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飛鳥京香/SF小説工房(山田企画事務所)

義経黄金伝説■第七章

第七章 西行法師(佐藤義清)の思い出 一一三八年(長暦二年)から
――――――――――――――――――――――――――――――――

■一 一一三八年(長暦二年) 京都佐藤家屋敷。

一一八六年(文治二年)より五十年前の京都。
佐藤康清の屋敷に訪れようとしている数名の侍がいる。京都風ではあるが少し違う。着物の材料生地はなかなかの質である。裕福さが推し量れるのである。
京都油小路二条、神泉苑の傍らに佐藤家の屋敷はある。紀州紀ノ川北岸にある荘園・田仲庄の上がりで佐藤家は潤っている。 
今様が聞こえている。外祖父源清経は白拍子目井とその養女乙前を囲っている環境にあり、佐藤家もその流れにある。今日は遠くからの客人が来るため、宴を華やかにという気づかい、聞こえてくるのである。
立派な出で立ちの若侍が挨拶をした。
「奥州平泉の秀衡でござる」
佐藤康清宅に、奥州平泉の藤原秀衡が、お供を連れ、訪れていた。先先代清衡は、奥州の政情が平安となった時期、京都を訪れていた。京に上るということは、現在とは意味が異なる。まさに京は、世界の中心であった。清衡は、京都の栄えを見て、この京都の複製を平泉に作ろうと考えたのである。そして、京都情報収集基地として「平泉第」を設置した。次は人のコネクションである。
 清衡は、京都とのコネクションを作り上げようと必死であった。このとき、遠縁である佐藤家を頼った。現在の佐藤康清は、佐藤義清、西行法師の父である。

「おお、これは、これは、丁寧なご挨拶いたみいります。書状にはいくどか。このたびは書状とお土産をいただきありがとうございます」
挨拶を返したのは佐藤康清である。黄金や平泉の産物が送り届けられていた。
(若い御曹司じゃ。まだ二〇歳にはならぬだろう。が、すでに大物としての貫禄が)
康清は思った。
「いや、何の何の、義清殿と奥州藤原氏とは、五代逆上れば兄弟ではござらぬか。当家もこの京都にはなかなか親戚、知人が少ない身のうちでござる」
佐藤康清は北面の武士。2人の息子がいる。
「奥州藤原氏といえば、京でも黄金王として名前が高こうござる。平泉から荷駄が入りますれば、京の庶民など、今でも大騒ぎする始末。その御曹司が、このようなあばら家へようお出でくだされた」
「のう、佐藤殿。少しばかり、京見物につきおうてはくださらぬか」
と秀衡は頼んだ。
「同じ年頃の息子、佐藤義清を京都見物に案内させましょう」
奥から若者が現れる。
「佐藤義清でございます。お見知り置き下さい」このとき二十才である。
「おお、康清殿は見目麗しい良き息子をお持ちじゃ」
「見目美しいとは、お戯れを、よろしゅうございます。どんな所など案内つかまりましょうか」
「祖父から聞いております。東山の桜、そして宇治平等院などをのう」

 数日後、佐藤家前に、奥州に帰ろうとする秀衡を郎党が待っている。見送る佐藤義清(西行)だった。秀衡は別れを告げた。
「義清殿、よいか約束じゃ。きっときっと平泉に来てくだされ。佐藤義清(西行)殿がために、平泉にあるものを用意しましょう」
「私のために、あるものを。はて、何かな。秀衡様、必ず平泉に参ります」
「きっとじゃ、約束したぞ。楽しみにされよ」
 去って行く黄金王藤原秀衡郎党の行列を見送る佐藤義清(西行)だった

