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飛鳥京香/SF小説工房(山田企画事務所)

義経黄金伝説■第四章の二

第4章
■六 一一八六年(文治二年) 足利の荘・御矢山(みさやま)
   
足利の荘、御矢山は、一日前の御矢山祭りの喧噪がうそのようにしずまりかえっている。
何人かの鎌倉の物見が、姿を見せずにいるようだが、西行と十蔵は、御矢山祭に参加していたご家人衆が、領地に急いで帰るのを、のんびりと見て、時間を過ごしていた。
すでに、西行は、伝説の人になってはいる。
とおりすぎる武士どもが尊敬のまなざしでとうりすぎる、

「西行様、これからは私の出番もお作りくださせ」
「ふふ、十蔵殿、ワシははしゃぎすぎたかのう」
「はあ、当に。おひとりだけ、目立っておられましたぞ」
「困ったことに、」
「何でございましょう」
「試合で体がほぐれた、今度は刀のさばきをみせたいものじゃ」
「いいかげんにされませ。私が重源様からおこかれます」
「そうじゃのう、たまには、十蔵殿の見せ場もつくらなければのう」
「ふふ」

黒田悪党たちは、一つ手前の宿場で、待っている。御矢山祭り騒動があった事は、街道を行く商人や武士の郎党たちの話から感じていた。
「何やら、西行が鎌倉殿を相手の大立ち回りをしたようだ。いかがかのう、鳥海殿」
悪党首魁の太郎左が、そばにいる破戒僧、鳥海にたずねた。
「ふふつ、太郎左殿、お気の小さい事を。聞くには及ぶまい。たかが流鏑馬。古式からの儀式。我らは、源平の戦を生きのびし歴戦の強者」
「そうじゃ、兄者、所詮は、京都後白河法皇に気に入られし歌詠みの坊主だ。まして、大江広元様からは何の指示もない」
「それよ、次郎左、そこが怪しいぞ」
「何を、兄じゃ、それは、約定とおり砂金を奪い取れという事であろうさ」
と次郎座が笑い飛ばした。
それを受け、他の者どもも
「ふふつ、七十歳の歌詠坊主、左手一本でひねりつぶすわ」
「鎌倉殿も、我々の襲撃を見て見ぬ振りをするという約束ではなかったか」
「幸い、ここまでは検非違使の手は回ってはいまい」
と、濁酒をはむ悪党は、あくまでも威勢のより集団であった。

 御矢山には、今、人はいない。
 西行の荷駄一行は、約束違わず正午、その御矢山にある広場の中に入って来ていた。打ち捨てられた仮小屋が並んでいる。

「お主たちは、離れていて下され」
 荷駄人夫どもを、その場から逃した。西行と、残りは十蔵一人。
仮小屋が並ぶ窪地の真ん中で、西行は叫んでいる。
「西行じゃ、お約束のもの、お持ちしたぞ。静殿を返していただこう」
 七十才と思われぬ大声で、西行は叫んでいる。が、人の現れる気配をない。
「西行、待ち兼ねたぞ」
ようやく、山頂の方向から声が帰って来た。
と同時に数束の弓の群が、雨霰と飛んできて、目の前の大地に突き刺さっている。無論、矢の群は、西行と十蔵を狙っていた。

「名乗りもあげず、我々を射殺すつもりか」
「卑怯なり」二人はその場をはね飛ぶ。
 が、二人は、矢の攻撃に捕まらぬ程、敏速に動いている。西行の手に荷駄に隠してあった愛刀、朝日丸が握られている。同じように十蔵の手にも杓丈が。

 窪地の入り口から、続いて、火が、大きな火の群がなだれ込んで来た。それは藁を積んだ荷車である。が走り込んでくる。そこへむかい、さらに火矢が打ち込まれた。仮小屋も、周囲の屋も燃え上がり、炎をあげる藁が、西行たちの背後を塞いでいる。袋の鼠である。

