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飛鳥京香/SF小説工房(山田企画事務所)

義経黄金伝説■第八章

第八章 一一九〇年(建久元年) 河内国弘川寺 花の下にて我死なむ

■一 一一九〇年(建久元年) 河内国弘川寺

葛城の弘川寺に西行はいる。 背後には葛城山脈が河内から紀州に南北に広がり河内と奈良古京の道をふさいでいる。
庵の文机に向かい、外の風景を見ていた西行は、いにしえの友を思い起こしていた。平泉を陰都にする企ては、昨年の源頼朝の奥州成敗により、ついえていた。おもむろにつぶやく。
「我が目的も、頼朝殿の手によって潰えた。まあ、よい。義経殿、またその
和子善行殿も生きておられれば、あの沙金がきっと役に立つだろう」
西行は、崇徳上皇のため、平泉を陰都にしょうとした。また、奥州を仏教の平和郷であり、歌道「しきしま道」の表現の場所にしょうとした。それが、鎌倉殿、源頼朝の手で費えたのである。

西行はぼんやりと裏山の方、葛城山を見つめている。季は春。ゆえに桜が満開である。
「平泉の束稲山の桜も散ったか。俺の生涯という桜ものう……」
桜の花びらが散り、山全体が桃色にかすみのように包まれている。
「よい季節になったものだ」
西行はひとりごちながら、表へ出た。何かの気配にきずいた西行は、あたり
を、透かしみる。
「ふふつ、おいでか?」
と、一人ごちる。そして、枝ぶりのよい桜の枝をボきボキと折り、はなむけのように、枝を土に指し始めた。ひとわたり枝を折り、草かげに向かって、話しかけた。
「準備は調いましたぞ。そこにおられる方々、出てこられよ。私が、西行じ
ゃ。何の用かな」
音もなく、十人の聖たちが、西行の草庵の前に立ち並んでいた。
「西行殿、どうぞ、我らに、秀衡殿が黄金のありか、お教えいただきたい」
「が、聖殿、残念だが、俺らの道中、悪党どもに襲われ、黄金は、すべて奪い
去られてしもうたぞ」
「ふつ、それは聞けませぬなあ。それに、西行殿は、もう一つお宝をお持ちのはず」
「もう一つの宝と。それは」
西行の顔色が青ざめた。
「そうじゃ、秀衡殿が死の間際に書き残された書状。その中には奥州が隠し金山の在りかすべて記していよう」
「よく、おわかりだ。が、その在りかの書状のありかを、お前様がたにお教えする訳にはいかぬな」
「それは、我らはそういう訳にもいかん」
「私も、今は亡き友、奥州藤原秀衡殿との約束がござる。お身たちに、その
行方を知らす訳にはいかぬでな」
「西行、抜かせ」
聖の一人が急に切りかかって来た。
西行は、風のように避けた。唐突にその聖がどうと地面をはう。その聖の背には大きな桜の枝が1本、体を、突き抜けている。西行、修練の早業であった。
「まて、西行殿を手にかけることあいならぬ」
片腕の男が、前に出て来ている。
「さすがは、西行殿。いや、昔の北面の武士、佐藤義清殿。お見事でござる」
西行は何かにきづく。
「その声は、はて、聞き覚えがある」
西行は、その聖の顔をのぞきこむ。
「さよう、私のこの左腕も御坊のことを覚えてござる」
「ふ、お前は太郎左か。あのおり、命を落としたと思うたが…」
いささか、西行は驚いた。足利庄御矢山の事件のおりの、伊賀黒田庄にする悪党である。
「危ういところを、頼朝様の手の者に助けられたのだ。さあ、西行殿、ここ
まで言えば、我々が何用できたか、わからぬはずはありますまい」
「ふ、いずれにしても、頼朝殿は、東大寺へ黄金を差し出さねばのう。鎌倉殿の箔が付かぬという訳か。いずれは、大江広元殿が入れ知恵か」
西行はあざ笑うように言い放った。
「西行殿、そのようなことは、我らが知るところではない。はよう、黄金の場
所を教えられよ」
「次郎左よ、黄金の書状などないわ」
「何を申される。確か、我々が荷駄の後を」
「ふふう、まんまと我らが手に乗ったか。黄金は義経殿とともに、いまはかの
国に」
「義経殿とともに。では、あの風聞は誠であったか。さらばしかたがない。西
行殿、お命ちょうだいする。これは弟、次郎左への手向けでもある」
「おお、よろしかろう。この西行にとって舞台がよかろう。頃は春。桜の花び
らが、よう、舞いおるわ。のう、太郎左殿、人の命もはかないものよ。この桜の花びらのようにな」

