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山里栄樹の男物和装ブログ

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質問です。@ Re:下級武士の服装(足軽、武家奉公人)(05/31) 「幕臣の足軽は一年で金五両二人扶持」と…

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2013年07月09日
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カテゴリ:男性和装
それでは前回に引き続き、幕末の動乱期に撮影された写真から男物和装を考察してまいりましょう。
 幕末期の写真は、専門技術者である写真家に高額な手間賃を支払って撮影された肖像写真がほとんどです。 被写体となる人物は“晴れ着”を着て撮影に臨むのは当然ことでしょう。写真は後世に残るものであり、正装が適切な服装でありました。まさに記念撮影は大事なセレモニーなのですな。武士身分の者ならば、やはり袴と羽織は欠かせませんよね。
身分の上下を問わず質素な衣食住を強いられていた当時の武士は、新しい着物を仕立てるということは人生に一度か二度あるかないかのことなのですな。たいていは、親兄弟から譲り受けた着物をリメイクして大切に着ていたのです。

勝海舟.jpg sakakibara.gif
           勝海舟(左)と榊原鍵吉(右)の肖像写真

 幕臣(御家人・旗本)として海外に渡航した経験を持つ勝海舟、壮年期に撮影されたもの。太い縞柄の馬乗袴、羽織と長着は袷と思われる。
 直心影流剣術の剣客として知られる榊原鍵吉、血気盛んな青年期に撮影されたもの。鍛えぬかれた腕が羽織の袖からはみ出している。少々、羽織の袖巾が短いようである。おそらく、羽織を着たまま刀を抜き易いような工夫として、意図的に袖巾を短くしていると思われる。

山岡鉄舟.jpg 近藤勇.jpg
                  山岡鉄舟(左)と近藤勇(右)

 一刀正伝無刀流剣術を創始した剣豪の山岡鉄舟、幕臣として奔走した頃の写真。やはり、羽織と長着の袖巾は意図的に短くしていると思われる。剣客の気風とオーラを感じさせ、禅に通じていた鉄舟らしい端正な着こなし。
 新撰組局長の近藤勇、隊服である浅黄色の羽織を着ている写真であろう。長着は近藤家の家紋「丸に三つ引両」が染め抜かれた五つ紋付礼服らしい。羽織紐は、房の小さい長めの丸組紐を用いている。幕末時代劇でよく見る太くて大きい房の羽織紐を前襷にして用いたのはフィクションのようだ。







最終更新日  2018年12月23日 07時56分49秒
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