で写真が無いかって?

それは、もうこのあたりでお腹がすいてへろへろ。

とてもじゃないが、10分でもルートを外れることは出来ませんでした。

つまり今回は、行ってません(笑)

ルート上に、話を戻させていただき、今回鶴岡八幡宮での目的地。

源平池。

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P6274173 posted by (C)EZ30

なんで源平池が気になるのか?と言うと

太鼓橋(写真に写ってるものではなく、正面の)の両側の池が源平池。

東側を源氏池、西側を平家池という。

頼朝の妻、北条政子が命じ、池を掘り、池には四島を造ったと言われてます

気の強い政子は、島の数四は死に通じる。西は日没するの方で平家は滅亡するからよろしい。

東は日出ずる方で源氏だからこれから栄える。

三は産に通じるから、島を三つになさいといった。と伝えられてもいるそうです。

また、政子が源家が栄えることを願ってこの池を造らさせ、

東の池には白い蓮、西の池には赤い蓮を植えさせて、

源平の旗の色を表わしたと伝えられても、いるそうです。

どちらにしても、

源氏、平家の長い歴史と言うか?因縁があらわされてると思いません?

郷土学習資料として鎌倉の子どもたちや市民などに愛読されている「かまくら子ども風土記」2000円也にも同様の記載が、あるそうです。

鎌倉市の鎌倉市役所行政資料コーナー(市役所本庁舎3階)鎌倉市教育センター(市役所本庁舎4階)で買えます。

これだったら、私でも読めるなー。今度買いに行かなきゃ。

源氏池には、

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P6274185 posted by (C)EZ30

旗上弁財天社。

御社殿は八幡宮御創建800年(昭和55年)に、

文政年間の古図をもとに復元したものです。

1180年(治承4)の源頼朝公旗上げの際に、

弁財天の加護があったといわれている所以があり、

源氏の二引きの旗に願をかける人が大勢います。

これが、沢山の白旗(笑)

源平合戦のくだり、読み解くとおもしろそうだなー。

今度読んでみよう。マンガのやつで(笑)

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P6284449 posted by (C)EZ30

旗上弁財天社の御朱印。

立派な書です。目の前ですすすっと。

ついでといっては、失礼ですが

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P6284447 posted by (C)EZ30

鶴岡八幡宮の御朱印。

源氏池には一杯の蓮、咲いているものは1輪。

色は、ピンクでした。源氏の白と平家の赤、和合してピンク。

よく出来てるなー。ここでも本邦の恒久平和を祈願。

ここで終わりでなく、反対側平家池。

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P6274190 posted by (C)EZ30

今は、写真でも少し入ってしまった、

神奈川県立近代美術館 鎌倉が出来て、

かなり狭くなってます。

これも、源氏の怨念か?あれ和合したんじゃ?(笑)

沢山の蓮の葉、咲いたら見事ですよこれは。

こちら側は、一輪も咲いておりませんでした。

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P6274183 posted by (C)EZ30

花が咲いてないので、蓮を使ったこんな感じの写真で、

鶴岡八幡宮をとじたいと思います。

この後、小町通りを鎌倉駅、江ノ電で鎌倉から稲村ヶ崎へ行き、既出のシラス丼。

その後江ノ電で長谷に戻り、散策を続けます。






最終更新日  2010/07/07 11:14:39 AM
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2010/07/05
カテゴリ:鎌倉 観光
建長寺より鎌倉街道を、10分ほど下ります。

途中近代的なトンネル巨福呂坂洞門が、あります。

巨福呂坂洞門の横には巨福呂坂送水管路ずい道があるのですが、

この中には、帝国海軍が、横須賀まで掘ってある、

地下トンネルがあります。

地上戦用のものではないかと思います。

公式には、水道ってことですが、

DVDで見たことがあるのですが、兵は通れる感じでした。

べトコンのトンネルよりは、ずっといい感じ。

巨福呂坂送水管路ずい道入り口の写真も撮ったのですが、

これもなぜか失敗。

数カット撮ってるはずなのに、ワンカットしか見つからないし、

その画像も、霊現象なのか、手ブレなのか?

