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飛鳥京香/SF小説工房(山田企画事務所)

飛鳥京香/SF小説工房(山田企画事務所)

聖水紀[8]

聖水紀[8]
『聖水騎士団の諸君、本日をもって聖水騎士団は解散する』水人のひとりが発表した。聖水神殿の中央大広間に聖水騎士団が結集していた。「何ですって」「どういうことです」驚きの声があちこちからあがっていた。
「まさか、『みしるし』を手にいれたからではないでしょうね」発言したのはフガンだった。
『そのとうり。我々が『みしるし』を手にいれたからだ』
「じゃ、やはり、あの『みしるし』はベラだったのか」
「そう、そのとうりだ。我々が探していた『みしるし』はベラの体の中にあった」
「それで、あなたがたが地球での役割を果たしたので、我々はご用済みという訳ですか」アマノが冷たく言う。
「そうだ。我々は『みしるし』を手にいれたことで、地球にきた目的の一つは果たした」
「一つですと、まだ、何か」アマノがつづける。
「アマノくん、まだ、わからんのか。君ですら」
「我々、地球人が宇宙意識をもつという」
「そういうことだ。それには一番必要なことが残っている」
「まだ、何か、望んでいるのですか」
「そう、肝心なことがまだなのだ」
「一体、それは」
「地球人全体を我々、聖水の仲間にすることだ」
「あなたがたは、いったいまさか」
「アマノくん、君の思うとうりだ」
「隊長、いったい聖水は」アマノの顔は気色ばみ、皆の方をふりかえった
「聖水を滅ぼせ。こいつらは人類を完全に溶かし、飲み込もうとしている」「何ですって」「そんなことが」
聖水騎士団より、驚きの声があがる。
『きずいたようだね。そのとうりだ』
騎士たちは目の前にひろがる聖水プールにたいして攻撃をしょうとする。が、いかんせん聖水の敵ではない。
 広間の四方の壁が崩れる。聖水があふれる。聖水の波は聖水騎士団の体を持て遊び、波間に飲み込んだ。
『これが、宇宙の意志というものだよ』水人はそう告げた。

「わたしは」フガンの意識がもどる。
「なぜ、私は」
『君には、用事がまだある』水人がいった。「私があなたがたにしたがうとでも」
『そうせざるをえんだろうね』水人はいいはなった。
「生きるも地獄、死ぬのも地獄。それならば、すこしばかり生きながらえてみますか。この生命を楽しんでみましょう

[9]
『地球人諸君、我々人類は新しい時代に入った………』で始まる言葉が地球じゅうを巡った。一般人類を聖水に同化させることが人類の生存方法であるといわれた。このコメンテーターはフガンであった。
 人類は好きな所に移動できた。地球上でも、地球外の宇宙でも。しかし、そのためには生命形態を変えなければならない。つまり、聖水への同化を意味していた。聖水、流動生命体への変貌である。人類に対するこの処置にたいしては反対することは許されなかった。
 Aは他の種族と共に海水プールの中でたゆとうていた。この場所は水迷宮と呼ばれた。このプールの内容物は、人類の羊水と一緒だった。過去の人間工学が生み出した人工養殖の人間たち。それがAの種族だった。
Aの両親や、Aの仲間たちが、同じ着床でゆらゆら揺れていた。半覚醒状態の彼らには知識が知識端子によって送り込まれている。
また、時折、彼らを観察にくる人間たちがいた。Aたちは不思議な感じで彼らを見ていた。彼らは小型の潜水挺でここへ来て、彼らの成育状態をチェックしているらしい。
が、今日は少し違った。潜水挺からロボット・ハンドがのびてきて、ベースの着床を切り放した。Aの体はこの潜水挺の収納庫に格納された。Aは意味不明の出来事にとまどっていたが、何か新しいページが開かれた気がした。
 Aは創造者の前に連れてこられた。創造者の姿は、光りが後ろから照らしているのではっきりとは見えない。Aはちじこまっている自分を感じている。
「Aよ、お前の生きている意味はわかるか」 創造者が急にAに、唐突に質問を行った。よけいにドキドキする。質問の意味は何だろう。何か正しい答えはあるのだろうか。
 実際の所、実験ベースの着床から眠りを奪われ、息つくひまなく、創造者の前に連れて来られたAは迷惑顔だった。自分の氏素性など覚えてはいなかった。
「わからないようだな、A。では私がその質問の答えをいう。お前はこの地球の防御のために作られた生体だ。恐らく地球を救った勇者として名前がこの地球史に残るだろう。栄光に思え。お前の体の構造には有毒物質が含まれている。おっと気にする必要はない。その有毒物質はお前の体を滅ぼしはしない。ある一定の物質と出会うことにより、有毒物質となるのだ」
「一体、私が出会う物質とは何なのですか」「わからんかね。聖水だよ」
Aは二の句が告げなかった。聖なる水、その水を滅ぼすための物質がおのが体に含まれているだと。Aは創造者にたいして、いきばのない激しい怒りを感じた。
 創造者はAの気持ちをわかったかどうか、彼は言葉をついでいた。「我々は聖水を入手し、分析し、それに対する対抗策を長い時間をかけて作り上げてきた。君は水迷宮でできた完璧な作品、いや完全なる芸術品なのだ」
「その作品を投げ与えるわけですね」
「その作品の意味は彼ら聖水にしかわからないのだ。君は、儀式を受ける人の中に入り込み、聖水と同化するのだ。聖水と交流し、分解されれば、お前の体の毒素が秘そかに、聖水の中に流れ込む。聖水が汚染される」
「つまり、私は聖水に対する刺客というわけですね」
「理解がはやいね。A、そういうことだ」
 創造者は、Aの内なる怒りを知ってかしらずか、そう言ってのけた。
 宇宙要塞ウェガの一室だった。