「どうじゃ、西行。これで、もう逃れることはできぬな」
 西行一行の前に、立ち塞がる、騎馬にのった商人風の一団が、総勢十四人が現れている。
「西行殿、お荷物をお預かりしたい」
 真ん中の屈強な頭目らしい僧服の人間が、威嚇した。
「静殿をお返しいただきたい。ところでお主はどちらさまだ…」
一団の首領が答える。
「たぶんご存じあるまい。我々は伊賀の国、東大寺黒田荘に住む太郎左、次郎左そして鳥海」
「そして静はあやめ、遺骸はこの山中に捨てた」
次郎左が憎憎しげにはき捨てる。
西行にはしづかな怒りの炎が燃えた。義経殿への、、約束が。
「して、このやつがれの荷物を希望とは」
「隠しても無駄だぞ。その後ろの荷駄に用がある。この破戒僧、鳥海が、すべてのからくりを知っておる。のう、鳥海」

 壮丁の鳥海が前にでてくる。
「西行。貴様が東大寺勧進僧重源より依頼を受け、この陸奥まで来たこと、京の噂。ましてや藤原秀衡は、京の公家殿の依頼を無下に断りはすまい。すなわち、その西行一行の荷駄、まさしく秀衡公の沙金に相違あるまい」
「それを、少しばかり分けてほしいという訳だ…」
商人姿の太郎佐がにやりとする。
「ふふ、西行、すべてとは申しますまい。半分でもいいのじゃ」弟の次郎座がこずるそうに言う。

「ならぬ。この沙金はもはや秀衡殿のものでも、西行のものでもない」
 西行は、声高に答えた。この悪党どもをこわがってはいない。
「では、だれのものと…」
「東大寺のものじゃ。いや日本国のためのものじゃ」
「くはくはは、片腹痛し。よいか西行、貴様はその年だ。ましてや、世は義経を巡って藤原秀衡の平泉と、鎌倉とは不穏な動きがある。その途上のこの平泉と関東の国境、足利の山中で、西行法師が、行方不明になっても、調べる方策などありはせんわ…」

「やい、この歌詠みの坊主。早く荷物を渡せ」太郎左はいらいらしている。
「そうじゃ。さすれば命だけは助けてやるわ」
「太郎左、次郎左、それに鳥海とやら、この俺をただの歌詠みの坊主と思うたのか」
西行は自信たっぷりに言う。
「何」
「わしの藤原秀郷流剣の腕を、少しは見せねばなるまい」
「き、きさまは一体、」三人は西行の勢いと自信に驚いている。
「昔は北面の武士、佐藤清衡。お主らはしるまいが、先祖は俵藤太ぞ。平将門を打ち破りし名門。ましてや、儂の鞍馬での兄弟弟子は鬼一法眼、その名前はいくら田舎侍とて聞いていよう」
「西行様、その前に、このような奴輩。私におまかせあれ」
十蔵が、西行の前に棒をかまえて立ち塞がっている。
「ぬっ、貴様はどこかで見た顔じゃと思うたら」
馬頭を、十蔵に回している
「お前。東大寺僧兵の指揮をしておったじゃろう。のう次郎左、この男の顔に見覚えはないか」
太郎左が十蔵の姿を弟に言う。
「そうじゃ。兄者、こやつは確かに指揮をしておった。お前たち、悪僧(僧兵)どもが弱いから、平家ごとき柔侍に東大寺の伽藍を焼かれてしまうのじゃわ。くはは」
三人は、十蔵をあざ笑った。

■七 一一八六年文治2年 足利の荘・御矢山(みさやま)
   
十蔵が恐ろしい表情で、
「お前たち、俺の正体知ったからには、よけい生かしておく訳にはいかん。それに俺の方もお前たちの顔に見覚えがある」
と挑発に乗らず冷たく言い放つ。
十蔵の心は、すでに東大寺の伽藍消亡の折り、しんでいる。
「……」
三人は顔を見合わせる。慌てていた。
「お前たちは…」
西行は、あることにきずき、手を打つ。