そしてお待たせ、鶴岡八幡宮。

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P6274147 posted by (C)EZ30

見慣れた、若宮大路から鳥居をくぐるのではなく、

駐車場隣の鳥居から、階段を登っていきます。

こちらにも手水舎があり、参拝上は問題ありません。

HPには

当宮は康平6年(1063)源頼義が奥州を平定して鎌倉に帰り、

源氏の氏神として出陣に際して、

ご加護を祈願した京都の石清水八幡宮を由比ヶ浜辺にお祀りしたのが始まりです。

とあります。

階段を登ると、目の前に

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P6274149 posted by (C)EZ30

丸山稲荷。商売繁盛の神。

社殿は、八幡宮で、一番古い室町期の建物です。

今回は、鳥居で頭礼だけ。

もうヘロヘロで、階段登れませんし、

この期に及んで、商売繁盛しちゃ困りますから。

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P6274150 posted by (C)EZ30

HPには、

御本殿は、文政11年(1828)、江戸幕府11代将軍徳川家斉の造営による代表的な江戸建築で、 若宮とともに国の重要文化財に指定されています。 深い杜の緑と鮮やかな御社殿の朱色が調和する境内には源頼朝公、実朝公をお祀りする白旗神社をはじめとする境内社のほか、 静御前ゆかりの舞殿や樹齢千年余の大銀杏が八百年の長い歴史を伝えています。

とありますが、ご神木は、台風の影響で折れてしまいましたね。

樹齢千余年。その終えんを目の当たりに。

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P6274155 posted by (C)EZ30

左側が、公卿が隠れていた場所、ご神木の隠れ銀杏があったところ。

折れた大銀杏の根をその右側に、お移ししていました。

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P6274157 posted by (C)EZ30

この位置にあったものですね。

結界が張られてました。

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IMGP1938 posted by (C)EZ30

移し変えられた、大銀杏の根には、新緑。

何百年後には、結界に守られた、御神霊がこの新緑にやどるのでしょうね。

それまで、御神霊が、本邦の政治社会にあきれて、

結界を出て、天にお戻りにならなければいいのですが。

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P6274161 posted by (C)EZ30

舞殿では、ちょうど結婚式がおこなわれていて、

すごい人ごみ。

目立ってたなー。

一生の記念になるでしょうね。

静御前が義経を慕い、心を込めて舞った若宮廻廊跡に建ったといわれてます。

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P6274164 posted by (C)EZ30

こちらが、若宮。下宮とも呼ばれています。上記本殿(本宮)とともに重文指定。

上記の通り、本宮の御祭神応神天皇の御子、仁徳天皇ほか三柱の神様が

お祀りされているそうです。

こちらの方面に、来る方は極端に少ないです。

白旗神社は、行かないのかな?

各地に白旗神社がありますが、土地柄、本家本元なんじゃないかな?

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P6274165 posted by (C)EZ30

白旗神社手前には、由比若宮遥拝所。

材木座に鎮座する、八幡宮の元宮である由比若宮を

ここからお参りするところです。

私も、すかさず遥拝。

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P6274166 posted by (C)EZ30

由比若宮遥拝所前にある、鶴亀石。

HPには、水で洗えば鶴亀のような輝きを出すと伝えられる名石です。

とありますが、少し輝いてますね。

ストロボは焚いてないです。

たて看板には、相模国風土記稿?に、水をもって石?面を洗う時は、鶴亀の紋様が輝きあらわれると記され、大変めでたい石です。

と読めます。どっちなんでしょうか?

でも右側、亀に見えません?ちょうどくぼみが目で。

大銀杏のくだりといい、鶴亀石といいここのHPは、結構適当だなー。

ご神木も倒れちゃったし、

観光用神社のらく印押しちゃうよ。ほんとに。

ちょっと、気分を変えるため、パート2に続きにさせてください。






最終更新日  2010/07/06 03:23:22 PM
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2010/07/03
カテゴリ:鎌倉 観光
前回は、シラス丼の紹介になってしまい、

飛ばしてしまった、建長寺です。

鎌倉五山第4位の浄智寺のお参りを終え、

横須賀線の踏切を渡り、鎌倉街道を鎌倉駅方面に、10分ほど。

途中は、歩道も狭く、人が多く危ない状況です。

平日は、大丈夫とは思いますが。

歩いている途中でも、雰囲気ある鎌倉の写真を撮ることが出来ました。

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P6274083 posted by (C)EZ30

風情のある門構えの民家だなと思って写真を撮りましたが、

鎌倉らしい木戸に紫陽花、実はシチューの専門店の入り口でした。

「去来庵」名前もいい。古民家を買い取ったんでしょうねー。

まだ開店前でした。

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P6274084 posted by (C)EZ30

道路の向かい側には、長寿寺。

源氏山に向かう道、亀ケ谷切通が隣にあります。

公開されていないようでした。

山門の雰囲気。格式ありますよこのお寺。

実にいい。

鎌倉公方足利基氏が父の足利尊氏供養のため、

開山に古先印元を迎えて建てたといわれています。

境内にある五輪塔は尊氏の墓と伝えられているそう。

円覚寺の国宝の「梵鐘」もこの寺のものだったらしい。

なんか、写真にとらなきゃって門でした。

目が肥えてきたなー(自画自賛)

