第14話 傷第14話 傷「では、頼めますか?」 アトランティス代表執務室。グレンはそこで50代後半の男性と会談をおこなっていた。男性は難しい顔をしてグレンの話を聞いていたが・・・。 「いいでしょう。その話、引き受けます・・・」 「ありがとう・・自衛軍の者達には私の方から伝えておきます」 そう言って男性に手を差し出す。男性もそれを握り替えして握手を交わす。 「では、よろしくお願いします。セルギル・ファークマン」 「すでに引退した身ですが・・出来うる限りやってみましょう」 「そっか・・・隊長がな・・・」 談話室でサリアからアキラが戦死した事を聞かされたゲイルは肩を落とす。彼には軍に入隊したときから色々と世話になっていた。隊長と言うよりも、良い兄貴分と言った感じで軍の兵からも慕われていた彼の死は軍全体に重くのしかかっていた。 「代表は、なんか言ってた?」 「すぐに代わりの隊長の話・・・・してたよ」 サリアは不機嫌と言った様子で言う。 「ふぅん・・・ま、いつまでも隊長不在ってわけにはいかないし・・・な」 「それは、わかってるけど・・・・・・」 理解出来ても納得出来ない と言った風にサリアは呟く。 「納得するには・・・時間、必要だもんな・・・」 サリアの気持ちを察したのか、ゲイルも同意するような風に言う。 「うん・・・」 「・・・苦すぎ・・・・」 自販機でいつものように眠気覚ましの無糖コーヒーを買って飲んでいたマグナ。 なんとなく廊下の奥に目をやると、シャイルが自分の方に歩いてくる所だった。 「あら、奇遇ね」 シャイルは軽く挨拶してから自分も自販機でコーヒーを購入する。 「毎朝、此処にいるの?」 「まぁな・・・朝弱いから俺」 そう言ってコーヒーを口に運ぶ。シャイルもコーヒーの缶を開けて飲み始める。 「ふぅん・・・そう言えば・・マグナは何で軍に入ったの?最近までは民間人だったんでしょ?」 「え・・・何故かって・・・」 シャイルの問いにマグナは考え込む。何で軍に入ろうと思ったのか等、自分でもよくわからない。強いて言うなら・・・・サリアの事がなんとなく気になったから、だったりするのだが、それはまた別の理由なような気がする。 「俺にもよくわかんないんだよなぁ・・・・何で入ったのか」 「そう・・・・・人間、そう言う事もあるわね・・たまに」 マグナの返答にそう返しながらシャイルは近くのベンチに座り込む。 それに続くようにマグナもシャイルの横に座る。 「そういや、シャイルって何処の生まれなんだ?」 マグナがなんとなく疑問に思っていた事を口に出す。彼女は自分の事をほとんど何も話さない。知っているのはこの辺りの生まれでは無い事と、色々とヤバイ仕事をこなして生きてきたという事だけでそれ以外はまったく話そうとしないのだ。 「・・・・・」 その問いを受けた途端、シャイルの動きが止まる。 「ん?おい、どうし・・」 「御免なさい、ちょっと気分悪くなったから先に失礼するわ・・・・」 マグナの言葉を遮るように言ってシャイルは飲みかけの缶コーヒーをそのままゴミ箱に放り込んで廊下の奥へと消えていった。マグナはその様子を呆然と眺めているしか無かった。 「なんだよ・・シャイルの奴。ってか、中身を空にしてからゴミ箱に入れろよ・・夏になると臭いんだよな・・・掃除のおばちゃん達に迷惑だろうに・・」 マグナはそう呟きながらコーヒーを一気に飲み干した。 「・・・・苦っ」 格納庫のメンテナンスベット。固定された赤い機体ーーーフォルセティガンダムの足下に二人のメカニックが立っていた。 「どうします、コレ?」 メガネをしているメカニックがフォルセティを見上げながら呟く。アキラが戦死してしまったためにこの機体のパイロットがいなくなってしまった。その事についての話を整備班長らしき中年男性にしていたのだ。 「どうするって・・・・ガンダムの戦闘力は欠かせないんだから廃棄するわけにはいかんだろう」 「それは、わかっていますけど・・・パイロット・・いませんよ?」 「パイロットの話なんか俺等が今しても仕方ないだろう。上の連中が勝手に決めてくれるだろ・・・今度来る新しい隊長がやるんじゃないのか?」 自室に戻ったシャイルはそのまま服を脱ぎ捨ててシャワールームへと入りシャワーを浴びていた。壁に両手をついた状態で頭から浴び続けている。 「・・・・・・疼く・・・な」 感情のこもっていない声で呟く。彼女の背中には斜めに走る大きな、刀か何かで斬られたような切り傷があった。この傷を負った3年前から、時々この傷跡がこうして疼く。 ーーーーー背中に走る激痛 ーーーーー飛び散る赤い液体 ーーーーー背後から聞こえるあざ笑うような女の声 ーーーーー悪いわね・・・・・シャイル 「ッ!!」 思い出された出来事に怒り、シャワールームの鏡を八つ当たりでたたき割る。 右手の指の間から血が流れる。どこか鏡の破片で切ったようだが別に気にはならない。全身に嫌と言うほど傷を持っているのだ。今更増えようが同じ事だ。 「・・・・・最悪、八つ当たりしたからって・・・」 自嘲気味に呟くとシャワーを止めシャワールームから出る。タオルで体を拭いて手早く服を着る。そして、備え付けのノートパソコンを起動させアトランティスのデータベースへとハッキングをかける。アトランティスのデータベースにはハッキング防止用のセキュリティが幾重にも張られているがシャイルから見れば呆れるほど緩いセキュリティだ。突破ついでにハッキングの痕跡を残さないようプログラムを欺くなど簡単すぎる。 「・・・・・・・・」 データベースから目的のデータ・・・ガンダムの開発及び戦闘データをデータディスクに次々とコピーしていく。助けて貰った恩を仇で返しているようで気が引けると言えば引けるが、その罪悪感を押し殺しデータのコピーを黙々と続ける。 「・・・・これで、いいのよ・・・・これで」 コピーし終えデータディスクを抜き取り痕跡を残さないように細心の注意を払ってアクセスを辞め電源を切る。その後、ぐったりとベットに力なく倒れ込みうつ伏せの状態で身を沈める。 これで、このアトランティスに自分が留まる理由はなくなった。後は気を見て適当にMSの一機でも奪って逃げればいい。偶然流れ着いただけのこの海上都市とも近いうちにサヨナラする事になる。 「・・・・・・」 何故か、不愉快な気持ちになった。偶然流れ着いただけで何の愛着もなければ盗る物は盗ったので利用価値もないこの都市から離れるだけなのに。 「私も・・・まだまだ、甘いのね・・・・アイツの言う通りか・・・」 此処での生活は正直、そんなに悪くない。と言うより・・・生まれて初めてだろう、安心して眠りにつける場所を見つけたのは。このまま此処で住み続けようと思った事は何度かあったが、それは出来ない、自分には許されない。早く帰らなければならないのだ。だが・・・。 「・・・もう少しぐらい・・・此処に居ても・・いいわよね・・・」 と、自然に口に出た。 いつかは此処を離れなければならないが、もうしばらくの間は此処での生活を続けていたいとシャイルはそう思っていた。 続く |