[10]
 Kはおびえていた、自分自身でもそれがよくわかった。誰でも、いつかは通過する儀式だと、自分自身にいいきかしていた。自分自身を破壊しかねない恐れだった。
Kは町中へ来て、ウォターステーションへむかっている。今日の朝、彼は決心したのだ。地球人類にとっての決断の時、通過儀式。地球人類の一人一人が、自分で決心しなければならない儀式だった。
 聖水が飛来した時から、地球の歴史が変わったといっていいだろう。新しい歴史の幕開けだった。混乱と騒擾。新しき者への生まれいずる悩み。そんなものを地球人類が体験したといっていいだろう。 Kは、わきがじっとりとぬれているのにきずく。怖い。想像を絶するモノとのコンタクトなのだ。恐怖を感じない人間などいるだろうか。聖水が彼Kを受け入れてくれうかどうか。もし受けいれてくれなければ。
 ああ、そんな事はありえまい。考えたくもない。消極的な考えは捨てなければ。Kは思った。
 冷や汗がひどい。手のひらがじっとりとしていた。季節はもう冬が近いというのに、Kの体は、真夏の太陽に焼き付けられたかのようにじっとり汗ばんでいる。おまけににおう。恐怖ゆえのアドレナリンの分泌。自分の歩みが、いつもより、ゆっくりとしているのにきずく。
 もしだめだったら、自分はこの地球にむすびつけられたままだ。この地球から逃げ出すこともできない。宇宙に飛び立つこともできない。この地面にむすびつけられたままなのだ。自由に移動することもできない。
 ウォーター・ステーションの前に来ていた。いよいよだった。WSのデザイン化された文字が芽に飛び込んでくる。いよいよだ。運命の一瞬だ。生死を決めるのに等しい。アールヌボー風に飾られたWSの、地下に向かう階段の手すりを持つ。冷たい。その冷たさが、Kののぼせ上がった頭のシンに変に響く。廊下が奥の方につずいていた。壁に昔の広告のビラがまだ残っていた。すばらしき時代、資本主義のなごりだ。大きなビルボード(広告看板)の美少女の顔がほこりだらけだった。たしかTVタレント。今はどうしているのだろう。彼女たちも、今のKと同じ様に、この通過儀式を受けたのだろうか。そう、TV。KがTVをみていたのは14、5年前だが、もう大昔のような気がした。
 ゆっくりと、ビルボードが続くWSの奥へとKは進んでいく。
 突然、Kは記憶が蘇ってくる。このWSは昔、地下鉄の駅として使われていたのだ。Kは両親に連れられて、ここに来たことがある。 地下鉄。聖水以前の交通機関。今はもう使われていない。現在はこの張り巡らされた聖水ルートが、いわば交通機関なのだ。
 聖水に受け入れられるかどうか。
 それが、今の人類個々人の最大の問題だった。Kは昔のチケットゲートの跡を通過する。ロッカールームにたどり着く。が他の人間がロッカールームにいた。驚きがKの心を襲う。きまずい雰囲気だ。お互いに眼を合わせないように、部屋の隅にあるロッカーに陣取る。 Kは一人でいたかった。だから、他の人にはいて欲しくなかった。失敗した時のことを考えると。
 がWSのゲートをくぐったものはあともどりができない。自らの待つ運命を静かに受け入れざるを得ないのだ。
 Kは服を脱ぎ、ロッカーにほうり込む。このロッカーは処理機になっている。服は自動的に処理された。
 Kが生きていたという証拠はロッカーの中に服をほうり込んだ瞬間に消えていた。Kの服には、彼のパーソナルヒストリーが読み込まれていた。服は個人のデータファイルなのだ。コードが自動的に消滅した。
 聖水プールが広がっている。このプールは地中深くの聖水ルートとつながっている。20m平方の部分だけが、夜行灯でライテイングされていた。
 遠くの方は、聖水の流れる音と暗渠が待っているだけだった。 Kはプールの端にあるステックバーをつかみ、右足から聖水にはいっていった。
 生命波を感じた。そうとしか言いようがない。自分の空だが少しずつ生命の中で溶けていくのがKにもわかった。
 個人の記憶。Kの記憶がまるで大きなボウルの中にほうりこまれたような感じだった。人類数千年の記憶、そんなものかもしれない。自分が地球人類の一人であり、また全体であるような感じもする。 聖水プールはDNA情報プールだ。
 人間の記憶、また細胞の記憶。DNAのひとつひとつが分解されていく。それが収斂し、別の生命体となる。Kの意識は、その儀式で自分以上の上位の概念と結び付いていた。