■二 一一四三年(康治年) 平泉

 咲き乱れる桜。金色に輝く寺や屋敷。そこが平泉であった。まさに黄金都市。それを見渡す、西行であった。
「ここは異国か…」 西行、思わず呟く。
 西行このとき二十六才。まさに平泉王国は異国であった。後にコロンブスの新大陸発見の契機となった本、東方見聞録、マルコ・ポーロにいわく『ジパングは黄金の国である』とは、この『平泉』であると言われている。金色堂は黄金の家である。
 京都を始めてみた藤原清衡の京都文化に対するコンプレックスは、まず都市平泉の建設から始まっていた。
 平泉は、まさに京都の複製都市であった。
 例えば、東に流れる北上川は、京都の鴨川。その向かいに聳える東稲山は比叡山。中尊寺の占める関山は北山である。この北の京都を作り上げた奥州藤原氏の経済力は、みちのくの特産物と呼ばれる黄金と馬であった。清衡、基衡、秀衡は、三代にわたり、平泉の黄金都市建設のために、その黄金を潤沢に使った。
 当時の日本は、大きく三つに別れていた。平泉を中心とする奥州は、農業ではなく、鉱業を基盤とした国家であった。坂東つまり鎌倉は、馬の放牧を中心とした牧畜国家。そして、平家の支配していた西国は貿易を中心とする海洋国家であった。

金色堂は初代清衡公によって、天治元年(一一二四年)に建立された。
 建物の内部はもちろん、安置された三十二体の仏像も黄金色に包まれている。内部装飾に使われている夜光貝は、インド洋の産であり、下地の素材である紫檀材も南洋諸島産の伽羅木であり、平泉王国が独自の海外との貿易ルートを持っていたことを示している。
市街中心に大長寿院がある。
 大長寿院は、中に三丈(約九メートル)の阿弥陀如来像を収めた巨大建造物である。
そこに収められている一切経五三〇〇余巻、金字と銀字で交互に写経した清衡経は、千人の僧が丸八年かかって完成させた。

 平泉は、そのような巨大寺院が甍を連ね、処方から集まる物産が売られている市が賑わいを見せている。
 西行を奥州藤原氏の人々が待ち構える。
 このとき、西行二六才。二代目基衡三九才、その子秀衡二三才である。
「佐藤義清殿、いや今は西行殿か。どうじゃ、北面の武士をお止めなされて」
基衡は冷やかに言った。
「そうでございますなあ、出家いたしましたのは、二三の年でございますから、もう三年立ち申した」
「都はどうじゃ、上皇殿はお元気でおわしますか」
「うるわしゅうございます」
「西行殿、法衣の衣に隠れられて、動きやすかろう」
秀衡はちらりと嫌みをいった。
「秀衡様、それはうがちすぎというもの。私は歌詠みの僧です」
西行はやや怒気を含んで答えた。秀衡の言葉が、的を得ているからである。佐藤は、歌詠みをしながら全国を渡っている。諸国の実状がよく見えてきている。いわば、京都・西国王朝の情報官であった。

 今、平泉・秀衡屋敷に西行はいる。
「西行殿、ものは相談じゃ。ゆるりと、この平泉王国見て回られい。それを見てからは相談じゃ。遠き親戚でもある西行殿だからこそじゃ。この平泉王国を見られてから決めてほしいのじゃが、我々の一族は平和を望んでおる。祖父の代より、京に対し、黄金、馬を贈っておるのは、この平泉仏教王国の平和を望んでおればこそじゃ」
 西行、少し考えて。西行は、その秀衡の言葉を噛み締めている。
「私に平泉の間者になれとおっしゃるのか」
「いやいや、そうではござらん。我々の相談相手になってほしいのじゃ」
「言い方はかわれど、一緒でございましょう」
「いやいや、西行殿。我々は夷の国である。京から見れば、異国じゃ。京から攻め滅ぼされるべき国じゃ。が、民百姓は仏教のお陰で、平和に暮らしておる。それをようご覧になってから決めてほしいのじゃ」
「いわば、同志になっていただきたいと申しておるのじゃ」
「同志ですと」
「同胞(はらから)と言ってもよいかのう」
「それほどまでに、この西行をお信じくだされるのか」

