悪の組織『アクダーン』のドン、ツネはパジャマを脱がされたことで
一度は時間を止めるワザを解かれたものの
一度帰宅し、いつも次の日が休日のときに着る
取って置きのネグリジェを着て、また時間を止めた。
時間を止められたことで、
パートタイマーだった主婦が、24時間労働者に、
たまたま休日だった公務員がニートに、と
社会的地位の混乱はあったものの、
同時に『アクダーン』による地ッ球への侵略も止まり、
一見世界は平和を取り戻したようだった。
そして、時間が止まっていることが普通になってしまった10年後。
ツクスレッドこと斉藤も、その偽りの平和の中にいた。
壊れてしまい感覚を無くした腕を使った職「腕枕屋」を開業し
戦隊もの特有のファン層、昼下がりの主婦たちに
絶大なる人気を博していた。
その人気はマスコミ界にも知れ渡り
「ラジかるッ」でも取り上げられる程だった。
そんなある日、30人以上のマダムの腕枕をし終え、
自宅のある2階に戻ろうとしたとき客には見ない女が声をかけた。
斉藤は女と見るや、羽賀研二ばりのスマイルで対応した。
女は一枚の紙を渡し、直ぐに去って行った。
その紙は衣服と一緒に間違って洗濯されたように皺くちゃだった。
斉藤はその紙を開いてみた。
そこには
『赤 これを持ち 緑とともに 黄のもとへ行け 白』というメモと
一部が虹色に光っているが大部分が擦れていて
白くなってしまったカードが2枚入っていた。
斉藤はそのカードに見覚えがあったものの
何なのかは思い出せず、紙に包みコートの内ポケットにしまった。
翌日、久々の休業日に斉藤はゆっくりと過ごしていた。
近くの公園を散歩していると後ろから男がぶつかってきた。
明らかなスリだった。しかも3流だ。
スリという響きからくるスマートさは微塵もなく
「内ポケットから、何か盗りましたよー」という
スローモーションの映像を見ているようだった。
「おい!」と思わず声を出したが、斉藤は盗られたものが
夕べの紙だと気付くと、「ま、いっか」という気分になった。
しかし、スリは「すいません!」と立ち止まり
盗ったものを直ぐに差し出した。
「あ、別に良いですよ、それ」と斉藤が言うと
スリは「本当ですか!?」と喜びの声を上げ紙を開いた。
「何だこれ…」といいながら例の文に目を通し、
次にカードを手に取った。
途端、男は「あ!」と声を上げ、斉藤をじっと見つめてきた。
斉藤が怪訝な顔をしていると男は「俺!俺!」と
自分の顔を何度も指差した。
斉藤は、この10年マダム以外の人種とは殆ど会っていなかったので
以前の男の知り合いの顔など思い出せるはずもなかった。
男は「俺、石川!石川!」と連呼するものの一向に思い出せない。
最期には紙を指差し、緑!緑!」と叫んでいる。
周りの目が気になるのと、紙のことをわかっていそうだったので
斉藤はとりあえず、休みだということもあり、
自称緑こと石川が言うほうに付いていった。
電車を3つ乗り継いで着いた先は小さな駅だった。
そこには東口という古びた看板の下に改札が2つしかなく、
西口もなければホームに売店も自販機もない。
しかし何故かそこには似つかわしくない『立ち食い蕎麦屋』があった。
店員が見えるだけで5人はいる。置くには厨房もありそうだ。
石川は蕎麦屋に駆け入り、メニューも見ずに「カレー1つ」と言った。
「吉岡に会うのも久々だなー」などと言いつつカレーを待っていると
奥から「ソンナモン、ナイワイ!」という怒号が聞こえ
直後、一目見て分かる外国人が勢いよく出てきた。
反射的に「すいません!」と斉藤が謝ろうとしたとき、
石川と外国人が同時に言葉を発した。
「イシカーワ…」「佐々木…」
二人は知り合いらしかった。そして石川は斉藤を指差し
外国人に「斉藤!斉藤」と言い、外国人のほうも
「オー、サイトゥー」と手を握ってきた。
そして佐々木と言われた外国人は「カレーナイケドゥ…コレ」
と言って斉藤に『トンガリコーン・カレー味』を渡した。
斉藤は意味がわからなかったが、
石川は「さすがキャメルブラウン!わかってるぅ」とたいそう喜んでいた。
そしてキャメルブラウンこと佐々木に手を振り店を出た。
店を出た途端、石川は真面目な顔で「さて、いよいよか…」と呟いた。