急に春風が、葛城の山から吹きおち、荒れる。つられて桜の花片が、青い背景をうけて桃色に舞踊る。
「ぬかせ」
太郎左は、満身の力を込めて、右手で薙刀を振り下ろしていた。
が、目の前には、西行の姿がない。
「ふふ、いかに俺が七十の齢といえど、あなどるではないぞ。昔より鍛えてお
る」
恐るべき跳躍力である。飛び上がって剣先を避けたのだ。
「皆のものかかれ、西行の息の根を止めよ」
弘川寺を、恐ろしい殺戮の桜吹雪が襲った。桜の花びらには血痕が。舞い降りる。
西行庵の地の上に、揺れ落ちる桜花びらは、徐々に血に染まり、朱色と桃色がいりまじり妖艶な美しさを見せている。
「まてまて、やはり、お主たちには歯が立たぬのう」
大男が聖たちの後ろから前へ出てくる。西行は、その荒法師の顔を見る。お互いににやりと笑う。
「やはりのう、黒幕はお主、文覚殿か」
「のう、西行殿。古い馴染みだ、最後の頼みだ。儂に黄金の行方、お教えくだ
さらぬか」
西行はそれに答えず、
「文覚殿、お主は頼朝殿のために働いていよう。なぜだ」
「まずはわしが、質問に答えてくれや。さすれば」
「お前は確か後白河法皇の命を受け、頼朝様の決起を促したはず。本来ならば、後白河法皇様の闇法師のはず、それが何ゆえに」
西行は不思議に思っていた。文覚は、後白河法皇の命で頼朝の決起を促したのだ。
「俺はなあ、西行。頼朝様に惚れたのじゃ。それに東国武士の心行きにな。あ
の方々は新しき国を作ろうとなっておる。少なくとも京都の貴族共が、民より搾取する国ではないはずじゃ。逆にお主に聞く。なぜ西行よ、秀衡殿のことをそんなにまで、お主こそ、後白河法皇様のために、崇徳上皇のためにも、奥州平泉を第二の京都にするために、働いていたのではなかったのか。それに、ふん、しきしま道のためにも」
「ワシはなあ、文覚殿。奥州、東北の人々がお主と同じように好きになったの
じゃ。お主も知ってのとおり、平泉王国の方々は元々の日本人だ。京都王朝の支配の及ばぬところで、生きてきた方々。もし、京都と平泉という言わば二つの京都で、この国を支配すれば、もう少し国の人々が豊かに暮らせると思うたのだよ」
文覚は納得した。
「ふふ、貴様とおれ。いや坊主二人が、同じように惚れた男と国のために戦う
のか」
文覚はにやりと笑う。
「それも面白いではないか、文覚殿。武士はのう、おのが信じるもののために
死ぬるのだ」
西行もすがすがしく笑う。
「それでは、最後の試合、参るか」
文覚は八角棒を構えた。西行は両手を構えている。
八角棒は、かし棒のさきを鉄板で包み、表面に鉄びょうが打たれている。
「西行、宋の国の秘術か」
「そうよ、面白い戦いになるかのう」


■二 一一九〇年(建久元年) 河内弘川寺

荒法師、文覚が、次々と繰り出す八角棒を擦り抜け、文覚の体が浮いた瞬間を西行の拳がついているのだ。
文覚が八角棒で次々と颶風を起こし、西行の体を狙うが、西行は風のように擦り抜けている。回りで見ている文覚の部下たちも、二人の動きの早さに驚いている。七十才の老人同志の争いとは見えぬ。

