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飛鳥京香/SF小説工房(山田企画事務所)

聖水記■6

聖水記6
聖水紀1990/6/8
[5]
「水鳥をとばせろ」ロイドは一言つぶやく。「聖水をあらためて手にいれるのだ。ツラン、君の出番だ」レインツリーのメンバーのひとりツランにロイドは言う。
「ということは瓢衣の方法を使うのだな」ツランが答えた。
「そうだ。水鳥もまだベラの残留思念があるうちに、君が操ってくれ。そして、君の力で聖水騎士団をたぶらかし、聖水を手にいれろ。それを分析しょう。素早く彼ら聖水に対する対抗手段を打ち立てよう。そしてベラの手ががりも手にいれるのだ」ロイドは自分自身に言い聞かせるようにつぶやく。ベラを失った怒りが潮のようにロイドの心に押し寄せていた。ロイドはすさんでいた。建物にもどったロイドは床にうずくまったままのタンツを目にする。タンツの胸倉をつかんで、抱き起こす。せきたてる様に言う。手荒く扱う。「タンツ、早く思い出せ。宇宙要塞ウェガの位置を思い出すんだ」
 が思わず、ロイドはのけ反った。「こ、こいつは」起き上がったロイドを見るタンツの目は先刻の男の目ではなかった。生気が戻ってきている。かっての宇宙連邦軍大佐ウェーゲナー・タンツの目だった。不思議に、昔の威厳も取り戻したとうなのだ。
「乱暴なまねはやめろ。ロイドとやら、私は今、宇宙要塞ウェガの位置を思い出した」タンツの心の中で何かが弾けたようだった。別のいきものに変化した。そんな気持ちがした。この青二才め、目にもの見せてくれるわ、ウェーゲナー・タンツの怖さをな。タンツは心でロイドをののしっていた。

「残念ながら、君たちの仲間は、私に追いつけなかったようですね」 フガンの問い掛けにベラは無言でいた。
「まあ、気にしなくてもよろしい。悪い扱いはしませんよ。レディ、君は賓客ですからね。さて、もうすぐ、我々の神殿につきますよ」 上空からは聖水神殿を中心に発展しているハドルン市の市街地がベラの目に飛び込んでくる。敵の本拠地ながら、ベラはその広さに圧倒された。飛翔機はズンという音と共に着地した。
「さあ、我々聖水騎士団の本部へようこそ、レディベラ」フガンは先に飛翔機から降り、ベラにたいして最敬礼のお辞儀をする。
 フガンの飛翔機のそばに、聖水車がとうりかかる。
「フガン、帰ったのか、首尾はどうだった」聖水騎士団長アマノの声だった。
「隊長、上々です。レディベラをお連れしました」聖水車に向かい、フガンは叫ぶ。
「我々は布教活動だ。あとで説明を聞こう」
「楽しみは残しておいてくれ」聖水騎士団仲間の一人、内藤が叫んだ。
「自分だけ手柄をたてるなよ」コンノも声をかけた。聖水車はゆっくりと町並みのほうへ降りて行った。それを眺めていたフガンがベラの方をふりむく。
「さて、レディ、聖水にあっていただきましょう」
フガンはいやがるベラをつれ聖水神殿へと入っていく。

