無題 1(・・・・・・・・・)麻義は回想を止め、目を開ける。そこにはやはり奥行きのわからない真っ白な部屋。 (僕は車に跳ねられて・・・・・そのまま気を失って・・・・・いや・・・・・・・) 彼はこんな状況でも何故か冷静だった。ふよふよとした奇妙な浮遊感の中移動しようと試みた。 (動ける?) 真っ白な壁まで進み、その壁に手を伸ばす。 (?) 触れられない、というか壁の前に何かがあるような感触。押してみても押し返されずそのまま進んでいるような感覚だった。だが、確かにそこは壁のようでそれ以上進めなかった。 (ここは・・・・・やっぱり天国なのかなぁ・・・・) そう思うと自然に溜息混じりの呟きが漏れてしまった。 「はぁ・・・・・・もう少し長生きしたかったですね・・・・・・」 「お?やっと喋ったね?」 どこからともなく楽しげな声が聞こえてきた。 その『声』は少年のような明るさを含み、また歳をとった老人のような深みも含んだ声質だった。 「!」 冷静だった麻義も流石にこれには驚いた。慌てて周りを見渡すが、声の主の姿は見えない。 「なんでそんなに驚くのかな?ここを見た時にはそんなに驚かなかったよね?」 麻義は再度周りを見渡す。やはり真っ白な壁しかない。 そんな麻義の様子をまるで見ているかのように『声』は言った。 「まだ君には見えないよ?ボクがそういう風にしてるからね?」 「・・・・・・」 「んー?でもこのまま話すのはむずがゆい感じがするね?だからボクは君に姿を見せるね?」 そう『声』は言った。 「さ、これでボクのことが見えるでしょ?」 ついさっきまでどこから出ているのかすら解らなかった『声』の主は何故か楽しそうに後ろから声をかけた。麻義ははっとして振り向いた。 「やぁ、初めまして?僕の名前はシャムだよ?」 そこにいたものを見て麻義は驚愕した。 「・・・・え・・・何・・・・・?」 麻義の膝辺りまでの大きさの小さな謎の生き物だった。 体に対して少し大きめの頭からは、壁と同じ色の髪が首元でそろえられている。 その髪の間からは髪と同色の猫の耳のようなものが生えている。大きな瞳は琥珀色をしており、着ているのは何故か白いスーツと白いネクタイ。 スーツと同色の革靴のような履物。手は長めのスーツに隠れて見えずらいが、明らかに体に対してアンバランスな大きさをしている。なんとも奇妙な生物だった。 シャムと名乗るこの謎生物は、むっとどこか幼い感じの顔をしかめると腰の辺りから生えているモノを揺らしながら言った。 「む?ボクは何じゃないよ?シャムだよ?」 なんとこの生物、尻尾まで生えている。 「あ・・・・えっと・・・・・すみません・・・?」 「うん?」 やはりどこか幼げな感じで頷くと、麻義のほうに歩いてきた。シャムも浮いているはずなのに、何故かペタペタと音がした。 「ここに来て驚いたり叫びだしたりしないのは君が初めてだよ?いつもみんな、ここに来ると、夢だと思い込んだり、現実を受け入れられずに発狂したりしちゃうんだよ?」 シャムは麻義の頭の高さまで浮き上がると麻義の額に人形のような手を当てた。 「でも君はそうしなかったよ?どうしてかな?ここが何処だとか、怖いとか思わなかったのかな?それとも君は・・・・もう生きることには未練が無いのかな?」 「・・・やっぱり・・・」 シャムはどこか諦めたように俯く麻義に、首をかしげた。 「?」 「やっぱりここは死後の世界なんですね?」 「うーん?正確にはここは死界(しかい)じゃないよ?ここは命を落としたイキモノが一時的に来る場所で、ボク達は『部屋』って呼んでるよ?」 麻義はシャムの発言に興味を持ったように質問を始めた。 「一時的?僕達?」 「うぅん?質問が多くて混乱しちゃうよ?でもボクは答えるよ?」 やはりどこか楽しげな口調で質問に答え始めた。 「先ずここの説明から始めるね?ここはイキモノが死んでしまった時にその度発生する場所なんだよ?そのイキモノによって発生する『部屋』の大きさは変わるけどね?ここはヒトが死んだ時に出来る『部屋』ってわけだよ?『部屋』はボク達がそのイキモノの状態を観るところなんだよ?それでボク達に認められたり気に入られたりするとボク達は初めてそのイキモノに姿を見せるんだよ?」 