母としての思い (2)四女が2~3歳の頃、「将来退職したら、浩美と同じ様な子どもを数人あずかって、ハウスでも建てて野菜を作り、土をいじって過ごせたらいいなあ」と主人が言っていました。当時私は、頻繁におこる痙攣発作との戦いで将来のことなど考えられるはずがありません。夜、寝入ったかと思ったのもつかの間、全身発作ですから本人はとても辛いはずです。今思い出しても心が痛みます。 娘が小学3年生の頃からでしょうか、この小さな村(昨年10月の市町村合併までは村でした)で娘を正しく理解して欲しいと、ひとり親の会を立ち上げ、娘の特殊学級担任と二人三脚で会報誌を作り、毎月村全所帯へ配布しながら活動を続けました。 何度もくじけそうになり、自問自答を繰り返し、障害児(者)にたいしてどんな行政サービスがあるのかも知らない、分からない。 動けば動くほど無理解、無関心、不公平にぶつかってしまう。 不思議ですね!我が子を思う心だけで恥ずかしいくらい、無知をさらけ出してここまできました。 とにかく自分の物差しで物事を考えてしまう。いろんな考えに早く気づく事なんですね。 グループホーム?難しいでしょうね。でも少なくとも夢も描かなければ私たち親は前には進めません。最終的には主人が言ってた夢の方法もあるな?とも。 制度が目まぐるしく変化していく、きっとこの子らにとって優しい社会、優しい制度になる、と信じようと思います。 |