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飛鳥京香/SF小説工房(山田企画事務所)

●(編集終了)●義経黄金伝説● プロローグ

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義経黄金伝説 イメージイラストラフ 本田トヨタ作

●『YG源義経黄金伝説■一二世紀日本の三都市(京都、鎌倉、平泉)の物語。平家が滅亡し鎌倉幕府成立、奈良東大寺大仏再建の黄金を求め西行が東北平泉へ。源義経は平泉にて鎌倉を攻めようと』山田企画事務所・YG源義経黄金伝説■ ●源義経黄金伝説全編にリンクシテマス。

●義経黄金伝説●
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(C)飛鳥京香・山田博一

http://www.yamada-kikaku.com

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●作者独白●
 日本版三国志の物語。
時代は,源平の争いから、鎌倉幕府が成立しょうとしていた時期。
 
東アジアのフロンテイアである日本は、大和国家を中心に国家を成立させた。その象徴として黄金大仏を作り、国家の勢力をシンボライズした。平安京に奠都した大和国家は、日本を統一させていくが、平安王朝国家象徴としての黄金大仏は、武家革命勢力による内乱のため、消失。その大仏再建を図らんため奥州併合を行い、黄金を収奪しょうとする試みが、鎌倉武家革命政権によって行われようとしている。

登場人物は、瀬戸内海荘園群を経済地盤とする、後白河法王を頂点とする貴族制西国王朝。新興勢 力である東国騎馬武士団を率いる源頼朝。古代よりエミシの血を受け継ぐ奥州に黄金・ 仏教王国を構える藤原秀衡。この三者にあって糸を噤む、当時最大級文化プロデユーサ ー西行法師。最大級武人、源義経。日本の背後に潜む闇のカタチなく存在する住民、道々の輩。


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 江戸幕府の創設者、徳川家康は、鎌倉幕府の創設者である源頼朝を敬慕し、吾妻鏡を熟読、その政治方針の参考とした。現在に残る吾妻鏡は欠損部が多いといわれるが、これは徳川幕府の施政方針の一環ともいわれる。  鎌倉幕府から、五〇〇年後の事である。
 徳川光圀は、その「大日本史」編纂事業のひとつとして、「義経」に関する故事来歴を全国各地から収集させた。
 それより後、明治時代になり、明治政府および帝国陸軍参謀本部は、また、大陸政策を立案するべく、東京帝国大学の満州探検の奨励、満鉄調査部の研究も奨励した。いわゆる有名な研究資料「笹竜胆印の探求」全書である。むろん義経遺跡の探求を目的とした、ツングース族の口承伝承をも仔細に研究したといわれる。

 この小説の資料は、東洋文庫及び皇室に保管されている資料を基本とする。 資料は、第二次大戦後、GHQがその占領政策にあたって、日本人の精神構造の研究家としてその著書「菊と刀」で有名なべネデイクト女史の指導により、持ち帰ったともいわれている。現時点では、この完全版資料の行方は、行方不明であり捜索中である。この小説は、大阪島本町にある中州興業大学歴史資料館の御協力により、その現存する貴重な資料の一部部分を使用している事を付記しておく。

 一九九〇年盛夏、著者は、鎌倉にある頼朝に関する遺跡の数々を訪れていた。 頼朝公事跡の裏山にそれは合った。大江広元公の墓である。 ごねん江戸時代末期、長州藩家老周布が江戸賛府のおり記念の碑を作っ ている。また、島津家もこの大江家を祖とする。大江は、この国の形を、鎌倉幕府で作り、明治維新は、長州・島津家協同の日本革新作業であったとすれば、すべては、やはり、鎌倉に始まるといえよう。

 この小説「義経黄金伝説」は、大江広元公墓に出会ったこの瞬間に生まれた。 これは一二世紀日本の三つの都市(京都、鎌倉、平泉)と、京都王朝につかえる三人の騎士の物語である。