ここ、河内葛城の山を背景に、桜吹雪の降るなかで、二匹の鬼が舞い踊っている。一瞬、その時がとまり、桜の花びらが、どうと上に吹きあげられる。
一瞬、文覚の一撃が、西行の胸に深々ととらえた。突き刺さっている。常の西行ならば、避けられないものではない。西行の体は地に付している。文覚は西行をだきおこす。
「これで、気が済まれたか、文覚殿」
西行はいきたえだえに言う。
「なぜじゃ、西行。なぜ、わざとおれにやられた」
「ふふう、お主に対する義理立てかな。ふふう」
ふと、西行のある歌が文覚の頭を掠めた。『願わくば花のしたにて春しなむ
その如月の望月のころ…』
「くそっ、西行、いやな奴じゃな、お主は。最期まで格好をつけよって、自ら
の死に自らの歌を合わせよったか」
「そうだ、我が体は、しきしま道のものならば、文覚殿、我々の時代も終わりぞ」
「清盛殿、死してすでに七年か」
文覚、西行、清盛は、同じ北面の武士の同僚であった。
「文覚殿、最後に頼みがござる」
「頼みじゃと、さては貴様、俺にその約束を守らせるために、わざと…」
「義経殿の遺子、義行殿に会うことがあれば、助けてやってくれぬか」
「義行をな、あいわかった」
文覚は顔を朱に染めている。
「ありがたい。俺はよき友を持った」
「西行よ、安んじて璋子(たまこ)様の元へ行かれよ」
「おお、文覚殿、その事覚えてくだされたか」
「しらいでか」
西行は、一瞬思い出している。
     ●
「西行殿、よく来てくだされた。この璋子の最期の願を聞いてくだされ」
「璋子様、最期とは何を気弱な事を」
待賢門院璋子(けんれいもんいんたまこ)が病床に横たわっている。この時代の人々は、この世のものならず美しい姫君を、竹取物語にちなんで「かぐや姫」と呼んだ。白河法皇にとってのかぐや姫は璋子だった。
そして西行の悲恋の対象である。
「西行殿、自分の事はよくわかります。我が入寂せし後、気がかりな事ございます。その後の事を西行殿におまかせしたいのじゃ」
「お教えくだされ」西行は、やつれぐあいに、感がきわまり声がかすれる。
「璋子様。」
「我皇子たちのことじゃ」
「、、、、」
「影でささえてくだされや。璋子の最期の願じゃ」
璋子は、西行の手をしっかりとつかんでいる。が弱弱いのが、西行にはわかる。思わず、頬をつたわるものがあった。
「わかりました。璋子様、我命つくるまで、お守りいたしましょう」
宮廷恋愛の果て、待賢門院璋子のため、西行は、二人の皇子を守ろうとした。二人の皇子とは、璋子が一九歳の折りの皇子、後の崇徳法皇と、二七歳の折の皇子、後の御白河法皇である。待賢門院璋子は、鳥羽天皇の中宮であった。この親子兄弟対立相克劇が、保元平治の乱の遠因となった。
     ●
最期に、西行は、目を開け、文覚を見た。そして、懐から、書状を出す。
「文覚殿、頼朝殿への書状じゃ。またワシの最期、奈良の重源殿に伝え下され」
西行は目を閉じた。
「く、」
文覚は膝を屈した。しばらくは動かない。やがて、面をあげすっくと
立ち上がった。
「皆、この寺を去るのじゃ」
「文覚殿、せめて仲間の死体を片付けさせてはくれぬか」
「ならぬ、鬼一らが手の者、こちらへ向かっていよう。すぐさま、ここ弘川寺
を立つのだ」
「それは、無体じゃ」
「無体じゃと。俺は今、友達を自らの手で殺し、嘆き悲しんでおる。味方だと
て、容赦はせぬ」
「文覚殿、我々を相手にされるというか」
「おお、お主らが、望むならばな」
「文覚殿、お主は頼朝殿のために働いていたのではないのか。それならば、最後に西行から黄金のありかを聞くべきだったのではないか。先刻、西行の最後の一言、その書状、何か意味があるのでは…」
文覚は、きりりと眦を聖たちの方に向ける。
「ふふう、そうじゃなあ。お主ら、義経殿が遺児のことを聞いてしまったな。やはり、ここで始末をつけねばなるまいな」
文覚は、残りの聖たちの方に、ゆっくりと八角棒を向けた。

