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飛鳥京香/SF小説工房(山田企画事務所)

義経黄金伝説■第九章

第九章 建久六年(一一九五)三月 奈良東大寺

■一 一一九五年(建久六年)三月 奈良東大寺

法王崩御3年後。
すでに頼朝は関白藤原(九条)兼実の手引きにより征夷大将軍の地位を得て
いた。後白河法皇御万歳(ごばんさい)三ヶ月後、一一九二年七月十二日。
征夷大将軍の位を得て、鎌倉幕府が誕生した。日本始めての武家政権である。

東大寺落慶供養は、源頼朝、政子の列席のもと、建久六年(一一九五)三月十二日に行われる事になった。
また、このときが、大姫の京都貴族へのお披露目の時である。重源をリーダーとする勧進聖たちは、立派にその役目を果たし、聖武天皇以来の大仏と大仏殿が再び人々の目の前に姿を表していた。以降、大仏様という建築様式で呼ばれることになる壮麗な南大門の中には、京都仏師に対する南都仏師運慶、快慶の仁王像が力強い時代の到来を告げることになる。
鎌倉幕府の時代、武士の時代の始まりである。

貴族の牛車引きたちが、武者たまりでしゃべっていた。
「あれが東国武士か。恐ろしげなものよな」
「我々とは、人が違う。主も思うだろう」
「そうじゃ。あの大雨の中で揺るぎもせず、目をしばたかす、武者鎧をつけて、身じろぎもせず立っておるの」
「頼朝という者を守るためにの」
「やはり、人ではない。動物に近いものだわ」
「あやつらに、荘園が取り上げられて行くのか。悲しいな。悪鬼のような、仕業じゃ」
「いや、あやつら板東武者の力を借りて、貴族は荘園を守るしか仕方があるまいて」
東大寺正門から両側の道に、ずらっと頼朝が武者が立ち並んでいる。南大門、その他の門前にも、東国武士の恐ろしげな顔をした者共が並んでいた。 折あしく、春嵐が奈良近辺を襲っていた。読経の中、空は暗雲に包まれて、若草山から、風雨が吹き荒れている。
居並ぶ京と貴族達は、これからの自分たちの行く末が、暗示されているよう
な気がしたのだ。
東大寺全体、奈良のすべてがまるで嵐の中、頼朝を長とする、源氏の軍勢に占領されているように見える。
貴族たちの牛車は、脇に寄せ集めて、その他大勢の背景であり、時代の主役の乗り物ではない。
この時、北条政子は、夫、頼朝にせっついていた。
「はよう、大姫、入内できるようお取り計らいくださいませ。あなたは、もう征夷大将軍なのでございますよ。それくらいの実力は、おありになりますでしょう」
「わかっておる。すでに九条家を使い、かなりの沙金を貴族の方々に、ばら蒔いておるのじゃ」
にえきらぬ頼朝の態度に、政子はいらついている。
(もし、頼朝殿の手づるがだめであるならば、そうじゃ、磯禅師の手づるを頼もう。あの磯禅師の方が、このような宮廷工作には長けておるはず)

供養の途中、重源は、傍らにいる栄西に語りかけていた。
「良くご覧になるがよい。あれが頼朝殿」
「では、あの小太りの田舎臭い女が、北条政子殿か」
「さようじゃ。話によると、頼朝殿は尻に敷かれているという」
「が、栄西殿は、せいぜい取り入ることじゃ。お主の茶による武者の支配をお望みならばな」
後に栄西は、尼将軍北条政子の発願により、鎌倉に寿福寺を開くことになる。
「それで、重源殿。奥州藤原氏の沙金は、いかがなされました」
重源は、栄西にもすべてを語るわけにはいかなかった。
「それよ、栄西殿。西行殿は、はっきり申されぬうちに、亡くなってしまった」
「もしや、頼朝が沙金を…。」
「うむ、頼朝殿奥州征伐のおり、かなりの砂金を手に入れたと聞く。この砂金をつかい、今の地位を得たという話じゃ」
「もしや、西行殿が義経殿の命の安全を図るために、砂金を使うという、、、」
「そうだ。その可能性はある。西行が、あの沙金を義経殿の命と引き換えにしたということは考えられるの」
西行の入寂後、なぜ、重源は、東大寺の大仏殿裏山を切り崩したのか。あるいは、あの裏山に奥州藤原氏の黄金が、と栄西は考えた。
では、頼朝よりの寄進とされる黄金は、ひよっとして、西行が運び込んだ秘密の黄金かもしれぬ。では、その黄金を、頼朝からの寄進とすることで西行が頼朝が得たものとは何か?
少し、目の前にいる、食えぬ性格の重源殿に鎌をかけてみようと、栄西は思った。
「西行殿は、なぜそのように義経殿に肩入れをなさったのか」
重源は、その栄西の質問にしばし黙り、考えているようだった。
やがて、意を決して
「よろしかろう。栄西殿ならばこそ、申そう。西行はある方から、義経殿の身の上を預けられたのじゃ」
「ある方じゃと、それは一体」
「よーく、考えてみられよ。西行殿の関係をな」
栄西はよくよく考えて、頷いている。
「そうか。相国、平清盛殿か」
が、得心した振りをして栄西は、 重源の晦渋さを再認識した。この腹の裏をもたねば、これからの京都や鎌倉を相手に、勝負ができぬわけか、、