 Kと同じWSで成長の儀式をうけていたAの反応は異なっていた。Aは聖水に対する刺客である。体の成分が聖水に対する毒素であると創造者から言われていた。自分の氏素性が聖水に読み取られるのではないか。その恐れの方が大きかった。
 が、Aの体も、Kと同じように少しずつ溶けていった。

 水人の意識レベルの会話だ。
『彼を受け入れるかね』
『彼を受け入れて、創造者の現在の居場所を探るという手があるね』『創造者が、彼も大仰な名前をつけたものだ』
『彼もはやく、我々のことを理解してほしいね』
『いやはや、彼には、理解するのは無理かもしれないがね』

[11]
熱がその海域から広がっていた。空気もそれにつれて急上昇する。やがて、その熱波は地球を覆い、聖水神殿までたっしていた。人は熱気で倒れていった。
『この熱は』
『どうやら、原因は宇宙要塞ですね。きっとマザーがしかけたのでしょう』
宇宙要塞ウェガは地中のマグマを刺激していた。ポイズンが失敗した今となっては、最後の手段だった。地球全体を熱球化する。地球が聖水に支配されるよりも、自らの手で人類を抹消しょういというわけだ。が、自分の脳球は生き残る。宇宙要塞ウェガはいわば宇宙船なのだ。
『熱波をこの地に呼び寄せているものがいますね』
『まさか、あのポイズンでは』