 平泉・束稲山の桜は満開だった。
 その元には平等院に瓜二つの無量光院が見えた。
「束稲山の桜、見事でございますなあ」
 西行が感嘆している。その西行に対して、にこりとして秀衡は言った。
「これも西行殿と見た、あの東山の桜でございますぞ。それにあの無量光院おわかりいただけたか」
 秀衡は、昔の京都を思い出し言った。 
「あの山は西行殿のために桜を植えましたのじゃ。我々の義の証として」
「わたしのために」
西行は後の言葉につまる。
秀衡は山一つを、京都東山を真似て、桜の山とした。
それは西行一人のためにである。
「ご感動の程わかります」。
「あれは秀衡様が宇治平等院を見て、感激されて、お造りになられたのですね」
「のう、西行殿、なぜ中尊寺というか、おわかりになるかのう」
「中尊というは、脇侍や眷属神と一見の群像の中央本尊のことでございますな」
「そうじゃ、西行殿、この平泉王国を、よく見て回られたか」
そう言われて西行は、ゆっくりと思い起こしてみた。
「あの奥羽の所寺を、すべて中尊寺の脇寺、眷属寺と見なしたならば、中央本尊にあたるのが中尊寺でございますな」
「その通りだ」
 西行はやっと理解できた。そうなのか。
「平泉王国全体が、浄土曼陀羅なのでございますね」
「我が祖父、清衡は平泉王国一万余村の村ごとに寺を建てた」
 西行の頭には、白河の関からの笠卒塔婆が次々と続いている光景が浮かんでいた。
「また、西行殿がご覧になったように、白河関から外浜までの道路、一町別の笠卒塔婆を立て、その面に金色の阿弥陀像を描いてござる」
「ま、まさしく、平泉はこの世を極楽浄土さながらに実現せしめる、浄土にございます」
「我が祖父、清衡、この金色堂の床上に納棺されておる」
「清衡様は永遠の命を…。即身成仏でございますか」
「平泉は仏教が至高の現実。最高の善なのじゃ。そういう考え方で、平泉をおさめておるのじゃ」
「お心がけ、りっぱでござります」
「うつしじゃ、西行殿。京都のうつしがここ、平泉、そして、仏教の桃源郷をここに、おわかりいただけるか」

■ 三 一一六〇年(永暦元年) 京都六波羅平清盛屋敷。

この時から二十七年後、永暦元年(一一六〇)
今年四二歳になった西行は、北面の武士当時、同僚であった平清盛を訪れている。
京都六波羅かいわいは、まるで平家の城塞都市である。親戚一同が甍を並べ、藤原氏をはじめとしての貴族を睥睨している。平家にとって武力は力であった。
 清盛と話す西行から、奥座敷に幼児と母親がかすかに見えていた。
(なにか、面白い話か、あるいは、わたしを陥れる奸計か。くえぬからのう、清盛殿は)
西行がこう考えていた折り、大きな陰が現れている。今、飛び鳥を落とす勢いの男が、仁王がごとく立っている。
「おひさしゅうござる。西行法師殿、巷の噂、ご高名聞いておる。これがあの北面の武士、当時の佐藤殿とはな」
 今四二歳同年の清盛は、若い頃、詩上手の西行に色々な恋歌を代作してもらったことを思い出して、恥じらい、頭を掻いている。
「いやいや、北面の武士と言えば、あの文覚殿も」
文覚も同じ頃、北面の武士である。
「いやはや、困ったものよのう、あの男にも」
「今は、確か」
「そうじゃ、あの性格。よせばいいものを、後白河法皇にけちをつけ、伊豆に流されておる」
文覚は、摂津渡辺党(大阪)の武士である。
「文覚は、あの若妻をなで切りにしてからは、一層、人となりが代わりよった」話を切り出してきた。背後から若い女御が、和子を清盛の腕にさしだしている。
「のう、西行殿。古き馴染みの貴公じゃから、こと相談じゃ。この幼子、どう思う」
「おお、なかなか賢そうな顔たちをしておられますなあ。清盛殿がお子か」
「いや、違う。この常盤(ときわ)の子供じゃ、名は牛若と言う」
「おう、源義朝がお子か」 
(政敵の子供ではないか。それをこのように慈しんでいるとは。清盛とは拘らぬ男よのう。それとも性格が桁外れなのか)
西行の理解を超えていることは、確かなのだ。
「そうじゃ、牛若の後世(こうせい)を、お願い願えまいか。西行殿も確か仏門に入られて顔がきこう。将来は北の仏教王国で、僧侶としての命をまっとうさせてくれまいか」
「北の…」
 西行は、少しばかり青ざめる。
「言わずともよい。貴公が奥州の藤原氏とは、浅からぬ縁あるを知らぬものはない」にやりとしながら、清盛は言う。西行は恐れた。
西行が奥州の秀衡と昵懇な関係を知れば、いくら清盛といえども黙っているはずはない。が知ってりのか。西行は冷や汗をかいている。
「……」
「それゆえ、行く行くは、平泉へお送りいただけまいか。おそらくは、藤原秀衡殿にとって、荷ではないはず」
しゃあしゃあと清盛は言う。西行の思いなど気にしていないようだ。
「清盛殿、源氏が子を、散り散りに……」
「俺も人の子よ」
相国平清盛も池禅尼(いけのぜんに)には頭があがらぬ。
死んだ孫に似ているため助けをこうたらしい。
(が、相国平清盛は、北面の武士の同僚だった折りから、食えぬ男、また何やら他の企みがあるかもしれぬが、この話、西行にとっていい話かもしれぬ。あとあと牛若は交渉材料として使えるかもしれぬ。ここは、乗せられみるか。あるいは、平泉にとっても好材料かもしれぬ。ここは清盛の話を聞いておくか)
この時が、西行と義経のえにしの始まりとなる。
平清盛はゼニの大将だった。平家の経済基盤のひとつは日宋貿易。奥州の金を輸出し、宋の銭を輸入した。宋の銭の流入は日本の新しい経済基盤をつくろうとしていた。むろん、ここには平泉第の吉次がからんでいるのはいうまでもない。無論、西行もまた。