そしてお待たせ、鎌倉五山第一位 臨済宗建長寺派大本山 建長寺

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P6274086 posted by (C)EZ30

どうも石柱があると、記念写真を撮りたくなります。

これ駐車場の入り口の門です。

立派ですね。

建長五年(1253)後深草天皇の勅を奉じ、

執権北条時頼が国の興隆と北条家の菩提の為に中国より名僧蘭渓道隆を招き建立し、

創建当初は、禅宗様式七堂伽藍に四十九院の塔頭を有したそうです。

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P6284446 posted by (C)EZ30

ご朱印帖は、総門すぐのおみやげ物を売っている所の隣で受け付けてます。

最初にお預けくださいということでした。

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P6274092 posted by (C)EZ30

山門です。立派ですねー。11時近くになっているので、

人が多く、クリアな写真が撮れませんでした。

創建年が不詳という、古ーいもの。

楼上に五百羅漢が安置されているそうです。

その下を通ることにより清らかな心になるのを、祈念したそう。

これほど、重厚な山門は、そう数はありませんよ。

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P6274094 posted by (C)EZ30

山門向かって右手の鐘楼。

かけられている梵鐘は、国宝指定です。

建長寺創建当初の数少ない品だそうです。

ありがたやー。

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P6274099 posted by (C)EZ30

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P6274102 posted by (C)EZ30

現在の仏殿は、正保四年(1647)、芝増上寺の霊屋を譲り受け建築したものです。

本尊地蔵菩薩が安置されてます。

重厚なつくりです。

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P6274103 posted by (C)EZ30

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P6274110 posted by (C)EZ30

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P6274112 posted by (C)EZ30

仏殿の後ろにある法堂、千手観音像を安置。

写真の天井画。有名なんですよ。必ず本に載ってます。

時代が無いものなのですが、ゆきがどうしても見たいというものですから、

来て見ました。

小泉淳作 画の 雲龍図。

小泉淳作?と調べたら小泉博のお兄さんだそう。

小泉博を詳しく調べたら、大変な俳優さんでした。

子供の頃には、毎日見ていたかも?

ウルトラシリーズ、ゴジラシリーズ、クイズショーの司会にでていた人。

そして、超豪華キャスト「太平洋の嵐」にも、「飛龍」乗り組み深瀬大尉役で出ていた。

この映画は、戦後作られた中では秀逸です。

時代考証も完璧。

作中の九九式艦爆、九七式艦攻なんて涙物。レプリカではありますが。

早く家帰って見なくちゃ♪

戦中に作られた映画では、「加藤隼戦闘隊」がお勧め。

バレンバンの、敵前奇襲降下も見れます。

一式戦は言わずもがな、九七式重爆も出て来ます。もちろん本物

DVDになるのを何年待ったか....

円谷映画ファンの皆さんは、特撮の神様の原点が見れますよ。

両作とも、すごくお勧め。

私には、ウルトラセブンが一番ですけどねー♪

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P6274119 posted by (C)EZ30

庭園と得月楼。

大玄関から方丈内を一回りできます。

方丈からの風景。

これも名勝史跡に指定されている庭園、というか建長寺は境内全部指定。

方丈先には、半僧坊があり、そこから天園を経て鎌倉宮にいけます。

鎌倉五山にこだわるなら、そのまま第5位浄妙寺へどうでしょう。

前回書いた、八幡宮から小町通りに入らず、銭洗弁天方面と書いてある、

道を右折すると、第3位寿福寺となりますので、五山巡りお考えの方、予定が立てられます。

まあ今回、婦女子を連れているので、建長寺の由緒ある塔頭も廻れませんでした。

何せ、高徳院に行かなきゃならないんで。学生さんには大仏ははずせませんから。

この方丈裏の庭園は、円覚寺に眠る、

先日姫様に教えてもらった夢窓疎石の作といわれてます。

この方世界遺産、苔寺の庭園設計もしています。どうりで。

ここに、かなりの時間いました。あまりの美しさに動けなかった。

美を解かる薬剤師........

