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Pastime Paradise

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青春記

2011.11.18
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カテゴリ:青春記
 私が通っていた小学校は元々分校だったため生徒数が少なく、1学年2クラス(1学級2~30人)、全校生徒約350人ほどの小さな学校だったが、特に大きなイジメもなく、みんなで和気藹々と学んでいた。
 その頃の私は女子仲間からは「きーちゃん」、男子連中からは「キンキ」と呼ばれていた。苗字にも名前にも「き」が付いていたからだ。
 社会の時間、先生が「近畿地方」と言うたびに男子がこちらを見ながらニヤニヤしてたっけ。そういえば隣の組に「ドンキ」と呼ばれていた女子もいた。「キンキ」から派生したあだ名で、何となく申し訳なかった。

 男女共にそこそこ仲がよく、結構威張っていた当時の私。日々のデカい態度を見かねた神様がエラソーにしていた私に天誅を下したのは小学5年生の晩秋の頃だった。

 そろばん塾の帰りのこと。
 自転車で家路を急いでいたら辺りが暗くなったのでライトをつけようと足を伸ばしたちょうどその時、アスファルトが削れて出来た窪みに前輪が引っかかってしまい、自転車もろとも前のめりに転倒してしまった。ズリリリ…。
 そろばんやテキストが道路に散乱する中、私は顔を触って確かめていた。モロに顔面からダイブしてしまったのである。女の子が最も大切にしなくてはならない顔面から…。
痛ってェ~(なでなですりすり)、とりあえず大丈夫そう…ん?あ!? ああッ!? イテテテ…。

 翌朝、私はアゴに絆創膏を貼って登校した。前日に自転車で転倒した際、アゴをズルむいてしまったからだ。
 女子は表向きにはそれなりに心配してくれたが(心の中では笑っていたと思う)、当然のごとく男子からは思いきり笑い者にされ、その日のうちに私のあだ名は「アゴ」になった…ショック
 更に数日後、放送委員だったK君は私の体験談を元に「アゴ美」なる女の子が主人公の話を創作し、給食時の校内放送で発表。特にアゴ美が自転車で転倒するシーンではクラス中が大爆笑!私は茹でダコの如く真っ赤になりつつ、先割れスプーンを口に運び続けた。
 勿論、チャールズ・ブロンソン(Charles Bronson)の「う~ん、マンダム」も目の前で何度もやられたものである。ブロンソンなんか大ッ嫌いダァ~!!
 そうそう、またしても社会の時間に先生が「英虞(あご)湾で真珠の養殖が…」と説明している時も確か大笑いされたっけなァ。とばっちりをうけてか真治(真珠)クンも一緒に笑われてたけど。

 そして年は明けてお正月。届いた年賀状はというと…

ago4.jpg  ago3.jpg  ago2.jpg


 案の定男子からの賀状はアゴだらけ(TдT) 
右側は当時一番仲が良かったRちゃん(女子)からだが、「今年はドジするナ!」って…(TдT)

 近隣の5つの小学校の生徒が集まる中学校(1学年約400人)に上がってからは流石にアゴと呼ばれることもなくなった。
 が、中2で同じクラスになり、その年から5年間付き合っていたM君の友達というのが我家の近所のヤツで、どうやら彼はM君に私の小学校時代の話をしたらしく、M君からはこのような年賀状が。

ago1.jpg ア、アゴに絆創膏を貼った絵まで描きやがった!

 やがて私はアゴの過去をすっかり消し去って大人になった。なのに…。
いつぞや届いた小学校時代の同窓会のお知らせ葉書には名前の横にしっかり「アゴ」と振り仮名がふってあった。
 嗚呼…、人生でたった一度アゴをズルむいただけなのに、彼等の記憶の中の私は生涯アゴに絆創膏を貼り続けているのだろう。とほほほしょんぼり

 arrow5_orange1.gif 左上画像「あだ名メーカー」はうそこメーカーさんから拝借しました。 






Last updated  2011.11.18 19:09:39
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2011.05.07
カテゴリ:青春記
 学生時代はプロ野球、特に中日ドラゴンズの大ファンであった野球ボール
月刊DRAGONSは欠かさず購入し、岡山県営球場や広島市民球場の3塁側もしくは外野スタンドまで応援に出かけたりもした。
 お目当ては中尾捕手。当時としては珍しい走攻守揃った捕手であり、「一休さん」の愛称の所以であるツバ無し捕手用ヘルメット姿も可愛かったが、何より頑張りすぎて怪我が多かったことが私の乙女心と母性本能を刺激した。
 中尾さんに直接書いていただいた直筆サインは長らく一番の宝物であった。