■ 四 一一六〇年(永暦元年) 京都・鞍馬。

この時から、十五年後。永暦元年(一一六〇)
  今年五七歳になった法師が、山道を登っている。 京都・鞍馬山・僧正ヶ谷。木の根が血管のように山肌に現れている。
 激しく武者修行をする牛若の前に、法師が一人現れていた。かぶりもので牛若には顔が見えない。
「牛若殿、元気であらせられるか」
「はっ、あなた様は」
「名乗るほどの者ではない。いずれ私の正体わかりもうそう。いわば、牛若殿の未来にかけておるものだ。いかがかな、牛若殿、武術の方は上達いたしましたか」
 その問に不審な顔で牛若は答えた。
「はっ、鬼一法眼様の指導よろしきを得て、ますます励んでおります」
「そうよのう、ここ鞍馬山の坂道で鍛えられれば、体力もつきもうそう。が、牛若殿、くれぐれも自重されよ。牛若殿の身は、御身一人だけのものではないのじゃ。お気をつけられよ」
 そう言い残し、法師は去って行った。練習に励む牛若の前に、牛若の師匠、鬼一法眼が現れる。
「お師匠、見たこともない法師が、私を激励されましたが…」不思議そうな表情で述べた。 鬼一はかすかにほほ笑んで「ふふう、牛若、あちこちにお前の守護神がおるようじゃのう」
「あの方は、私の守護神ですか」
「どうやら、そのようだのう」
 牛若は、首をひねる。その姿を見て、鬼一法眼は笑っていた。
 牛若は京都までかけ降りては、自分の武術を試し、鞍馬にかけ戻っている。
「牛若殿、またそのような乱暴狼藉を働かれて…」
非難するような様子で、その若い僧は言う。その源空という名の僧は、比叡山の僧坊に属しているのだが、ある時牛若と出会い、友達となったのだった。ゆっくりとお互いの身の上を話し合った。源空は、じっとりと顔が濡れるほどに、牛若の身の上を案じてくれた。
「何と、お可哀想な身の上をだ…」
 その若者らしい激情に、牛若もまた自身の身の上話に、涙を流すのである。
「牛若殿、仏に身を任せるのじゃ。そうすれば、おのが身、仏によって救われるであろう」常に、そう言うのだった。が、牛若は仏を信じぬ。自分の体は、戦の化身だと信じている。なぜならば、父は源氏の長者だったのだ。武者の血が流れているのだ。それがこのような京都の辺境に置かれようとも、いつかはこの世に出たい。源氏の若武者として、名を馳せたい。そういう願いが、牛若の心を一杯にしている。
 若い血は、あの急勾配の鞍馬山を、毎日行き来することによってにじり立ち、若い体は強力な膂力を手に入れつつあった。そして、その若い力を、世の中へ出て試したいと、希っていた。源空は、やさしく牛若に語る。
「およしなされ、牛若殿。おのが身は平相国、平清盛殿から助けられた命ぞ。そのような恐ろしいことは、お止めなされ」
 と非難し止めるのであった。

