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イエローこと、吉岡邦一は駅からの帰り道を、とぼとぼと歩いていた。
仕事帰りの、拘束が解けたという開放感よりも、また明日も働かなくては、 という陰鬱な気持ちが、疲れた足取りを一層重くしていた。 吉岡は先月にイエローを辞め、今は 「駅の自動改札に入れた切符を縦横、裏表正しい状態にして出す」 という仕事に着いている。 自動改札機の中での座り仕事だし、最近はスイカやパスモの普及で切符の客は減ってきているから…という話を上司していたが、決して楽な仕事では無かった。 切符が入って来て、コンマ単位でひっくり返し、出口へ送る。 ただそれだけだが、切符の殆どは正常な状態で入れられる。違う事は余り無い。 何百枚に一枚。それを見逃さない事、いわば集中力の勝負だ。 職に就いてしばらくして、はたしてこの作業に意味は有るのかと疑問に思った。 別に表裏が逆に出てこようが、関係ないんじゃないか。 俺がおう思っている事を察した上司は 「昔はなァ、切符は一枚づつ手で、カチカチとやってたんだ。切符は手渡しなんだよ」 と言って、にこやかに笑い俺の肩を叩いてきた。 手渡しも何も、殆どの切符はそのまま通過しているのだけれど。 馬鹿な俺には分かるはずも無い。 なにせ、俺はイエローなんだから。 世の中には、選択をせずとも、考えずとも決まっていることが有る。 「切符は手渡し」 と決まっているように。 「好物はカレー」 そう言っただけでイエローされる事と同じように。 俺の好物が分かると、隊の皆は非常に納得をした顔をして笑った。 なぜか、見下された気もした。 隊の食堂ではカレーばかり勧められ、カレー以外の物を食べようとしたら、 罵られ、取り上げられ、食事の上にカレーをかけられた。 「何にでもカレーかけて食えよ、イエローらしく」 と言って笑ったのは、何色の奴だっただろうか。 ほんの小さな唐揚げに大量のカレーがかかった。 「ははは、イエロー、そりゃ多すぎだ」 後ろからクラクションの音がして、吉岡は我に返った。 昔の事を思い出してしまい、道の真ん中で呆然と立っていたようだ。 吉岡は道の脇に移動し、首を振った。 もういいんだ。 俺は隊を抜けたんだ。 しかし、そう言いながらも、家に帰ると服にカレーの染みが付いていないかと気にしてしまうし、洗剤が安いとついつい沢山買ってしまうのだった。 「結局、俺はイエローなのかな…」 吉岡の、胡麻ほどの小さなつぶやきは、 けたたましく通り過ぎたバイクの音にかき消された。 〈つづく〉 水島からのお題:「選択、胡麻」 次回のタイトル:『涙のメリーゴーランド!』 水島へのお題:「宣託、アマゾンの上流」 水島先生の次回作にご期待下さい! 記:野間レンジャィ大資 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2007年07月20日 02時48分13秒
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