 勿論、中尾捕手以外の中日選手もみんな好きだった。
 谷沢さんの著書「谷沢健一の酒マッサージ ― とてもよく効く日本酒健康法」や元中日の投手だった板東英二さんの「プロ野球知らなきゃ損する」「プロ野球 これだけ知ったらクビになる―プロ野球 知らなきゃ損する Part2」等の一連の著書も購入して読んだ。
 その板東さんが歌っている中日ドラゴンズの応援歌「燃えよドラゴンズ!」の'82年度ver.は今でも完璧に歌えるほど、当時はレコードを聞き込んだ。

 ♪遠い夜空にこだまする 竜の叫びを耳にして
 ナゴヤ球場つめかけた 僕らをじ~んとしびれさす~
 いいぞがんばれドラゴンズ 燃えよドラゴンズ~

 一番田尾が塁に出て 二番平野が送りバント
 三番モッカがタイムリ~ 四番谷沢がホ~ムラン~    
 いいぞがんばれドラゴンズ 燃えよドラゴンズ~

 五番大島よみがえる 六番宇野が狙い打つ
 七番中尾が駆け抜ける 八番田野倉躍り出る~
 いいぞがんばれドラゴンズ 燃えよドラゴンズ~

 …てな感じでこの後も、その時々の一軍選手が続々と歌詞に登場する。

 ライオンズファンだった親友・Rちゃんと高校時代に綴っていた妄想交換日記(好きなプロ野球選手を40人ほど選んでクラスメイトとし、その日の出来事等を妄想して綴っていた)のせいもあり、当時(80年代中頃)あたりに活躍していた選手は今でも気になって仕方がない。毎年開幕前に12球団全てのスタッフ並びに選手達の一覧表が新聞に掲載されるが、ついつい名前を探してしまう(^^;
 中尾くん、源ちゃん(郭さん)、小松っちゃん、牛ちゃん(牛島クン)、謙さん(平野さん)、裕ちゃん(都さん)、うーやん(宇野さん)、誠ちゃん(上川さん)、田尾くん、大島くん、米ちゃん(川又さん)、孝政くん(鈴木さん)、沼ちゃん(平沼さん)、杉本くん、かしちゃん(鹿島さん)…みんなどうしてるかな?
 この中で牛ちゃん、田尾くん、大島くんは監督(横浜、楽天、日ハム)を経験したんだっけ。正直、3人が監督に就任した際はかなり驚いたけど。そうそう、今は星野先輩が楽天の監督として頑張ってらっしゃる。
 嗚呼、そういえば近藤先生(監督)や山内先生(監督)は既に亡くなられたんだっけなぁ…(しんみり)。
 どうでもいいが、その西武ファンのRちゃんが当時貸してくれた「セニョールパ」という、メキシカン・リーグから西武ライオンズに移籍してきたヒゲのおっさん“セニョールパ”が主人公の、女子高校生が読むには若干抵抗のある(でも面白かった)漫画があった。懐かしいなぁ…。
 西武ライオンズの漫画といえば、映画にもなったいしいひさいちさんの「がんばれ!!タブチくん!! 」もある。中日ファンとしてはただただ羨ましかった。

 でも歌対決では負けちゃいない。
 板東さんの応援歌「燃えよドラゴンズ!」に対するは、ばんばひろふみさんの「Vのシナリオ~吠えろライオンズ!」…う~ん、微妙な勝負だなぁ。
とはいえ、松崎しげるさんの歌うライオンズ球団歌「地平を駈ける獅子を見た」が悔しいけど爽やかでいい曲なんだわ(^^; 
 ならばこちらはB面勝負だ!板東さんが歌う「中日小唄」でどうだ!