■五 一一七八年(治承二年) 京都・鞍馬

 京都・鞍馬堂宇で鬼一法眼が、西行を待っていた。

「おお、ここじゃ、西行殿」
「おお鬼一法眼殿、息災であられるか」
「西行殿も、歌名ますます上がられる。うれしい限りじゃ。それにあの遮那王、教えがいがある。よい弟子を送り込んでくれたものじゃ」
「牛若、いや遮那王はそれほどまでに」
「そうじゃ、仏法など、とんと興味がないわ。俺が教える武法のみ。さすがは源氏の頭領、源義朝殿が和子じゃ」
「いや、やはり清盛殿の願いどおりにはならぬか」
「それでは、やはり奥州藤原秀衡殿の手にお渡しするか」
「そうじゃのう。がその前に、武術の腕どれくらいのできあがりかを確かめてみるかのう」
「よい考えじゃ。さすがは武名高い北面の武士であられた西行殿じゃ。して、相手は」
「近ごろ京で評判の、あの法師はどうじゃ」
西行は手を打って、
「弁慶か、よかろう」

五条を中心とした平の清盛六波羅政権は、一七〇の大きな屋策をほこり、五二〇〇余の家々をしたがえている。六条河原と京の葬送地鳥辺野の間を埋め尽くしている。
この北域には、山門武装の資源つまり弓矢を生産する弓矢町を抱合している。弓矢町はつまり武器工廠である。また、三〇〇名からなる「赤かむろ」なるスパイキッズ養育所も含んでいる。
この年、「太郎焼亡」なる大火事がおこっていて、西の京はまだ焼け跡が広がっている。京の人間は乱世の始まりを感じ始めていた。

その京都五条にある松原橋たもとにのっそりと、その大男の僧兵は立ち塞がっている。大男にしては、筋肉質で敏捷な動きをしている。
「お主が牛若殿か」
 月の光が鴨川の川面に映えている。牛若が押し入ろうとしていた平家の公達の家屋敷あたりからは、光とさざめきが漏れている。
庶民が住んでいる辺りは、もうすでに闇の中に沈んでいる。東山の辺りも、夜空に飲み込まれていて、遠く比叡の山からのわずかな光が、星のひとつのように霞んでいた。
「私が牛若とすれば、どうする」
 ゆっくりと、牛若は答える。
「そうなれば…」
 急に大きな弁慶が、牛若の顔を隠していた布を捲る。
「ふふっ、なかなかよい顔をしている。稚児にするにちょうどよい…」
 少しばかり、沈黙が二人の間に流れ、視線が素早く交わった。
「が、しかし、命をもらわねばならぬ」
 言うが早いか、弁慶は、背中から引き抜いた薙刀を一閃していた。普通の人間ならば、真っ二つである。が、弁慶の薙刀には、手ごたえがない。目の前にあるはずの、血まみれの体も残ってはいない。
「はて、面妖な」
「ふふっ、ここじゃ、ここじゃ」
 弁慶の後ろから声が聞こえて来る。すばやく、背後を見返すと、橋げたのうえにふわりと牛若が乗っている。まるで、重さがない鳥のように、それは乗っているのだ。
「貴様は、飛ぶ鳥か」
「ふふう、そうかも知れぬぞ」
不敵な笑みが、牛若の顔から漏れている。
「鞍馬山の鳥かもな」
 その声音は、完全に人を食っている。牛若は、自分の力を他人に見せるのが、うれしく、楽しいのだ。
「お前は、平氏のまわし者か」毅然と、牛若が言う。
「何を言う。平氏など、物の数ではない」
そう答えるが早いか、弁慶は橋を蹴って、欄干のうえに薙刀を数振りする。その刀の動きは、常人の目には捕らえられぬ。とはいえ、明かりなどない夜中である。誰もそれには気付かぬ。ただ、野犬が、恐るべき力の争いに驚き、鳴き声をあげている。
「どうした、弁慶。この私を捕まえることができぬか」にやりと笑う牛若の顔に、弁慶は、憎しみを倍加させる。
 西行と鬼一法眼は橋の影からのぞいている。
「どうじゃ、遮那王様の動き」
「よかろう。あのように成長しておられるならば、秀衡殿の手元にお送りしても、十分役にたつだろう」。
「秀衡殿もお喜びであろう」
二人は笑い会う。
「西行殿、後はお任せいたす」