「認められなかったらどうなるんです?」 「うん。認められなかったイキモノはそれで初めて死界に行くんだよ?」 「死界とは?」 「むむぅ?こんなに質問されたのは初めてだよ?これが質問攻めってモノ?」 「・・・・・」 麻義はシャムを無視して、無表情で見つめて先を促す。 「まぁいいや?死界っていうのはカミサマが治める世界のことだよ?そこで全てのイキモノはそこでカミサマに・・・品定めっていうの?判定されるんだよ?すると生きていた頃にしてきた行いによって、転生できるイキモノが変わるんだよ?転生って言うのはまぁ・・・ヒトで言う生まれ変わるみたいなものかな?」 「・・・・・・生物は生まれ変わるのですか?というかそれだと生物は事実上不死ってことになりませんか?」 「うぅん?『死』っていうのは普通はそれまでのイキモノの記憶を消して他のイキモノに転生することを言うんだけどね?たまーにカミサマから観て、こいつは転生しても悪事、無意味にイキモノを殺すと思われたイキモノとか、自分から望んだりする変わり者とかは魂を消されちゃうんだよ?魂自体を消されちゃうと転生も出来なくなるんだ?だから君達ヒトが考えてる『死』はこっちだろうね?」 「・・・・・・」 死んで初めて知った世のシステムにただ愕然とする。 「えぇと話を戻すね?ボク達に気に入られるとその人はある選択が出来るようになるんだよ?」 「ある選択?」 麻義がそう聞くとシャムは笑みを含んだ顔で、しかし真剣な声で言った。 「死神になるか、ならずに他のイキモノのように転生を受けるかだよ?」 「死神・・・・・・」 「うん?死神って言ってもヒトが想像するような魂を刈り取ったりするようなものじゃないよ?んー?特殊なチカラを持った幽霊みたいなものかな?」 「幽霊って存在するんですか・・・・・・」 「イキモノとしての密度が低いからヒトの視認力じゃ見えないけどね?んー?また話が脱線してる?」 シャムは不思議そうな顔で首をかしげている。 「まぁいきなりそんなことヒトに言ってもすぐには決められないよね?だから先ずボク達の事を説明しようか?」 喜の顔のままシャムは更に説明を始めた。 「ボク達は唯一、カミサマに使命を持たされて生み出された存在なんだよ?カミサマはボク達の事を神徒って呼んでて、ボク達の仕事は、ボク達自身で選んだパートナーとなる死神と一緒に世界のバランスを守ることだよ?ボク達が居なかったらすぐ消えちゃうくらい脆いんだよ?世界って?」 シャムはクスクスと笑いながらそんな恐ろしいことを言った。 だが、さっきから大変な事を笑いながら言っているので、いまいち恐怖感が沸かない。 「まぁ具体的な仕事は君が死神になってから話すけど・・・・・ボク達の紹介はそんな感じだね?」 「・・・・・・死神になったとします」 「?」 「死神になると今までの記憶はどうなります?やはり消えてしまうのです か?」 どこか悲痛そうに麻義は言った。しかし、そんな麻義の表情など気にする素振りも見せず、シャムはさも当然かのように言った。 「記憶はそのままだよ?記憶が消えちゃったらボクが説明したことが無意味になっちゃうでしょ?」 「そうですか・・・・・・なら・・・・・・」 シャムの言葉を聞いた麻義はシャムと同じように当然のように言った。 「なります。死神に」 「うん?もしかして理由は記憶だけ?それだけで死神になろうとしている の?」 「それだけではいけませんか?」 心底わからない、といった感じでシャムは言う。 「ふぅん?そっか?それほど大事な記憶か思い出でもあるのかな?まぁ理由はヒトそれぞれだね?こっちも勧誘の手間が省けたからいいんだけどね?」 シャムは嬉しそうな表情で言った。 「じゃあ・・・ええと君は・・・そういえばまだ名前を聞いてなかったね?なんていうの?」 「僕の名前ですか?・・・吉良麻義って言います」 「アサギ?不思議な名前だね?でもいい名前だね?」 そういうとシャムは浮かべていた笑みを更に広げて言った。 「よろしくね?アサギ?」 ジャンル別一覧
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