 ♪ドラドラドラドラ ドラゴンズぅ~ あ、ちゅんちゅん 中日
 ガッツガッツと 突き進むぅ~

 パソコン 久々に本日のひまつぶし

 ・板東さんの歌う「燃えよドラゴンズ!」'82年度ver. →こちら
 ・でもってB面の「中日小唄」→こちら
 ・「Vのシナリオ~吠えろライオンズ!」はこんな曲→こちら
 ・松崎さんの「地平を駈ける獅子を見た」→こちら
 ・田尾くんが初代監督を、そして星野先輩が現監督を務める楽天の球団歌「羽ばたけ楽天イーグルス」→こちら
 ・岡山県営球場で開催される試合といえば広島戦か阪神戦だったため、この曲も耳にこびりついて離れない。広島カープ応援歌「それ行けカープ」→こちら
 ・80年代半ば、県営球場で開催された阪神-中日戦を見に行った際、中尾さんが放ったホームランに狂喜乱舞したが、バースのホームランも凄かった。ちなみに岡山県民はほとんどがタイガースファンであり、同じ中国地方に本拠地を置く広島カープには結構冷たい。
 最後は阪神タイガースの「六甲おろし」をどうぞ→こちら






Last updated  2011.05.07 11:35:42
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2009.02.15
カテゴリ:青春記
 88年(昭和53年)、本州と四国を結ぶ瀬戸大橋が開通したのに合わせ、“瀬戸大橋博”なる博覧会が開催された。当時大学1年生だった私は、夏休み期間中のみその博覧会でアルバイトをしていた。自宅から会場があった倉敷市児島までは車で約1時間ほど掛かったが、毎日ドライブ気分車で通っていた。
 そんなある日、脇道から飛び出してきたバイクと接触事故を起こしてしまい、車は横転して大破(にもかかわらず、運転していた私は無傷雫)してしまった。

 明日からのバイトをどうしよう…不便だけど電車を乗り継いで行くしかないかしょんぼり と肩を落としていると、当時付き合っていたM君が偶然にも同じ倉敷市児島で夏休みを利用してアルバイトをしており、有難いことに送迎を買って出てくれた(ToT)
 翌日からは毎日一緒に行き帰り♪ バイトの疲れも、彼の笑顔で吹き飛んだ。一度だけ、彼の方が数時間早くバイトを終えた日があった。已む無く電車で帰ろうと、博覧会会場前の駅の改札を抜けようとした時、聞きなれたM君の声が。振り向くと、そこにはいつもの彼の笑顔があった。一旦帰宅した後、ハードなバイトでくたくたに疲れているにもかかわらず、わざわざ再度車を走らせ、夜道を迎えに来てくれたのだった。あの時の彼の笑顔が未だに忘れられない。心から嬉しかった。
 泣きそうな思いで助手席に乗り込んだ時ちょうど流れてきたのが、彼が愛聴していたBOOWYの“ホンキー・トンキー・クレイジー”だった。

 その年の終わり頃、珍しく二人でカラオケに行った。M君が好きだった渡辺美里さんの“悲しいね”を歌ったら、これまた珍しく上手いと誉めてくれたのをおぼろげに覚えている。お互い数曲ずつ歌い、ラストで彼が歌ったのはBOOWYの“ONLY YOU”だった。それが彼の歌声を聴く最後になろうとは、間もなく突然の別れが訪れようとは、その時はまだ思ってもみなかった。
 
 彼にフラれてから暫くは、BOOWYを避けた。あまりにも思い出が多く詰まりすぎていて、聴くのが怖かった。やっとBOOWYを聴きたいと思うようになったのは、別れてから優に10年以上経った後のこと。
 98年にリリースされた彼等の初のベスト盤「THIS BOOWY」を購入し、穏やかな気持ちで掛けてみた。#2の“ホンキー・トンキー・クレイジー”で昔の記憶が鮮明によみがえり、#4“ハイウェイに乗る前に”の頃には涙が止まらなかった涙ぽろり
 