「何をこしゃくな」が、弁慶の額には、うっすらと汗が浮かんでいた。
「弁慶、止めるのじゃ」
突然異形の老人が、弁慶の前に姿を現し、争いを止めようとした。強い、弁慶はこの男を見て毛穴がひゅつと閉じるの感じた。
「なぜじゃ、鬼一殿。この若造を殺せというたは、お主ではないのか」弁慶はこの老人にくってかかる。
「もうよいのじゃ。お主もこの若者の力がわかったであろう」
「そうであればこそ、なおさら許せぬ。俺の力を見せねば、気が済まぬ」
「そうじゃ、鬼一殿。止めてくださるな。この大男に負けたと言わせるまでは、私も気が済まぬ」
欄干の上にいる牛若が、答える。
「こやつ、いわしておけば」
 今度は、背中より大槌を引き抜いて、弁慶は打ってかかる。ズーンと大きな音が響き、バラバラと橋げたが川中に崩れ落ちる。
「おお、何をする。橋を壊すつもりか」
「橋が壊れるが早いか、お主が死ぬのが早いか」
 騒ぎを聞き付けた検非違使たちが六波羅の方から駆けつけてくる。
「いかぬ」弁慶はそれにきを取られる。
「ぐぅ」
思わず弁慶が叫び、気を失う。牛若の高下駄が蹴りを弁慶の天頂に加えていた。
「やれやれ」
鬼一は橋のしたに用意してあった小舟に弁慶の体を隠し、鴨川を下った。
「牛若殿、もう少しお手柔らかにのう」
「戦いの舞台を移そう」
「こわっぱ、どこに逃げる。怖じけづいたか」
息を吹き返し、苦しい息の下から弁慶が叫ぶ。
「何を言う。お主がそう暴れるから、そら平家の郎党が現れたではないか」
平家の屋敷に点々と灯が灯り、その灯が五条の橋を目がけてくる。かなりの人数のようだ。牛若が跳躍する。
「おのれ、何処へ」
弁慶は上を眺め、叫んだ。
「頭の悪い坊主。この京都で晴れ舞台と言えばわかろうが…」
声は天から響いた。
「くっ、あそこか。わ、わかったぞ。約束を違えるなよ。半刻後じゃ、よいな」
遠方で見ていた、西行と鬼一法眼はお互いに顔を見合わせていた。
「いかん、あやつら、まさか…」
「そうじゃ、あの寺じゃ」
二人は疾風となり、東山を目指している。
四人が目指すは、坂上田村麻呂公の寺、清水寺である。牛若は、弁慶の前で清水寺の舞台で、ひらりひらりと舞っている。
「ふっ、弁慶、どうじゃ。おまえもこの欄干の上で、京都の町を見てゆかぬか。よう見えるぞ。特に平家屋敷がな。おっと、お主の体では、ちと無理かのう」
「くそっ、口のへらぬこわっぱじゃ。そのようなこと、俺にもできるわ」
「弁慶、止めておけ。お主の重さ、この清水寺の舞台を沈ませるぞ」
「牛若殿、もう止めておきなされ。このお方もお疲れじゃ。お主の武勇、充分私も見せてもろうた」
いつも間にか源空も現れている。「争い事は、武士たちにお任せなされ」
源空の頭の中には、子供のころの自らの家の惨劇が埋まっている。
 源空、後の世にいう法然は、この後、京都市中で僧坊を営み、後白河法皇、九条兼実らの知遇を得ることになる。
 後に鎌倉仏教と呼ばれることになる、新しい日本仏教は、この源平争乱という武者革命と時を同じくしつつ起こった「宗教改革」だったのである。この時の源空には、まだその片鱗もない。

