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飛鳥京香/SF小説工房(山田企画事務所)

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全141件 (141件中 1-10件目)

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義経黄金伝説

2016.06.06
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カテゴリ:義経黄金伝説

源義経黄金伝説■第61回★

作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
Manga Agency山田企画事務所
★漫画通信教育「マンガ家になる塾」
★http://www.youtube.com/user/yamadakikaku2009 you tube「マンガ家になる塾」

■ 建久三年(1192)3月13日京都
後白河法皇の御殿に九条兼実が現れる。
後白河法皇の最愛の人、高階栄子からの至急の呼び出しがあったのだ。
彼女が丹後局(たんごのつぼね)である。

法皇の部屋には、病人独特のにおいが立ちこめ、香りがたかれていて、九条兼実は、むせかえりそうになった。
兼実は、すでに死のにおいをかいでいる。

病床にある後白河は、力なくやっと左手をあげ、「兼実、ちこうまいれ」と
弱々しげに言った。

「ははつ、法皇様。何かおっしゃりたきことがござりますやら」
「そばに行かれよ」
後宮の女帝、高階栄子が、兼実をせかす。

「朕の遺言じゃ聞いてくだされ」
「、、、、」
「よいか、それぞれの貴族の家は、古式ののっとり、各家々の特異技を家伝とされよ」

「それが、板東の奴輩に対抗する手でござますか」
藤原兼実も、すでに藤原氏の氏の長者(うじのちょうじゃ)になっているのだ。

「朕が遺言、よくよく聞いてくださるか。兼実殿」
後白河法皇が、言った。
高階栄子が、兼平をせかす。
「それそれ、兼実殿、よいか、よーくおおききいれくだされや。猊下のお言葉です」。

「よいか、兼実殿。京都に残るすべての貴族方々に告げられよ。皆々、その連枝を以て、家伝とされ、それを子孫についでゆかれよ。またそれを以て、朕が、皇家を護るらしめよ。その連枝(れんし)をもって我が王朝を助けよ。まもれよ」

「坂東の族どもには、それしかないとおっしゃりますか」

「幸い、西行がはり巡ぐらせし「しきしま道」は、朕らが皇家の護りとなろうぞ。「しきしま道」和歌により、、言葉にて、我国土は護られようぞ。言葉の守りぞ。外つ国には、 断じて我が領土は、ふめぬ、、わ」

言葉による防衛網が、張られていると、後白河法皇はいうのだ。

「これによりわが国は神と仏による鎮御国家となった」

「まずは藤原定家が先陣かと考えます」

法皇は、急に目をつぶり、静かになる、
「母君、兄君。いまおそばにまいらせましょう。目宮(めのみや)君、萎宮(なおのみや)君もな」
法皇は、4人目の宮、4つの宮であり、自分の兄弟の名前を呼んだ。
目宮は眼が見えず。萎宮は体が動かなかったのだ。

「御家を、それぞれの家を、古式由来の技で守ってくだされや。いにしえよりの我々貴族の技(わざ)こそ我ら貴族を守る。朕の遺言ぞ、、」

「兼実殿、、、」

「はっつ」
「お、お主とは、、最後まで、、分かり合える事は、、なかった、、な」
「、、」
「が、頼んだぞ。わが王朝と貴族の連枝を守るのじゃ。、、それが藤原の、、」

「よいか、藤原の兼実殿のお役目ぞ」
丹後局である高階栄子が、かたわらで繰り返す。

法皇の様態が変化した。
「弁慶に謝ってほしい。お、お前から伝えてくれぬか、、」
「弁慶どの、、ですか、、」
兼実は言いよどむ。熱病にとらわれているのか、法皇は、すでに弁慶がこの世
の人ではないことを忘れている。

4年前1189年文治5年4月30日に衣川でなくなっている。

「兼実殿、猊下のお言葉にあわせられよ」高階栄子が、叱咤する。

「朕は、この父は、悪人であった。弁慶お前を我が王朝の闇法師として使ってのう、許してくれ。お前の一生を犠牲にしてしまってのう」

法皇は、弁慶が目の前にいるようにしゃべっているのである。
兼実が弁慶に見えるようだ。兼実は、法王のいいがままにしている。

弁慶は法皇の子供だった。

「朕はな、この京都を守りたかった。あの鎌倉が武者どもに、板東の蛮人
どもに政権は渡せぬぞ。
血なまぐさき奴輩。京都を源頼朝や藤原秀衡に渡してなるものか」

しばらくは沈黙が続く。

「そうじゃ、西行は、西行はどこだ。崇徳上皇の霊が俺を呼んでおる。
早く、早く、崇徳の霊を追い払ってくれ。のう、西行。そうじゃ、平泉にの霊
御殿をつくる話は、、いかがすすんでおる。藤原秀衡は喜んでおるか…」

兼実は、西行になったつもりで、告げた。
「西行はここにおわしますぞ。どうぞ、法皇様。経文を、経文をお唱えくだされませ」
「何、経文をか。よしわかったぞ。それに西行、もし朕が亡くなれば、よい
か。あの法勝寺殿の跡に葬ってくれ。くそっ、木曾義仲め」

法勝寺殿は、現在の三十三間堂あたりにあった法皇の御殿であり、義仲の襲
撃によって焼き払われていた。

八角九重の塔は、八十二mの高さを誇り遠くから望見できた院政と京との象徴であったが、今はそれもない。

「法皇、安んじなされませ。やや、経文をお読みくだされ…」
「おお、そうだ。そうだ」
後白河は、経文を六度唱えた、そして静かに。院政最期の巨人は崩御された。

「猊下…」
丹後局以下侍女たちが嘆き悲しむ。

しかし、藤原(九条)兼実は、法皇の亡きがらを前に、考える。

これで、、頼朝殿に征夷大将軍の位を与えることができる。

兼実は鎌倉殿、頼朝びいきの男であった。

建久三年(1192)3月13日、後白河法皇、崩御。66歳であった。

その昔、西行は崇徳上皇の霊をしずめることで、後白河法皇の信任を得ていた。
西行は、平泉に第二の御所をつくることと引き換えに、崇徳上皇の白峰神宮をつくることを約束していたのである。

(続く) 作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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最終更新日  2016.06.06 13:05:16
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2016.06.04
カテゴリ:義経黄金伝説