 今でもこのアルバムはよく聴く。流石にもう泣くことはないが、ごく稀に心の奥の方がキュッと痛むことはある。M君とBOOWY(と同じく爆風スランプ)が、私の青春のほぼ全てだったきらきら

 「THIS BOOWY

01. DREAMIN'
02. ホンキー・トンキー・クレイジー
03. BAD FEELING
04. ハイウェイに乗る前に
05. NO. NEW YORK
06. ROUGE OF GRAY
07. わがままジュリエット
08. JUSTY
09. IMAGE DOWN
10. B・BLUE
11. ONLY YOU
12. BEAT SWEET
13. WORKING MAN
14. DRAMATIC? DRASTIC!
15. LONGER THAN FOREVER
16. MARIONETTE
17. PLASTIC BOMB
18. MEMORY
19. 季節が君だけを変える
20. CLOUDY HEART

 個人的には、“ON MY BEAT”なんかも入れてほしかったなあ…うっしっし
 






Last updated  2009.02.16 05:14:28
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2008.07.14
カテゴリ:青春記
 昭和57年(82年)、中日ドラゴンズが3度目のリーグ優勝を果たしたこの年、私は突如プロ野球に目覚めた。というか、中尾捕手にすっかり惚れてしまった。
小柄ながら走攻守に優れ、ケガを恐れず常に全力でプレーする姿に惹かれた。そして何よりも、あのくしゃくしゃっとした笑顔が魅力的だった(*^^*)

 高校生になる頃には、ぺしゃんこに潰した男子用通学カバンに“○×猛竜会”とかいうドラゴンズの私設応援団のステッカーを貼って学校に通っていたので、すっかりドラキチバカとして周囲から呆れられていたほえー
 しかし次第に友人達も感化されたのかこれまたジャイアンツやカープのファンになり、皆で広島市民球場まで観戦に行き、選手と同じホテルに泊まって喜んだりしていた。
 幼稚園の頃からの親友・Rちゃんも同じように野球が好きで、彼女は西武ライオンズの伊東捕手のファンだった。

 そんな高校時代のある日、Rちゃんと交換日記をしよう!という話になり、始めたのが妄想交換日記だった。好きなプロ野球選手39人をそれぞれ選んで自分のクラスメイトとし、その日の出来事(妄想)を綴っていくというもの。全く、何やってたんだかうっしっし
 私のクラスメイトだったのは、中尾君をはじめ、君、牛島君、小松君、田尾君、川上君、川又君といった中日選手に加え、西武の永射君や金森君、大洋のオバQこと田代君や若菜君、広島カープの川口君や高橋君など。一方のRちゃんのクラスには、西武の伊東君をはじめ、片平君や工藤君、渡辺君や石毛君などがいた。 
 
“今日は中尾君と偶然帰りが同じになり、二人で色んな話をしながら帰りました。もうドキドキ目がハート
なんていうアホな妄想で埋め尽くされていたが、これがなかなか書いているうちに病みつきになってしまい、結構長く続けた。途中から彼女はアイスホッケーにハマり、王子製紙などのホッケー選手を登場させ、私もバレーボール・富士フィルムの選手を転入させたりした。

 この時から始まった妄想癖は未だ抜けず、今も時折密かに某ブログで妄想小説を綴っている。
電脳空間にゴミを撒き散らしてホンマにどうもすみません雫

 中尾さん2.jpg 当時は、中尾さんの追っかけまでしました…(^^ゞ

 テレビ 本日のひまつぶし

 ・中日ドラゴンズ球団歌“燃えよドラゴンズ!”79年版→こちら
 ・昭和57年、中日リーグ優勝きらきら →こちら ピッチャー小松さん、キャッチャー中尾さん
 ・西武ライオンズ“Vのシナリオ~吠えろライオンズ!”→こちら
 ・阪神タイガース“六甲おろし”→こちら 歌うはオマリー上岡龍太郎さんが懐かしい






Last updated  2008.07.15 05:02:09
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