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さて、ひさしくブログの記事をお休みいたしたしたが、ぼちぼちぼちと再開をいたします。
私こと、abemaテレビで将棋観戦をしています。 で、ひとつ感銘を受けました。 観戦するは、豊島二冠対羽生九段の対戦です。A級順位戦。 羽生九段が下座にすわっています。これはね。いろいろ感慨深いです。 豊島二冠(王位 棋聖)は、現在、最強かもしれない実力者ですが28歳。 対して、羽生九段は言わずと知れた国民栄誉賞。 こういう場合、たしかに現在の地位は豊島二冠が上ですが、ふつうは、羽生先生に上座を譲るもの。 たぶん、羽生先生が、先に下座に座ってしまったのかな(わかりませんが)。 情実のない世界。実力だけ。そういう世界なんでしょう。 実は、その昔、羽生先生が若いころ、中原誠16世名人という大名人がまだ現役でありましたが、その両者の対局で、羽生先生が上座に座っちゃったのです。 そのころは、なにしろ古き良き日本ですから、周囲はびっくりこいたんですよ。 えっ、羽生クン上座に座っちゃったって。 「たしかに羽生クン今は中原先生より地位が上だよ(四冠持ってた)。でもさ、実績はるか上の中原先生を下座に座らせるかあ」ってそれは相当に非難もあったのです。 しかし、年月を経て、いま、羽生先生は無冠となりました。 そこで、永世7冠などと偉そうな称号を名乗ることもできたのに、ただの9段となることをみすから選びました(将棋界には、9段は強いのから昔強かったけど今とっても弱いのまでたくさんいます)。 これは、羽生くん、じゃなくて羽生先生、すばらしい伝統を将棋界に作ったのではないかなと思います。 だって、将棋の世界は、「その時の実力だけ」というこれはね、そいういう将棋界の未来を築いたわけです。 羽生先生ほどの実績を持つ人が過去を捨てたのですから、今後、いかなる騎士も過去をひきずることはできなくなります。 中原先生を下座に座らせた、その意味をそのまま踏襲して、いま下座に座りただの9段となった羽生先生はやっぱりえらいんだんあと思います。 まあ、時代ということもあるでしょうが、その昔の昔。 大山康晴という大名人がいて、亡くなった米長先生(羽生先生と名人戦を戦ったことがある。中原世代)は史上最強と言っている人がいます。 この方は、年をとってタイトルを失い無冠となったとき、9段とはならず、少々ごり押しをなさって、本来は引退後でなければなのれないはずの15世名人を名乗りました。 いま、羽生先生が、その時代を、決定的にかえました。 こうして無にかえった羽生先生が、このあと100期目のタイトルを取ることができるか。 実に時代の変遷は面白いものと思います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2019.01.31 21:20:42
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