西行がなくなり、五年がたっていた。
また、平清盛が、1181年治承5年、五十四歳でなくなり十四年の月日が流れている。

東大寺落慶供養の式次第の後、 大姫と頼朝、政子は、奈良の宿所となった興福寺大乗院の寝殿で争っていた。
「どうした、大姫。顔色がすぐれぬが」
「そうですよ。これも皆、お前を入内させんがため、父上も私も努力しているのですよ」
「私は、私は…」
大姫は、小さきか弱き声で自分を主張しようとした。
「どうしたのじゃ、思うこと言うてみなさい」
「いまでも志水冠者様を愛しているのでございます。皇家のどなたの寵愛も、受ける気はございません」
「何ということを言うのか」
「お謝りなさい、大姫」
「いやです。私は私です。私は父上や母上の、政治の道具ではないのです」
「何を言うのじゃ。俺はお前の行く末を思えばこそ」
「嘘です。父上は、私のことなど、お考えではない」
「バカモノめ」
勢いあまって、頼朝は、大姫に平手を食らす。
「まあまあ、落ち着いてくだされ。大殿様、仮にもここは晴れの席。まして大
殿様は、いまや征夷大将軍でございますぞ」
その場は落ち着かせ。政子は、鎌倉をたつ前にあることを思いついていた。
静を大姫に合わせることである。

■四 一一九五年(建久六年)三月 奈良東大寺

その夜、奈良興福寺大乗院宿泊所にいる大姫のもとを、尼姿の静が密かに訪れてきた。
「どうしたのじゃ、静。その尼の姿は、和子はどうしたのじゃ」
静は出家し、大原寂光院のそばにいおりをいとなんでいる。すべては西行の手配りであった。
「和子は、私の手元にはおりません。今でも鎌倉でございます」
静には、わざと子供の行方を聞かされてはいない。
「何、鎌倉じゃと。母上は約束を守らなかったのか」
「いえ、政子様は、こうおっしゃったのです。子供の命は助けると申した。
が、その子供をお前に預けるとは、言ってはおらぬ」
「では、和子は…」
「生きております。が、義経様に対する備えとして」
「人質として、が、義経様は亡くなったのでは」
「いえ、まだ、みちのくに生きているという噂、風の便りに聞きました。
頼朝様は、その噂が恐いのでございます」
大姫はしばらく口を噤んでいる。
「いいがなされました。大姫様」
「静、お前に会えるのも、これが最後かも知れぬ」
「何を心細いことをおおせですか。まさか…」
「その、まさかですよ。静、私にはお前のように心から強くはない。父上、母
上の顔を立てなければならぬ」
「お逃げなされ、大姫様」
「私は、もう生きる希望を失っています」
「…」
「ずっと昔、あの志水冠者殿が、父上の手にかかってからというもの、私は死
者なのです」
木曽義仲の息子であり、大姫の夫志水冠者は、頼朝の手で殺されていた。一一八四年元暦元年四月の事であり、もう十一年の歳月がすぎていた。
十一年の間、大姫はその姿を心にひきづって生きている。
「そこまで、もう長くは、私は生きていますまい。静、どうか私の来世を祈っておくれ」
「大姫様」
二人の女性は、鎌倉の昔と同じように、両手を握りあわせ、各々の運命の苛酷さを嘆きあうのであった。