半刻後、鬼一法眼の率いる山伏の一団、結縁衆が、弘川寺の周りに集まっていた。
「血の匂いが、いたします」
偵察の一人が言う。
「やはり、遅うございましたか」
山伏たちは、西行の草庵をあうちこち調べる。
「襲い手たちは、すべて死に耐えてこざる」
数人の体や首に、桜の枝が、ふかぶかと突き刺さっている。 桜の枝が朱に染まり生々しい。
「さすがは西行殿。殺し方も風流じゃ」
結縁衆のひとりがつぶやいた。
「せめて西行様がこと、我らの間で語り継ぎましょうぞ」
「おう、そうじゃ。それが我ら山伏の努めかもしれん」
「それが、供養でございましょう。西行様がこと、義経様がこと」
山伏たちは、草庵の後を片付け始めた。
鬼一はひとりごちた。
「さては、聖たちがしわざ、文覚殿か、重源殿か…」

建久元年(一一九〇)二月一六日、河内国弘川寺にて西行入滅。


西行の入寂後、すぐさま、東大寺の重源は、ある命令を発した。
再建中の大仏殿の裏山が、切り崩し、である。
その裏山に隠されていたものについては誰もが語っていない。
西行と東大寺の重源がどのような約束があったかは不明である。
西行が、その最期に、文覚に託した手紙の内容も不明である。
が、源頼朝はその書状を見て青ざめたとある。

かくして、西行も、その歴史の中に、そして、人々の記憶に伝説して生きる事となった。

■三 建久元年(一一九〇)三月 京都

後白河法皇の前に、歌の名人、藤原定家(ふじわらていか)が呼ばれている。
「西行の名前を残して起きたいのじゃ。」
「西行様のお名前を、そうですか。それは、麻呂も賛成でございます、で、いかかな処理をいたしましょうや」、

「よいか、お主が編纂をしておる歌集に、西行の歌を数多く入れるのじゃ 歌聖人としたい。それが、西行に対する朕のせめての償いないとなろう。 わが国の「しきしま道」の戦士としての。西行の名を高めよな」

法皇の頭の中には、色々な今までの西行に対する指令がうずまいていた。
「まあ、よい、奥州藤原に対する絆の一つが消えたが、すでに平泉が 源頼朝のものとなっては、後は、頼朝にたいする、いや、板東に武家にたいする 仕組みをどうすすかじゃ」
西行をうしなった後を、誰でうめようか。と後白河は考えている。

しかし、法皇は、弟、崇徳の霊にも対応をせねばならなかった。西行が企み、それは、平泉を陰都として、崇徳を祭り、北の都の祭りとし、頼朝に対応される事であったが、頼朝が、西行と法皇の企みすべてを打ち砕いていた。奥州平泉は先年一一八九年文治五年に頼朝の手におちている。
おう、身震いがした、
崇徳が悪霊か、 法王は遠く讃岐の方を見た。
後白河と崇徳とは、兄弟と記録されているが、崇徳は本来の兄ではないのだ。

■四 建久元年(一一九〇)三月 京都

文覚が、自分が勧進を行った京都神護寺(じんごじ)にて打ち沈んでいる。
お師匠様、いかがなされました」
夢身、今は明恵(みょうえ)と名前を改めている。
「おう夢見か、ワシはな。この手で西行をあやめてのじゃ。それがのう、頭にこびりつく。また。ワシに、あやつは、大きな仕掛けを残していくよったのじゃ。
いわば、ワシをあやつらの仲間に抱きいれるような、、」
「師匠様が、西行様のたくらみの手助けをなさる」
「そうじゃ」
文覚にとっては、めずらしく煩悶していりのだ。それゆえ、弟子の夢見、明恵の、その文覚言葉を聴いての動揺も気づいではいない。
夢見は、数ヶ月前の事を思い起こしていた。   
           ■
仏教王国、平泉陥落後のち数ヶ月後、西行が、京都神護持をおとずれていた。
「夢見どの、いや今は明恵殿とお呼びしなくてはなりませんか。文覚殿はおられるか」
「師匠様は、今留守でございますか。何かお伝えすべき事がございましたら、私にお伝え下させませ」
「あ、いや、夢見殿がおわれれば十分じゃ」
夢見は、西行を部屋に入れている。
急に、西行が、夢見に対して頭を下げていた。
「夢見殿、この後の事、お願いいたすぞ」
「え、何か、」
「この日の本のことじゃ、たくすべきは、おぬししかあるまい」
西行は、夢身を顔をしっかりと見て、断言した。
「また、大仰な、私は文覚の弟子でございます。そのような事はお師匠様に、お伝え下さい」
「あいや、夢見どのおぬしではないとな。文覚殿では無理なのじゃ」
夢見は、無言になり、顔を赤らめた。神護寺は、京都の山中にあり、ふきあげる風が寒々とする。山並みが遠く丹後半島まで続いている。遠くで獣の鳴き声が響く。

