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山ちゃん5963

35.松江一畑

三十五、松江ホテル一畑

松江ホテル一畑増築工事は昭和五十年八月十六日から昭和五十一年九月三十日まで常駐管理した。総工事費○○億五千四百万円。作業所長は西村氏、工事主任富永氏だった。ここでも広島清水ビルと同じ施工図班の川本氏と一緒だった。ホテルの増築工事はなかなか困難な事が多かった。なにせホテル営業しながら(つまりホテル客が宿泊していながら)の増築工事だったから。一番困難だったのは既存機械室改修と電気室内部トランス増設改修。そして既存客室と増築客室のドッキング工事。合併式浄化槽の既存改修汚水流入増量工事。本当に苦労したのう。しかし毎日遅くまで仕事をした後よく酒を飲み、特にコンクリート打設には社員である我々も竹の棒で突つきをやり、また型枠の中に潜り込み型枠たたきをやり、コンクリートと汗でずくずくになりながら、良いコンクリート打設に貢献したものじゃ。コンクリート打設完了後は(多分)西村所長のおごりで飲んだ。だからこの工事のコンクリート工事は優秀なコンクリートを創出したはずだなあ。しかしまた、明くる日から現場仕事をよく頑張ったものだ。一番お世話になったのはやはり西村所長だったなあ、次は一畑ホテル施設課の宮城係長だった。また中国電気工事、高砂熱学岡村代理人・森迫担当、三機工業、一畑電設にもお世話になったなあ。
ワシ等の住所は島根県松江市苧町一番地本間方 SC苧町(おまち)寮だった。ちょいとおまち。ははは。朝飯と晩飯は本間さんの奥さんが作ってくれた。しかし、いつも松江の飲み屋街にワシ等SC社員の姿が見られたのう。明くる日には現場の皆のうわさになるようなおおきいがちいさな町『松江』だった。鳶土工(藤江組)の藤江社長とよく仕事をした『松江』、お茶好きな松平不昧公の『松江』、武家屋敷も残っている。怪談・お春を書いた小泉八雲(ラフカディオハーン)も暮らして、愛した『松江』。ワシゃこの町が本当に大好きだったのう。特に『松江城』はことの他大好きでここにはよく散歩に行ったなあ。昼休みにはたまに協力業者が鉄筋で作った特製がんじきで宍道湖のしじみとりをしておったぞや。あれは宍道湖漁業組合に見つかればおこられるわいなあ。きっと。また、このホテル一畑増築工事の竣工までには、水の都『松江』でワシの人生のハイライトが訪れたのだわい。それは、秘密です。えへへ。

松江ホテル一畑


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