「そうじゃ。東大寺焼失の折り、その奈良で、押し込み盗みを働いておった盗賊の片割れじゃな」
「ふふう、気付かれたからには、仕方があるまい。我々は、確かにその折りの風盗よ。あの折り、一働きして、確かに財をなしたわい」
「のう、鳥海、こやつの顔を見てみい。お前も覚えがあろうが」
 顔を見合わせる、十蔵と鳥海。
 二人とも汗がどうっと噴き出た。まさかの驚きである。

「お主は…」鳥海が慌てていた。
「兄弟子よ。お前様には会いとうはなかった」鳥海が十蔵にいう。
「かような所で…。そんな身分に落ちたか、鳥海」十蔵は蔑みの目でみる。
「人のことを言えたものか。十蔵、お前様も東大寺の闇法師、闇の殺し人に成り下がっておろうが」
「よいか、鳥海。よく聞け。俺は進んでこの役引き受けたのじゃ。なぜならば、東大寺攻防の折り、たくさんの仲間を、俺のせいで死なしてしもうたからのう。ましてや、東大寺、大仏が焼け落ちるのを見たとき、俺の心の根は変わったのじゃ。俺の心の間に浮かんだのは闇じゃ。復讐じゃ。残念ながら、仏法は俺の救いにはならなんだ。よいか、俺は死に場所を探しておる。目の前にある障害はすべて、握り潰してくれる」
「十蔵、わるう思われるな。俺はあの大仏が炎上する時、考え方が変わったのじゃ。いや、生き方かもしれん」
「何を思うたのじゃ。お主の最後の言葉聞いてやろう」
「この貴族の世が終わる。これからの世は武士の時代じゃ。それゆえ、兄弟子よ、聖武帝の東大寺ごときに義理を果たすのを止めろ」
「何を申す。東大寺、いや東大寺大仏、あってこその日の本ぞ」
「東大寺など、我々、貧乏人から金をふんだくるだけの存在じゃ。貴族でもない我々を助けてくれることなぞありもうさん」
「鳥海、そのたわごと、地獄で言え」
東大寺闇法師、十蔵が叫ぶ。
「おもしろいわ。この闇法師。いあや、十蔵!たっぷりいたぶってくれようぞ」
「お主がその心なら、私も仕事がやりやすい。こ砂金の荷駄を挟んで勝負じゃ」
「よいか、お主たち。この沙金は、日本全体を平泉のような平和郷を、この世に作るための資金じゃ。たやすく渡す訳にはいかぬぞ。考えを改めぬか、ぬしら」
西行がさけんだ。が、寂しそうな顔をしている。絶望しているのだ。このような奴らが世に多すぎる。この日本は何を失ったのか。

「何をぬかすか、このくそ坊主。二人揃って三途の川、渡してくれようほどに」
 「そう申すなら、いたしかたあるまい。殺傷は望むところではないが、儂には武士のおりの約束があるでな」
 西行は、密かにつみおいていた先祖代々の佐藤家の愛刀、朝日丸を取り出し、悪党の攻撃にたいして防戦しょうとする。長く使ってはいない。

 黒田悪党、太郎左たちは、西行たちの強さに思わずたじろいでいた。こんなはずではない。
「いささか、こやつら、手ごわいぞ」次郎左が言う。
「されば。あの手を、使うか、兄者」