[6]
『聖水をお飲み』
 聖水だと聖水など飲めるわけがないではないか。聖水騎士団の一人である内藤は、心の中から聞こえてくる声に逆らおうとしていた。 聖水騎士団。聖水を守るべきために作り出された組織。聖なる水との契約によって騎士になる事はできる。
 聖水以前はしがないキーパンチャーだった内藤広志は、この聖水騎士団のコスチュームがきにいっていた。以前にCRTを通じて遊んでいたある種のコンピューターゲーム。そのゲームに登場するキャラクターの一人に自分を投影していた。
 くずれさった既存社会よりも、この一種変容した社会にパソンコンゲーマーらしく親しさを感じている。
 聖水を守るべき役割をもつ騎士が、聖なる水を口にするなど、とうてい考えられないことだった。
 よりにもよって、聖水車を守っている俺が。
聖水車とは、すべて聖水の奇跡を信じない人にデモンストレーションをみせる車なのだ。人々に聖水騎士団の施しを与える役目がある。それを守るのが内藤たち、選ばれし騎士団なのだ。
 水人が、アマノを選び、アマノが内藤を選んだのだ。
「飲みなさい。内藤」さらに強い声が内藤の心を包みこむ。内藤の体がこわばる。何という大きな力か。あらがいようがなかった。内藤の理性とは異なり、内藤の体は圧し曲げられていった。内藤は助けを求めようとした。他の連中はどこだ。内藤は汗を流しながら、声の力にさからい、まわりを見ようとする。このハドルンの塔にもハドルンの街道にも人影が消えていた。
「聖水をお飲み。そうすれば、お前は生まれ変わる」くそっ、レインツリーだな、この声は、呪術師どもめ。生まれ変わるだと、どんな風にだ。俺はプログラマーから、聖水騎士団になつた。これ以上何が必要だというんだ。「聖水騎士団の地位にとどまる必要なぞありはしない。お前は新人になれるのだから。恐れることはない」
 内藤の騎士装甲服がぬげおちていた。ハイチタンの装甲が太陽の光りを受けてキラリと光る。内藤は思わず、聖水車の注水口の所にしゃがみこんでいた。蛇口をひねる。
 その時、二人の騎士が内藤の方へ駆け寄った。「内藤、何をする」「狂ったか」が、時すでに遅く、聖水の一滴が内藤の口に。
「内藤を殺せ」大きな声が響いた。聖水騎士団長アマノが、塔のてっぺんから、叫びながら駆け降りてくる。
「早くしろ、たじろぐな」が、二人の聖水騎士団員は同僚の体に手をかけることなどできない。
 アマノは、三階の回廊から飛び下り、落下中に剣を引き抜き、内藤の首を払っていた。首なし死体がころがる。
「危ないところだ」アマノは剣の血のりをひきとりながら言った。「いったい、内藤はどうしたでしょう」騎士のひとりが言った。
「レインツリーのしわざだ」
「レインツリーがなぜ」「恐らく、聖水を手にいれたいにちがいない」
「あっ、隊長」コンノが叫ぶ。内藤の首なし死体が、自分の首を拾いあげ、駆け出そうとした。「くそっ」クルスが自分の剣を引き抜き、内藤の背中をめがけ、投げ付けた。剣は内藤の体を貫く。が体は歩みをやめない。
「いかん、レインツリーが瓢衣している。走れ、つかまえろ」アマノが命令する。三人は内藤の体を追う。この時、急に空が暗くなった。三人は走りながら、空を見上げる。巨大な鳥だ。鳥は、急に方向を変え、アマノたちの方へ急降下してくる。
「あやつは」「レインツリーの手先だ。気をつけろ」
 三人は地に身をふせる。空圧が体を襲う。まわりに生えていた植物が軒並みはねたおされる。
「やってくるぞ。剣を抜け」
 アマノたちは立ち上がり、三人の剣を水鳥の方に向ける。
 が、鳥はアマノたちの上を飛び過ぎる。鳥の背中には内藤の体がのっていた。
「逃すな。フォーメーションだ」アマノが叫ぶが早いか、クルスとコンノは二人の体で台座を作り、アマノの体をほうりあげた。
 アマノは空中で剣を抜きはなち、鳥の背中に乗ろうとする。
 が、アマノの体は、鳥の体を突き抜ける。鳥は海水だ。アマノの体を受け止めない。が、かろうじてアマノは、内藤の足をきりはなしていた。内藤の体とアマノの体がからまって落ちてくる。かけつけた騎士がアマノの体をうけとめる。内藤の体は地面に激突する。いやな音がした。鳥は飛び去る。
「やったぞ」コンノが叫ぶ。
「くそつ」アマノが言う。
「どうしました。隊長」
「内藤の首がない」
「聖水でとけたのでは」
「違うな。レインツリーが聖水を手にいれたのだ」アマノは独りごちた。

