やまのみず的童話~最終話~
主人は落ちた羽を拾い、船乗りに言いました。「見て下さいよ、この羽。もうずっと売れていないから、 乾燥してしまってカサカサになってしまっている。」主人は、店の奥から真新しい、つやつやの羽の付いた帽子を持って来ました。「これを持っていくと良い。昨日届いたばかりで、 まだどの店にも置いていない、珍しいものです。 きっと奥さんも喜ぶことでしょう。」船乗りは帽子を手に取り、「これは素晴らしい。こんな帽子は見たことがありません。 是非これを売って下さい。」と言い、大きなリボンをつけた箱を持ち、喜んで店を出て行きました。メルちゃんは我慢できず、主人に問いかけました。「どうして私を売ってくれないの? もうボロボロになってしまったから? それとも、私が小さすぎるから? どうしてなの?」主人はしばらく黙っていましたが、ステップを使い、メルちゃんを棚から下ろすとメルに言いました。「メル、お前を作ってくれた人のことを覚えているかい?」メルは言いました。「覚えてないわ。誰が何のために私みたいに小さな帽子を作ったのかわからない。 主人は知ってるの?」主人は言いました。「ああ、知ってるよ。お前を作ったのはね、私の奥さんなんだ。」メルは驚いて聞きました。「奥さん?主人には奥さんがいるの?」主人は笑いながら言いました。「今はいないよ。昔、メルを作ってすぐ後、彼女は病気で死んでしまったんだ。 だから、メルは彼女のことは覚えていないかもね。 彼女はね、メルの大きさくらいの帽子をかぶる人形を作る 人形職人だったんだ。」メルは、その人形たちを知っていました。なぜなら、この店のレジカウンターには小さな人形が大切そうにガラスケースに入り、置いてあるからでした。彼らには値札も付いておらず、買いたいという客が来ても、主人は「家は帽子屋ですから…」決して売ることはしませんでした。主人は話し続けました。「僕はね、彼女と出会ったとき、帽子職人の見習いだったんだ。 ある日、街を歩いていると彼女の作った人形が、僕を見つめていたんだ。 本当は店頭に置いてあっただけなんだけどね。 僕には見つめてるように見えたんだよ。 それをきっかけに彼女と話すようになってね。」主人は時計に目をやり、お店の明かりを消しました。「さ、今日はもう閉店だ。」そう言うと、主人は椅子に座りなおし、再び話を始めました。「出会ってから3年後、僕らは結婚した。 彼女は人形を作り続け、僕は帽子を作り続けた。 ある日彼女は、嬉しそうに僕に言ったんだ。『あなた、誕生日おめでとう。これ、プレゼントに作ってみたの』 そういって帽子をかぶったかわいい人形を僕にくれたんだ。『その子、メルシーって言うのよ。可愛がってあげて』 僕はその人形を見て、驚いたよ。 その人形がかぶっていた帽子があまりに斬新で、キュートで、 今までに見たことのないデザインで、 何よりその人形にとっても似合っていたから。」メルはレジカウンターの人形たちに目をやりました。そこにある、どの人形も帽子はかぶっていませんでした。主人は言いました。「その人形をもらってから1週間もしないうちに彼女はこの世を去ったんだ。 僕は彼女の棺に、彼女からもらった人形を入れた。 一人じゃ可哀想だったからね、一番かわいい子を一緒に送り出したんだ。 でもね、その子がかぶっていた帽子は、僕のもとに残したんだ。」メルは言いました。「なんで一緒に入れなかったの?」主人は答えました。「なんでかな。嫉妬だったのかもしれない。 人形職人だった彼女に、自分より素晴らしい帽子を作られたから。 でもね、それだけじゃない。その帽子は僕のためにつくられた 最初で最後のプレゼントだったからね、一番の彼女の形見なのさ。」主人は、深呼吸をし、大きく伸びをしました。「彼女がいなくなってから、僕はいつか、その帽子よりすごい帽子を 作ってみせるって、彼女に誓ったんだ。 そして、このお店を始めた。 その中でも一番高い、彼女に一番近いところに、 その帽子をおいたんだよ、メル。 もっとも、まだそんな帽子は作れていないんだけどね。」主人は、はにかみながらそう言うと、羽をメルに戻し、メルをもとの一番高い棚に戻しました。メルは主人に言いました。「私、何だかこの場所が好きになれそう。 主人、一つお願いしていい?」主人は聞きました「ああ、いいよ。言ってごらん。」メルは言いました。「もし、主人が、その帽子よりすごい帽子を作れたら メルの隣に置いてくれるかなぁ。」主人は優しい声で言いました。「ああ、約束だ。きっとメルの隣に置こうね。 さ、夜の寒さは老人には堪えるよ。二階で休むとするか。 メル、また明日。お休み。」次の日も、メルは一番高い棚でお客さんを眺めていました。でも前日までとは違い、メルの心はウキウキしていました。メルには心なしか、主人も昨日までより笑顔が輝いて見えたのでした。おしまい。 KUMA