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2019.04.28
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カテゴリ:カテゴリ未分類
2019年4月26日




今回、鳥海山スキーが企画され、東斜面にある唐獅子平小屋に一泊するというプランになった。
6:30、夜行バスで酒田の水産市場に着いた。俊二さんとキヨシさんに合流する。2階の「とびしま」で朝食。鳥海山のスカイラインに入ると、雪が多く、両側にそびえる雪の回廊の高さに驚いた。



鳥海山は天候不良で、中島台の下見はやめる。祓川ヒュッテ下の駐車場に着くと、朝、ここで山開きのイベントがあったようで、車やマスコミ関係者が多かった。隣の車のお兄さんと話しているうちに、読売新聞の記者と分かった。祓川ヒュッテに荷物を置いて下界に出かける。タラの芽を取ったり、揚げ物用に油を買ったり。フォレスタ鳥海で入浴して祓川ヒュッテに戻った。他に宿泊客はいないようだった。祓川ヒュッテは山小屋と思っていたが、清潔で使いやすい台所など、旅館と変わらない。スタッフは公務員で、登山者や山にあまり興味がないようだった。夕食はキノコ鍋で、タラの芽の天ぷらも加わって美味だった。

4月27日


朝から元気よく雨が降っている。戦意喪失で下界に出かける。キヨシさんは、車を走らせながら、枝先の小さなタラの芽などの山菜を見つけるという特技があった。で、採取に励みながら海沿い町、仁賀保(にかほ)に着く。俊一さんが探し出した、魚屋さんのやっている食堂「キッチンさかなやさん」でランチ。刺身定食に好物のアンコウの肝がついて感激。刺身が新鮮だったことは言うまでもない。



フォレスタ鳥海で入浴して祓川ヒュッテに戻った。土曜日で宿泊者が多かった。たまたま2パーティーが知り合いだったので、タラの芽をおすそ分けした。夕食は「キッチンさかなやさん」で入手したサケの切り身にタラの芽とコゴミのてんぷら。

4月28日



ようやく晴れた。うむ、見事な蒼空だ。7:20、祓川ヒュッテ(1180m)を出発し、唐獅子平小屋を目指す。南に見える白い山並みは月山だろうか。



七つ釜避難小屋(1570m)で一息入れて、俊二さんが自分の靴ずれの処置をする。



氷の薬師(いつも、なんてすばらしい名前だろうとうっとりする)は通らず、左に回って標高を上げていく。シニアマンションに転居したばかりのキヨシさんが快調だ。キヨシさんは『山頂まで行けないかも』と言っていたのだが。



久しぶりに晴れた日曜日とあって、登山者やスキーヤーが多い。しかし、雪面はところどころアイスバーンが出てくるようになり、ルートを選んで進む。下ってくるスキーヤーもいる。



10時半を過ぎて、標高1750m付近、強風(いつものようだが)で雪面は全面アイスバーンになっていた。山頂に近いここでも雨が降って、吹き荒れる強風にたたかれてアイスバーンになってしまったと思われる。雪の鳥海山には10回くらい来ているがこんなことは初めて。スキーヤーはここで板を脱いで滑降する者が多かった。板を背負ってアイゼンを履いて進むチョイスもあり、そうしている者もいた。俊二さんは唐獅子平までトラバースできないかと、戻ってくるスキーヤーに状況ををたずねる。しかし、答は芳しくない。私たちはアイゼンを持っていたが、リスキーと判断し、唐獅子小屋は断念し、下山することにする。なお、GW後半に鳥海山へ行った知人は雪面は緩んでおり、山頂を踏めたとのことだった。



滑降は雪質がぴったりで、背の荷物もちょうどよい重さに感じられた。シーズンの最後に気持ちよく滑れて、うまくなったという気分(錯覚?)で締めくくれてよかった。



12時半ころ、祓川ヒュッテ下の駐車場でポール、I江夫妻一行にあった。同じようなところで撤退したようだった。彼らは祓川ヒュッテにもう一泊して、明日山菜を取りながら帰京するとのこと。



さらば鳥海、また来る日まで!



我らはにかほに下り、山村にある金浦(このうら)温泉学校の栖(すみか)という変わった名前の温泉に立ち寄った。小学校の跡地に建てられた温泉とのことで、入浴料500円。一時は病院だったこともあるらしい。湯は硫黄泉と玉川温泉の北投石を使ったラジウム鉱石湯との由。肌触りよろし。地元の方が多かった。



酒田でなんとか山居(さんきょ)倉庫前のビジネスホテルにすべりこむ。



夜は「とびしま」へ行ったが、焼き魚が焼ざましという感じで×だった。

4月29日



早く目が覚めてしまったので、早朝の山居倉庫をぶらぶらと散歩に行った。木造の倉庫が立ち並んだ一角で、この倉庫はまだ現役で使われているとのこと。「おしん」のロケ現場になったらしい。



市場で土産ものを物色したが、土産としては今一だった。



土門拳記念館も見学。特別展「昭和を見つめる目」展示中で、田沼武能氏の写真の展示があった。土門拳の作品と対比されて興味深かった。土門は被写体を芸術作品として撮り、田沼は人間として撮っているように思えた。鳥海山を背景にした池を前にした記念館は芸術的な造り。池に北国に帰りそこなった一羽の白鳥がのんびりと泳いでいた。



日本海側を南下した。正午頃、鼠が関の弁天島の方に立ち寄って、生干しイカやホッケを購入。



その先の勝木駅そばの、小学校跡地の宿山北(さんぽく)ゆり花温泉交流の館「八幡」(合宿した芸大生の寄せ書きがあった)に併設されたレストラン「かがり火」でランチ。ピラフを食べたような気がする。海沿いの寒村にはちょっと外食するようなレストランは稀かも。ここは村上で、村上出身の俊二さんはさすがに詳しい。
日本海に沿って南下する車中、右手は青い海が、初夏の日差しを浴びてくったくなく大きく広がり、開放感があって癒される思いがする。左手、山の方は、月山がまだ白く、美しかった。五頭連峰も大きな山塊だ(1000m以下だが、300名山に入ってもおかしくない。昨年親子遭難という気の毒な事故があったが)。新潟の(多分)黒埼SA から弥彦山と角田山がそばに見えて(スタッフの女性を捕まえて山の名前を確認)、登りたくなってしまう。関越に入れば越後三山が迫力をもってどーんと立体的に正面にそびえていた。石打が近づくと飯士山もなかなか。関越で私もハイエースを運転することになり、20年ぶりくらいにマニュアル車を運転した。車体は霊柩車のように長く感じられたが、何とか無事に運転できた。新潟回りでの帰京は初めてだったが、やはりロングドライブだった。









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Last updated  2019.06.05 18:42:33
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