「この国は今変わろうとしておる。が、和の命も、もうつきよう」
しみじみと言った。
「この国を仏教王国にしていただきたい。神と仏が一緒になったな。わしが重源殿とはかり、東大寺の200人の僧を伊勢参拝させた。この源平の戦いの後、どれだけの血がながれていたか。夢見殿のお父上もまた戦でなくなれれていよう」
「それは、いささか、私の手には、重うございます」
「いや、鎌倉の武家の方々にナ、仏教を思い至らしていただきたいのです」
「それは、お師匠様が」
「いや、わしと文覚殿の時代も、もう、おわろうて。武士の方々を仏教に
結縁させていただきたい。そいて、この世の中すべてうまく回る仕組みを
作っていただきたい」
「仕組みとは」
「たとえば、貴族の方々は、遠く桓武帝がおつくりになった立法を守り、行っていきた。これから新しく規範が必要なのじゃ。新しい規範をつくり、武家、庶民が豊かにくさせる世の中にしていただきたい。いや、これは、西行の戯言と思っていただきたいが、源氏の後には北条殿が、この世の中を動かすであろう」
「北条様は、しかし、源氏の家臣ではございませんか。また、鎌倉には大江広元様がおられましょう」
西行は冷笑した。
「ふつ、大江殿がどこまで、お考えかわからぬぞ。果たして、世の動きを作りは
頼朝殿か、大江殿か」
西行は、ふっと考えている。この諧謔さが、師匠の文覚の気にいらぬのだ。
「よいか、夢見殿、和が話したことは、文覚のみは内緒ぞ。二人秘密になるのじゃ。北条殿を助け、その世の仕組みと基準理(ことわり)を作られるのじゃ」
「それは東大寺の重源様、栄西様のお仕事では」
「あの方々には、他のやり方がある。夢身殿には夢見殿の考え方と生き方がござろう」
西行のと明恵の会話は続いた。このことは、文覚は知らない。
        ■

■五 建久三年(一一九二)三月 京都

西行が入寂してすでに三年たっている。京都の 町の人々がうわさしている。
「北条殿は人がよい」
「あのててごは坂東の男でもよい男じゃ」
京では、そう評判が立っていた。この北条とは、政子の父、北条時政であ
る。京都の監視に来ているのである。
「田舎者じゃが、分を知っておる」といいつつも、京の公家たちは、北条を同
じ人間とは思っていなかった。一段下の人間であるが扱いやすい奴と思っていたのだ。武士は人間ではない。そういう認識が公家たちの共有意識であった。犬、猫、動物の扱いやすいもの。それが北条であった。

源氏や平家は、公家の血が混じっており、まで人間して認めていたが、北
条は関東という田舎、いや外国の土から生まれた生物であった。
「あの北条が、鎌倉を支配すれば、我々も扱いやすいかもしれんのう」
ある時、法皇は、九条兼実にこう言った。