源義経黄金伝説■第60回
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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■ 建久元年(一一九〇)三月 京都
後白河法皇の前に、歌の名人、藤原定家(ふじわらていか)が呼ばれている。
「西行の名前を残して起きたいのだ」

「西行様の、麻呂も賛成でございます、で、いかかな処理をいたしましょう
や」、

「よいか、お主が編纂をしておる歌集に、西行の歌を数多く入れるのだ。 歌
聖人としたい。それが、西行に対する朕のせめての償いないとなろう。 わが国
の「しきしま道」の戦士としての。西行の名を高めよな」

法皇の頭の中には、色々な今までの西行に対する指令がうづまいていた。
「まあ、よい、奥州藤原に対する絆の一つが消えたが、すでに平泉が 源頼朝の
ものとなっては、、後は、頼朝にたいする、いや、板東に武家にたいする 仕組
みをどうすすか」
西行をうしなった後を、誰でうめようか。と後白河は考えている。

が、法王は、弟、崇徳の霊にも対応をせねばならなかった。

西行が企み、それは、平泉を陰都として、崇徳を祭り、北の都の祭りとし、頼
朝に対応される事であったが、頼朝が、西行と法王の企みすべてを打ち砕いて
いた。奥州平泉は先年1189年文治5年に頼朝の手におちている。

おう、身震いがした、
崇徳が悪霊か、、 法王は遠く讃岐の方を見た。
後白河と崇徳とは、兄弟と記録されているが、崇徳は本来の兄ではない、、

■2 建久元年(一一九〇)三月 京都

文覚が、自分が勧進を行った京都神護寺(じんごじ)にて打ち沈んでいる。
お師匠様、いかがなされました」
夢身、今は明恵(みょうえ)と名前を改めている。

「おう夢見か、ワシはな。この手で
西行をあやめたのだ。それがのう、頭にこびりつく。また。
ワシに、あやつは、大きな仕掛けを残していくよったのだ。
いわば、ワシをあやつらの仲間に抱きいれるような、、」

「師匠様が、西行様のたくらみの手助けをなさる」
「そうだ」
文覚にとっては、めずらしく煩悶していりのだ。それゆえ、弟子の
夢見、明恵の、その文覚の言葉を聴いての動揺も気づいではいない。
夢見は、数ヶ月前の事を思い起こしていた。   

           ■
仏教王国、平泉陥落後のち数ヶ月後、西行が、京都神護持をおとづれていた。
「夢見どの、いや今は明恵殿とお呼びしなくてはなりませんか。文覚殿は
おられるか」
「師匠様は、今留守でございますか。何かお伝えすべき事がございましたら、
私にお伝え下させませ」
「あ、いや、夢見殿がおられれば十分だ」

夢見は、西行を部屋に入れている。
急に、西行が、夢見に対して頭を下げていた。
「夢見殿、この後の事、お願いいたすぞ」
「え、何か、」

「この日の本のことだ、たくすべきは、おぬししかあるまい」
西行は、夢身を顔をしっかりと見て、断言した。
「また、大仰な、私は文覚の弟子でございます。そのような事は
お師匠様に、お伝え下さい」
「あいや、夢見どのおぬしではないとな。文覚殿では無理なのだ」

夢見は、無言になり、顔を赤らめた。神護寺は、京都の山中にあり、ふき
あげる風が寒々とする。山並みが遠く丹後半島まで続いている。遠くで獣
の鳴き声が響く。

「この国は今変わろうとしておる。が、わしの命も、もうつきよう」
しみじみと言った。

「この国を仏教王国にしていただきたい。神と仏が一緒になったな。
わしが重源殿とはかり、東大寺の200人の僧を伊勢参拝させたのだ。
この源平の戦いの後、どれだけの血がながれていたか。夢見殿のお父上もまた
戦でなくなれれていよう」

「それは、いささか、私の手には、重もうございます」
「いあや、鎌倉の武家の方々にナ、仏教を思い至らしていただきたい」
「それは、お師匠様が」

「いや、わしと文覚殿の時代ももう、おわろうて。武士の方々を仏教に
結縁させていただきたい。そいて、この世の中すべてうまく回る仕組みを
作っていただきたい」

「仕組みとは」
「たとえば、貴族の方々は、遠く桓武帝がおつくりになった立法
を守り、行ってきた。これから新しく規範が必要なのだ。世の基準をつくり、武家、庶民が豊かにくさせる世の中にしていただきたい。 いや、これは、西行の戯言と思っていただきたいが、源氏の後には 北条殿が、この世の中を動かすであろう」

「北条様は、しかし、源氏の家臣ではございませんか。また、鎌倉には大江広元様がおられましょう」
西行は冷笑した。
「ふつ、大江殿がどこまで、お考えかわからぬぞ。果たして、世の動きを作りは
源頼朝の大殿か、大江殿か」
西行は、ふっと考えている。この諧謔さが、師匠の文覚の気にいらぬのだ。

「よいか、夢見殿、和が話したことは、文覚のみは内緒ぞ」
二人秘密になるのじゃ。
北条殿を助け、その世の仕組みと基準である、理(ことわり)を作られるのじゃ
「それは東大寺の重源様、栄西様のお仕事では、、」

「あの東大寺の方々には、他のやり方がある。夢身殿には夢見殿の考え方と生き方が ござろうて」
西行のと明恵の会話は続いた。このことは、文覚は知らない。

■ 続く
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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最終更新日  2016.06.04 20:29:25
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2016.06.02
カテゴリ:義経黄金伝説

源義経黄金伝説■第58回
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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■ 1190年(建久元年) 河内国葛城弘川寺
葛城の弘川寺に西行はいる。 背後には葛城山脈が河内から紀州に南北に広がり
河内と奈良古京の道をふさいでいる。

庵の文机に向かい、外の風景を見ていた西行は、いにしえの友を思い起こして
いた。平泉を陰都にする企ては、昨年の源頼朝の「奥州成敗」により、ついえて
いた。おもむろにつぶやく。

「我が目的も、源頼朝殿の手によって潰えたわ。まあ、よい。源義経殿、またその和子、源善行殿も生きておられれば、あの沙金がきっと役に立つだろう」
西行は、崇徳上皇のため、平泉を陰都にしょうとした。また、奥州を仏教の平
和郷であり、歌道「しきしま道」の表現の場所にしょうとした。それが、鎌倉殿、源頼朝の手で費えたのである。

