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2020.11.03
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2020年11月3日


6:40 深仙小屋ー7:12太古の辻(1451m)ー石楠花岳(1472m)ー8:27 天狗山(1537m)ー8:55 奥守岳(1490m)ー9:12 嫁越峠(1359m)ー9:25~40 天狗の稽古場(1441m)ー9:55地蔵岳(1464m)ー10:17 般若岳(1329m)ー10:34 滝川辻(1319m)ー10:38 涅槃岳の手前のコル(ビクタワ)(乾光門?)ー11:37 涅槃岳(1376m)ー12:10 証誠無漏岳(1301m)ー12:45 阿須迦利岳ー13:05~13:15 持経ノ宿ー14:15~30ゲートー15:30~17:00 タクシーー=熊野市銭湯=熊野市駅



いよいよ大峰奥崖駈道最終日。夜間、風雨が激しく嵐状態だった。朝になっても霧が濃く、風が強かった。前鬼に降りた方が良いのではと頭をかすめる。天気予報的には改善するはずというわけで前鬼というチョイスはありえず、6:40、深仙小屋を出発する。私の毛糸の手袋は指先が2本、穴が開いていたが、M上リーダ-が外の木に引っ掛かっていたというワークマンの手袋を持ってきたので頂戴した。大峰を甘く見て、毛糸の帽子を持っていず、頬が寒そうなのでタオルをスカーフ状に巻くと温かくなった。キノコ狩りのおばさんスタイルだが。由美子さんは毛糸の帽子はもちろん、日除け帽も2つ持ってきていたので、私とは心掛けが違う。太古の辻までに大日岳(1588m)を越える。ピークは踏まず、右から巻く。巻きに入ると、大岩があり、これを横切る上道と下を通る迂回路があった。リーダーは下道に行ったが、狭く、怪しげ。上道を行った玉さんが、「こっちでは~」と上から声をかける。先行した2名はそのまま下道を行ったが、私は少し戻って、小さく大岩を迂回して上道に這い上がった。結局、先で上道と下道は合流していた。7:12、太古の辻(1451m)に出る。5年前はここを左(東)へ下って前鬼におりた。ちなみに前鬼の小仲坊はコロナ禍で休業中とのこと。



さて、私は初めて南奥駆へ踏み込む。緩やかに登ったところが蘇莫(そばくさ)岳(1560m)だったらしいが気づかずに通過。石楠花岳(1472m)の登りで次第に晴れてきた。石楠花岳を越えると陽が差してきた。風も弱くなってくる。前方のピークにかかっていた雲が流れていく様が風情がある。ピークは大きくはないが、いくつも重なり、つらなっている。



笹原の尾根道が続く。北奥駆にない牧歌的な雰囲気だが、石楠花岳、天狗山と続き、アップダウンが多い。8:27、天狗山(1537m)。ブナ林の中で立ち休み。



「大峯の良さは南奥駆にある」という方がいる。北奥駈はアルペン的なところがあって、奥駈を象徴するとする考えもあるようだが、南のこの穏やかに広い尾根が、右に左に軽くうねりながらピークを連ねていく様も、これこそ奥駈と思わせる魅力がある。



8:55、奥守岳(1490m)。この辺りは尾根が広く、開放感がある。深仙宿から3.1km、持経ノ宿まで6.4km。



9:12、嫁越峠(1341m)。女人禁制の時代に女性は大峯の道筋を歩けなかったが、嫁ぐ女性はここだけは越すことができたという。また、昔は前鬼からここに登ってくる巻き道があったらしい。



間もなく、9:25、天狗の稽古場(1441m)という広々とした草原のピークにでて、ここでのんびり20分近く休憩する。頭の上、一杯に青空が広がっている。後生大事に持ってきた、洞川温泉で買った最後の柿の葉ずし2個を食べた。



9:55、地蔵岳(1464m)。子守岳ともいうらしい。靡26とある。前方に大きなピークがあるが、あれを越すのか。証誠無漏岳(しょうじょうむろう、1301m)、お経のような名前だが、だろうか。



すすきがきれいな尾根を行く。のどかだ。山行の終わりが近づいてくる感じがする。このまま熊野神社まで続行できそうだったなあと、下るのを残念に思う。



10:17、般若岳(1329m)(靡25)はピークのすぐ下を通る。10:34、滝川辻(1319m)。エリアマップにはないが、西へカリヤス尾根から滝川に降りれるようだ。どの程度の道かわからないが。