太郎左は、祭りに使われた廃屋に走っていき、ひとつから静を連れて出て来た。生かしておいたのだ。
「おい西行、この女をこうすれば、我らを容易には打てまい」
次郎左は、静の首筋に刀を当てている。
「ああ、西行様」静が我が身を呪うように嘆く。
「う、静殿。生きておられたか。ありがたし」
さすがの西行も、とまどい手がだせない。
「どうじゃ、我らがたっぷり弄んでやったわ」次郎左がにやりとする。
「もう生きてはおれんというのを、何とか生かしておいやったぞ」
「よいか、この静とその沙金との交換と最初の案はいかがか」
「どうだ西行返事をしろ」次郎左がわめく。
「…」
しかたなく、西行と十蔵は、剣と棒を、地面にゆっくりと降ろす。
「ふうふう、その用に早くすれば、よいものを、」
 広場の炎の外に富めておいた荷物駄を積む馬に、太郎左たち一群が連れていこうとする。
 「おう、お宝じゃ」
 静の体から、次郎左の注意が一瞬離れた。

 祭りの階段丘の方より、新たな声が西行に聞こえた。
 「西行殿、お助けに参った」ささやく声だった。
「おお、その声は…」
「しっ、奴らに聞こえましょう」
「さらば、もうひといくさを始めましょうか」
その声の主は言った。

■八 一一八六年(文治二年) 足利の荘・御矢山(みさやま)

下野の国足利の荘に季節風が吹き荒れ、御矢山から、突風となり、吹き降ろしてきた。
 動けずにいる西行の足元に,何かがころころと、転がって来た。西行は、それを足でとらまえ、蹴り出す。
 その物体は、砂金に気をとれている太郎左の顔に激突する。馬から落ちる太郎左。次いで次郎左の顔にも。
「西行、貴様」
起き上がったが、怒りが二人の顔を朱に染めている。
「私が、京の蹴鞠の一番手であるとしらなんだか」
 佐藤家は、京都の芸能蹴鞠の使い手が多い。西行の祖父は特に有名であった。

 「くそうう、西行、食らえ、我ら黒田悪党が腕のさえを見よ」
  太郎左と、次郎左が、二人が心合わせ、左右に同時に動く。
  兄弟の体を合わせ、ねらい違わず相手を倒しす二人の技「双剣の構え」である。体の動きの同調は、さすがは兄弟である。 寸分の狂いもない。二人が一人のように、羅卒天のように四本の腕が動いている。
「我らが、双剣の構え破れるかのう」
 二人は西行に走りより、向かいあい、左右同時に刀を振り下ろす。
 一瞬、たじろぐ西行。
 がしかし、急に大男があらわれた。太郎左、次郎左の両腕を諸手で後ろからつかむ。
 「うぐつ」
「貴様、何者」
 言う間もなく、二人の体は宙に浮いている。
 地面にたたきつけられた体の上に、その太い樹の幹とも見える両足が鳩尾を踏みつけている。
 さらに、鳥海の背面から逆落としをかけている。 見る間もなく盗賊三人をなぎ倒している。 突然吹いた「からっ風」のように現れている。残りの黒田悪党の手下たち十名程は、逃げ去っていた。

 祭壇中央の広場には太郎左、次郎左、鳥海の三人が倒れている。
「弁慶殿、手助け有り難うござる」
西行が、その愚風の男にお礼を言った。
「おお、ちょうどよい塩梅でござった」
「儂も、年には勝てませんな」
西行は頭をかいている。
「義経様が、安全な場所まで、後をつけよと申されたのが、ちょうど、よろしゅうござった」
弁慶であった。
弁慶が、土産にとして京都から贈り物、蹴鞠数個を、西行に向けて送りだしていた。
「白河の関をこえ、ここまでついてきた価値があったというもの。頼朝殿との戦いではさすがに姿を見せる事はできませなんだが、」
 静が弁慶に抱きついている。
「おお、弁慶殿、よう、生きていらっしゃったか…」
「おお静殿、よくご無事でここまで。吉野で別れて。もういくたりになりますか。ここではひどい目にあわれましたのう」
「弁慶殿、義経様の和子様、殺されました」
涙ながらに静は言う。
「何!」
弁慶は以外な言葉に驚く。
「義経殿が輪子が、頼朝によって、」
大粒の涙が、大地にしたたる。
「義経殿に如何につたえれば、良いのか」
「う」
静も同じように顔をしずませていた。