ここでも自画自賛 (笑)

ブログをやってなかったら、ここまで調べませんでした。

調べてることの1割も本文に使ってませんが(笑)

文章が下手なのは、理系の弱みってことで(笑)

今まで5回は来ている建長寺も、知らないことばかりでした。

勉強、勉強、勉強しなくっちゃ。この薬剤師どこに向かっているの?

っていう突っ込みは無しで。

外見は、修行僧そのものですから、あとは、修行に行けば。

それもいいなー、

私の場合、解脱まで、あと数ヶ月ですから。

為替がどうだ、先物が、株が、などちいさいこと。

会社が倒産?なんのなんの、

解脱じゃ!、解脱じゃ!。

ほんとに、天命かもしれない........

次回は、建長寺から鎌倉街道を下り、鶴岡八幡宮を予定してます。






最終更新日  2010/07/03 09:57:29 AM
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2010/07/02
カテゴリ:鎌倉 観光
お寺が続いて、皆さんもお腹が空いてきたのでは?

建長寺、鶴岡八幡宮を後回しさせていただき、

今流行、釜揚げシラス丼を食しに行きます。

ほんとは、江ノ島で食べれば、場所を選べるのですが、

故あって、稲村ヶ崎海岸に行かねばならず、

当初、小町通りにおいてこようと思ったゆきたちも、

釜揚げシラス丼という言葉に、ついて来てしまいました。

稲村ヶ崎には、江ノ電でいきます。

鶴岡八幡宮より小町通を抜け、鎌倉駅へむかいます

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P6274206 posted by (C)EZ30

込んでましたー。

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P6274207 posted by (C)EZ30

招き猫、でか!

ドンだけ招きたいんだよ!

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P6274198 posted by (C)EZ30

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P6274193 posted by (C)EZ30

ゆずのソフトクリームって......

微妙。

両側に立ち並ぶお店を見ながら、一杯の人をよけつつ江ノ電鎌倉駅まで20分ほど。

途中買い食いもしながらですが、

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P6274205 posted by (C)EZ30

一番美味しかったのが、出来立ての2度つけせんべい、一枚50円と鎌倉価格。

おいしかったので、お土産も買ったのですが、ぜんぜん普通。

出来立てだから美味しかったんだなー。

江ノ電に乗り、20分ほど、長谷までは、朝の通勤電車並の込み方でした。

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P6274259 posted by (C)EZ30

稲村ヶ崎駅をおり、稲村ヶ崎公園方面へ10分ほど。

細いのに車が多い路地を行きます。

稲村ヶ崎駅入り口の信号を公園方面にすぐ。

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P6274244 posted by (C)EZ30

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P6274235 posted by (C)EZ30

食したのは、知る人ぞ知る、稲村ヶ崎食堂。

眼前は海。

海が俺を呼んでいるぜ。

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P6274250 posted by (C)EZ30

七里ガ浜の絶景。天気がよかったらなー。

右端に見えるは、江ノ島です。

海岸が黒く見えるのは、砂鉄を多く含んでいるからなんですよ。

資源が高騰する中、一攫千金に行ってみては(笑)

海岸は、サーファーしかいない。

時化で喜ぶのはサーファーばかりなり。

頭の中は、サザンの曲が鳴り響きます。

別にファンでもなんともないのですが(笑)

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P6274242 posted by (C)EZ30

メディアで最近取り上げられている、江ノ島名物シラスを使った釜揚げシラス丼。

これは、刺身がついたムラ定。1750円。

鎌倉価格。

ほんとは、生シラスがあるんですよ。

この日は時化で、不漁のため無し。

シラスの味がしっかり付いているので、醤油はいらないかな?

個人差があると思いますが。

Mさんには、ブログで紹介したいからと、

鯛のあら炊きご飯の付いたイナ定1750円にしてもらいました。

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IMGP1954 posted by (C)EZ30

出し巻き卵も美味しかったなー。

あとお吸い物にもシラスがはいっていて絶品。

刺身も美味しい。鯵の刺身はなかなか食べれませんよ。

でも1750円は、高いですが、鎌倉価格なので。

高いを連発しましたが、小町で食べたら税込み2100円コース。

間違いなく。

稲村ヶ崎
稲村ヶ崎 posted by (C)EZ30

稲村ヶ崎食堂は、1階は、バー。

2階が食堂。海をみながら食事が出来ます。

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IMGP1955 posted by (C)EZ30

稲村ヶ崎食堂の看板犬。

バーニーズマウンテンドッグの麻呂ちゃん?だったかな?

