井上靖著 「氷壁」
図書館の書棚にこの著を見かけた時、ふと読みたくなったのは、9月に2度訪れた徳沢で徳沢園の門前に「氷壁の宿」と記されているのを見たためかもしれません。もちろん、前から見かけていたものではありますが、何故か今回印象に残っていました。 この著を昔、確か高1の頃に読んだことがあります。と言うのは、高1のクラスメイトに、著者の井上靖の長男である、修一君がいて、確かこの著について言葉を交わした記憶があるからです。修一君は、明るくて、とても気のいいやつでしたが、東大に進学しドイツ文学を学び、一橋大学などの教授を経て、どこかの私学の学長になったと聞いています。 主人公である魚津が仲間と二人で、正月の前穂高東壁を登っているときに、前を登っていた仲間が難所で滑落し、雪の岩場の中に命を落としてしまいます。その時、二人をつないでいたナイロンロープがぷっつりと切れていて、なぜロープが切れたのかという謎が残ります。 ナイロンロープの性能が衝撃や岩との摩擦などに耐えられなかったのか、はたまた、人為的に切られたせいなのか。物語は、この謎の解明を追うように進むと同時に、主人公とそれにまつわる周りの人たち(と言っても当事者二人以外には四人だけ)との人間関係が描かれていきます。私にはちょっと丁寧すぎる描写が多く、まったりとした進行が続きますが、何か心地よい進み方ではあります。 結局、ロープは人為的に切られたものではないことがわかりますが、物理的にどのような衝撃がかかったのかは謎として残ります。そして、二人の女性との関りの中で揺れる主人公の気持ちが迎える結末は。昔読んだ時の記憶が、他の著の結末とごっちゃになっていたらしく、「あれ、こんなんだっけ」と言う結末でした。<追記> この小説のモデルになった、三重県岩稜会の、小説と同じ場所におけるナイロンロープ切断による滑落死亡事故の原因解明がなされ、ナイロンロープが鋭利な岩の角で衝撃が加わると、簡単に切断されることが判明しました。この解明には、同会の会長であり、滑落死した人の実兄でもある石岡氏の執念の究明があったそうです。この間に、ロープメイカーや山岳会などの強い抵抗にめげず、使命感に燃えた彼がとった行動の詳細が、同氏著「氷壁・ナイロンザイル事件の真実」に詳しく書かれています。