「かわいそうな方々じゃ。時代が悪いのかもしれんな」
西行は、黒田悪党三人の遺骸に対して片手拝みをしている。
「すまぬ。天下静謐、明日の日本のためじゃ、堪忍されよ」

■九 一一八六年(文治二年) 足利の荘・御矢山
   
 階段丘ちかくの草陰から、戦いの様子を見る別の武士たちがいる。頼朝の探索第である。広元から,後に残り西行たちの行方を見張り報告するように指令を受けていた。
『よいか。西行の遺骸より、必ず銀の猫をとりだせと。それが西行を殺した証明となる』と。
一人がつぶやく。
「いかがいたそう」
「あやつらは、どうやら、京都あたりから西行をつけてきた悪党の群らしいのう。我らより先に手を出したか。あるいは大江広元さまの手ずるか」
「加えて、武蔵坊弁慶もおる」
「かえって好都合ではないか。西行らも、先の賊をやっつけて気も緩んでいよう」
「それはそうじゃ、好機ぞ」
武者たちは、西行たちを倒そうと、飛びだそうとした。

 その時、武者の背後に人影があらわれる。
「おぬしら、飛び出すのはぬ、わしを倒してからにせい」
 僧服をまとった西行と同じ年くらいの老人である。驚く武者たち。
「主らのもくろみとうり、そう、うまくいかぬのが面白いところでのう」
「な、何奴、貴様は西行が手のものか」
「ほほう、坂東には俺の名、まだ通ってはおらぬか」
「貴様は何者じゃ」
「覚えておけ。といっても、お主らはすでに冥府への道を走っておるのでな」
「何を抜かす。この乞食坊主め」
「乞食坊主とはよく抜かしたわ。冥府への土産によく覚えておけ。俺は義経殿が武道の師匠、鬼一法眼(おにいちほうがん)よ」
鬼一方眼は、杓丈をゆるりと探題たちに向けている。
京都の陰陽師、鬼一方眼は、結縁衆、道々の輩も引きいている、先日の競技場へ結縁衆、道々の輩の大いなる示威行動を仕切っていたのは、当然、鬼一である。
「げっ…」
武士たちはたじろぐ。
「ふふつ、板東でも少しは名が通っておるか。うれしいのう」
鬼一にこりと笑う、それが武士たちにはかえって恐ろしげに見える。
「何、義経の師匠だと。それでは、師匠相手に鎌倉武士の力を見せる。相手せねばならないな」
切りつける馬上の武者。が、鬼一法眼は攻撃をスルリと交わし、見る間に彼らを倒した。まるで舞台の上で舞いの練習をするようにである。ただ、舞台と違うのは血しぶきが、あたりに舞い降りている。
 彼らの馬は逃げ去っていた。
「ふっ、たわいもない奴らじゃ。いずれも鎌倉殿が手のものか」
 鬼一法眼は、倒れている武者たちの衣装を調べた。
 そこへ西行たちが、この騒ぎを聞き付け、何事かと賭散じてきた。

競技場祭事中央の悪党の太郎佐たちの死体は、十蔵が、背後にいる結縁衆を呼び寄せ片付けている。
「おおう、これは鬼一法眼殿か。後詰めをありがとうござる。この者たちは、何者か」
「どうやら、鎌倉殿が手の者らしい。どうも、まだ、奥州藤原の沙金を狙っておったらしいな」
「頼朝殿も、まだまだ、やるものじゃ。あきらめきれぬか」
「で、これから、どうなさる」
「ちょうどよい、潮時かもしれぬ。のう、鬼一殿、俺は盗賊に襲われ、命からがら逃げ出したのだ」
「それでは、秀衡どのよりの沙金は……」
「盗まれて行方しれずじゃ」
「それでは、この沙金は行方しらずにせねばなりませんな」
鬼一は西行の言葉を受けた。
「鬼一殿、十蔵殿、お願いできるか。弁慶殿は、静殿を平泉の高殿までおつれくだされい」
「さあ早く、この板東を一時離れ、再び奥州に逃げ帰るましょうぞ」
「ふふつ、逃げ帰るといたしましょうか」
皆が、この西行の言葉に和していた。
下野の国足利の荘・御矢山の突風は吹き止みそうにない。

