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山ちゃん5963

34.丹波北奥

三十四、丹波北奥の人

兵庫県氷上郡市島町北奥という所があるんじゃ。また、児玉要(かなめ)という御人がおらっしゃった。この御人が嫁御を探してその北奥あたりを歩いておらっしゃったそうな。かの昔、惟当日向守明智光秀も、京都から『とべら峠』を越えてその北奥で足を休めたらしい。大内伊三郎宅の上の佐山士郎宅で惟当日向守明智光秀が水を所望したとの言い伝えのある由緒あるところだ。また大石りくが大石内蔵之助から大事の前に離縁された時どうもそのあたりを通り、但馬の里に帰ったとの言い伝えもある。なかなか歴史的には寂びのある田舎なのじゃよ。その児玉要さんにいい人(娘)を紹介したのが何を申せ大内という御人なのだ。この児玉要さんはのう柏原高校の卒業生で父の二級上だった。児玉要さんが山口家に縁談を持ち込んだのだ。さてさてその縁談話はとんとん拍子に進んで御見合いが丹波石生駅と市島駅の中間の黒井駅前の喫茶店で行われたのじゃなあ。

昭和五十年五月十八日午前九時、出席したのは仲人児玉要、児玉妻、大内伊三郎、大内秋枝、大内恵理子、山口完二、山口玉枝、山口和久じゃった。義父大内伊三郎いわく『恵理子はエリザベス女王の戴冠式の日に生まれた』ので恵理子と命名したと伺った。まったく田舎にしてはなぜかハイカラな親父だったわいのう。顔はまったく田舎のおっさんなんやで。失礼。児玉要仲人いわく『若いもんは別に行動したがよいじょ』よって、ワシ達は二人で日本国有鉄道九時五十分黒井駅発の鈍行列車で福知山に向かった。駅から歩き、五月(さつき)の若葉がきれいな福知山城跡に登ったのだった。ワシは、そこで木々の緑の葉っぱは夜二酸化炭素を吸って昼酸素を出すのだよ(光合成の原理)と話した。ワシはこの手の話が好きだった。また福知山城跡から由良川のほとりまで歩き、そこで将来の夢を話した。『近い将来は大きなビルを建設したい』と。実は福知山城は明智光秀の築いた城じゃった。丹波では明智光秀は善政をしいたため、丹波人は明智光秀が好きなのである。ワシャ帰りに腹が減ったから、福知山駅前の不二家に寄り軽食をとった。ワシはミートソースと野菜サラダすべてを恵理子の分まできれいに平らげてしまったのじゃよ。うまかった。ごちそうさんでした。
恵理子のクイズ
『赤いすずめと青いすずめがいました。赤い鉄砲で赤いすずめしか撃てない。青い鉄砲で青いすずめしか撃てない。赤い鉄砲しかないのに両方とも撃てました。なぜでしょう?青い鉄砲しかないのに両方とも撃てました。なぜでしょう?』
その答えは
『赤い鉄砲で赤いすずめを撃ったら赤い血が青いすずめにかかって赤くなりました。青い鉄砲で青いすずめを撃ったら赤いすずめが青くなってしまいました。』
昭和五十年六月十五日にはワシと恵理子は天橋立に行った。恵理子が帰りに写真立てをくれた。いまは愛々の部屋においてあるぜ。

同年七月二十六日には恵理子を北野の我が山口家に呼んだ。ワシがパンツ一丁で庭のみずやりをしとると坂道を上がってくる淑女が見えた。おっ、こりゃいかんと家の中に入り服を着たわい。何の話をしたのかい。忘れてしもうとる。そこから八月まではちと考えるとこがあって恵理子の為に冷却期間を置いた。

同年九月十四日にはワシが北奥の大内家を訪れた。恵理子の部屋で二人で過ごした。恵理子は軽自動車でワシを送ってくれたなあ。なかなか粋な女性だったなあ。
同年九月十五日にはワシは恵理子を京都へと連れていったもんじゃ。市島から福知山そして山陰本線で、園部から京都へ。京都苔寺で二人縁に座ったなあ、ワシは恵理子に『エンゲイジリングを贈りたいんやけど、受けてくれますか』と聞いた。恵理子の返事『はい、よろこんで』と答えた。ワシ等はタクシーで京都駅前の丸物百貨店に向かった。ワシは嬉しかったぞ。京都丸物百貨店にてエンゲイジリングの検討をした。恵理子はダイヤモンドを選択した。ワシはそれを購入し恵理子に渡した。その価格十万円のエンゲイジリングはワシにとってはとびきりデカイ『ダイヤモンド』に見えたのじゃった。なんと、その十万円がワシのその当時の全財産じゃったのだわい。ワシは有り金全部十万円をもって京都に行ったのだわいねえ。ひえー。
手元に丸物貴金属売り場の『保証書』がある。品名PMダイヤ一文字リング
No 08335 上記の品質は確実であることを保証いたします
とある。大切にしてくれやい。たのむぞやい。
さて、結納は父が執り行なった。それは十月吉日、北野山口家から北奥大内家に仲人児玉要さんによってもたらされた。ワシはその内容を写真で知ったのだが。三方に目録が乗っておったのう。中身はよう知らなんだ。しかし、父はキチンとやってくれたわい。どうもありがとう。さてさて、結納返しという風習があるらしいが、ワシの場合はどうだったのかいのう。多分結納返しが家具の購入であったと推測される。寧々の場合は結納も無かったが・…これは後の話じゃのう。『私は幸せだからいい』とは寧々の返事。


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