もしかしたら代替わりしてるかもしれませんが、

開店間際の戦場のような忙しさのなか、名前は聞きませんでした。

大人しいです。

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P6274247 posted by (C)EZ30

こちらが、稲村ジェーンの撮影もされた、国史跡の稲村ヶ崎。

私の目的地でもあります。

稲村ヶ崎に向かい深く頭礼し、現地をあとにしました。

次回は、今度こそ建長寺です(笑)






最終更新日  2010/07/02 08:27:24 AM
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2010/07/01
カテゴリ:鎌倉 観光
円覚寺を後に、鎌倉街道を10分ほど鶴岡八幡宮方面に進むと、

鎌倉五山第4位の寺格をもつ浄智寺があります。

拝観料200円。

最盛期には七堂伽藍を備え、塔頭も11寺院に達したという名利。

今は、円覚寺、東慶寺、建長寺にはさまれ、ひっそり佇みます。

前回の円覚寺は、最盛期には40以上の塔頭寺院があったといわれてます。

円覚寺は、第2位の寺格です。その時に、忘れていてふれなかった鎌倉五山の説明。

ご存知の方も多いかと思いますが、京都・南禅寺を別格上位として、

一位建長寺、二位円覚寺、三位寿福寺、四位浄智寺、五位浄妙寺。

現在も、浄智寺、浄妙寺以外は、すぐに場所がわかるほどの有名なお寺ですね。

住職が、段々上位のお寺に昇格していくのです。

まあ、幕府が、寺社に圧力を、かけやすいようにした、政治がらみのシステム。

さて浄智寺は、弘安6年、執権北条時頼の三男宗政とその子師時(もろとき)が建立。

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P6274013 posted by (C)EZ30

ここは、しゃれさん好みかな?

北鎌倉ならではの森閑とした雰囲気を味わうことができます。

総門前に、鎌倉十井の一つである甘露ノ井が見えると思います。

左の道は、源氏山に続く遊歩道。

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P6274072 posted by (C)EZ30

さすがに日曜だと、クリアな写真を撮るには、時間がかかると思います。

紫陽花が綺麗なので、人が多いですね。

そして、写真家が多いです。

でも、境内三脚不可なので、邪魔になることはありません。

なぜ写真家が多いか?それはこの唐風の門。

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P6274019 posted by (C)EZ30

鐘楼を兼ねるこの山門が、写真家の心をくすぐります。

色といい、形、大きさすべてがいい。

特に今の時期

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P6274018 posted by (C)EZ30

今の時期ならでは、こんな感じの、写真はいかがでしょう?

あと7mほど近づき、24mm立て位置で絞り込みたかったですが。

ってこの写真だめジャン(笑)

鐘楼門は、鐘つき堂を兼ねた山門になります。2階に鐘があります。

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P6274022 posted by (C)EZ30

曇華殿、仏殿です。

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P6274021 posted by (C)EZ30

ご本尊の阿弥陀如来、釈迦如来、弥勒如来は、過去、現在、未来を表す三世仏。

時代がありそうですね。

火事で仏殿は何度か焼失してるのですが、難を逃れていたのかな?

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P6274025 posted by (C)EZ30

仏殿裏の、茅葺屋根の書院です。

これも時代がある。

実に綺麗にしてあります。

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P6274052 posted by (C)EZ30

こちらは、先ほどの書院の写真の逆側から庭園の風景。

たたみに写った赤!

ここに、5時間は、いれるなー。

住みたいくらい。

そして、浄智寺というと

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おどけ posted by (C)EZ30

私のお腹(笑)

じゃない

江ノ島七福神の布袋様。

この写真でお気づきの方いらっしゃるかと思いますが、

皆お腹をなでています。

お腹を、なで上げると、元気がもらえるということです。

私も念入りに。

まあ自分の布袋腹を毎日なでていますが(笑)

このほか、写真のいい題材になるんじゃないかという物をご紹介。

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P6274040 posted by (C)EZ30

これは、布袋様から、出口に向かう、境内にある壁。

実にいい雰囲気じゃないですか?

