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飛鳥京香/SF小説工房(山田企画事務所)

元興寺の鬼(未完)

作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
http://www.yama-kikaku.com/

聴戒(ちょうかい)は飛鳥寺の後に横たわる甘橿の丘をふりかえった。

かつて蘇我氏が屋敷をかまえた丘。そこからは飛鳥全体がみわたせる。

丘から見れば板蓋宮、河原宮がすじ目の下にあった。その屋敷も焼き払われて、今は見る影もない。飛鳥寺の前には飛鳥坐神社があり、鎌足が生まれた中臣氏の屋敷もほぼ数百歩のところにあった。

鎌足と中大兄皇子が始めて蹴鞠で顔を見知ったのも
この飛鳥寺にある大木の元。
時の不思議さをおもった。

藤原氏として天皇から新しい姓を与えられ、鎌足の子、不比等は、中国の長安に似せた都を寧楽の地に建設しようとしていた。

この飛鳥寺のそばにあった藤原京よりも数倍も大きな都城。藤原京が完成した持統天皇八年ですら、人々は、その広大さにわれを忘れた。それをも数十億もうわまわる大きな都。完成した暁には十万人以上の人が住むという。聴戒は、その大きさを想造だにできなかった。

この飛鳥寺の五重塔が、日本で始めて建立された折り、人々は驚異を感じたと聞く。異国の宗教と蘇我氏の絶大形に。

高さ数十尺の五重塔・金堂などの建物がこの飛鳥の地に建ち、帝の大極殿よりも目だっていたという。さらにこの金堂などの造りようが、人々の目をおどろかせたという。数年後に大きな飛鳥大仏がこの寺に運びこまれた折りも、人々はその異なる姿に驚いたともいう。


藤原京からすでに多くの寺が、平城京へと移建していた。大官大寺、西大寺。多くの瓦や柱がとりはずされ、下ツ道と、大和川から平城京へ運ばれていった。

やがては、この飛鳥寺も同じような運命をたどるのであろうか。

この飛鳥寺を建てた蘇我氏はすでに滅んでいる。新興勢力の藤原氏が力をつけつつある。平城京へと寺は移る。聴戒は、不安よりも、むしろ喜びを感じた。若い者のみが持つ未知なるものへのあこがれである。きけば平城京では、とほうもない巨大なるしやな仏が建立されつつあるという。

聴戒はそれを見たいと思った。

奈良の都には、仏典ですら、聴戒がいつも見なれている木管ではなく、多くの本があるという。聴戒の空想はまだ見ぬ平城京から、さらに遠い果てにある中国。また仏典の、仏の生まれた、印度とハネをのばしていた。
■元興寺の鬼(未完)



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