191470 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

飛鳥京香/SF小説工房(山田企画事務所)

PR

全2件 (2件中 1-2件目)

1

源義経黄金伝説■2017版

2018.07.31
XML

源義経黄金伝説■第2回

作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・Manga Agency山田企画事務所

明治元年(1868年)よりさかのぼる事、690年前

1180年(治承4年)四国白峰。

老僧が荒れ果てた神社の鳥居の前に佇んでいる。鳥居から見える四国瀬戸の荒海はひゅひゅうと音を立てて荒れすさんでいる。

「ようやく参りましたぞ、崇徳上皇様、しかし、この荒れよう、いかにかなら

ぬものか。上皇様、上皇様、どうかお姿をお見せくださいませ。西行が、佐藤

義清が参りましたぞ」

西行は大声で叫んでいる。ここは四国の山中である。が、社殿は静まり返って

いる。その静けさが、何とも恐ろしい。

「いかがなされました。何かご不満がおありになられるのか」

「ふ……」

どこからともなく、うめき声が、あたりの静寂を破る。

突然、風が強くなってくる。空が急激に曇り始め、やがてポツリと西行の頬を

雨脚が濡らした。

「遅いわ、西行よ。朕を、何年待たせるのじゃ。さような奴輩が多いがゆえ、

京都に災いの種を、いろいろ蒔いてやったわ。四つの宮、後白河もいやいや腰

をあげたであろう。俺が恐ろしいはずじゃ。う、悔しや。もっとあや

つ、、、、後白河法皇を苦しめてやるぞ」

その声は恨みに満ち満ちている。

「崇徳上皇様、お待ちくだされい。民には、何の咎もございませぬ。どうか、他の

人々に災いを与えるのはお止めくだされい」

「ふふう、何を言う。日本の民が苦しめば、あやつも苦しむ。もっともっと苦

しめばよい。俺の恨みはいかでも晴れぬは」

「お聞きください、崇徳上皇様。では上皇様のための都を新たに作るという策は、いかがでございますか」

声が急に途切れる。

「何、西行よ、お前、何かたくらんでおるのか。いやいや、お主は策士じゃ。

何かよからぬことをたくらんでいるに違いない」

意を決して、西行が顔をあげた。

「崇徳上皇様、奥州でございます」

「何、あの国奥州に」

「そうでございます。この国の第二の都を。それならば中国にも前例がござい

ましょう」

「何、平泉を、第二の京に。そして朕を祭ると、、そういうことか、西行」

「さようでございます」

西行は、顔を紅潮させていた。

「西行、たばかるでないぞ。わかったぞ。朕は、少しばかり様子をみる事とし

ょう。がしかし、再度謀れば、未来永劫、朕はこの国に、祟るぞ」

風雨は、急に止み、天に太陽が姿を現す。汗がしたたり落ちている西行の顔

は、まぶたが閉ざされている。体が瘧のようにぶるぶると震えている。腰は、

地に落ちている。

「これでよろしゅうございますか、兄君、崇徳上皇様に告げましたぞ。後白河法皇様。はてさて、しかしながら、恐ろしい約束事を…。この私が西行が、佐藤

義清が、いかにしてか、平泉を第二の京にしなければなりませぬなあ…」

ひとりごちている西行は、心中穏やかではない。

西行は四国白峰にある崇徳上皇の塚にいる。

崇徳上皇は保元の乱で破れ、弟、後白河上皇に流されたのだ。

(続く)2010改訂

作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所







最終更新日  2018.07.31 17:56:12
コメント(0) | コメントを書く


2018.07.19
「源義経黄金伝説」とは■日本版三国志の物語。

時代は,源平の争いから、鎌倉幕府が成立しょうとしていた時期。
京都の陰陽師・鬼一方眼に、友人、西行法師は源義経の養育を依頼。
その背景には、後白河法王、藤原秀衡が。
 
東アジアのフロンテイアである日本は、国家を成立。その象徴として
黄金大仏を作り、国家の勢力をシンボル化。平安京に奠都した大和は、
日本を統一していくが、国家象徴としての黄金大仏は、武家革命勢力に
よる内乱のため、消失。