西行はぼんやりと裏山の方、葛城山を見つめている。季は春。ゆえに桜が満
開である。

「平泉の束稲山の桜も散ったか。俺の生涯という桜ものう……」
桜の花びらが散り、山全体が桃色にかすみのように包まれている。
「よい季節になったものだ」

西行はひとりごちながら、表へ出た。
何かの気配にきずいた西行は、あたりをすかしみる。

「ふふつ、おいでか?」と一人ごちる。 そして、枝ぶりのよい
桜の枝をボきボキと折り、はなむけのように、枝を土に指し始めた。ひとわた
り枝を折り、草かげの方に向かって、話しかけた。

「準備は調いましたぞ。そこにおられる方々、出てこられよ。私が、西行だ。何の用かな」

音もなく、十人の聖たちが、草庵の前に立ち並んでいた。
「西行殿、どうぞ、我らに、秀衡殿が黄金のありか、お教えいただきたい」
「が、聖殿、残念だが俺らの道中、悪党どもに襲われ、黄金は、すべて奪い
去られてしもうた」
「ふつ、それは聞けませぬなあ。それに西行殿は、もう一つお宝をお持ちのは
ず」

「もう一つの宝とな。それは」西行の顔色が青ざめた。
「そうじゃな、秀衡殿が死の間際に書き残された書状。その中には奥州が隠し
金山の在りかすべて記していよう」

「よく、おわかりだな。が、その在りかの書状のありかを、お前様がたにお
教えする訳にはいかぬよ」
「だが、我らはそういう訳にもいかん」
「私も、今は亡き友、奥州藤原秀衡殿との約束がござる。お身たちに、その
行方を知らす訳にはいかぬでな」

「西行、抜かせ」
聖の一人が急に切りかかって来た。

西行は、風のように避けた。唐突にその聖がどうと地面をはう。その聖の背に
は大きな桜の枝が1本、体を、突き抜けている。西行、修練の早業であった。
「まて、西行殿を手にかけることあいならぬ」片腕の男が、前に出て来てい
る。
「さすがは、西行殿。いや、昔の北面の武士、佐藤義清殿。お見事でござる」
西行は何かにきづく。
「その声は、はて、聞き覚えがある」 西行は、その聖の顔をのぞきこむ。
「さよう、私のこの左腕も御坊のことを覚えてござる」
「ふ、お前は太郎左か。あのおり、命を落としたと思うたが…」

いささか、西行は驚いた。足利の庄御矢山の事件のおりの、伊賀黒田庄悪
党の男である
「危ういところを、頼朝様の手の者に助けられたのじゃ。さあ、西行殿、ここ
まで言えば、我々が何用できたか、わからぬはずはありますまい」
「ふ、いずれにしても、頼朝殿は、東大寺へ黄金を差し出さねばのう。征夷大
将軍の箔が付かぬという訳か。いずれ、大江広元殿が入れ知恵か」
西行はあざ笑うように言い放った。

「西行殿、そのようなことは、我らが知るところではない。はよう、黄金の場
所を」
「次郎左よ、黄金の書状などないわ」
「何を申される。確か、我々が荷駄の後を」
「ふふう、まんまと我らが手に乗ったか。黄金は義経殿とともに、いまはかの
国にな」

「義経殿とともに。では、あの風聞は誠であったか。さらばしかたがない。西
行殿、お命ちょうだいする。これは弟、次郎左への手向けでもある」
「おお、よろしかろう。この西行にとって舞台がよかろう。頃は春。桜の花び
ら、よう舞いおるわ。のう、太郎左殿、人の命もはかないものよ。この桜の花
びらのようにな」

急に春風が、葛城の山から吹きおち、荒れる。
つられて桜の花片が、青い背景をうけて桃色に舞踊る。

「ぬかせ」 太郎左は、満身の力を込めて、右手で薙刀を振り下ろしていた。
が、目の前には、西行の姿がない。
「ふふ、いかに俺が七十の齢といえど、あなどるではないぞ。昔より鍛えてお
る」
恐るべき跳躍力である。飛び上がって剣先を避けたのだ。
「皆のものかかれ、西行の息の根を止めよ」

弘川寺を、恐ろしい殺戮の桜吹雪が襲った。
桜の花びらには血痕が。舞い降りる。

西行庵の地の上に、揺れ落ちる桜花びらは、徐々に血に染まり、朱色と桃色
がいりまじり妖艶な美しさを見せている。
「まてまて、やはり、お主たちには歯が立たぬのう」
大男が聖たちの後ろから前へ出てくる。西行は、その荒法師の顔を見る。お
互いににやりと笑う。

「やはりのう、黒幕はお主、文覚殿か」
「のう、西行殿。古い馴染みだ、最後の頼みだ。儂に黄金の行方、お教えくだ
さらぬか」
西行はそれに答えず、

「文覚殿、お主は頼朝殿のために働いていよう。なぜだ」
「まずはわしが、質問に答えてくれや。さすれば」
「お前は確か後白河法皇の命を受け、頼朝様の決起を促したはず。本来なら
ば、後白河法皇様の闇法師のはず、それが何ゆえに」
西行は不思議に思っていた。
文覚は、後白河法皇の命で頼朝の決起を促したのだ。

「俺はなあ、西行。頼朝様に惚れたのだ。それに東国武士の心行きにな。あ
の方々は新しき国を作ろうとなっておる。少なくとも京都の貴族共が、民より
搾取する国ではないはずだ。逆にお主に聞く。なぜ西行よ、秀衡殿のことを
そんなにまで、お主こそ、後白河法皇様のために、崇徳上皇のためにも、奥州
平泉を第二の京都にするために、働いていたのではなかったのか。それに、ふ
ん、しきしま道のためにも、、」

「ワシはなあ、文覚殿。奥州、東北の人々がお主と同じように好きになったの
だ。お主も知ってのとおり、平泉王国の方々は元々の日本人だ。京都王朝
の支配の及ばぬところで、生きてきた方々。もし、京都と平泉という言わ
ば二つの京都で、この国を支配すれば、もう少し国の人々が豊かに暮らせると
思うたのだよ」
文覚は納得した。

「ふふ、貴様とおれ。いや坊主二人が、同じように惚れた男と国のために戦う
のか」
文覚はにやりと笑う。

「それも面白いではないか、文覚殿。武士はのう、おのが信じるもののために
死ぬるのだ」
西行もすがすがしく笑う。
「それでは、最後の試合、参るか」文覚は八角棒を構えた。西行は両手を構え
ている。
八角棒は、かし棒のさきを鉄板で包み、表面に鉄びょうが打たれている。
「西行、宋の国の秘術か」