そして斉藤に「これ」と言い、あの擦れたカードを渡された。
斉藤がカードを怪訝な顔で見ていると、
「これをあの改札に入れればいいから」と石川が言った。
そして「斉藤はきっと何事もなく改札を通れるよ。引っかかるのは
きっと僕だ。」と続けた。
石川は意を決したように改札に向かって歩き出した。
斉藤も石川の横に並び歩いた。
そして二人同時にカードを改札に入れた。
斉藤は石川の予告通り、何事もなく改札を抜けた。
そして石川はこちらも予告通り改札に引っかかっていた。
間髪いれず、石川の改札から男が飛び出してきた。
男は「誰だ!PASMO改札に通したのは!」と叫び
石川の胸ぐらを掴んだ。すると石川は「今だ、チヨミ!」と叫んだ。
男の背後から「洗濯するからそのパジャマ脱いで!」
と女が声を掛けた。男は「しまったぁ」と言いながら
渋々着ているネグリジェを脱いでいく。
石川は「やったぜぃ!」と歓喜の雄叫びを上げている。
男がネグリジェを脱ぎ終わったとき、
もう1つの改札から、もう一人男が出てきた。
石川は男を見「吉岡!」と叫ぶ。
吉岡はずっと座っていたのだろうか、顔は中年という感じだが
腰は湾曲し老人のようである。
「お前、石川…お前がやってくれたのか?」と言い
石川は「俺じゃない、俺たちだぜぃ」と女と斉藤を指差した。
「…チヨミ、…斉藤」と吉岡は声を漏らした。
長らく止まっていた時間が動き出したのだ。
チヨミと呼ばれた女はネグリジェをリネンボックスに入れ終え
「石川にしては上出来ね」と高飛車に言った。吉岡は涙ぐんでいる。
何か言おうとした石川の背後から大きな影が飛びついてきた。
「イシカーワ!」さっきの外国人である。
斉藤以外の皆は口々に「佐々木!」「キャメルブラウン!」と言い
抱き合ったり、握手したりしている。
斉藤は存在を忘れられている、ネグリジェを脱いだ男に声をかけた。
「あの…それPASMOですか?」
男は「そうだよ…PASMOは改札に入れちゃいけないんだよ…」と
俯いて呟いた。そこに吉岡が振り返って言った。
「ふっ、コレはPASMOじゃないぜ。これはPASMOっぽく作った…」
そこからは吉岡、佐々木、チエミも声を合わせて言った。
「我ら孝行戦隊 ツクスンジャーの隊員証さ!」
元ネグリジェ男はショックを隠せず「こ、これが、まさか」と言いながら
地面にへたり込んでしまった。
カードがいつの間にか沈みかけていた夕日に輝いた。
女がネグリジェ男からカードを奪い、鞄から残り3枚同じものを出した。
そしてそれをネグリジェ男以外の5人に配った。
「さ、これで元通りね」とチエミが言う。
石川が「じゃ、これで乾杯しようぜ」とトンガリコーンを掲げた。
吉岡は「お!カレー味じゃん!」と喜んだ。
石川が思いっきり袋を引っ張った瞬間。パンッと音がして
トンガリコーンが地面に散らばった。
「アー、コレダカラ、イシカーワハ、ノッピキナラネエ…」と
佐々木の片言が響き渡り、斉藤、ネグリジェ以外の笑い声が木霊した。
斉藤はそんな4人の歓喜よりも日没を見て
明日の「腕枕屋」の支度を何もしていないことを思い出した。
帰らなければ!と思い、とっさにカードをネグリジェに渡した。
ネグリは「え、…いいんですか」とよく分からないことを言ったので
「はい、僕もうSuica持ってるんで」と答え、ホームに戻った。
4人は斉藤に気付きもせず、トンガリコーンをばら撒いた石川を
責めたり、からかったりしている。
そこへネグがカードを見せながら「僕も…」と言いながら加わり
4人は「お前誰だっけ?」「あ、スキンだ!」「ハダイロネ」などと
楽しそうに輪になったところで斉藤の前に電車が滑り込んできた。
10年という時間はあまりにも長く、
ヒーローが一般人に、悪人が一般人に染まってしまうには
十分すぎる時間だった。
斉藤は結局なにも思い出せず、車窓から見える
いつまでも楽しそうな5人をみて
「地ッ球は平和だなぁ…」と呟いた。
完。
なげーなぁ…。
読んでくれた皆さんホントにありがとうございます。
そして、こんなんですいません。
さて、明日は巨匠・山田宗和の読み切り!
『孝行戦隊 ツクスンジャー外伝 チエミの初恋物語』です。
乞うご期待!キーワードは「傘」「カーナビ」「リンパ腺」
KUMA