フガンは審問官の前に立されていた。
「生き残った聖水聖水騎士団の一人として、地球にひとつくらいいいことをして死にたかったものですからね。怒りは人を不屈の男にします」
「フガン、君ですら、この我々を裏切るのか」
「裏切りですって、私は最しょあからあなたがたを信用なぞしておりませんよ」
『しかたがない、この熱波を防ぐため、全人類は聖水に飲み込もう』「あなたがたにそれほどの意義があるのですか」
『ひとつの愛情の表現なのですよ』
「何ですって」
『できの悪い子供ほどかわいいといういだろう』
「どういうことです」
『フガンくん、君も我々を誤解している。我々は君たち人類の祖先なのだ』
「はは、おわらいぐさだ。あなたがたが先祖ですか。それじゃあ、出来の悪い子供は殺していいということですね。どんな権利があなたがたにあるといいうのです」フガンは笑いながら泣いていた。
 大きな音がして、聖水プールが自壊した。聖水がフガンの方に流れてくる。
「ははっ、どうぞ、このあわれで、まぬけな人類を同化なさい。おやじどの。いやおふくろどのか」
 フガンは聖水の波に飲まれる。聖水は自らの体積を急激に膨張させていた。この大陸を被い、やがて海岸に達していた。地球の海水との対決であった。
 海に達した聖水は、海水と激しい争いを繰り返していた。水H2Oを分解し、自分たちの組成に組み替えていた。それに対して海、地球の海なるものも戦いを挑んでいた。聖水と海水との境界線は熱をもっていた。蒸発する水が湯気を上らせていた。
 が、聖水の方が勢いがあった。彼らはいわば、狂信者であり、ある一定の意志の元に進化しているものだった。
 地球のあらゆるところで、地球の水は変化を遂げていた。地球の水は聖水に飲み込まれていた。そして、聖水へと変化していった。
やがて、聖水は勢いに乗り、レインツリー、マザーが支配する宇宙要塞ウェガのあるアンダマン諸島、スキャン島にたっしていた。
 大きく盛り上がった聖水の波はまるで山並みの様に見えた。その大きな山塊が、レインツリーの要塞に押し寄せていた。
 宇宙要塞ウェガは聖水の中にさらわれ、やがて水没する。要塞ウェガの防御機構は、この聖水山脈の前では、何の役にも立たなかった。 宇宙要塞ウェガは、地球の上に立てられている建物である。地球人の思考で作られ、地球の材料で作られている。たいして聖水は、いわば、宇宙であった。宇宙意識である。地球、そのものである宇宙要塞ウェガ中に入り込み、総てをばらばらにした。 この聖水の意識の中に、かつてのAの意識、ポイズンの意識が含まれていた。彼が、自分の生まれ故郷である宇宙要塞ウェガを教え、聖水全体をウェガに向かわせたのだ。
 レインツリーは聖水の洪水の中で涙を流していた。赤い樹液だった。体全体の細胞から、赤い樹液は宇宙要塞ウェガの内部でも渦巻いていた。やがて、聖水がレインツリーの組織をバラバラに分断した。破砕されたレインツリーのまわりはまるで、血がいっぱいの海だった。
 マザーの機械組織にも、聖水が侵入していた。防水組織も何のあるやくにもたたない。マザーの機械意識も寸断される。その一瞬。マザーの意識にひらめいた。『我が子、タンツを助けて』
 ウェガにいるレインツリーの指導者、そしてAにとっては創造者である者。「マザー」タンツも叫ぶ。
 その指導者もいまやウェガに流れ込む聖水の前にはなすべき手段をもたなかった。
 聖水に沈み込む指導者だった。
 彼はこのような経験をしたことがあった。その記憶が蘇ってきた。「シマ、あなたなのね」彼は彼に話しかける存在にきずく。そう、私はシマとも呼ばれていた。レインツリーの指導者は思った。
「そうだ。ろくでなしの老いぼれシマだ。君こそ歌姫ベラ、そして『みしるし』イコール伝説のDNA情報、聖水のミッシングリンクだったのか」
「そう、シマ。白状するとね。私自身が『みしるし』だとはきずいていなかったわ。私の先祖から受け継いでいたDNA情報がどんなものだったのか」
「聖水が人々を溶かし、探していたものとは人間のDNA情報だったのか」
「いい、タンツ。人類は宇宙最高の生命体ではないのよ。地球人類は、聖水がかって人類誕生以前、始源の海にはなったDNA情報キャリアーが進化したものなの。間違って進化した生物なのよ。人間という形態をとるべきではなかった」
 水人の声が、タンツの意識にはいってきた。『タンツ、君はなぜ、我々にしたがわなかったのだ。この地球に聖水の再来をもたらした君こそが、聖水の理解者であなかったか』
「むだだろう、私に何をいっても。いずれにしろ、私は死ぬのだから。何もかも無駄にすぎないのだ。水人よ、私の静かな死を与えてくれるのだろうね。長いつきあいではないか」
『タンツ、君に選択させてあげよう。君の死に方をね。我々聖水に同化するか、それとも、君の意志を、そのまま固定して、意識だけは永遠に生き続けるかだ』
「私に地球を与えるのか、終わりなき地球を」
『ともかく、タンツ、君が最後の地球人だ』
「この苛酷容赦ない世界に何か救いがあるというのいかね」
『愛だよ』
「君たちから、その言葉を聞くとはね。愛という概念が君たちに存在したのか。我々、人類は君たちから見ると下等かもしれない。が個体としてそれぞれがいろんな形の愛をもっていたのだ」
『タンツ、こう考えてくれ、我々が君たち人類を飲み込むのもひとつの愛の形だと思ってくれ』
『ひとつの大きな愛に君たちは包まれるのだ』
「ふふん、信じられないね」タンツは最後まで逆らった。

[12]
 Kの意識は星のすべてを覆いつくしていた。この星の名はまだない。Kがなずけるべきなのだろう。Kの星。
星は聖水でみちみちている。聖水の意識イコールKの意識だった。 分派という、意識の分割だった。聖水の意識が分派され、宗教の布教のように、Kの意識は、地球から遠く離れた星へ送り込まれた。Kは創造主であり、その荒れ果てた星を自分の体、聖水でもっておおった。
 Kは思う。
 聖なる水は、自分も含まれるのだが、宇宙意識のひとつの形態にすぎないのではないか。
 私の様に、聖水は、他の星に送り込まれ、徐々に聖水の意識で覆っていく。私達は聖水という大きな意識の血であり、肉なのだ。地球に最初に飛来した聖なる水も、Kと同じ様に他の星から飛来したものなのだろう。Kはそう考え始めた。
 (完)






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