その大仏再建を図らんため独立国家、奥州を併合、黄金を収奪しょうと
する鎌倉武家革命政権。瀬戸内海荘園群を経済地盤とする、後白河法王を
頂点とする貴族制西国王朝と新興勢力である東国騎馬武士団を率いる源頼朝。

古代よりエミシの血を受け継ぐ奥州に黄金・仏教王国を構える藤原秀衡。

「義経黄金伝説」は、一二世紀日本の三つの都市(京都、鎌倉、平泉)と
三人の騎士の物語。

この小説のURL : https://ncode.syosetu.com/n1703dc/

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

源義経黄金伝説■第1回2017版改稿

作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所

京都市上京区今出川通り飛鳥井に京都市上京区に白峯神宮はある。

祭神は崇徳上皇すとくじょうこう。日本の大魔王といわれている。

幼き帝の手を外祖父、中山忠能がかしづき、新しく出来た神社に詣でている。

「さあ。御君おんきみ、ご先祖帝さまにお願い申し上げてくだされ。

これからの、御帝さまを中心とされる新しき政府に、崇徳様の怨霊がたたらぬ

よ うに、あたらしき政治をお守りくだるようにお願いつかまつれ。

代々、我が家、藤原本家に伝わりし、西行法師さいぎょうほうし殿との

約束をお伝え下さいませ」

この日、1日驟雨である。中山忠能卿のさし出される傘の中。

幼き帝は、手を合わせ、御願いを、なされた。

「崇徳上皇殿下、お許しくだされ。我が王朝が武士から世辞を取り戻すに700年

かかってしまいました。今にいたり、源頼朝、大江広元の子孫たる二家、薩摩島津。長州毛利両家をもって、武士どもの町、江戸と政庁江戸幕府を倒し、武士どもを根こそぎ退治いたします。この長き屈折したりし日々をお許しくだされ。

そして、陰都かげみやこでございます。平泉王国は、いにしえに滅びました、それゆえ、

代わ りに江戸を陰都といたします。平将門を祭る神田明神を持って、陰都の

守神といた します。

が、本来は、崇徳上皇様が祭神でございます。どうぞ、我が王朝が、江戸城をもっ て新しき王朝の皇居といたす事をおゆるしくだされ」

御年十六歳の帝は、深く頭をさげた。白峰稜前にある白峰寺木像(白峰大権現)が 讃岐(さぬきー香川県)から運ばれて来ていた。先帝孝明帝が望み、できなかった事をなしとがている 。

「今、奥州東北の各藩が、列藩同盟とか申し、昔の蝦夷どものように反乱を

起こそうとしております。我が王朝の若い貴族を持って先頭に立ち、荒恵比寿

どもをたいらげます」

幼き帝は、再び深々と、頭を垂れた。

崇徳上皇は、保元のほうげんのらんの首謀者の一人である、後白河に

敗れ、讃岐に流され、そのちでなくなり、白峰山しらみねさんに葬られた。

讃岐は京都の南西の方角、つまり裏鬼門うらきもんであり、平泉は、京都から見て鬼門

にあたる丑寅の方角である。

空から、驟雨の中雷光が、崇徳上皇の独白が落ちてきて響き渡る。

「西行法師よ、長くかかったのう。いつまで朕をまたせたことやら。

がしかし、その陰都もいつまでも、安穏とするかや。

所詮は、東の幕府、所詮は、荒夷どもが街だわ。

朕が情念は、いつしか吹くだすやもしれぬぞ。

見ておれ」

その時 雷光が風景すべてを白濁させ、消えた。

残光が響き渡る。

「不吉なり。。」誰かがつぶやく。

この日、元号が明治と改元された。

(続)2017版改稿

作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所








最終更新日  2018.07.19 00:55:26
コメント(0) | コメントを書く

全2件 (2件中 1-2件目)

1


Copyright (c) 1997-2020 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.