[7]
「さて、レディ、君が『みしるし』かどうか、これから試されるわけです」
「さっきから、言ってるけれど、『みしるし』ってどう意味なの」「聖水にとって意味のある記号が、地球にすでに存在するということなのです。彼らがこの地球へ飛来した意味はそれを探すことなのです。だから詳しいことは私からではなく、水人から聞いてください」
「水人って」
「水人とは、私達聖水騎士団の前にあらわれる人格体なのです。ほら、彼らです」フガン、ベラの前に聖水プールがひろがり、その中から3人の人型がかたちずくられ、出現していた。
「ねえ、同じ顔、同じ体をしているけれど、個人の性格はあるの」ベラはフガンにたずねていた。
「残念ながら、私にもわからないのです」フガンは答える。
水人の一人が言った。
『フガン、君ですら、まだそんな認識かね。我々は聖水というひとつの意識だ。その分派なら、同じ顔、同じ体となるだろう。
さて、君がベラか、君が『みしるし』かどうか調べせてもらおう』「いやよ」彼らの意識がベラの体にはいってくる。聖水が生物細胞にしみわたっていく感じがした。あらがいようがない。
「何でも、しゃべるからやめてよ」
『我々が知りたいのは君の過去だ』
「私は歌姫アカデミーをでて、奴隷船の歌姫になったのよ。私のお母さんはデパートの売り子よ」ベラは必死でしゃべっていた。
『歌姫は、皆、君のような能力をもっているのかね』
「歌姫なら、流体の生体状態を把握できるわ。彼らの体細胞の声を聞けるわ」
『歌姫は君のように海水を操れるのかね』
「あれは、違う、私がレインツリーの人間だから」
『君は、海水の有機体の細胞をあやつることができるのかね。さあ、我々が知りたいのは、もっと過去だ』
「そんな昔のことしらない」
『君なら、思いだせる』
『彼女の細胞プロテクトはかなり、固いね』
 ベラは意識を失っている。体はプールに横たえられているた。ベラの心の深い座位へと聖水は潜っていく。総ての人類の過去に聖水は探りをいれていた。

 泥寧地に雨がふり続いている。集中豪雨だ。が、あたりにはまったく生物の姿が見えない。遠くの山並みは火山活動が盛んで常時噴火が起こっている。
 これは、ベラの心象風景だった。
『どうやら、我々はたどり着いたようだね』水人の一人がいった。 ベラの心は人類発生以前の地球に戻っていた。細胞のDNAレベルの記憶である。聖水は彼女の記憶巣の最深部にたどりついていた。地面には熔岩流がうごめいている。地球の始源紀である。
『ここまで記憶していた個体はいなかったな』再び、水人が言った。 そこに、光る球体が上空から降りて来る。
『おお、あれが、我の先祖の姿なのか』彼らはそのイメージ映像を集中する。