「そうよ、面白い戦いになるかのう」
(続く)
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所作 
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最終更新日  2016.06.02 20:08:49
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2016.02.18
カテゴリ:義経黄金伝説


源義経黄金伝説■第1回
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所


京都市上京区今出川通り飛鳥井に京都市上京区に白峯神宮はある。
祭神は崇徳上皇(すとくじょうこう)。日本の大魔王といわれている。

幼き帝の手を外祖父、中山忠能がかしづき、新しく出来た神社に詣でている。
「さあ。御君(おんきみ)、ご先祖帝さまにお願い申し上げてくだされ。
これからの、御帝さまを中心とされる新しき政府に、崇徳様の怨霊がたたらぬ
よ うに、あたらしき政治をお守りくだるようにお願いつかまつれ。
代々、我が家、藤原本家に伝わりし、西行法師(さいぎょうほうし)殿との
約束をお伝え下さいませ」

幼き帝は、手を合わせ、御願いを、なされた。

「崇徳上皇殿下、お許しくだされ。我が王朝が武士から世辞を取り戻すに700年
かかってしまいました。今にいたり、源頼朝、大江広元の子孫たる二家、薩摩島津。長州毛利両家をもって、武士どもの町、江戸と政庁江戸幕府を倒し、武士どもを根こそぎ退治いたします。この長き屈折したりし日々をお許しくだされ。

そして、陰都(かげみやこ)でございます。平泉王国は、いにしえに滅びました、それゆえ、
代わ りに江戸を陰都といたします。平将門を祭る神田明神を持って、陰都の
守神といた します。
が、本来は、崇徳上皇様が祭神でございます。どうぞ、我が王朝が、江戸城をもっ て新しき王朝の皇居といたす事をおゆるしくだされ」

御年十六歳の帝は、深く頭をさげた。白峰稜前にある白峰寺木像(白峰大権現)が 讃岐(さぬきー香川県)から運ばれて来ていた。先帝孝明帝が望み、できなかった事をなしとがている 。

「今、奥州東北の各藩が、列藩同盟とか申し、昔の蝦夷どものように反乱を
起こそうとしております。我が王朝の若い貴族を持って先頭に立ち、荒恵比寿
どもをたいらげます」

幼き帝は、再び深々と、頭を垂れた。

崇徳上皇は、保元の乱(ほうげんのらん)の首謀者の一人である、後白河に
敗れ、讃岐に流され、そのちでなくなり、白峰山(しらみねさん)に葬られた。
讃岐は京都の南西の方角、つまり裏鬼門(うらきもん)であり、平泉は、京都から見て鬼門
にあたる丑寅の方角である。

空から、崇徳上皇の独白が落ちてきて響き渡る。

「西行法師よ、長くかかったのう。いつまで朕をまたせたことやら。
がしかし、その陰都もいつまでも、安穏とするかや。
所詮は、東の幕府、所詮は、荒夷どもが街じゃ。

朕が情念は、いつしか吹くだすやもしれぬぞ。
見ておれ」

この日、元号が明治と改元された。

(続)2016版改稿

ジャンル:
小説






最終更新日  2016.02.18 10:10:06
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2011.08.25
カテゴリ:義経黄金伝説

「長久手歴史トラベラーズ (長トラ)」登場JEDIS運営会議に!






最終更新日  2011.08.26 01:51:28
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2011.04.28
カテゴリ:義経黄金伝説
源義経黄金伝説■2009-第71回
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
●山田企画事務所 ナレッジサーブ「マンガ家になる塾」
山田企画事務所のビジネスブログ 「マンガ家になる塾」の添削

第8章 1190年(建久元年) 河内国弘川寺
花の下にて我死なむ

■1 1190年(建久元年) 河内国葛城弘川寺

葛城の弘川寺に西行はいる。 背後には葛城山脈が河内から紀州に南北に広がり
河内と奈良古京の道をふさいでいる。

庵の文机に向かい、外の風景を見ていた西行は、いにしえの友を思い起こして
いた。平泉を陰都にする企ては、昨年の源頼朝の「奥州成敗」により、ついえて
いた。おもむろにつぶやく。

「我が目的も、源頼朝殿の手によって潰えたわ。まあ、よい。源義経殿、またその和子、源善行殿も生きておられれば、あの沙金がきっと役に立つだろう」
西行は、崇徳上皇のため、平泉を陰都にしょうとした。また、奥州を仏教の平
和郷であり、歌道「しきしま道」の表現の場所にしょうとした。それが、鎌倉殿、源頼朝の手で費えたのである。

西行はぼんやりと裏山の方、葛城山を見つめている。季は春。ゆえに桜が満
開である。

「平泉の束稲山の桜も散ったか。俺の生涯という桜ものう……」
桜の花びらが散り、山全体が桃色にかすみのように包まれている。
「よい季節になったものじゃ」

西行はひとりごちながら、表へ出た。
何かの気配にきずいた西行は、あたりをすかしみる。

「ふふつ、おいでか?」と一人ごちる。 そして、枝ぶりのよい
桜の枝をボきボキと折り、はなむけのように、枝を土に指し始めた。ひとわた
り枝を折り、草かげの方に向かって、話しかけた。

「準備は調いましたぞ。そこにおられる方々、出てこられよ。私が、西行じ
ゃ。何の用かな」

音もなく、十人の聖たちが、草庵の前に立ち並んでいた。
「西行殿、どうぞ、我らに、秀衡殿が黄金のありか、お教えいただきたい」
「が、聖殿、残念じゃが俺らの道中、悪党どもに襲われ、黄金は、すべて奪い
去られてしもうた」
「ふつ、それは聞けませぬなあ。それに西行殿は、もう一つお宝をお持ちのは
ず」

「もう一つの宝とな。それは」西行の顔色が青ざめた。
「そうじゃな、秀衡殿が死の間際に書き残された書状。その中には奥州が隠し
金山の在りかすべて記していよう」

「よく、おわかりじゃな。が、その在りかの書状のありかを、お前様がたにお
教えする訳にはいかぬよ」
「じゃが、我らはそういう訳にもいかん」
「私も、今は亡き友、奥州藤原秀衡殿との約束がござる。お身たちに、その
行方を知らす訳にはいかぬでな」