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P6274038 posted by (C)EZ30

こちらは、お墓だったみたいです。

この左側には、数体の観音様。

絶対に何かある場所。間違いない!

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P6274029 posted by (C)EZ30

こちらの井戸も使いようによっては、いい味が出ませんか?

いい具合に錆が出てますし。

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P6284445 posted by (C)EZ30

浄智寺、今回で2度目の来訪ですが、

これからは、ルートにいれたいと思えるお寺でした。

この後、鎌倉街道を進み、ビックネーム建長寺です。







最終更新日  2010/07/01 01:57:02 PM
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2010/06/30
カテゴリ:鎌倉 観光
円覚寺3回目になります。

円覚寺の数々ある塔頭で、黄梅院は、境内最奥に位置する寺院。

足利尊氏が夢窓疎石(円覚寺15世住持)の塔所として文和3年(1354年)建立しました。

本尊は、千手観音菩薩

境内の中には、尾崎行雄のお墓があるそうです。

お参りは、お檀家の墓参の方に限らせていただきますとあり、柵がしてあり

近くにはいけません。

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P6273948 posted by (C)EZ30

赤い服の女性をもう少し下で捕らえたかったのですが、

隣には、彼氏が!。

あまりにも仲むつましく、悔しいので、男性が切れるのまってのショットです(笑)

女性の一人だったら、紫陽花の白と洋服の赤で、素敵な写真になったのですが....

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P6273947 posted by (C)EZ30

石柱にも紫陽花、紫陽花の名所鎌倉ですねー。

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P6273951 posted by (C)EZ30


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P6273953 posted by (C)EZ30

参道横には、檀家さんが掘って置いたものでしょうか?

雰囲気ある、木彫りの仏様と観音様がありました。

結構時間かけて彫ってるとおもいます。

そして黄梅院から少し下ると、正続院この中に、

神奈川県唯一の国宝建造物舎利殿があります。

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P6273963 posted by (C)EZ30

右が禅道場、正面が舎利殿。雨のため望遠が付けられませんでした。

壊れるとちょっと困るレンズだったものですから。

オリンパスは、防水レンズが無いのが痛い。

キヤノンか、ペンタックスもってくればよかったですが、

電源を、充電してなかったもので。

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P6273961 posted by (C)EZ30

禅寺なので、中は拝観できないと書いてありました。

こんな感じで、入ってはならんって感じ。

余談ですが、円覚寺の拝観料300円とは、別に拝観料をとる塔頭寺院もありました。

そこには、佐田啓二など古のスターのお墓があるみたいですが。

佐田啓二?って感じですが、

オウム事件の坂本弁護士のお墓もあるそうです。

塔頭って意味解かってるのか? 独立したいんでしょうね。

そして、国宝2つ目

梵鐘

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P6273987 posted by (C)EZ30

北条貞時の寄進によるものだそうです。

大きいなーって感じ。

怒られるかもしれませんが。

ここは高台になっていて、

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P6273984 posted by (C)EZ30

この階段を、ヘロヘロになるくらい登っていきます。

それにしても、時代がありそうな鳥居ですねー。

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P6273988 posted by (C)EZ30

弁天堂内。

弁天堂は、執権・北条貞時が1301年、江ノ島弁財天に7日7夜参籠し、

万民和楽を祈り天下泰平を祈った際、霊夢を感じて大鐘を鋳造、当山に寄贈、

あわせて弁天堂を建立し当山の鎮守としたとあります。

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P6273990 posted by (C)EZ30

弁天堂茶屋横の、展望所からの北鎌倉。

そして東慶寺方面を見ると

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P6273993 posted by (C)EZ30

新緑の中に紫陽花。

このような感じも綺麗ですね。

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P6273864 posted by (C)EZ30

この龍門から梵鐘に続く参道も、いい感じですね。実にいい。

光源が無く、ちょいと手ぶれですが。

途中には、

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P6274001 posted by (C)EZ30

ここも岩肌を切っている感じ。

時代がある感じ。苔の生え方もいいです。

上記の鐘に続く参道横にあります。

私は、もうすでに頭の中は、鎌倉武士。

そのうち、派手な甲鎧に身を包んでしまうぞーーーー!