■一〇 一一八六年(文治二年) 平泉

 西行たち一行は、平泉に戻り、秀衡を訪ねている。
 西行の姿は乱れている。
「これは、どうなされた西行殿,まるで乞食(こつじき)かと間違う程の有様」
「申し訳ござりません。やはり、国境の足利の庄にて盗賊がおりました。砂金は荷駄とも奪い去られております。その野党もどうやら頼朝が手の者らしい」
秀衡は、疑い深く西行の顔を覗いている。
「西行ともある方が、おまけに弁慶殿もお供してその様か。して、その盗賊どもはいかかがいたしたか」
「荷駄ともに逃げおりました」
 秀衡は静かに西行の顔を見ている。やがてポツリと言った。
「いやはや沙金よりも、西行様の命の方が大切じゃ。平泉の沙金はまだつきることはございますゆえ。しかし、西行殿、ご自慢の藤原秀郷流剣の腕はどうなされた」
「いやいや、俺も年じゃ、自分の身を守るので精一杯でござった」
「そのものたちの風体は」
「はっきりとは覚えておりません」
「まあ、良い。探索方をだしましょう」
「が、あのあたりはすでに鎌倉殿の勢力範囲でございましょう」

「秀衡殿。身を割ってのお願いじゃ」
西行は秀衡に頭をさげている。
「無体なお願いとが存じ上げる」
「はてさて何を、私と西行殿の間で」
「うむ、では申し上げる、再度、東大寺への砂金、今一度お願いを申し上げる…」
秀衡はすこし考えている。
「ふむ、西行殿の願いであらば、よろしかろう」
 しばらくして、すべて理解しているように秀衡は言った。

 奥州藤原秀衡も、当然ながら、西行一行の荷駄隊の跡を、密かに物見の者につけさせている。黒田悪党は、、この平泉に入った瞬間から、不穏なる者供として後をつけていた。
 秀衡も、西行が言葉とうりに動くとは考えていない。西行の真意を推し量っているのだ。
 百年の平和郷をつづかせなばならない、それが北国の帝王秀衡の宿命でありつねに、中尊寺金色堂壇にあるにある初代、二代目の眼を感じている「この日本成立以来の奥州のいくさ人の考え方」の規範は、「京都人を信じるな」であった。
 たとえ、同族、であろうと、西行は京都人であり、東北人ではない。
 完全に信ずる事は永久にないのだ。

■十一 一一八六年(文治二年) 奈良東大寺

 一ヶ月後、西行と十蔵は、何事もなかったように、奈良東大寺にある総勧進職、重源(ちょうげん)の前に立っていた。
海上の道を進み、荷駄隊が黄金を届けていた。吉次の配下が行ったのだ。秀衡は安全な海上の道をすすめたのだ。大物浦(兵庫県尼崎)についた黄金は淀川、山崎、奈良山の川道を通じて東大寺に届けられている。