(8)
 タンツをつれたロイドの一行は、レインツリーの飛行船で南太平洋にある小島にたどりついていた。この飛行船は宇宙連邦軍の所有物であったが、巧妙に隠されていた。タンツがその場所へ案内したのだ。
この聖水紀、こういった小島には人影はない。
「ここが要塞か」
「そうは見えない。風光明媚な島だ」
「タンツ、本当にここなのか」
「きみたちは、いかにも要塞然とした要塞を考えていたのか。よしここだ、ここで私を降ろしてくれ」タンツは命令口調で言う。
「我々も降りるぞ」ロイドが言う。
「いかん、この島の砂は感知機とつながっている。連邦軍以外の人間を受け付けない、攻撃されるのがおちだ」
「本当か」
「本当かどうか、試してみるかね。君にそれほどの勇気があるとはおもえんが」
「ロイド、どうする」ツランが不安気に言った。
「タンツ、うそなら、ゆるさんぞ」
「君らに許しを受ける必要もあるまい」
「タンツ、のぼせるなよ。君が人類最大の裏切り者であることを忘れるなよ」
「私しか要塞に入れるパスワードを知らんのだぞ」
「無理にきさまから聞く必要はない。我々レインツリーが呪術者集団であることを忘れたか」
「無駄だ。この島の防御システムを無効にするにはパスワードプラス連邦軍の生体コードが必要なのだ」
ロイドは憎々しげにタンツを睨む。が妥協した。
「よし、タンツ、降下しろ。しかし、変なまねはするなよ。君は我々レインツリーにたよるしか、この地球で生きる方法はないぞ」
「そうかどうかはわかるまい」
「貴様、この裏切り者が」ツランがタンツに殴りかかろうとした。ロイドがそれを制する。「まて、ツラン、いずれにしてもタンツは我々の手の内にいる。どう料理するかは我々が決める」
 タンツは降下し、島にある洞窟のひとつにはいっていった。
密林で巧妙に隠されたドアをみつけだし、パスワードをつぶやく。タンツは宇宙要塞ウェガに入った。回廊を通過し、エレベーターホールの前にたっていた。人影はまったくない。エレベーターで地下21階まで降下する。再び、回廊が奥まで続いていた。ひとつのドアの前でタンツは立ち止まる。涙ぐんでいる。
 やがて、意を決して、タンツはドアをくぐる。暗い空間だ。
『おかえり、タンツ』突如、声が響いてきた。『帰ってきたよ、マザー』光りがタンツの周りを巡り、やがて総てを浮かびあがらせた。タンツはマザーと呼ばれる巨大な人工頭脳の前にたっていた。「ママ、ようやくかえってこれました」そういったタンツはマザーの姿が少しばかり変わっているのにきずく。「マザー、どうしたのですか」『それは私から、答えよう』別の声がした。それはどうやら、マザーの体に絡み付いているつたから発せられたようだ。
「きさまは」『レインツリーだ』「何だって」タンツは身構えた。レインツリーが何故マザーの元に。何かの罠か。
『まあ、聞きなさい。我が子タンツ。彼は私の命の恩人なのよ。私はハノ将軍によって活動が停止された。それを助けてくれたのがレインツリーなのよ』
 タンツは、この電子要塞とリンクされた電子の子であった。タンツはこの要塞の人工受精室で作り出された人類最初の人間だった。
 飛行船の中で、ロイドがツランに尋ねる。
「ツラン、どうだ、内視できるか」
「ロイド、大変だ。あやつは我々を裏切ろうとしている」
「何だって」「奴は要塞の防御システムを一人で作動させた」
「今までこの要塞にはプロテクトがかかっていなかったのか」
 その時、タンツの声がどこからか、ロイドの飛行船まで響いてきた。
「レインツリーの諸君、我々の命令にしたがってもらおうか」
「我々だと」
『我々とは、私タンツとマザーコンピューターだ』
『そうよ、レインツリーの皆さん、私がこれから地球を支配します』「我々レインツリーが安々、君たちの事を聞くと思うのか」
『そういうと思った、でもこの声を聞きなさい』
『私はレインツリーだ。私はこのマザーと合体し、地球の利益を守る事にした』機械的な男の声だった。
「つくりごとは止めろ、タンツ」
「そうだ、我々はレインツリーの肉声など聞いたことはない」ツランが続けた。
『私の根が、ある時、マザーの動源ケーブルを見付けだしたのだ。マザーはそれまで、活動できないでいた』
『そう、私は宇宙連邦軍の将軍によって、作動中止を受けていた』今度はマザーの声だった。
『だから、彼女は生き残ることができたのだ』レインツリーとなのる声が続けた。
「証拠を見せて欲しい」ロイドが疑わしげに言う。
『それまで、私を信用できないか』レインツリーの声は怒りを帯びている。
 島の砂浜が音を立てて動いた。砂が持ち上がったのだ。地中から何本もの巨大な根が出現していた。上空の飛行船まで一本の根が届く。見る間にレインツリーの組織のメンバーをつかみあげていた。その男の体はにぎり潰された。その瞬間、すべての根毛から赤い樹液が吹き上がった。この島のあたりは赤く染まる。『まだ、わからぬか、私がレインツリーだ』男の声は怒りに震えている。
 呆然とする飛行船の男たちだった。やがて、ツランはロイドに言う。「どうする。ロイド、どうやら本当にレインツリーらしい」
「しかたあるまい、レインツリーが言っているのだ、我々はマザーにしたがおう」
「あの、タンツに従うのか」くやしそうにツランは言う。
「そうだ。私も気分は君と同じだ、ツラン」
『まだ、不満があるのか、諸君』レインツリーの飛行船の船尾をつかみ、揺さぶる。
『君達の代わりは、この地球にいくらでもいるのだ』
「レインツリーはどうしたのだ」誰もが叫んでいた。
マザーに篭絡されたか、ロイドはつぶやいていた。
 レインツリーの赤い樹液を皆がかぶり、壮絶な顔つきだった。
「レインツリーに従おう。我々の目的は地球を取り戻すことだ」
この時、ロイドの頭に去来するものがあった。
「我々は君に従う。が、タンツ、ひとつ願いがある」
「なんだ」タンツの声が返ってきた。
「私が聖水神殿に行くことを許してくれ」
「何を言ってるんですか、こんな時に」仲間の一人が叫ぶ。
『さてはロイド、君はベラを連れもどすつもりだな』
「むちゃだ」仲間が非難するようにロイドに言う。
『そうだな。君はベラを愛しているはずだ。私が彼女を思う以上に』しばらくの沈黙の後、タンツが言った。
『彼女は聖水の一部らしいの』マザーコンピュターが言う。
「それが『みしるし』という意味か」ロイドがつぶやく。
『そうだ。彼女を分析すれば、さらに聖水の弱点もわかるかもしれん』タンツの声だった。
「私をやっかいばらいできるだろう」
『それは君の自由意志だからな』
「死ににいくようなものですよ」
「おやめください。我々にはまだ、指導者が必要です」
「一時の心の迷いです」仲間が引き留めようとした。
「いるじゃあないか、タンツというりっぱ指導者が」
『厭味かね、ロイド』タンツがいった。



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