戦でめだって、一所懸命の地を貰うんだー。

「やーやー我こそは........」

最後になってしまいましたが、Mさんの趣味?御朱印で閉めたいと思います

円覚寺
円覚寺 posted by (C)EZ30

ふーやっと終わった。

でもまだ一山。

ちなみに今回江ノ島まで、全部で七山巡ってます。(笑)






最終更新日  2010/06/30 11:21:14 AM
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2010/06/29
カテゴリ:鎌倉 観光
円覚寺は、約6万坪の広い境内をほぽ一直線に伽藍が並び、

15以上の塔頭寺院が建ちます。

国の名勝史跡に、円覚寺境内、円覚寺庭園が指定され、

国宝は、2つ。近くからは見れませんが、舎利殿と梵鐘

重要文化財は書ききれず。

その中から少しだけ。

円覚寺庭園は、池をメインにしているものが、3箇所。

それぞれに趣があります。

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P6273920 posted by (C)EZ30

妙香池です。左上に見える建物は正伝庵。

立て看板は、虎頭岩の銘。

これ、虎の頭をした岩があるらしいのですが、どれでしょうか?

わかる方、ご教授ください。

しばし歩みを止め、いろいろな角度から見たのですが、解かりません。

ネットで調べても、どれがどれだか?

紅葉の季節は綺麗でしょう。

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P6273918 posted by (C)EZ30

方丈北側の庭園、かもが、のんびり雨にぬれてます。

大変綺麗な、庭園ですが、見向きをする人もいませんでした。

私も、立て位置が、決まってませんし(笑)

傘を差しての、片手持ちの撮影なので、ご容赦ください。

方丈のこれは裏庭、表側に回るには、ぐるりと迂回します。

表の庭には、百観音があるため、雨の中回ってみました。

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P6273914 posted by (C)EZ30

迂回するって行っても、見事な石積みを身ながらですからあっという間。

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P6273894 posted by (C)EZ30

この先が、方丈。

カップルの相合傘。女性は、傘持ってるし。

こんな、時代私には無かったなー。

お幸せに.....

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P6273980 posted by (C)EZ30

方丈へ向かう、禅道場の居士の方々でしょうか?

私からすると、斜めに階段を登るなーって感じですが。

皇軍兵士からすると考えられません(笑)

「一列作れ!」「歩調とれ!」しまった、また入り込んでしまった.........

そしてお待ちかね、

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P6273970 posted by (C)EZ30

江戸の頃、拙叟尊者が境域に岩窟ほり、

百体の観音石像を祀った。

明治21年に洪川禅師が、西国三十三体の観音像を新たに刻み、

補陀落迦観自在窟と名付けて境内の一部に安置した。

そして昭和58年頃にこの方丈前庭に移されたということです。

川越の五百羅漢を撮っていた時期もあり、興味がそそられましたが、

雨で機材が、出せません。遠景だけのショットです。

そして、少し軍事色が出てしまったので、あまり皆様には関係ない話なのですが、

前回の古い門柱があったところ、そこももちろん円覚寺境内です。

境内の真ん中を横須賀線が貫く。

明治の時代、陸海軍令部の要望、(横須賀、観音崎などを要塞可したとして)「いざという時、海上交通だけでは無理。

山、また山で物資や軍隊が輸送できるか」。この強い要望を伊藤博文首相、政府がのみ、

直線コースで、横須賀に向かうため、円覚寺境内や、鶴岡八幡宮の境内をけづって、

蒸気機関車を通したと言うことです。

横須賀線の踏み切りの向こう側にも、池があります。

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P6274008 posted by (C)EZ30

紫陽花の向こうの、白鷺池。

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P6274007 posted by (C)EZ30

偃松橋から撮った白鷺池、こちらも当然名勝指定になってます。

白鷺池の名前は、円覚寺開山無学祖元が宋より鎌倉入りした際に、

鶴岡八幡宮の神使がシラサギに身を変えて案内したという伝承に由来する。

とのことです。

また、軍事つながりで、この後稲村ヶ崎に向かうのですが、そこには、大東亜戦争末期、

米軍上陸が予想されたため、砲台が残ってます。

そして、大日本帝国海軍の特攻隊である伏龍隊基地跡があり慰霊に行きます。

当然、実戦には出なかったのですが、当時の簡易潜水具では、

多数の事故者がでたと思いますので。

円覚寺広すぎ!まだ終わらない。

とりあえずパート3をさせてください。後は雪崩式ですぐ終わりますので。






最終更新日  2010/06/30 07:23:27 AM
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