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2014.04.15
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カテゴリ:Heavenly Rock Town
私達を乗せた南北線は10時20分に中央駅を出発し、南へ向かって走り出した。よく景色が見えるように、と私を窓側席に座らせてくれたリッキーは通路側席で、私の真横に腰掛けている。並んで歩く時にはありありと感じる身長差が、座るとあまり感じられなくなるのは情けないやら悲しいやら。
 市街地を抜けると、いきなり工場群が目に付く。この町の住人には全員就労義務があるため、その受皿となる町営工場が立並んでいるのだ。モナコ公国並みに小さく、飲んだくれミュージシャン達の寄せ集めでしかない町ではあるが、それなりに工業も盛んなのである。この町のいいところは建前でなく実際に職業に貴賎がなく、ブルーカラーだろうがホワイトカラーだろうが、人を職業で判断したりはしないところだ。誰もが自分に課せられた社会的役割に対して最善を尽くそうと、日々の仕事に励んでいる。尤も職場に於ける上下関係等により、例えばリッキーのように高い地位に就いている人は尊敬されたりもするだろうが。
 車窓からの眺めに見入る私の横で、リッキーがこっくりと船を漕いでいる。日頃の激務で余程疲れが溜まっているのだろう。人柄そのままに、寝顔も実に穏やかだ。またしても大好きな帆船で海原を疾走する夢でも見ているのかもしれない。
 電車がカタンと軽く揺れた拍子に、リッキーが目を覚ました。
「…嗚呼、いつの間にかうとうとしてた」
「何だか気持ちよさそうに寝てたから起こすのに気が引けちゃって。南野駅はまだよ」
「よかった。だけどホラ、窓外に麦畑が広がってるだろ。この辺り一帯がボブの農園さ。間も無く駅に到着するよ」
 リッキーの言ったとおり、南北線はすぐさま南野駅に停車した。南野駅は豪奢な中央駅とは打って変って粗朴な田舎駅なのだが、何と無く郷愁にかられてしまった。
 澄み渡る青い空。大空を自由に泳ぐ白い雲。頬を優しく撫でていく清爽な風。風に揺れて波打つ麦畑。嗚呼、これで小鳥の囀りでも聞こえたら最高だ。だが残念ながらこの世界には人間以外の動物はいない。思考を持たない動物達の霊魂は、死後解体するため霊界には来られないのだ。
「私は田舎育ちだから、こういう所に来るとホッとしちゃう」
「そういえば前にキオの故郷は桃の産地って言ってたね。俺の所もそうだけど」
「うん。桃で有名な所だったの。但し私が住んでいた地域では栽培されてなかったけど。うちのすぐ裏は大きな川の下流でね、少し南に行くと海に繋がってた。毎日部屋の窓から川を眺めてたわ。子供の頃はよく友達と一緒に川で貝を拾ったり魚を釣ったりして遊んだものよ。冬場は夜になると白魚漁の集魚灯が川面に映えて綺麗だった。リッキーも家の裏が湖で、ボートを楽しんでいたんでしょ?」
「ん?ああ、80年ぐらいだったかな、バンドのメンバー達と共同出資して湖畔に建つ家を購入したんだ。でも地元の人達と揉めちゃって、結局3年足らずでマンハッタンに引っ越したんだけどね。もう一度水辺に住んで、思う存分ボートに乗れると嬉しいけど、この町には残念ながらそういう所はないんだよなぁ」
 私達は故郷や子供の頃の話に花を咲かせながら、田舎道をぽくぽくと歩いた。歩きながらふと、ある曲の歌詩の一部が私の頭に浮かんだ。“The friends that have walked on before us are waiting to take us to laughter and dancing. The friends that have walked on before us are waiting to take us to the sky.”
 リッキーがこの世界へ来た数年後、The B-52'sは「Dreamland」という曲を作った。バンド仲間で、リッキーの学生時代からの親友でもあったキース(Keith Strickland)曰く、この曲は向こう側(彼岸側)に行ってしまった人に対するラヴソングである、と。リッキーが夢に現れて、何だかそれがとても心地よかったんだそうな。キースの前を歩き続けた友人は、今もこうして夢の国の田舎道を暢気に歩いている。
「ふふふ、リッキーってホント、歩きっぱなしね」
「?」

 ボブの邸宅が麦畑の向こうに見えてきた。町中の集合住宅と比べると、随分と立派な一軒家だ。
「ねぇ、リッキー。あのボブの大きな家もやっぱり町営住宅なの?何だか一軒で私達の住んでるアパートメント分ぐらいありそうだけど」
「勿論そうさ。農業従事者はこの町にとって最も重要な仕事に就いているわけだから、色々と厚遇を受けられるようになってるんだ。大変な仕事だし、当然だと思うよ。そういえば『ユートピア』ではね、農業は男女の別なくユートピア人全般に共通な知識となっていて、子供の時から教え込まれるだけでなく、都市の近郊に遊びがてら連れ出されて実際に体験して習得するんだって。農業は人が生きていくうえで…まぁ死んでからもそうなんだけど、根幹となる仕事だからね」
 やっとボブの家に辿り着いた私達は、主人であるボブと共に出迎えてくれたジミーの傍らにいる女性に驚いた。ジミーの恋人だったリジーだ!事件後すぐさまアパートメントを退去したのは、ここまでジミーを追いかけて来るためだったのか。何と愛情深い女性なのだろう。私はリジーと再会出来たことに内心喜んだ。実は彼女にどうしてもこっそり尋ねてみたいことがあったのだ。ジミーはリッキーと同じ病でこの町へやって来た。そう、彼もリッキーと同じくゲイであった。ゲイのジミーとどうやって深い愛情で結ばれたのか?…いや、そんなことを尋ねてどうなるというのだ。仮に二人の恋愛成功談を実践してみたところで、リッキーにも通用するとは限らないではないか。尋ねたところで意味ないよね…。私は一人で勝手に喜び、そしてちょっぴり落胆した。
 だが驚いたのはリジーに対してだけではなかった。ボブの横にもう一人、見慣れた顔の農夫が立っていたからだ。嘗ては世界中の誰もが知る大物ミュージシャンであったにもかかわらず、今ではやけに野良着姿が板に付いているこの男性は、もしや!?





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Last updated  2023.07.30 01:35:53
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