「西行、抜かせ」
聖の一人が急に切りかかって来た。

西行は、風のように避けた。唐突にその聖がどうと地面をはう。その聖の背に
は大きな桜の枝が1本、体を、突き抜けている。西行、修練の早業であった。
「まて、西行殿を手にかけることあいならぬ」片腕の男が、前に出て来てい
る。
「さすがは、西行殿。いや、昔の北面の武士、佐藤義清殿。お見事でござる」
西行は何かにきづく。
「その声は、はて、聞き覚えがある」 西行は、その聖の顔をのぞきこむ。
「さよう、私のこの左腕も御坊のことを覚えてござる」
「ふ、お前は太郎左か。あのおり、命を落としたと思うたが…」

いささか、西行は驚いた。足利の庄御矢山の事件のおりの、伊賀黒田庄悪
党の男である
「危ういところを、頼朝様の手の者に助けられたのじゃ。さあ、西行殿、ここ
まで言えば、我々が何用できたか、わからぬはずはありますまい」
「ふ、いずれにしても、頼朝殿は、東大寺へ黄金を差し出さねばのう。征夷大
将軍の箔が付かぬという訳か。いずれ、大江広元殿が入れ知恵か」
西行はあざ笑うように言い放った。

「西行殿、そのようなことは、我らが知るところではない。はよう、黄金の場
所を」
「次郎左よ、黄金の書状などないわ」
「何を申される。確か、我々が荷駄の後を」
「ふふう、まんまと我らが手に乗ったか。黄金は義経殿とともに、いまはかの
国にな」

「義経殿とともに。では、あの風聞は誠であったか。さらばしかたがない。西
行殿、お命ちょうだいする。これは弟、次郎左への手向けでもある」
「おお、よろしかろう。この西行にとって舞台がよかろう。頃は春。桜の花び
ら、よう舞いおるわ。のう、太郎左殿、人の命もはかないものよ。この桜の花
びらのようにな」

急に春風が、葛城の山から吹きおち、荒れる。
つられて桜の花片が、青い背景をうけて桃色に舞踊る。

「ぬかせ」 太郎左は、満身の力を込めて、右手で薙刀を振り下ろしていた。
が、目の前には、西行の姿がない。
「ふふ、いかに俺が七十の齢といえど、あなどるではないぞ。昔より鍛えてお
る」
恐るべき跳躍力である。飛び上がって剣先を避けたのだ。
「皆のものかかれ、西行の息の根を止めよ」

弘川寺を、恐ろしい殺戮の桜吹雪が襲った。
桜の花びらには血痕が。舞い降りる。

西行庵の地の上に、揺れ落ちる桜花びらは、徐々に血に染まり、朱色と桃色
がいりまじり妖艶な美しさを見せている。
「まてまて、やはり、お主たちには歯が立たぬのう」
大男が聖たちの後ろから前へ出てくる。西行は、その荒法師の顔を見る。お
互いににやりと笑う。

「やはりのう、黒幕はお主、文覚殿か」
「のう、西行殿。古い馴染みだ、最後の頼みだ。儂に黄金の行方、お教えくだ
さらぬか」
西行はそれに答えず、

「文覚殿、お主は頼朝殿のために働いていよう。なぜだ」
「まずはわしが、質問に答えてくれや。さすれば」
「お前は確か後白河法皇の命を受け、頼朝様の決起を促したはず。本来なら
ば、後白河法皇様の闇法師のはず、それが何ゆえに」
西行は不思議に思っていた。
文覚は、後白河法皇の命で頼朝の決起を促したのだ。

「俺はなあ、西行。頼朝様に惚れたのじゃ。それに東国武士の心行きにな。あ
の方々は新しき国を作ろうとなっておる。少なくとも京都の貴族共が、民より
搾取する国ではないはずじゃ。逆にお主に聞く。なぜ西行よ、秀衡殿のことを
そんなにまで、お主こそ、後白河法皇様のために、崇徳上皇のためにも、奥州
平泉を第二の京都にするために、働いていたのではなかったのか。それに、ふ
ん、しきしま道のためにも、、」

「ワシはなあ、文覚殿。奥州、東北の人々がお主と同じように好きになったの
じゃ。お主も知ってのとおり、平泉王国の方々は元々の日本人じゃ。京都王朝
の支配の及ばぬところで、生きてきた方々じゃ。もし、京都と平泉という言わ
ば二つの京都で、この国を支配すれば、もう少し国の人々が豊かに暮らせると
思うたのだよ」
文覚は納得した。

「ふふ、貴様とおれ。いや坊主二人が、同じように惚れた男と国のために戦う
のか」
文覚はにやりと笑う。

「それも面白いではないか、文覚殿。武士はのう、おのが信じるもののために
死ぬるのだ」
西行もすがすがしく笑う。
「それでは、最後の試合、参るか」文覚は八角棒を構えた。西行は両手を構え
ている。
八角棒は、かし棒のさきを鉄板で包み、表面に鉄びょうが打たれている。
「西行、宋の国の秘術か」

「そうよ、面白い戦いになるかのう」
(続く)
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最終更新日  2011.04.28 18:54:26
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2008.12.31
カテゴリ:義経黄金伝説
義経黄金伝説■プロローグ (全60回)
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11月1日の日記第1回から、第30回の11月30日の日記まで下の方にあります。ご覧下さい。

■義経黄金伝説■プロローグ  

●1180年(治承4年)四国白峰。

老僧が荒れ果てた神社の鳥居の前に佇んでいる。鳥居から見える四国瀬戸の荒
海はひゅひゅうと音を立てて荒れすさんでいる。

「ようやく参りましたぞ、崇徳上皇様、しかし、この荒れよう、いかにかなら
ぬものか。上皇様、上皇様、どうかお姿をお見せくださいませ。西行が、佐藤
義清が参りましたぞ」
西行は大声で叫んでいる。ここは四国の山中である。が、社殿は静まり返って
いる。その静けさが、何とも恐ろしい。

「いかがなされました。何かご不満がおありになられるのか」

「ふ……」
どこからともなく、うめき声が、あたりの静寂を破る。
突然、風が強くなってくる。空が急激に曇り始め、やがてポツリと西行の頬を
雨脚が濡らした。

「遅いわ、西行よ。朕を、何年待たせるのじゃ。さような奴輩が多いがゆえ、
京都に災いの種を、いろいろ蒔いてやったわ。四つの宮、後白河もいやいや腰
をあげたであろう。俺が恐ろしいはずじゃ。う、悔しや。もっとあや
つ、、、、後白河を苦しめてやるぞ」
その声は恨みに満ち満ちている。

