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    弥々*とはず語り   

2006.02.25
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カテゴリ:語り日記

2月19日 茨木のり子さんの逝去日に

吾の志とも言うべき詩『自分の感受性くらい』を朗読させて頂いた

もっともっと茨木さんの世界に浸っていたいから・・・

昨日は『汲む』を朗読

シリーズ三巻目はこの詩を語りまする



*いつものように下記下線のタイトルをポチッとしていただくと、語りBARに飛びまする。手記も聞いてにゃ*



わたしが一番きれいだったとき
ここをポチッと↑してにゃぁ~

わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした

わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達が沢山死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落してしまった 

わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしい贈物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差だけを残し皆発っていった

わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた

わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった

だから決めた できれば長生きすることに
年取ってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように




空襲と絶望と死~薬学専門学校時代~
ここをポチッと↑してにゃぁ~

昭和十八年に、蒲田にあった帝国女子医学・薬学・理学専門学校の薬学部、今の東邦大学の薬学部に入学しました。ところが入ってみたら、私の頭は理数系のものをまったく受けつけなかったんです。入学試験があれば、きっと落っこったんですけど、昔は女学校で成績が良ければ、推薦入学で、少しだけ、薬学部に入れたんですね。
入ったらばもう、ほんとに自分はだめなんだっていう気持ちがずうっと続きました。ついていけないんです。教室でこうして座ってても、先生の講義がわかんないわけです。そうすると、座ってても魂はぽおっと外へ行ってほかのこと考えてるみたいでね。ほんとにつらい歳月でした。完全なおちこぼれね。やっぱりお友達と比べて自分はだめな人間じゃないかと。世の中出てもやっていけないんじゃないかっていう思いがほんとに強かった。

寮は四、五人でひと部屋でした。暖房もありませんしね、みんなドテラひっかぶって勉強してましたね。寝ていると、空襲警報ね、サイレンの音がバアッとして、退避、退避って言われるんです。そうすると寝ててもみんな起きて、また防空頭巾かぶって、防空壕に入らなくちゃならなかったのね。

だけど、あれは十九歳ぐらいのときだったと思うんですけど、もう嫌んなっちゃって、いいや、ここで死んでもいいから、みんなと一緒になんか防空壕に入るまいと思ってね、寝てたことあります(笑)。そのときつくづく思ったのは、ああ、これで爆弾が落ちてこっぱみじんに死んだとしても、これは自分の死ではないな、と・・・
そのころ、もう死は身近なものでした。でも死ぬのはこわいなとかいうのはあんまりないんですねえ。戦争中って自殺ってほとんどなかったでしょ。どうしなくても死んじゃうって思ったのかどうか。惨憺たる状況の時は、そこでなんとか生きのびようっていう意欲が人間には起きるんですね。で、今の方がずっと自殺は多いわけ。これはなんだろうって思うのよね。
ただ、当時私はときどき自殺を考えていました。化学ができないっていう自分自身への絶望と、時代の暗さへの絶望。それから、自分で死ぬのだったら自分の死でしょ。だけど爆撃でこっぱみじんっていうのは自分の死じゃないっていう感じなのね。

今、お友達とも良く話すんですけど、若い頃ってかろやかな楽しみが多かったですね。年を取るとおもったるくなっちゃうの、すべてがね。
「わたしが一番きれいだったとき」は、はじめはいい気な詩を書いたってみんなにいわれたんですよ。いちばんきれいだなんて自分のこと言ってるってね。ところが、ほんとに自分でも無意識だったんですが、私と同世代の人達は、自分たちを代弁して、自分達の世代をうたってくれたっていうふうに読んでくれる人が多くなって。
一番美しいときは、やっぱり最高に輝いてほしいわけ、どこの国の少女たちにもね。戦争なんかで惨憺たる思いさせたくないじゃないですか。やっぱりこの詩はできるべくしてできた詩かなあ・・・誰かに書かされたかなあって感じもします。



☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆♪☆゚・*:.。.☆゚・*:.。.☆♪☆.。.:*・゚☆♪☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆♪☆゚・*:.。.☆゚・*:.。.☆



アメリカのフォークソングの草分けで、ピート・シーガーって人がいる。
その人がこの詩に曲をつけたのがあるんやが・・・

それは、ちょうどベトナム戦争の時・・・
     
    『ピート・シガーって人は、この詩をもっと越えたものとしてとらえてくれたなって
    うれしさがありました。つまり、ベトナムにはベトナムの、一番美しい時を持った
    少女達がいたわけですからね。そういう子達の思いっていうのもふくめてくれ
    たなって。だから、そういい気な詩ではなかったなって今になって思うんです』


と、茨木さんは語っている

その楽曲に付いてはこちらの↓サイトでお確かめあれ

ピート・シーガー「わたしが一番きれいだったとき」


己 

【 微志 】




完:2006.02.25 08:09:31













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Last updated  2009.01.31 19:36:10
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 @弥々@ VeryBerry 殿へ 2 (03/16) VeryBerryさん >facebookはやっていませ…
 VeryBerry@ Re:Re VeryBerry 殿へ(03/16) @弥々さん >もっぱら140字のお気楽ツィ…
 @弥々@ Re VeryBerry 殿へ VeryBerryさん >お久しぶりです。 >僕に…
 @弥々@ Re どこぞのさんへ どこぞのさん >心配かける子ほどかわいい…
 VeryBerry@ Re:長男坊の意地と親心(03/16) お久しぶりです。 僕に比べりゃ、十分立派…
 どこぞの@ Re:長男坊の意地と親心(03/16) 心配かける子ほどかわいいの~ がんばれ!…
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