■六 一一七八年(安元三年) 京都・鞍馬

弁慶はわけを鬼一から話され、守り役に徹している。牛若がいう。「弁慶、ワシの味方になりたいか」
「いや、それはもう、、」弁慶の答えは微妙である。
「先刻の五条の橋で暴言をはかなったか。いや、で、ものは相談。お主が味方かどうか、こころたい。俺のゆうことを聞いてくれるかな」
「それは、もう」
「弁慶、俺は奥州へ行くにあたって、鞍馬から土産を持って行きたいのじゃ」
「若、一体、何を。いたずらはもう、いい加減になされませ」
 弁慶は牛若を若と読んでいる、この男なりの諧謔である。
「いたずらなどではない。俺が源氏の生まれで在る事を証明したいのだ。俺はのう、鞍馬に伝わる太刀を持って行こうと思うのじゃ。そうすれば、あの奥州の者共、俺の力にびっくりするぞ。いや、敬服する!」
牛若はもう心を決めている。あの埒外の地にいき、自分の存在をアピールするのはそれに限るのだ。
「まさか、若様。あれを…」
 弁慶は冷や汗を流している。
「そうじゃ。坂上田村磨呂の太刀じゃ」
 坂上田村磨呂、最初の征夷大将軍である。東北人との争いで、始めて大和朝廷の力に屈せしめた大将軍である。その太刀が、この鞍馬の秘刀として、鞍馬に保存されているのである。

 鞍馬山の火祭りの夜のことである。
「誰か、火が。火が宝殿から出ておるぞ」
 凄まじい叫び声が、鞍馬山から木霊している。漆黒の闇の中、炎が宝殿をなめ尽くそうとしていた。
「早く、早く、中の仏典、宝物を運び出せ」
 僧坊の僧たちがてんでに、宝物を持ち、宝殿から助け出そうとしている。その中に無論、牛若と弁慶も混じっている。
「若、これは泥棒ではないか」
「いや、何、火を持ってする戦法だ」
牛若の顔が笑っているように弁慶には見える。
 疾風のように、二人は京都の奥州の大使館にあたる平泉第まで駆け抜けている。その場所には猪首の巨漢が体を振るわして待っていた。
「さあて、吉次、準備は調うた。出発いたそう」
牛若が鋸やかに言う。うやうやしく吉次は答える。
「わかり申した。牛若さまの本当の旅立ちでございますな」
 吉次はこのとき三十才。若い盛りであった。
 吉次は、奥州の金を京都の平家に届けている。清盛はその金を宋にに輸出し、宋の銭を得ていた。日本の経済決済に 宋銭を利用し、経済革命を起こそうとしている、その一翼を吉次がになう。奥州と平家はこのように結び合っていた。