■六 建久三年(一一九二)三月一三日 京都

後白河法皇の御殿に九条兼実が現れる。後白河法皇の最愛の愛人、高階栄子からの至急の呼び出しがあったのだ。彼女が丹後局(たんごのつぼね)である。

法皇の部屋には、病人独特のにおいが立ちこめ、香りがたかれていて、九条兼実は、むせかえりそうになった、
兼実は、すでに死のにおいをかいでいる。 病床にある後白河は、力なくやっと左手をあげ、「兼実、ちこうまいれ」と弱々しげに言った。
「ははつ、法皇様。何かおっしゃりたきことがござりますやら」
「そばに行かれよ」後宮の女帝、高階栄子が、兼実をせかす。
「朕の遺言じゃ聞いてくだされ。よいか、それぞれの貴族の家、古式ののっとり、各家々の特異技を家伝とされよ」
「それが、板東の奴輩に対抗する手でござますか」
藤原兼実も藤原氏の氏の長者になっているのだ。
「朕が遺言、よくよく聞いてくださるか兼実殿」後白河法皇が、言った。
高階栄子が、兼実をせかす。
「それそれ、兼実殿、よいか、よーくおおききいれくだされや。殿下のお言葉じゃ」。
「よいか、兼実殿。京都に残るすべての貴族方々に告げられよ。各自、その連枝を以て、家伝とされ、それを子孫についでゆかれよ。またそれを以て、朕が、皇家を護るらしめよ。その連枝(れんし)をもって我が王朝を助けよ。まもれよ」
「坂東の族どもには、それしかないとおっしゃりますか」
「幸い、西行がはり巡ぐらせし「しきしま道」は、朕らが皇家の護りとなろうぞ。和歌により、言葉にて我国土は護られようぞ。言葉の守りぞ。外つ国には、断じて我が項土ふめぬわ」
言葉によるバリアが張られていると、後白河法皇はいうのだ。
「これによりわが国は神と仏による鎮御国家となった」
「まずは藤原定家が先陣かと考えます」
法皇は、急に目をつぶり、静かになる、
「母上、兄上。いまおそばにまいらせましょう。目宮殿、萎宮殿もな」
法皇は、みずからは四つの宮(四人目の宮)であり、自分の兄弟の名前を呼んだ。
再び、兼実に繰り返す。
「家を、家を、それぞれの家を、古式由来の技で守るのじゃ。いにしえよりの我々貴族の技こそ我ら貴族を守る。朕の遺言じゃ」
「兼実殿」
「はっつ」
「お、お主とは最後まで分かり合える事はなかったな」
「、、」
「が、頼んだぞ。わが王朝と貴族の連枝を守るのじゃ。それが藤原の、、」
「よいか、兼実殿のお役目ぞ」丹後局が、かたわらで繰り返す。
法皇の様態が変化した。
「弁慶に謝ってほしいのじゃ。お、お前から伝えてくれぬか、、」
「弁慶ですか、、」
兼実は言いよどむ。熱病にとらわれているのか、法皇は、すでに弁慶がこの世の人ではないことを忘れている。四年前一一八九年文治五年四月三〇日に衣川でなくなっている。
「兼実殿、殿下のお言葉にあわせるのじゃ」
「朕は、この父は、悪人であった。お前を闇法師として使ってのう、許してくれ。お前の一生を犠牲にしてしまってのう」
法皇は、弁慶が目の前にいるようにしゃべっているのである。兼実が弁慶に見えるようだ。兼実は、法王のいうがままにしている。
弁慶は法皇の子供だった。
「朕はな、この京都を守りたかったのじゃ。あの鎌倉が武者どもに、板東の蛮人どもに政権は渡せぬぞ。血なまぐさき奴輩。京都を源頼朝や藤原秀衡に渡してなるものか」
しばらくは沈黙が続く。
「そうじゃ、西行は、西行はどこじゃ。崇徳上皇の霊が俺を呼んでおる。早く、早く、崇徳の霊を追い払ってくれ。のう、西行。そうじゃ、平泉にの霊御殿をつくる話しはいかがすすんでおる。藤原秀衡は喜んでおるか…」
兼実は、西行になったつもりで、告げた。
「西行はここにおわしますぞ。どうぞ、法皇様。経文を、経文をお唱えくだされませ」
「何、経文をか。よしわかったぞ。それに西行、もし朕が亡くなれば、よいか。あの法勝寺殿の跡に葬ってくれ。くそっ、木曾義仲め」

法勝寺殿は、現在の三十三間堂あたりにあった法皇の御殿であり、義仲の襲撃によって焼き払われていた。八角九重の塔は、八十二mの高さを誇り遠くから望見できた。それは院政と京との象徴でったが、今はそれもない。
「法皇、安んじなされませ。ほれ、経文をお読みくだされ…」
「おお、そうじゃ」
後白河は、経文を六度唱えた、静かに。院政最期の巨人は崩御された。

「法皇様…」
丹後局以下侍女たちが嘆き悲しむ。
しかし、藤原(九条)兼実は、法皇の亡きがらを前に、これで頼朝殿に征夷大将軍の位を与えることができると思った。
兼実は鎌倉殿、頼朝びいきの男であった。

建久三年(一一九二)三月一三日、後白河法皇、崩御。六十六歳であった。

西行は崇徳上皇の霊をしずめることで、後白河法皇の信任を得ていた。西行は、平泉に第二の御所をつくることと引き換えに崇徳上皇の白峰神宮をつくることを約束していたのである。

第八章 完


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