涅槃岳が近づいてきた。10:38、涅槃岳の手前のコル、ビクタワ(ヒクタワ)で一休みする。古びた道標に涅槃岳まで30分とある。日当たりのよい所で、のんびりする。M上さんは、「あとは平ら」と言ったように思うが、さっぱり平らにならない。そばに乾光門(けんこうもん)という標識があったが、エリアマップでは乾光門は涅槃岳の先、証誠無漏岳の手前になっている。誤りと思ったが、エリアマップが正しいようだ。実際は証誠無漏岳が乾光門で本来は「乾坤(けんこん)門」(靡23)ということらしい。



急な登りを詰めて、11:37、涅槃岳(1376m)(靡24)。南奥駈は際立つピークはないのだが、直登系。この下りで熊野市のタクシーの予約を入れた。持経宿から歩いて1時間ほどのゲートに来てもらうことにする。時間の読みは難しい所だったが、待ち合わせ時間を14:15にし、場所を詳しく説明したが受け手は女性で、運転手ではなかったそうだ。涅槃岳から証誠無漏岳(しょうじょうむろうだけ)にかかると、ついにエリアマップの地図が裏側に移動する。



12:10、証誠無漏岳(1301m)。木立が登山道に陰影を投じている。植生が低山化してきている。



鎖場の下りがある。トサカ尾とも呼ばれる岩場らしい。もうおしまいで持経ノ宿が出てくるのではと思った。きっと阿須迦利岳(あすかりだけ、1251m)はちょっとしたピークで、どうということなく通り過ぎたのだろうと希望的、楽観的に思っている。



と、なんと、最後のダメ押しと言うか、立派な1座がおあしましたのだった。甘くはなかった・・・。これも、なかなかの急登。12:45、阿須迦利岳通過。結構、下りも急で、ようやく、13:05、持経ノ宿(じきょうのやど、1057m)(靡22)についた。



小屋脇に1台、車が駐車していて、男女がいた。小屋の整備に来られているようだった。男性がトイレの座シートを張ると言って座シートもをっていた。室内の女性と話すと、自分は三重から、男性は奈良から来たそうだ。皆は予約したタクシーの時間を気にして、少しだけ口にしてから、13:15、そうそうに持経ノ宿を後にし、白谷池郷林道を下る。私もあわてて後を追う。



平らな固い路面の林道では、例の股関節痛がでてきて落ちこぼれる。ふてくされて、こんな素敵な所なんだから、そんなに急いで下らなくてもよいじゃないなどと思ってしまう。大きな落石があって、車で間を無傷で通るのはテクが必要と思う場所もあった。14:15、ゲートのところで皆が休んでいた。私も荷物を下ろして、GPSを切った。しかし、予約したタクシーが来る気配はなく、体が冷えてきた。歩くと下までここから2時間近くかかるが、歩いたほうが早いのではということで、14:30頃、歩き始めた。今度は先行グループで歩いた。話しながら歩くると楽だ。と、15:30頃、半分くらいまで来たところで下から2台のタクシーが上がってきた。白谷トンネルか、どこかに間違えて行ってしまったようだった。地獄に仏、ヤレヤレと乗り込む。国道425号に入るあたりで、時間的にギリギリで下北山村きなりの湯(最近は立派な入浴施設が不便な所にもあることに驚かされる)にはいれるとのことだったが、2台のタクシーの間の行き違いから通り過ぎて、熊野市の駅近の銭湯に乗り付けることになった。タクシー代は2台で30000円だった。みはま湯は素朴で感じが良く、人心地が付いた。駅まで歩いて5,6分だった。期待が外れて熊野駅には駅弁などは売っていず、コンビニに行ってくるには時間がギリギリであきらめた。17:50の特急南紀ビューに乗車、自由席で6人が向かい合わせで座ることができた。にぎやかに、行動食の残りやら肴をまわして、打ち上げたのだった。
今日はいくつのピークを越えたのだろう。記念写真を撮ったのは太古の辻だけだった。

念願の奥駈の北2/3が歩けた。11月後半の連休で残りを歩く予定だったが、コロナ禍で東京から新宮までの夜行バスが運休中と判明。日程的に無理ということで、来年に持ち越しとなった。

GPSデータはゲートまでだが、平面距離13.52km、沿面距離14.06km、最高点1541m(実際は天狗山1537mか)、最低点744m(ゲート)、累積標高上り1007m、下り1758m。







Last updated  2020.12.18 00:24:08
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