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山ちゃん5963

四十五、再び松江へ

四十五、再び松江へ

昭和五三年六月十六日転勤辞令を受領した。現場は山陰合同銀行事務センター新築工事であった。ワシは広島県から再び島根県に家族三人とも転居した。仕事はOB組・SC・T工務店・K組の四社JV共同企業体(ジョイントベンチャー)であった。親はOB、SCは子、取り分は親が四十%子がそれぞれ二十%だった。やはりJVは親でなきゃいかんぞや。普通、子は親にいいとことられてしもうて大変なところだけやらされるのじゃ。それがJVの宿命じゃわいねえ。SCは建築技術者高杉洋一と機械技術者山口和久、T工務店は建築技術者長瀬と電気技術者門脇真一、K組は建築技術者石原と事務犬山をJVに派遣した。これらの技術者達は親のOB組によく尽くしたもんじゃ。皆さん非常に紳士で優秀な技術者だった。
設計監理は日建設計大阪支店、担当は白神技師だった。なかなかおもしろい設計じゃったのう。特に冷水蓄熱・温水蓄熱槽があり、常時四百トンの冷水と四百トンの温水を貯えていた。事務センターだから、空調熱源はダブルで設置され、一方がトラブルがあったとしても、もう一つのシステムが働く仕組みだわい。なんとなれば山陰の一番BANK山陰合同銀行の事務センターじゃもんなあ。何かトラブルがあればすぐに何億って金が吹っ飛ぶぜ。この事務センターはなかなか立派で精密な日建設計の設計じゃった。
JVの一員SCはそれを安全に無災害で施工するのが仕事じゃわい。ワシは空調理論の勉強をやらされた。そうしてその設計された要求品質を満たせばそれで良い。まあ引き渡して設備機能がもちろん十分満足に機能しなくてはいかんがのう。

ワシら山口家族三人の新住所は島根県松江市山代町井出平七五一の二、平屋一戸建準社宅であった。この社宅はJV事務の犬山さんに頼んで見つけてもらった。今度はマンションではなく、というのは、また恵理子が足を踏み外して転倒しないように、戸建平屋住宅にした。また車庫もついている住宅を見つけてもらった。前の松江市浜乃木町のころは、車は中古でマツダファミリアであった。色はメタリックのブルーだった。今回再び松江にやって来て新車をトヨタオート島根から購入した。トヨタスプリンター千三百シーシー。色はワインレッドだった。値段は八十八万円だった。月賦ではなく全額キャッシュだった。なぜかそのころワシは月賦が嫌いであったのう。しかしよく全額八十八万円も払うなんて、よくそんな大金があったもんだわいなあ。ひょっとして、恵理子のへそくりだったかも知れんのう。ワシは車に乗るのが大好きであったわい。この車で恵理子そして寧々とよくあちこちにでかけたもんだ。恵理子の運転はまずまず上手だった。立久恵峡・出雲大社(我らが縁結びの神)・日御崎・宍道湖・八重垣神社・松江NHK送信所にて確かカレーを食べたんじゃのう。まあ寧々は一歳二歳くらいだから覚えとりゃせんだろうのう。恵理子の作ったお弁当を作って持っていったのう。うまかちゃん。ありがとう。

ある時島根県から『大きなふくろをかたにかけー、大黒さまがきかかるとー、そこに因幡の白兎、皮をむかれてまるはだか』大国主の命(大黒さま)の歩いた道を通りほら因幡の兎の物語で有名な道を通り、鳥取県のハワイへ行った。漢字では羽合と書いて『ハワイ』と読ませるのだが。諸君、知っとーや?ここは、なかなか美しい海岸線だぜ。この旅が後年ワシと寧々をアメリカのハワイ島に結びつけることになるのだが、まだその時は、そのような事は想像だにしなかったなあ。本当。人生はなんと起伏にとんだ山の如し。その頂上また崖がいつ来るのかたれも知らない。しかし、熟考すれば、我道が、自分にわかってくるのが人生の達人ちゅう人達じゃよ。ワシゃまだ第二の人生においては『ひよこ』だのう。

義父大内伊三郎も松江の山代町にやってきた。ワシらはスプリンターに乗って、湯田温泉田中ホテル(SC設計施工)から萩城・高杉晋作・吉田松陰の住んだ町萩、色鯉が泳ぐ萩の町、そして秋芳洞へ行ったわいなあ。山口のカルスト地形はなかなか見事じゃったのう。なぜにあのような自然の産物が表出するのか?理屈はわかるがなぜあのように芸術品が生成されるのか?という事やねえ。なぜや?不思議や。
ワシにとっては伊三郎義父だったが、色々と話をしたわいなあ。しかし、戦争時の話は避けて通った感じがするのう。なぜか?皆戦争には口にしたくないいやーな事が多くあったのだろうなあ。

仕事は非常に厳しかった。ワシは昭和五十三年十二月一日山陰合同銀行事務センター共同企業体前田豊己所長より安全表彰を受けた。真っこと建築工事というのは男の職場じゃのう。やりがいがあった。鉄骨は日立造船に発注。その頃造船業界は不振にて、建築用鉄骨を製作しておった。よって鉄骨検査に尾道に行った。空調用冷却塔は空研工業に発注。よって製品検査は九州博多に行った。博多人形を検査後もらった。それは丹波山口家の二階に飾ってある。空調衛生設備工事は三晃空調に発注。現場代理人は塩見だった。ワシは空調衛生設備工事の施工管理をした。電気設備工事は中国電気工事に発注。T工務店の門脇真一が電気工事の施工管理した。ここに記載していない人々もそりゃ多いが、彼らの努力の賜物として山陰合同銀行事務センターはここ松江に立派な姿を現したのじゃ。まる一年が過ぎて、無事建物は竣工引き渡しも修了した。よかった。



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