 重源は西行を労い、感謝をあらわしている。重源は、西行が伊勢草庵に返った後、十蔵を別室に呼んでいる。

「何か変わったことはなかったか、十蔵どの」
「はい、先ほどの西行様のご報告の通りです」
 「ふう」
 重源は、じっと十蔵の顔をのぞき込む。
「十蔵殿、お主、ひとあたりしたな」
重源は、西行という人間に影響されたと言っているのだ。
「ひとあたりですと、何を言われます、重源上人様」
「私は、のう、結縁衆の方々の報せも、聞いておりますぞ」
重源は言葉を止めて、目の前にある茶碗をゆるゆるなぜている。
「よいか、十蔵殿、お主の体は、すでにお主のものではないのじゃ。よいかな、お主の体と心はのう、、闇法師になった瞬間から、東大寺がものですぞ。それを忘れていだいては困りますな、十蔵殿、のう」
「は…」
十蔵は青ざめている。小刻みに体にふるえがきた。
「ふふ」
重源は、ねずみをいたぶる猫のつもりか、十蔵の顔を覗き込んだ。
「まあ、よろしかろう。お疲れでございましょうな。さぞかし。ふふ、ではお下がりなさい。西行殿の動きは、これからも逐一報告くだされよ。よろしいですかな。十蔵殿よ、ふふ」
「わ、わかりもうした」
 ほうほうの体で、十蔵はあわてて重源の前から消えた。内心の動揺は、重源に見透かされている。

「あれでよろしいのですかな、はたして」
 勧進を手助けする若き僧、栄西が障子のうしろから茶碗を手に、重源の前にあらわれている。重源はゆっくりと、それに答えず茶を飲む。
「ふふう、相変わらずうまい茶じゃな。のう、栄西殿、良薬、良薬、いあや、人が人にあてられるという事は、ご存じかな」
「重源様、はて、面妖な。人にあてられる事ですと。一体、それは」
「十蔵がことですよ。あやつ、西行殿という劇薬にあてられたかもしれませんな」
「西行殿が劇薬。ははっ、重源様は、面白いことを言われる。西行殿を、我々が結社に取り入れておいた方が、よかったですか」
 重源は少し考えていた。
「ふむ、いや、少し、それは遅すぎたかもしれませんのう、西行殿は、みづからの結社をおもちじゃ。ふふ」
重源はにこりと微笑んでいる。
「いずれ、私が鎌倉にて、我らが結社の分派を、作り上げましょう」
栄西が上機嫌で、決意を新たにした。
「ほほ、それはよき考え。私も、宋の陳和景を鎌倉へいかしましょうぞ。それに運慶殿、快慶殿らも、この東大寺の仕事が終われば、鎌倉まで取りよこします」
「ふふう、板東の要塞都市、鎌倉を我らが支配する。面白く楽しい、身震いがいたしますな」
「いずれ、西行殿は、奥州平泉をそのようにしようとしていたらしいが、西行殿は少しあの平泉王国、いあや、奥州藤原家に入れ込み過ぎましたな。やはり、西行殿はのう、桜の花が、好きじゃからのう。ふふ」

「西行殿は、やはり、散り際の見事さをお考えでございますな」
「さようよのう、西行殿は、所詮は、残念ながら、北面の武士あがりですのう。我々のように、武士上がりでも、比叡の山や宋に留学にいき、選ばれた学僧になった者ではありませんからのう」
「それも道理でございますな。それでは、重源様、私はまた宋へ行って参りますぞ」
「おお、今度お帰りになる時は、大仏殿は完成していましょう」
「それに、」
栄西は少し考えて、「重源様。頼朝殿からも、金を出させねば仕方ありますまい」
「そうですな。頼朝殿も、我々の前で、砂金を差し出すという大見えを、切ってもらわくてはなりませんからのう」

重源、元の名は紀重定(きしげさだ)紀家は、古代貴族大伴家の血をひく技術の家。家の歴史が違うのである。東大寺の二人の勧進僧は、お茶釜を前にゆっくりとほほえみを絶やさず、前にある湯気のたち込めるお茶を飲み干している。