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●一一八〇年(治承四年) 四国白峰。

 老僧が荒れ果てた神社の鳥居の前に佇んでいる。鳥居から見える四国瀬戸の荒海はひゅひゅうと音を立てて荒れすさんでいる。
「ようやく参りましたぞ、崇徳上皇様、しかし、この荒れよう、いかにかならぬものか。上皇様、上皇様、どうかお姿をお見せくださいませ。西行が、佐藤義清が参りましたぞ」
 西行は大声で叫んでいる。ここは四国の山中である。が、社殿は静まり返っている。その静けさが、何とも恐ろしい。
「いかがなされました。何かご不満がおありになられるのか」
「ふ……」
 どこからともなく、うめき声が、あたりの静寂を破る。突然、風が強くなってくる。空が急激に曇り始め、やがてポツリと西行の頬を雨脚が濡らした。
「遅いわ、西行よ。朕を、何年待たせるのじゃ。さような奴輩が多いがゆえ、京都に災いの種を、いろいろ蒔いてやったわ。四つの宮、後白河もいやいや腰をあげたであろう。俺が恐ろしいはずじゃ。う、悔しや。もっとあやつ、後白河を苦しめてやるぞ」
 その声は恨みに満ち満ちている。
「上皇様、お待ちくだされ。民には、何の咎もございませぬ。どうか、他の人々に災いを与えるのはお止めくだされ」
「ふふう、何を言う。日本の民が苦しめば、あやつも苦しむ。もっともっと苦しめばよい。俺の恨みはいかでも晴れぬは」
「お聞きください、上皇様。では上皇様のための都を新たに作るという策は、いかがでございますか」
 姿が一瞬、途切れる。
「何、西行よ、お前、何かたくらんでおるのか。いやいや、お主は策士じゃ。何かよからぬことをたくらんでいるに違いない」
意を決めて、西行が顔をあげた。
「上皇様、奥州でございます」
「何、あの国に」
「そうでございます。この国の第二の都を。それならば中国にも前例がございましょう」
「何、平泉を、第二の京に。そして朕を祭ると、そういうことか、西行」
「さようでございます」
 西行は、顔を紅潮させていた。
「西行、たばかるでないぞ。わかったぞ。朕は、少しばかり様子をみる事としょう。がしかし、再度謀れば、未来永劫、朕はこの国に、祟るぞ」
 風雨は、急に止み、天に太陽が姿を現す。汗がしたたり落ちている西行の顔は、まぶたががっしりと閉ざされている。体が瘧のようにぶるぶると震えている。腰は、地に落ちている。
「これでよろしゅうございますか、兄崇徳上皇様に告げましたぞ。後白河様。はてさて、恐ろしい約束事を…。この私が平泉を第二の京にしなければなりませぬなあ…」
 ひとりごちている西行は、心中穏やかではない。
 ここは、四国白峰にある崇徳上皇の塚だった。
 崇徳上皇は保元の乱で破れ、弟、後白河上皇にここ四国讃岐に流されたのだ。

兄、崇徳上皇と弟後白河法皇の争い、京都王朝内部の家族の不和は藤原家の内紛を巻き込み、さらには武家をも包み込み、保元の乱となった。歴史は、「武者の世」に転換した。
西行法師は、佐藤紀清の頃は、崇徳上皇の北面の武士であった。
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■義経黄金伝説  ■一 一一八六年・文治二年 

 広野から見えるその山は、荒錆びた様子で噴煙をあげている。
「おうおう、何か今の時代を象徴しておるような…」
 一人の僧服の老人が、目の前の風景に嘆息をしている。心のうちから言葉 が吹き出していた。その歌を書き留めている。詩想が頭の中を襲っている。湧き上がる溢れんばかりの想いがある。
 老人は、もとは武士だったのか屈強な体つきである。勢い立ち噴煙を上げているは富士の山。活火山である。

『風になびく 富士のけぶりの空に 消えて行方も知らぬ 我が思いかな』

「我が老いの身、平泉まで持つかどうか。いや、持たせねばな」
 老人は、過去を思いやり、ひとりごちた。
 豪奢な建物。金色に輝く社寺。物珍しそうに見る若き日の自分の姿が思い起こされて来た。あの仏教国の見事さよ。心が晴れ晴れするようであった。みちのくの黄金都市、平泉のことである。

「平泉じゃ、平泉に着きさえすれば。藤原秀衡(ひでひら)殿に会える。それに、美しき仏教王国にも辿り着ける」
 僧は、自らの計画をもう一度思い起こし、反芻し始めた。
 平泉にある束稲山(たばしねやま)の桜の花の嵐を思い起こしている。青い空の所々が薄紅色に染まったように見える。その彩は、絢爛たる仏教絵巻そのものの平泉に似合っている。それに比べると都市(まち)としては鎌倉は武骨、と西行は思った。

「麗しき平泉か、、そうは思わぬか、十蔵殿」
 西行は、言葉を後ろに投げかけた。
 草茂みに、いつの間にか、黒い影が人の形を採っている。東大寺闇法師十蔵である。
「西行様はこの風景を何度もご覧に」
「そうよなあ、、吾が佐藤家はこの坂東の地にねづいておるからのう」
西行ー佐藤家は藤原北家、そして俵藤太(たわらのとうた)をその祖先とする。平将門の乱を鎮めた藤原秀郷(ひでさと)である。
「重蔵殿、まだ後ろが気にかかられるか。はっつ、気にされるな。結縁衆(けちえんしゅう)の方々じゃ。ふう、鬼一法眼(おにいちほうがん)殿が、良いというのに後詰めにつけてくだされている」
 と西行は一息つく。
「さてさて、十蔵殿、鎌倉に入る前、いささか、準備が必要じゃ、御手伝いいただけるかな」
 しっかりとした足取りで、西行は歩きはじめた。
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