「政子様、どうぞ内へ入られませ。あのお方がお待ちでございます」
磯禅師は、京都のとある屋敷へと、政子をいざなっていた。
「この方が丹後局様、皇室内のこと、すべて取り仕切られております」
無表情というよりも、顔に表情を表さぬ蝋人形のような美女が座っている。
流石の政子も思わずたじろぐ。底知れぬ京都の、連綿と続く力を背後に思わせた。
丹後局は、白拍子あがりだが、後白河法王の寵愛を受け、京と朝廷に隠然たる勢力をいまでももっている。いわば後白河法皇の遺志の後継者である。
「これは、はじめてお目見えいたします。私が北条政子、頼朝が妻にございま
す」
政子は、深々と頭を下げた。目の前にいる女に頭を下げたのではない。あく
までも京都という底力に対してだ。そう、政子は思った。
「磯禅師殿より聞いております。大姫様の入内のこと、すでに手筈は調っております」
「え、本当でござりますか」
「が、政子殿。大姫様入内の前に、こちら側よりお願いしたき儀がございま
す」
「何でございましょう。私ごときができることでございましょうか」
「無論、お出来になる。頼朝様にお力をお貸しいただきたいことがございます」丹後局は少し間を置いた。焦らしているのである。次の言葉が、政子には待ち遠しく思えた。
「それは、一体…」
思わず、政子の方から口を切っている。
「いえいえ、簡単なことでございます。征夷大将軍の妻たる平政子殿にとって
はな」
再び丹後局は黙り込む。京都の朝廷で手練手管を酷使している丹後局で
ある。丹後局は磯の禅師と同じ丹波、宮津の出身だった。交渉力においては、まだ新興勢力である北条政子の及ぶところではない。
「摂政、九条兼実殿を、罷免していただきたい」
「何をおっしゃいます、兼実殿を…」
九条兼実は、頼朝派の政治家だったのである。

政子がいない間、興福寺大乗院前の猿沢の池で、頼朝と大姫は、舟遊びを楽しもうとしていた。猿沢池の両側に興福寺、反対側に元興寺、両方の五重の塔が威厳を誇っている。
興福寺は藤原氏の氏寺。眼光時は、蘇我氏の氏寺である。奈良猿沢の池を中心に奈良平城京ができた折りの政治状態が反映されている。今また新しい新興勢力である鎌倉源氏が、この奈良故京に乗り込んで自らの政治勢力を固持している。
かがり火が、こうこうと照らされ、興福寺五重の塔が照り映えている。
この船遊びは、気鬱の大姫のために頼朝が考えたのだ。が、池の舟のうえで、
「よろしゅうございますか、父上。大姫はもう、この世の人間ではございませ
ぬ」
湖の周りには、奈良以来の雅楽が演奏されている。空気はぴんと貼りつめ、篝火の届かぬ空間のその闇は深い。

「大姫、狂うたか」
頼朝は、我が娘を別の目で見ている。篝火に照りはれる大姫の顔は尋常ではない。
「狂っているのは、父上の方です。私は、私です。お父上の持ち物ではござい
ませぬ」
「むむっ、口答えしよって」
「私は、いえ私の心は、志水冠者様が、父上によって殺された時から、死んで
おります」
大姫は舟の上から、体を乗り出している。
「いとおしき志水冠者様、いまあなたの元に、この大姫は参り増すぞ」
「大姫、何をする」
「いえ、父上。お止めくださるな。父上が静の子供を死なしたようにするので
ございます」
言い終わると、大姫の体は、波の中に飲み込まれていた。
「ああ、大姫」 頼朝のかいなは、空をつかむ。
重りをつけた大姫の体は、猿沢池底の闇に深く巻き込まれている。
頼朝の両手は届かなかった。大姫の心にとどかなかったのと同じように。

「さあ、お言いなされ、母上。何を大姫様におっしゃったのですか」
静は母親磯の禅師を非難している。
「この子は、何を急に、言い出すのじゃ。大姫様が、いかがいたした」
「母上、私は、幼き頃より、母上の身働きを存じております。それゆえ、この
度、大姫様が入水自害をされた…」
「何、大姫様が入水自害…」
禅師は驚いた表情をする。呆れ果てたように、静は告げる。
「それほど、大姫様が憎うございますか」
「何を申す。これは頼朝殿を滅ぼさんがためぞ。お前、義経殿を殺させた、頼
朝殿が憎くはないのか」
禅師は厳しい表情をし、声をあらげている。
「そ、それは、義経様を…、殺させた頼朝殿は憎うございます。が、大姫様を
なぜに殺された」
「愛姫じゃからのう。それに京と天皇家に入内せしこと防がねばなりません」
「それは、京都の方からの指令でございますか」
禅師は答えぬ。

第九章 完


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