「上皇様、お待ちくだされい。民には、何の咎もございませぬ。どうか、他の
人々に災いを与えるのはお止めくだされい」
「ふふう、何を言う。日本の民が苦しめば、あやつも苦しむ。もっともっと苦
しめばよい。俺の恨みはいかでも晴れぬは」
「お聞きください、上皇様。では上皇様のための都を新たに作るという策は、
いかがでございますか」

声が急に途切れる。
「何、西行よ、お前、何かたくらんでおるのか。いやいや、お主は策士じゃ。
何かよからぬことをたくらんでいるに違いない」

意を決して、西行が顔をあげた。
「上皇様、奥州でございます」
「何、あの国奥州に」
「そうでございます。この国の第二の都を。それならば中国にも前例がござい
ましょう」
「何、平泉を、第二の京に。そして朕を祭ると、、そういうことか、西行」
「さようでございます」
西行は、顔を紅潮させていた。

「西行、たばかるでないぞ。わかったぞ。朕は、少しばかり様子をみる事とし
ょう。がしかし、再度謀れば、未来永劫、朕はこの国に、祟るぞ」
風雨は、急に止み、天に太陽が姿を現す。汗がしたたり落ちている西行の顔
は、まぶたが閉ざされている。体が瘧のようにぶるぶると震えている。腰は、
地に落ちている。

「これでよろしゅうございますか、兄君、崇徳上皇様に告げましたぞ。後白河様。
はてさて、恐ろしい約束事を…。この私が平泉を第二の京にしなければなりま
せぬなあ…」

ひとりごちている西行は、心中穏やかではない。
西行は四国白峰にある崇徳上皇の塚にいる。
崇徳上皇は保元の乱で破れ、弟、後白河上皇に流されたのだ。
(続く)
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最終更新日  2009.01.01 01:23:38
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2008.12.30
カテゴリ:義経黄金伝説
義経黄金伝説■第60回■最終回 
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■ 終章
 
 正治元年(一一九九)、源頼朝、落馬の怪我がもとで死亡と、鎌倉幕府正史
「吾妻鏡」には記されている。
 印地打ちの石には、鉱山で使われる丹毒が、塗られていて、ゆっくりとした
死を頼朝に与えたらしい。
 頼朝の死は平家滅亡より、十四年後である。

義経の存在が、日本の統一を可能にした。
頼朝は、義経のおかげで、追捕師として、日本全国に守護地頭を置くことを可能と

した。これが律法の世、貴族の世である日本を、革命においこんだ。
黄金大仏の再建は、平安黄金国家の終わりを意味し、新しい征夷大将軍が続いて
いく。

西行法師は文覚に、黄金のありかをつげ、
さでに先に運び込んだ黄金を頼朝の名前で、勧進を行った。その代わりに
義経をこれ以上追いかける事を約束させたといわれている。

 西行の残りの黄金は、結縁衆、山伏たちによって、蝦夷・恵庭岳の山林中に隠
されてるという伝説が存在する。
宝物を埋めた目印として、笹竜胆の家紋が浮き出る、義経石が配されている。
笹竜胆は、西行えにしの藤原北家の家紋である。
 当時、満州、東蒙古、華北地方を領有していた、女真族の国は金である。
 義行も、母静ともともに吉次の手づるにより、金に渡っていると伝えられた。
 義経は、その子、義行とともに、金朝に仕え、功績は抜群で、父子相次いで
範車大将軍に任じられたと「金史別伝」にある。

文覚は生き残り、鎌倉幕府により再び佐渡に配流された。1199年3月の事
である。

夢見、こと明恵は文覚の跡目となり、京都神護寺の事跡をつぐ。この後、承久の変の後
北条泰時が、明恵に深く帰依し、「御成敗式目」という法律をつくる。この中に
明恵のあるがごとくの思想は反映され、民間の知恵(あるがまま)を、条例化する
手助けをした。式目は明治時代まで日本人のこころのよりどころとなる。
40年間書き綴られた「夢記」が今に残る。

東大寺勧進職は、栄西に受け継がれる。法然は鎌倉仏教を立ち上げていく。
鬼一法眼は伝説の人物となった。
紀州田仲庄は後、源頼朝の預所となり、高野山との土地争いは解決された。
藤原定家編纂の歌集「新古今和歌集」には西行の歌が94首が治められ、
入選歌集筆頭である。
歌の聖人、西行上人の名は日本の歴史に深く刻まれている。

■明治元年(1868年) 白峯神社(京都)

京都市上京区今出川通り飛鳥井に京都市上京区に白峯神宮はある。
祭神は崇徳上皇。日本の大魔王といわれている。

幼き明治帝の手を外祖父、中山忠能がかしづき、新しく出来た神社に詣でている。
「さあ。御君、ご先祖帝さまにお願い申し上げてくだされ。
これからの、御帝さまを中心とされる新しき政府に、崇徳様の怨霊がたたらぬよ
うに、あたらしき政治をお守りくだるようにお願いつかまつれ。
代々、我が家、藤原本家に伝わりし、西行法師殿との約束を使え下させ」

幼き帝は、手を合わせ、御願いを、なされた。

「崇徳上皇様、お許しくだされ。我が王朝が武士から世辞を取り戻すに700年
かかってしまいました。今にいたり、大江広元が縁の2家、島津。毛利両家をもっ
て、武士どもの町、江戸と政庁江戸幕府を倒し、武士どもを根こそぎ退治いたしま
す。この長き屈折したりし日々をお許しくだされ。

そして、陰都でございます。平泉王国は、いにしえに滅びました、それゆえ、代わ
りに江戸を陰都といたします。平将門を祭る神田明神を持って、陰都の守神といた
します。
が、本来は、崇徳上皇様が祭神でございます。どうぞ、我が王朝が、江戸城をもっ
て皇居といたす事をおゆるしくだされ」

御年十六歳の帝は、深く頭をさげた。白峰稜前にある白峰寺木像(白峰大権現)が
讃岐から運ばれて来ていた。先帝孝明帝が望み、できなかった事をなしとがている 。

「今、奥州東北の各藩が、列藩同盟とか申し、昔の蝦夷どものように反乱を起こそ
うとしております。我が王朝の若い貴族を持って先頭に立ち、荒恵比寿どもをたい
らべます」