■七 一一七八年(治承二年)  平泉

 平泉にて、東西の軍書を読んでいる牛若はいる。その顔は真っ黒にやけ、元気そうに見える。基本的体力は、鞍馬山にて鍛えられ、この奥州の地でその体力がぐんぐんと伸びていた。また馬も、この地の馬にすぐ慣れ、新しい馬術を学んでいる。
「牛若殿、ご勉強、精が出ますな」
 奥州平泉の帝王、秀衡であった。
「これは秀衡様」
 牛若は姿勢を正し、挨拶をした。
「いやいや、そう堅苦しくせずともよい。よろしいですか、牛若様。我が郎党ども、感嘆の声をあげておりますのじゃ」
 にこやかに秀衡は言う。本当にうれしそうなのだ。
「いや、一体」
 牛若には、この秀衡が、なぜ機嫌がいいのか、わからぬのだ。
「腕がよい。教えがいがあると、申しますのじゃ。教える者は、京の軟弱な童かと考えていたようでございますよ。はは」
「これはしたり。こう見えても私は、源氏の氏長者の息子でございます。そうはずかしい仕業を見せる訳には行かぬのです」
 若い牛若は、本気で怒っているのである。彼には、大きなプライドがある。たとえ、母親が白拍子であろうと、父親は歴とした源義朝。由緒正しいのである。逆に言えば、牛若の売り所はそれしかないのである。その一点に牛若はかけていた。
「それで、元気のよい牛若様。一つ異国で学んで見る気になりませぬか」
「異国で勉学ですと。私は僧になるつもりはありませぬ」
意外な 言葉に、牛若は怪訝な顔をする。
「いや、別に僧になり、仏教を勉強していただこうという訳ではありません。我が平泉には僧は足りておりまする」
「では、何のために」
一瞬、秀衡は牛若の顔をのぞき込んでいる。
「武術でございます」
ゆっくりと秀衡は告げた。
「武術ですと」
牛若も詰まった。
「それは面白い。中国の武術、実際に見て見たかった」
「いや、牛若殿。中国、宋へ渡る訳ではないのです」
「我々、平泉王国は、近くは蝦夷、遠くは黒竜江まで、貿易をしておることはご存じでしょう」
「まさか、その黒竜江を越えて」
「さようです。丁度、便船を、津軽十三湊(とさみなと)から出す予定があるのです。従者を付けましょう」
十三湊は奥州平泉の支配下にあり、外国との貿易でにぎわっていた。
「従者、それは」
「吉次です」
「吉次。あの者が、なぜ」
「吉次は、京都、平泉第にいた隠密の一人ですが、もともとあの男は播州(ばんしゅう・兵庫県姫路)の鋳物師の息子。冶金については、一通りの技術を持っているのでございます。吉次には、かの地の新しい技術を持ってこよと」
 牛若は、少しばかり考えにひたっている。
 (この機会、かなり面白いかもしれぬ)
牛若は本で読み、体得した技を使って見たくて仕方がなかった。秀衡の部下相手の模擬戦には、少しばかり飽いて来ていたのだ。実戦を経験したかったのである。
「宋を北方から狙っている、女真族の一団があります。すでにこちらの手配は済んでおります。後は牛若様の決断次第。よろしいですか。私はあなたを実の息子のように、いや息子以上に思っております。これは何も西行殿に頼まれた訳ではない」
「わかりました。異国へ行かせていただきます」
「おお、さすがは牛若様じゃ」

■八 一一七八年(治承二年) 中国沿海州・女真族の国

「日本のこわっぱ、このようなことができるか」
義経の前を一陣の風がまった。
いや、風でなかった、人馬一体となった戦士が、的を次々に射抜ているのだ。神業であった。歓迎の印として女真族の若者が見事な射術を見せているのだ。
 平泉をでて二ヶ月の時間を経て、牛若は中国、女真族の国にたどり着いている。
彼らは裸馬に乗り、あぶみ、両手を離し、後ろ向きに弓矢を打つのである。おまけに、その矢は、すべて中心に打ち込んでいる。日本の流鏑馬の巧者でもあそこまでは打てまい。義経は感心している。また、自分を送り出した秀衡の頭のさえにも。秀衡は牛若をこの地に派遣し武術を学ばせ、牛若を平泉の武将とし西国王朝の備えにしょうとしているのだ。
「弁慶、どうじゃ、あの若者は」
 義経は傍らにいる弁慶に尋ねた。弁慶は付き従ってきた。元々弁慶は紀州熊野水軍の流れをひく。この国の水軍の武術に興味があるのだ。
「恐るべき術にございます。日本の武者では、あのような真似はできますまい。若、やはり世界はひろうございます。我々の預かり知らぬ術を持つ人間が多うこざいます」
先年まで、京都の鞍馬という山にいて、自分の存在の不遇を嘆いた漢(おとこ)が蛮地、奥州平泉にあり、そこから先、日本の毛外の地にいるのだ、新しい運命!それをあの僧形の男が与えてくれたのだ。
あの男は何故に。牛若の心に疑問が浮かんだ。この女真族の国で、牛若は戦術を学んだ。それが牛若の財産となる。

第七章 完


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