■十二 一一八六年(文治二年) 鎌倉   

鎌倉には、西行襲撃失敗の報告が早馬で届いている。
「西行を追った我が手の者、かえって参りませぬ。どうやら、返り討ちにあったようでございます」
大江広元は、策の失敗を頼朝に告げた。次郎左達は大江の支配下に動いていた。
「むむう、役に立たぬやつらじゃ。して、西行は。そして沙金は」
 頼朝は、顔を朱に染めて尋ねる。
「どうやら、西行は、いまだ平泉から動かぬ模様です。沙金については、行方しれずとのうわさ」
「待てよ広元、我が手配の者ども失敗したといいうたな」
「左様です」
「では、砂金の行方は、おかしいではないか」
「あるいは、他の賊が奪いにきたか、あるいは秀衡に対して西行が嘘をついているか」
その時、雑色が入って来る。
「藤原秀衡様の沙金が、鎌倉に届きました」
「して、その荷駄隊に、西行なる法師おったか」
 広元は尋ねた。
「いえ、多賀城の商人吉次の荷駄隊と聞き及びます」
「吉次の……」
「西行の沙金いかがいたしたか」
「いずこかに。今日の荷駄は、恐らく平泉の別動隊。秀衡もやるものです。一杯食いました」
「ならば、西行の荷駄隊は目くらましか」
 「いつくかの荷駄隊を送り出した可能性もございます」
 二人は策につまり急に黙る。
「のう広元、一体、後白河法皇はどのような話を、西行に伝えたのか」
頼朝が別の考えをしめいしゃ。
「あるいは秀衡殿と、義経殿が手を結び、この鎌倉を攻めよとか」
「が、秀衡殿、動くかどうか」
「今、あの平泉は義経殿が戻ったことにより、秀衡の和子たちが命令にしたがいますまい。秀衡の子供のうち、特に泰衡は、腑抜け。とても秀衡の後を継げる器ではないと聞いております。泰衡を一押しするのです。義経を渡さねば、鎌倉の軍勢が平泉を攻めると」

 広元は一番恐るべき、そして考えられる策を述べる。
「その一押しも、この鎌倉ではなく、京の法皇から出させた方が面白いかもしれぬ」
「まこと、さようでございます。平泉王国、内部から崩壊させるのが得策」
 広元は、頼朝の案に賛意を示した。
「広元。わざわざ義経を見逃し、平泉に入れたのも正解かも知れぬのう」
 意外な言葉であった。頼朝は、わざと、義経を逃がし、どうしても奥州へ逃げて行かざるを得ないようにしたというのだ。
「まこと、これは頼朝様にとって、義経殿、秀衡殿、大天狗殿(後白河法皇)の三者を一度に追い詰めて行くのに好都合でございましたな」
 この時期に、三者を纏めて滅ぼそうという案だった。

「では、もう一手打つか」
「はて、その手は、平泉の内紛を起こすための……」
「そうだ。泰衡の舅殿、藤原基成殿を動かすのよ」
「おお、それはよい手でございます」広元、手を打った。
「秀衡殿亡き後、基成殿は泰衡殿の政治顧問、義経殿のことよく思っておりますまい」

■十三 一一八六年(文治二年) 京都

 京都では、後白河法王と関白の九条兼実が策を練っている。
「さあ、どうじゃ、兼実。お前なら、どちらを取るかじゃ。秀衡か、頼朝か」
 かすれ声で、後白河は言った。
「法皇様、そのお声いかがなされました」
「いや、また、ちと今様うたいすぎてのう。声が嗄れたわ」
今様好きのの法王は、こんな折りでも今様はかかさぬ。生活の一部である。
「秀衡、頼朝の事、法皇様のことでございますから。両天秤をかけた上、各々方策を取っておいででしょう。どちらにころんでも安全なように」
 疑い深く兼実は答える。貴族の長らしい安全策をのべる。

 後白河は、ふうと溜め息をついたようだった。
「よう、わかったのう」
「それはそれは、麿はいつもお側にお仕えしている身でございます。そのくらいのこと読めずにいかがいたしましょう」
「ともかく、兼実、朕は、あの武士どもが嫌いじゃ。なにか策を考えよ」
 心の底から、後白河法皇は武士を嫌っているのである。

第四章 完


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