帝は、再び深々と、頭を垂れた。

崇徳上皇は、保元の乱の首謀者の一人である、後白河に敗れ、讃岐に流され、
そのちでなくなり、白峰山に葬られた。
讃岐は京都の南西の方角、つまり裏鬼門であり、平泉は、京都から見て鬼門
にあたる丑寅の方角である。

空から、独白が落ちてきて響き渡る。

「西行法師よ、長くかかったのう。いつまで朕をまたせたことやら。
がしかし、その陰都もいつまでも、安穏とするかや。
所詮は、東京幕府、
所詮は、荒夷ども街じゃ。
朕が情念は、いつしか吹くだすやもしれぬ。
見ておれ」

(完結)20050215版改稿原稿
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2008.12.29
カテゴリ:義経黄金伝説
義経黄金伝説■第59回
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第9章 1198年(建久9年) 鎌倉

■81199年(建久10年)京都藤原兼実邸

藤原兼実は考えていた。

我々の家の先祖が、古き名前では中臣の家が、百済から、この国に流れてき
て、他の豪族や百済、新羅の貴族とも戦い、この国で一をしめ、仏教とこの国
の宗教とも戦い、我々、藤原の貴族がこの国の根幹を押さえていきた。藤原の
都を作り、壬申の乱を生き残り。この国を寄生樹のように支配してきたのだ。

ここは、我々、藤原氏の国だ。おそらく、この世界のどこよりも我々の支配体制
が優れていよう。天皇家ですらその意味合いがわかるまい。それなのに、後か
ら来て板東に移住しいてきた者どもが、武闘を繰り返し、地位を締めは
じめ。天皇家の血を入れた人物を立ててしまいた。氏の長としては、何らかの
生き延びる方策をこうじねばならない。「鎌倉」は何かかの方策を討たねばな
るまい。源頼朝が、鎌倉源氏が麻呂を裏切ろうと。京都の底知れぬ企みの怖さ
をしれぬ武者ともを、手に入れよう。
法然殿、重源殿、栄西殿とも話あわねばなるまい。
むろん、麻呂の弟、慈円も。
そうじゃ。慈円なら我々藤原の名跡をたたえ我々の役割を言葉として残してく
れよう。
この京都の比叡山から、次々と宗教という矢を打ち込み、鎌倉武士ともの
心をうちつらぬこうぞ。

いままでの後白河法皇という重石が、麻呂の頭からさっても、、

いや、なつかしい思いがつのる。いきておわした間はにくらしげで
あったが、今は、法皇様がうたれた、打ち手の見事さが、麻呂の身にしみる。

さいわい、西行が打ち立ててくれた「しきしま道」が日本全土を多い、我々の
守りとなろう。和歌により言霊による日本全土の守り。その和歌の言葉が悪霊
から我々を守りってくだるだろう。
和歌により神と仏を日本各地でたたえる。
それも歌枕によりわれわれ貴族や僧侶が、恐るべきは崇徳上皇様のたたりのみ。
西行ですら失敗してしまいいた。永く後生我々のおそれとなろう。
兼実は、藤原氏の氏の長者(うじのちょうじゃ)として、藤原氏のしての鎌倉
攻撃かための決意をしている。

■4 1199年(建久10年)京都

京都。神護寺の境内。鎌倉から生き延びて京都に帰っている僧がいる。文覚は
涙を流しながら、二mはある巨木の切れ端に向かっている。
その力技は普通ではない。刃の聖そのものである。その姿勢の恐ろしさが、
「天下落居」の今となっては時代遅れの歓をいなめまい。

額に汗し、顔を赤らめ、ひたすら巨木に打ち込み刃を振るう文覚は、人間では
ないような感じさえ思わせるのだ。赤銅色のその力強い腕からは、ある人物の
姿がだんだんとこの木片から浮かびびあがったくる。

夢見、今は明恵(みょうえ)と呼ばれる弟子が文覚にたづねる。
「お師匠様、それはもしや、」
「いうまでもない。西行の像じゃ。」
「でも、お師匠様、この世ではお話が通じなかったのではございませんか」
「夢見よ、ワシと西行は同じ乱世を生きた、いわば戦友、同士じゃ」

鬼の文覚から一筋に涙が、、
「これは汗ぞ。夢見よ。奴の思い出にのう」
「、、、」
「が、夢見よ、負けたのはやはりわしじゃろう」
「それはいかなる故にでございますか」
「わしと西行は、北面の武士ぼ同僚じゃった」
「たしか、相国平清盛さまも」
「そうじゃ、が、この後世の日本で一番名前が残るは、残念ながら、西行かも
しれん」
「西行様が、」
「そうじゃ、ワシが忌み嫌った「しきしま道」をあやつは完成させよった。和
歌によりこの国日本の風土あらゆる者に神と仏があると思わせ崇拝させる道を
あやつは完成させ、その道を伝えるものを数多く残したのじゃ。歌の聖人とし
て、西行の名前は、永遠不滅であろう。日本古来の神道と仏教を、和歌と手法
を使い一体化させよった。これは、さすがの、重源も気づかなかったことじ
ゃ」

「でも。お師匠様、よろしいではございませんか。この世が平和になるのでご
ざいすから」
「夢見よ、お主も、西行の毒にはまったか」
文覚は苦笑した。
「わしはな、まだまだ西行への甘い考え方には不服じゃ。奴は策士ぞ」
「といいますと」
「西行が、義経という玉を、旧い日本である奥州に送り込み、頼朝に日本統
一をさせよった。西行は、後白河法王の命とは故、日本統一よ、宗教統一の2
つを完成させよったのじゃ。これは、珠子さまの願いにもかなう。後白河さま
は、白拍子などとつうじ、今までの日本の文化をまとめ、武士にたいする日本
文化の根元流派を、藤原氏をはじめとする貴族に残したのじゃ」

文覚は、夢見にさとすように言った。
「むかしナ。わが王朝は、東大寺の黄金大仏を作り上げた。これは、唐にも天竺に

も新羅にもない大事業であり、我が王朝の誇りとなった征夷大将軍、坂上田村麻呂

が、黄金を生む異郷である、蝦夷を征服した。そして、」
「そして、平安京を桓武帝がおつくりなられ、我が王朝の平安なる時を希望された

わけですね」
「武者である平家が、黄金大仏を焼き、新たなる黄金大仏を、黄金国家である我が

王朝は再建せざるを得ない。が、黄金は平泉奥州王国が握っておった」
「で、新たなる征夷大将軍の出番というわけですか」
「そうじゃ、黄金郷であり仏教王国である平泉を、何かの理由で成敗し、新たなる

征夷大将軍として、再び黄金大仏を作りあげなけらば、ならぬ」
「源頼朝様が、異国奥州平泉を成敗し、黄金を手に入れ、黄金の大仏を、平安国家の象徴としてつくり上げねばならなかった」
「そうじゃ、お主も、ワシも、色々な国々から移住してきた我らが祖先が、1つの国の象徴として存在した黄金大仏を再建し、新たなる時代の幕開けをつげなければならなかったのじゃ」

「お師匠様、でも、もう日本は仏教国でございます」
「くく、それよそれ。西行は、歌の形で、奥州藤原氏の仏教王国の考え方を、日本
に広げていきよった、くやしいが、わしは、西行にかなわなんだ」

夢見、明恵は、しかし心のなかで少しほほえんでいる。
(でもお師匠様、でも少しお忘れです。ー紀州熊野を納めしもの、日本をおさ
めんー熊野を治めるどこかの国から来た人間の子孫が、この日本を治めるのですよ。)
紀州湯浅氏出身の夢身は、ほほえんで、西行の彫像ができあがるのを眺めていた。

(続く)(次回完結)
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2008.12.28
カテゴリ:義経黄金伝説
義経黄金伝説■第58回
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第9章 1198年(建久9年) 鎌倉

■7 1198年(建久9年)鎌倉/大江広元屋敷


「ふう、危ういところであった、文覚が鬼一を処分してくれたとしては」
 広元は呟く。が、広元は疑心に捕らわれる。
 いかん、もし、、、
「よいか、至急に牢を見て参れ」と雑色に命ずる。
「義行殿、おられませぬ」
 雑色が顔色を変えて報告した。
「何と…、そうか、あの禅師めが」
 広元は、禅師の控え部屋にいく。
「禅師、お主、義行を逃がしたな」
声高かに叫ぶ広本に対して
禅師は、ゆっくりとお茶をたしなんでいる。
ふくいくたるお茶の香りが禅師のいる部屋にたちこめている。
「広元様、どうかお許しください。あの者、最初からこの世には存在せぬもの
です」
「禅師、お前、静と連絡をとっていたのか。静はまだ生きていると聞く。あ
の義行を静の元に走らせたのか」
 広元は、ある事にはたと気づく。苦笑しながら言う。
「そうか、禅師、お主、西行に惚れておったのか。それを見抜けなんだのは
、俺が不覚。西行が黄金である義行を逃しよったか。くくっ、まあ、良い。
いずれは、静のところに向かうであろう」
広元は憎々しげな表情で、禅師を見つめる。禅師は、まさか広元が静の居場
所を知っているとは、思っている。恐るべき情報能力を持つ男だった。広元
は付け加えた。
「よいか、禅師。もし何かことがあれば、お主もろとも滅ぼす。無論、京都
大原にいる静もじゃ」
 脅しの言葉であった。が、禅師も負けてはいない。
「が、広元様。お前様もこのままでは済みませぬぞ」
「何だと」
「頼朝様の暗殺を知っておられたこと、鎌倉腰越にて書状に認めてございま
す」
「何という書状を…、嘘じゃ」
「が、政子様は信じますまい。いや、本当のことをご存じでも、その書状を
利用し、京都から来た男であるあなたを鎌倉政権の座から引きずり落とすでし
ょう」
「むむっ、お前。この俺を裏切りおるか」
 広元は憤怒の形相で、禅師ににじり寄った。
「ふふっ、これでも禅師は、この源平の争いの仲を生き残ってきた者でござい
ます。裏の手、裏の手を考えておらねば、生き残ってはこられませぬ。そこは
私、禅師の方が広元様より、一枚も二枚も上手ということでございましょう」
 広元を見返す禅師のまなじりには力がこもっていた。おまけに義行は、禅師
の孫なのだ。今の今まで生きながらえて、この官僚あがりの田舎貴族と対峙
して、勝てなければどうしよう。経験の量が違うのだった。
「うむっ…」
 広元も押し黙ってしまう。ここは禅師を怒らせぬ方がよいかもしれぬ。所
詮は女だ。変に怒らせて、今までの広元の苦労を水泡に帰すこともあるまい。


「大江様、大江様はこの鎌倉殿の政庁を作り。歴史書に御名前が載りましょう。が
しかし、大江広元様ではなく、中原広元様にかも知れませんね」
「禅師、お前何を企むか」
「いや、お隠しめされるな。先年なくらられし西行様も、同じことをされました」

「‥‥」
「西行様も、佐藤家の本筋ではございませんでした。佐藤家は源平の戦い、屋島の

戦で、滅んでおります。それゆえ、西行様も佐藤家御本流として、後の歴史にのこ

られるでしょう。これは広元様も同じことをされる機会でございましょう」
「禅師、お前は、、」
「いや、皆まで申されますな。
大江様の御母君様は、大江家の出。母方さまの御本流をのってるおつもりではござ

いませんでしたか。中原の名前を隠し、大江の本流の方々をすべて死においやり、

大江広元の名前は、歴史にのこりましょうぞ。さすれば、名高き学者、大江匡房の

曾孫としてはづかしき事無く明法博士の御名前を朝廷からいただけましょう。これ

でも禅師には、つてがございます」
大江はしばしの間、頭を垂れていた。が、ゆっくりと顔を禅師に向ける。
「、、で、禅師、そのお方とは、、」

禅師は、広元もまた、京都のためにからめとった。

「わかった禅師。このこと不問にしよう」
「では、義行様のことはいかが記録されます」
「事件とはかかわりあいのない雑色だということにしよう」
「それを聞いて安心いたしました
それでは、京都からこられる僧のことよろしくお願いいたします」
京都から栄西、法然をはじめ、新しい教条をてに、鎌倉武士のために
僧侶が送られてくるのだ、その手配方を、大江広元に頼もうというのだ。
昔、平家の、赤かむろの束ね者でもあった、磯の禅師は、深く頭をさげた。
      
(続く)

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